第26話 準備

「店長、お見舞いに行くのは花屋としてですか? 個人じゃなくて……」


「そう、今までも病院にはサービスで花束を作って届けたりしてたからね。その延長——、って感じだ。仕事のついでに行く。何気なく来て話しました。そういう感じで新田さんの様子は見に行こうと思うんだ」


「なぜ?、ですか?」


紫はいつものくせで小首を傾げて若店長を見つめる。


「見舞金がかかる。………ま、それは嘘だけどね」


作業台の上に若店長は十五センチほどの丸いプラスチック容器を三個出し、その中に緑色のオアシス・フローラルフォームを入れていく。


「花屋として行くのが病院に出入りし易いし、新田さんの奥さんにも怪しまれないと思うんだよ。それに病院には僕の味方をしてくれそうな知り合いも何人かいるからね」


(何人、か)


ふと紫はバケツをひっくり返した看護士の女性の顔を浮かべた。


(あの頃妬まれてたけど、今行ったら……もっと酷い事されるかも……)


紫が嫌な事件の事を思い出す素ぶりを見せたのがわかったのか若店長がすっと紫の頭を撫でる。


「ずいぶん病院の仕事にも慣れたね。この間婦長が褒めてたよ。なかなかダイナミックな生け花をしている子だって」


「えっ、そうなんですか?」


(ダイナミック?)


「大盛りに花挿してるのは、やっぱりダメなんですか、ね?」


ははははははと若店長は声を上げて笑う。


「大盛りかぁ、ふふ、いい味出してるんだろうね。僕も見に行く事があるけど……手直しにね。たこ焼きに爪楊枝が刺さってるような時もあるし……」


「えっ、それは褒めて……」


「ないよ」


「ですよね——」


紫はガックリと肩を落とす。でも、と思い直す。


「でも、たこ焼きなら爪楊枝は絶対必要ですよ。ね」


若店長は冷たい目で紫を見てくる。にやりと笑うと言ってきた。


「たこ焼きならね。君の作るのは花束だろ。そこにそれ必要か? ってなってる時ありまくってるし……。まあ、全体にまとまりがない」


そう言われながら頭を撫でられる意味がわからない。シュンとなって小さくなってしまう。


「大丈夫。基本はしっかり守ってるし、今から作るのもいい練習になる。例の花束も楽しみにしてるから。ね」


「はい、頑張ります」


見上げてくる紫に軽くキスする。紫の艶っぽい唇がにこっと上がった。


「よし、始めよう。紫ちゃんにはカップアレンジを作って貰うよ」


テーブルの上には緑色の「オアシスフローラルフォーム」が入った三つのカップが用意されている。


「上手くできるか、心配……」


「大丈夫、教えるよ」


二人はしばらく赤いバラやピンクのカーネンション、ピットスポルム、青いデルフォニウム、レザーファン、グリーンベルを使って、水を吸い込んだフローラルフォームに花たちを挿し込んでいく作業に没頭する。

紫は何度も若店長に質問をする。


「枝をどこで分けるんですか?」


小さな花器に挿すのだから短く切っても問題はないようにおもえるがそうでもない。


「プッツンじゃなくて、長ーく、長ーくを意識するんだ」


「長ーく……ですか」


「そう。ひとの縁もプツンと切らないように、花の茎も長ーく取れるように切っていくとアレンジがし易くなるんだよ」


「なるほどー」


若店長の教えに従ってやるととても見栄えの良いテーブルアレンジに出来上がる。紫が花をプツン、プツン切ってしまっていたらとても残念な結果に終わっていただろう。


「よし。後はラッピングしてリボンをかけよう。そっちは紫ちゃんのお手の物だね」


「はい、大丈夫です。店長にこの一年半で鍛えられましたから」


「うん、任せるよ。出来上がったら即行こう。新田さんの奥さんが来ないうちにね」


「はい」


若店長の最後のひと言がこれが只のお見舞いに行くのではない。そう再認識させた。


紫はラッピング用のセロファンを取り出しながら久しぶりに新田に会える事を喜んでいた。反対に新田と別れた如月の気持ちを思うと胸が締め付けられるほどに切ない。


(好きな人はもう二度と会ってはいけない人だなんて…、好きで好きで仕方がないのに好きな人は他人のもので、どうしようもなくって……。

好きでもさよならした人。

忘れられない人。

まだ愛してる人……)


いつかの新田と如月の熱い抱擁が頭から離れない。あんなに愛しあってるのに如月は今は一人ぼっちでいるのかもしれない。


(どんなに寂しいか………)


「手が止まってるよ、紫ちゃん。急げ——」


若店長がテーブルの上を掃除しながら声をかけてくる。


(如月さんにも新田さんと会わせてあげたい。何とかして………)


紫はそう思っていたが、それを聞いたら若店長はきっと怒り出すのも分かっていた。


(終わってる二人の気持ちをかき乱すだけだよ。そんな事をしたら………)


そんな事を言われるのは分かっていた。だから若店長の言う通りにすると決めていた。信頼している若店長の判断が間違うなんて事は無いと思えたから。


若店長と紫は準備を終えると早速病院へと向かった。







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