第25話 見張り

アガサが如月冬哉を初めて見た時の驚き様は若店長が予想した通りのものだった。

如月の美貌を褒め称え、その性癖を大歓迎し、新田という存在に落胆した。


レジカウンター裏の壁に寄りかかっていたアガサは、如月が店内に入った時から微動だにしないまま、ジッと如月を見つめていた。

如月は例のごとくバラを受け取るとさっと帰るのだが、レジの所に不気味な大男が居るのを見て、ギョッとした顔をするのを見たときは、若店長もなかなかにおかしくてたまらなかった。


「気にいったわー……」


如月が帰るなりアガサは一言。


「若店長が見てほしいって言って来た子ってあの子ね。いい子よぉ〜。ウチの店もいいけどああいうゲイばっかり働いてる店の方が向いてるかもしれないわね」


「いや、そうじゃなくて……、スカウトさせに呼んだんじゃない」


慌てて若店長は先走るアガサを止める。紫はこの妙な展開が読めないまま丸椅子にちょんと座って二人を見上げていた。


「電話で話したようにアガサには頼みがある」


「良くない事、よねー」


「いつまでとは分からないが、取り敢えず三か月だけ頼みたい」


「でー、何を?」


「見張り。今の若い奴……、如月冬哉って名前だ」


それを聞いて紫は口をあんぐりと開けてしまう。


(見張り!———そこまでしなくても——これではまるで如月が犯罪者扱いではないか)


「店長?……」


不安そうに紫が見上げてくるが、冷ややかな目を若店長は向けてくる。手段は選ばすといった感じだ。

そしてアガサは二つ返事でこの仕事を引き受けた。その瞳がイキイキと輝いている。


(人選これで良かったかな?)


と若店長は思ったが取り敢えずアガサに大まかな事情を話し出した。興味深めに聞いていたアガサだが、如月に新田という相手がいる事をもの凄く残念がった。

それでも明日から早速如月冬哉をさりげなく見張ってやるとこの仕事に意欲を見せてくれた。


———そう、さりげなく見張ってくれと若店長は頼んだはずなんだがー……



次の日———六時頃にやって来た如月冬哉の隣には、ジーンズに黒のシャツと淡い青のニットジャケットを羽織った体格のいい完全に男に戻った格好のアガサが一緒になって歩いていた。


「はあーい、今日も来たわよーん」


中身は女性のままだった。

腰のくねらせ方もそのままでますます不気味さが増している。

若店長も紫も唖然として彼らを迎えた。まさか二人揃って来るとは———。


「誰が……、そんなオープンに見張れって言ったよ」


ぼそっと若店長は苦々しげに呟く。隣では紫がくすくす笑い出し、もう完全に後ろを向いて笑いを押し殺しだした。肩がプルプル震えている。


「キャハハハハッ、隣にいたら絶対に見失いませんよね」


「紫ちゃん………」


「だってぇ、可笑しくって……見てて、なんか、美女と野獣みたいで……くっ、キャハハハッ………」


紫が笑い転げるのだからよほどこの組み合わせが可笑しいのだろう。第一何でアガサは女装を解いて男に戻っているのか。


「冬哉に好かれる為に決まってんじゃん。良かった、まだ残しといて……」


「………」


若店長は黙ってそこはスルーする。


「あのっ……」


如月がいつものバラを受け取ると小さな声で若店長に向かって話しかけた。


「この人………、今日、急に現れてずっとこんな調子で付いて来るんだけど、店長さんの知り合いですか?」


「あっ、ああ、お客様の一人なんだけど………」


まさか見張りでつけているとは言えない。


「昨日、偶然君を見かけてね」


「気にいっちゃったの」


アガサはその巨体を如月ににじり寄せていく。如月はパッと飛び退いて距離を取ろうとする。それを見ただけでも紫には可笑しくてたまらないのかまた後ろを向いて肩で笑う。


「ふーん、お客様………」


如月はジロリとその美しい瞳で若店長を睨んでくる。何か裏がある。そう思っている目だった。


「俺が新田に会いに行くかもしれない、そう思ってる………、だからですよね。見張り………ですかね?」


如月の問いに若店長は無言で答える。つと、如月の目はこの成り行きを心配そうに見守る紫に向けられる。その瞳は射すようにきつい眼光を放っていた。昨日とはまるで違う威嚇するような如月の姿だった。


「ふん……」


如月はそう鼻を鳴らすと回れ右をしていつものように何の愛想もなく帰っていく。その後ろをボディガードのごとく体格のいいアガサが付き従って行く。

そして、画家の花屋の観音開きの扉を如月はいつもより力強く開けると一目散に走り出した。


「えーっ、やだあん」


アガサを始め、そのあまりにも素早い如月の動きに若店長も紫も信じられないといった思いで目を見張った。


「待ってえええぇぇ………」


脆弱な声とは裏腹にアガサは脱兎のごとく走りだす。

絶対に陸上かなんかスポーツやってたよなという走りを見せて如月の後を追って行く。

慌てて若店長も紫も店の外に飛び出した。


「おおっ、マジか……」


駅前通りの歩道をもの凄い勢いで走って行く二人の後ろ姿が見えた。アガサの足は驚くほど速く、あっと言う間に如月との距離を縮め、交差点で信号待ちの歩行者の群れに阻まれて足止めを食った如月を難なく捕まえてしまった。


「いいんですか、店長? このままで………、如月さん見張りだって気付いてますよ。それにアガサさんの事、嫌ってますよ」


若店長はうーんと唸る。アガサのあの行動は予想外の展開過ぎた。しかし、今更辞めろとは言えない。アガサがえらく如月を気に入っている。如月を寝取るくらいの勢いだ。


(新田さんに悪い事したかな……)


若店長は髪をかきあげ「あーー」と唸る。


本当に人の心は恋に落ちたら勝手に走り出していく。恋は盲目というがまさにその通りだ。

如月もアガサも新田も。


ただ目が覚めた時も皆が皆幸せであってほしい。そう思わずにはいられなかった。



そして———、アガサから携帯にメールが届いた。如月の住所とバラ園の場所を突き止めたらしい。付け加えるように、


——冬哉に嫌われない程度に見張ってるから安心して——


そう送ってきた。

多少は理性が残っているらしい。

それから毎日、画家の花屋で若店長、紫、如月、アガサは顔を合わせる事になった。


たった一本のバラの為に。







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