第5話 あれ?
「あら、お客様だった?」
店の奥から若店長の母、百合が顔を出す。百合は少し日焼けした肌に切れ長の目をした美しい人だった。店が終わると絵画教室やテニススクールにも通っている。とても六十前には思えないバイタリティーを持っている人だ。
紫は今あった事を手短かに話す。
「あら本当、変なお客様ね」
百合はそうつぶやいて、レジ横のバケツに入るラッピング済みの赤いバラを見つめた。
そして壁に掛かっている時計を見上げる。
五時半。後三十分で当の如月冬哉が来るはずだ。
こんな手間のかかる贈り方をする客は今までなかった。どの客の場合も持ち帰るか、宅配か、予約かなのだ。
しかもバラ一本。百合の意見は、
「ケチねぇ」
となる。
「どうせ贈るなら、五千円以上のパァーッとした花束くらい買って下さいってのよ。ケチケチしないでさあ。
花束には贈る相手への愛を、感謝を、いたわりを込めるのよ。それなのにいっぽんとは。本当、ケチ」
紫は百合の隣りでクスクス笑う。
「新田様、そんなケチそうな人には見えませんでしたよ。どちらかと言うと先生とか公務員してそうなキチッとした感じのお金に余裕のある方に見えましたよ。
お顔もダンディな二枚目でした」
「あら、本当?」
百合は亡くなった夫似の二枚目が大好きだ。
「はい」
百合は腕組みしたまま考えこむ。
「バラ一本かぁ。
誰か家族とかに知られたらまずいから電話番号は記入しなかったのよねぇ。
怪しいわね」
「怪しい?」
紫は首をひねる。
「だってそうでしょう。男性から男性へ贈るのよ。変だと思わない?」
「言われてみれば……」
紫も今更不思議な気がしてきた。名前を伺った時には気付かなかったが、どちらも男性の名前だった。
「これがお菓子とか、腕時計とか、ゲームとかそういう物だったら、ああ、これはプレゼントなんだなぁ、二人は仲がいいなぁとか思うんだけど、バラという所がひっかかるわね」
百合はまるで探偵みたいに二人の関係を推理していく。
「バラの花言葉は愛、情熱、可憐ですね。
いつも来店されるお客様は恋人や奥様、芸能関係者に贈られますよね」
バラの贈り物は花言葉を気にされるお客が以外に多くいた。
「私も今それ思ってたのよ」
二人は顔を見合わす。
「まさか——」
「まさか、かもしれませんね。
新田様とてもステキな方だったから、あの方なら愛人がいてもおかしくないと思います」
「そんなにカッコイイ方だったの?」
「はい」
百合は会いたかったなぁとすごく残念がる。
「わかった。次の六時には絶対に店頭にいるからね。紫ちゃん五分前には奥に声かけてよね」
そういうと百合はまた店の奥へ引っ込んだ。事務処理がまだ終わらないのだろう。
若店長も配達の途中なのかまだ帰ってこない。
紫はレジ横の小さなバケツに置かれた当の赤いバラをマジマジと見つめる。
(一本かぁ)
ふと、春に若店長からもらった小さな白いバラの大きな花束を思い出す。
(言葉以上に花に想いを込めて。
あの時、若店長はどんな想いを込めてくれたんだろう?)
紫はいつもするように小首を傾げた。
「あれっ?」
(愛らしいという花言葉を添えてくれたのだけど……あれは言葉以上に追求してみれば………)
「えっ、あれっ?」
(まさか、そんなはずは無い……事もないはず)
紫にはそれが何か解りかけた。
急に自分の胸の鼓動が高鳴ってくるのがわかる。
(どうしよう、もし思っている通りだったら……。でも、でも………)
けれどなぜか否定してしまう。
若店長は大人。確か今年で三十一歳のはず。
紫とは十三歳も歳が離れた大人。
親に近い大人。
周りにいる同級生とは違う。
逆に言えば若店長の想いを受けとめるには自分があまりにも子供だとういうのを強く感じた。
( でも、花束というすっごい遠回しなやり方をするのは大人のやり方なのかしら?
若店長って、傷つき易い性格には思えないし、冗談ばっかり言うし……)
紫は一人店内でクスクス笑ってしまう。
(もしそうなら、返事は……)
紫はもう一度一本のバラの花束を見ながら考えこむ。そして、素敵な返事を返してみたくなった。
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