第9話 説教と花束

「ふーん、昨日、今日と二日続けての来店か。ありがたいことこの上なしだけど、赤いバラ一本か」


(たいした売り上げにもならないな)


と若店長は思った。


レジ裏の丸椅子に座りながら若店長は紫から事の次第を聞いて少なからず驚いていた。


「確かに、バラ一本渡すのに回りくどい真似してるな。直接渡さない、いや、渡せない仲か。

二人の推理は当たってるんじゃないかな」


「本当に店長だってびっくりするくらいの美少年なんですよ、如月さん。

あんなにステキな人は滅多にいません。存在自体が奇跡のような人なんですから」


「持ち上げるねー、紫ちゃん。よほどその如月って人が気にいったみたいだね」


「えっ、えっ、そんな事はありませんよ。見たまんまを言っただけで」


紫が頰を赤らめて恥ずかしそうに両手でおおうのを若店長は苦々しく見つめる。


(嫌な客がきたな)


若店長は正直おもしろくない。紫が他の男の話をするのは……。まして、紫はそいつに気がありそうな素ぶりを見せている。


「変な客といえばそうだけど、僕なんか、これ完全に不倫相手に贈るんやなっていう花束作ったなんて何度もあるし、珍しくはないけどね」


花屋という商売柄、人間の、特に男女の関係が複雑なのは否が応でも目にする機会がある。それにいちいちこだわっていたのでは商売にはならない。


「えっ、そうなんですか? でも、どうして不倫相手に贈るなんて解るんですか?」


「そうだなー、よく覚えてるのはメッセージ・カードかな」


「お客様が書くあのカード、ですか?」


若店長は腕組みをして宙を見上げて思い出す。


「そうだよ。その客のことはよく覚えてるよ。奥さんと不倫相手の誕生日が一週間しか違わなくて、どちらにも花束を贈るのに近接で来店されたから覚えてるんだ。

メッセージ・カードに書く相手の名前は違ってるのに、どっちにも『愛してる』って激情たっぷりのメッセージを書いてたからね」


若店長は苦々しく口元をゆがめる。


「そんな事あるんですね」


「まあね」


若店長と紫はレジカウンターの裏で丸イスに座りながら話していた。

若店長とこうやって座りながら紫は花屋の仕事のことを色々教わった。そして、今日は耳の痛い説教がはじまる。


「とりあえず店っていうのは色々なお客様が来るよ。いろんな事情を抱えた様々な人達がね。だけどあんまり好奇心を働かせないことだ。

興味本位でお客様の人生に無断で介入するような、のぞき見するような、そんな真似は一切しちゃダメだ。

お客様のプライベートな事を他人に喋るなんてのはもっての他、言語道断。そんな事したらウチの信用が裾野から崩れかねない。

自分達の邪心は不思議とお客様に伝わると思っといた方がいい。それのが素直でいい仕事が出来る」


「はい……」


紫は言葉もない。百合と一緒になって騒いで変な勘繰りをして。

男性同士の同性愛だって今や普通の時代。おかしい事はない。でも、断じて不倫はおかしい。


「それでも、ウチの花屋には関係のない事だよ。見て見ぬ振りをするんだ。関わっていい事なんか何もないだろ」


「ドロ沼にはまりそうですものね」


「高校生の発言とは思えんな」


「だってテレビドラマでしょっちゅうやってますもん」


紫の頬がだんだん赤くなる。そういうの観てるのかと若店長に思われるのは恥ずかしかった。


「じゃあ、そういうドラマに例えるなら」


若店長は電気式の蚊取り器のスイッチを入れながら話しだす。客はこないが蚊はよってくる。


「お客様は主役、花束は主役をひきたてるアイテム。そして、花屋はアイテムを作る名もない誰かでしかない。いわゆる裏方ってやつ。

もらった花束を讃えても花屋に感謝することはないだろう。その主役の人生には花屋は存在しない。存在するのは花束を贈った特別な人……その人だけだ。

裏方が主役から何か言ってもらえるわけがない。

まぁ、それでいいんだけどね。主役に花がきれいって誉めてもらえれば……僕は花屋として最高の一言をもらったと思ってるけどね」


