第16話 展覧会

若店長が花の展覧会に行って数日後。

若店長の母、百合は紫が来るのを今か今かと待ちわびていた。

紫が学校を終えてバイトに入る午後四時。


「紫ちゃん、今日も来てくれてありがとうね。

今日はね……如月さんについて新情報があるのよ」


まこと賑やかに勢いこんで笑顔いっぱいに話しかけてくる。


「わぁ……何かいい事ですね」


紫は百合のその様子を察して言ってみる。ビンゴ!と百合が親指を立ててきた。

今、若店長は配送に出ていない。そしてお客様もいない。二人は丸椅子に座りなるべく小声で話しはじめる。


「この間ウチの芳樹、花の展覧会に行ったでしょう。あれ首都圏の会場であったんだけど、そこで思いがけない人と会ったんだって。誰だと思う?」


「えっ、誰って……」


百合がこんなに張り切って問いかけるのだからあの二人以外考えられない。

あの日、紫は病院の花換えの後、新田に会っているのだから自ずと答えは決まってくる。


「まさか、如月さんですか?」


百合は首を縦に振った。


「でもね、直に本人に会ったっていうんじゃないのよ。如月さんはポスターに写ってたって言うのよ」


「ポスター?」


「その会場で、垂れ幕、タペストリーって言うのね、あれ。

で、そのタペストリーとか、宣伝のポスターとか、ほら、こっちは案内のチラシなんだけど」


そう言って百合は一枚のチラシを見せてくれた。


◯◯展覧会と大きく書いてあるそのチラシの写真はほぼ全部が花で埋まっている。その中に人間の目と口がある。ひと目見てもこれが如月とは分からないが。

紫がその事を指摘する。


「そうなの。私も芳樹に、こんなんじゃ分からないって突っ込んでやったわよ。

でも、芳樹は会場のはもっと等身大で写ってるタペストリーがあったから、一目見てすぐわかったって言うの」


百合が携帯を取り出してその映像を見せてくれる。

二メートルほどのタペストリーに如月の姿が黄色と白のガーベラと共に写っている。もう一枚は赤いボタンと共に。

純真な紫の頬が赤く上気してくる。如月の肌の露出が多すぎる。


「如月さんってモデルとかしてそうですもんね」


「そうなのよ。この展示会何年も前から行なわれてるけど、毎回如月さんがモデルしてたみたいなのよ」


「わあ、すごいですね。専属ということですか?」


「そうみたい。で、芳樹が関係者の方によくよく聞いてみたら、どうやら如月さん花屋の息子らしいのよねぇ——」


「えーっ!」


紫は大きな声を出して驚いてしまった。若店長がいたらまた「外まで聞こえてますよ」と、お小言が飛んできそうだ。


「びっくり、同業者でしたか」


「そうなのよ。その伝手で展示会のモデルはしたらしいんだけど、それがどうもプロの目に留まって本格的にモデルの仕事してるらしいの」


「それだと如月さんのお仕事はモデルさんですね。花屋さんじゃなくて。

同業者じゃないですね」


「うーん、そうなるわね。

でも、芳樹と言ってたの。下手な花はウチでは置かないようにしようって。

今までもバラの仕入れには気をつけてたけど、如月さんが花に詳しいとなると更に気をつけないとね」


以前若店長と新田がバラの花の話をした時に、如月はバラには詳しいと漏らした時の事を紫は思い出していた。

如月という人のほんの一端が垣間見えただけでも大収穫だ。


「それと……」


そう言って百合が一冊の写真集を見せてきた。

B5サイズの二十ページほどのしっかりした写真集。


「如月さんの、ですか?」


「そう、一年くらい前に発売されてたものだけど、会場で売ってたから買ってきたって」


パラパラとページをめくる。

どの写真も花をモチーフにして如月が写りこんでいる。

スズランに囲まれて窓辺に立つ姿、花びらが舞い落ちる桜の木の下、ひまわりと麦わら帽子をかぶって笑う如月。

全てのページを見終わって紫の口元はフニャンとにやけたままにる。


「如月さん、本当綺麗ですよね。男にしておくのはもったいないくらい」


紫はもう一度写真集を見返す。

ページをめくる、ずっとめくって行く。紫は途中から何度も首をかしげ始めた。


「でも、変ですね」


唐突に紫が指摘する。写真集に何か変なものが写っていただろうかと、百合はいぶかり紫の手元を覗き込む。


「えっ? 何か変なものが写ってるの?」


「いえ、そうじゃなくて、あんなにバラにこだわっている如月さんなのに、そのバラが全然写ってなくて。

如月さんなら背景にバラ背負ってるイメージだから、外すなんて事ないと思うんですけど……」


百合ももう一度写真集を見直す。

バラといえば花の女王である。どんな花よりも華やかで美しく、そこにあるだけで絵になる存在。まして如月の美しさを象徴するならバラを外すとは考え難い。

百合がページをめくる手もピタリ止まる。


「本当、一輪もバラがないわ」



夕飯の時に百合が若店長、芳樹にその事を伝えると彼は感心したように唸った。


「へぇー、紫ちゃんもそれに気づきましたか」


「も……って、芳樹も気づいてたのかい?」


「ええ。気付きました」


(紫ちゃん、ホワンとした子だけど以外に鋭いな)


若店長は心底感心する。

如月のひ弱そうな裸など見ても若店長は面白くもなんともないが、如月の周りの花には自然と目が行く。

スズランの白、黄色のグラデーションが際立つ微妙な色合いのガーベラ、桜の桃色、夏の黄金色のひまわり、ゴールドクレストとソテツの濃い緑。ポインセチアの赤で埋め尽くされたほぼ裸の如月。

どれも見事としかいいようのない美しさだ。

花の配置、演出、光の当て具合。モデルの世界のことは良く分からないが、カメラマンの腕や、その他照明の効果もあるのだろうが、ここまで「花」の美しさを捉えている写真集はないな、と若店長は思う。


(あるいは、花に詳しい如月の演出かも知れない)


そうするとバラが全くないのは意図的にそうしたとしか思えない。


(バラを毎日、毎日買う人間が、愛した人からの贈り物のバラをモチーフに使わないというのは考えられない。

だいたいバラといえば花の女王ではないか。写真集には使って当然のはずだが……)


パラパラとページの最後を見ると小さく枯れ木が写っている。


(バラはないが……どういう意味かな、これは?)


若店長は首を捻る。

紫も気付かなかった枯れ木のように見える一本の枝、剪定をして、葉もないそれはバラの木だった。










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