第6話 如月
六時。
ほぼきっかりに『画家の花屋』にほっそりとした二十代前半と思われる男性が現れた。
紫と百合はその男性の容姿に息を飲む。完全な美の結晶のような人だ。
顎の線の細い色白の顔。すっきりと通った鼻筋。小さめの鼻。涙ふくろのはっきりした目は黒目がキラキラしている。そして口紅を塗ったかのように赤味を帯びた形の良い唇。
男性はまっすぐにレジカウンターに向かってきたが、紫と百合の視線を避けるかのように下を向いたままだ。
「あの……新田から預かってるものがあると思うんですが……」
ぶっきらぼうな話し方。そして、少し声が小さい。
「はい、お預かりしています。失礼ですが念のためお客様のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
と百合。
男性は少し黙りこんで迷った様子を見せたが、小さな声で答えた。
「如月……冬哉です」
すごくおどおどしている。
「ありがとうございます。新田様から受け賜わっております」
紫は百合の合図で新田から預かった一本のバラの包みを彼に渡す。
その花を見た時の彼の目はパッと輝いて口元も少しほころんだのを紫達は見逃さない。
「ありがと」
如月はそう言うとそそくさと『画家の花屋』を後にした。
その間一分もあっただろうか。
如月が帰るなり紫と百合は同時に「ほぉー」とため息をついた。
「なんか疲れたわね」
「はい。無駄に緊張しちゃって」
「すごく綺麗な子だったわね。あの子自身がまるでバラみたいに」
「本当に。男か女かちょっと迷うラインにいる人ですね」
如月冬哉は、紫達女性でさえ驚くほど目鼻立ちのよい優しげな整った顔立をしていた。髪を伸ばして「女性です」と言われれば信じていただろう。
ただ惜しいことに如月の着ていたものは青の半袖シャツにグレーのスラックスというお洒落とはほど遠い格好だった。足元のスニーカーもヨレていた。そのせいで彼の折角の美しさが安っぽく見えてしまっていた。
「どういう関係かしらね、新田さんと如月さんって」
百合の問いに紫はシンプルに答える。
「見たまんまだと思います。花を贈る仲」
「恋人ってこと?」
ここで二人は首をひねる。
(なぜ直接渡さないのか?。たった一時間のズレしかないのに)
「二人は会えない仲」
百合が閃いた、と声を上げる。
「不倫だわ」
「えっ」
紫は驚いて口をおおう。純粋な高校生の紫には不倫は不潔でイヤな話だった。
「新田さんはもう結婚してて、ある日突然あの二人は出会って恋に落ちたのよ。会いたいけど会えない仲、唯一の愛情表現がバラだったのよ」
「お母様……」
紫は少々引き気味だ。
確かに百合の予想した通り、新田と如月の関係がただならぬ不倫関係にあると判明するのは少し後になる。
大事なのは今日という日が、これから何日も何カ月も続く秘密の儀式の最初の一日だったということ。
紫はその日もいつもと変わりなく店じまいを済まし帰路についた。
頭の済みに夕方の出来事が繰り返し浮かんでは消える。その中で如月冬哉の姿がいつまでも紫の心をざわめかせていた。
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