うんうんと紫はうなずく。


「わかった? 紫ちゃん」


「わかりました」


「どういう風にわかったんだい? 言ってごらん」


日頃は結構ボーッとしている若店長だが、こと仕事に関しては厳しい人だ。

どなるように怒るわけではない。まるで仙人に言葉で諭されるように怒る。

若店長は売れ残りのバケツに入った花たちを一本一本つまみあげ始めた。

フローリストナイフで茎を短く切ってカップに入った緑のフローラルフォームに差していく。


「何、作るんですか?」


「紫ちゃんの答えがよかったらご褒美にあげる花束」


ニヤッと若店長が笑う。


「うーん……」


紫が張り切って考えるの見て若店長はクスクス笑いながら作業を続ける。


「うーんと、答えは、お客様のプライバシーを守ること」


うんうんと若店長はうなずく。


「花屋は存在が薄い」


ははははは、と若店長は笑う。


「他には?」


「えーっ、まだあるんですか? うーん、花屋は——花屋は——感謝されない」


「なぜ?」


(なぜ?)


紫は若店長が手先を器用に使って、黙々とブーケを作っていくのを眺める。いつもながらに手際がいい。


(まるで花たちに魔法をかけてるみたい。みるみる、花のデコレーション・ケーキみたいになってくるんだもん)


じっと若店長の手元を見つめていると、


「ん?」


と若店長がちらりと紫を見る。


「あれ? 答えは?」


「えー、思いつかない。花束が綺麗すぎて」


「そういう事だよ。僕が言ったのはそう言うこと。

綺麗って誉めてやって」


若店長は最後に青いセロファン紙でカップの底から花束全体をくるむように包んでいく。青いリボンで回りを一巻き。


「出来た。それじゃあ、紫ちゃんにご褒美だ。どーぞ」


若店長は花束をそっと紫にさしだす。


「わぁ、ありがとうございます」


紫は若店長が作った花束を受けとる。

若店長がサクサクっと作った花束は、ピンクのカーネーションを中心に、かすみ草やスイトピーやブルースターが淡い印象を与える花束だった。


「可愛い。私こういうの大好き。

店長は一分もあればこういうのが作れるなんて凄いですね。そんけ——」


「紫ちゃんくらいだよ、そう言ってくれるのは」


紫はクスクス笑う。


「店長は凄い。店長は偉い。店長は男前。いっぱい誉めましたよ。どーだ」


小首を傾げながら紫はクスクス笑う。


「紫ちゃんの機嫌がいい間に一つお願いを聞いてほしいな。君の写メをとっていいかな? その花束と一緒に」


若店長はそう言うと携帯をとりだす。


「えーっ、えっ、お化粧もしてませんよ。えっ」


カメラを向けられ条件反射的に紫は花束を胸の前で持ち、ピースをして笑っていた。


「綺麗にとれた」


若店長はたった今撮った画像を紫にみせる。紫も思わず自分の携帯を取り出した。


「店長も撮らせて下さい。私まだ店長の写真持ってませんから」


「撮るのはいいが、無断掲載禁止だぞ」


「……店長、何言ってるのかよくわからないんですけど」


紫は腕組みして座る若店長の写真を何枚かとる。


「学校の友達に店長ってどんな人か聞かれて説明に困るんです。だから、写真見せてって言われてて」


「まぁ、いいけど」


「ツーショットもいいですか?」


思いがけない発言に若店長はビックリする。二人はそれぞれの携帯で写真を取りあった。

紫が体を寄せてくるのに若店長は顔がにやけてしまう。


「大丈夫かい? ちゃんと写ってるかい?」


何故か紫は撮った映像をじっと見つめている。


(ニヤけた顔が写っちまったかな?)


紫がふわりと笑う。そして真顔で言う。


「店長って良く見ると、すごくかっこいいです」


「良く見ると、は余計だよ」


紫と若店長は二人で笑いあった。




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