Kapitel.4 Reminiszenz
#1
リアセドは、自分を成り立たせているものが、結果からくる名声であるとはこれまで一度も考えなかった。
意志と行動。それが自分のすべてであると信じて疑わなかった。
今までも、そして――すべてが変わり果てる、これからも。
「あのリアセドが? まさか――」
「重要証拠を射殺したらしい、でもそれだけではないと――」
彼女はクリスタルの廊下を足早に歩いていく。その後ろについているのは、当然ゾルハだ。だが、もう相棒ではない。和解の機会は失われた。観察者ではない――監視者となったのだから。
「最近精彩を欠いていたとは聞いてたけど――」
「やはり、あの天使を殺したときから――」
周囲から聞こえてくる声、声。
それらすべてを無視して、リアセドは進む。
「ねえ、リアセド。天使が堕ちると、どこにいくのかしらね」
後ろから、ゾルハが聞いてきた。しかし、無視をする。
彼女もそれで良かったらしい。
二人は歩いていく。その細長く、円のごとく蛇行する廊下を。目的地に向けて。
「……!」
その途中、リアセドは通りがかった一人の天使と目があった。
「リアセド……」
以前の戦いで足を負傷し、自分が救った若い天使だ。名は、なんと言ったか。
彼女が、その表情に憂いを込めてこちらを見てきた。
廊下で自分の噂をしていた連中とは、態度が違った。
口元を堅く結び、おぼつかない足取りで立っている。
――それだけで分かった。
彼女がいったい、自分に対してどういう感情を抱いているのかを。
「……」
だからこそ、言う必要があった。
「私のことは、もう忘れて。職務に――励みなさい」
それだけ言って、顔を背ける。
それからふたたび歩き出す。
ゾルハが、余計なことを彼女に言わないことだけを願いながら。
若い天使は、去っていく二人を見つめていた。パートナーに声をかけられるまで、ずっと。
◇
『裁きの間』に与えられた広い空間。規則正しく並んだ座席、広く取られた天窓から降り注ぐ光。しかしそのいずれも、訪れた者に安らかな気持ちは与えられない。
――光を浴びる場所にたった時点で、その者の立場は明白だからだ。
「第一級天使・リアセド」
リアセドは弁明も何もしなかった。ただ沈黙を保ったまま、直立する。
「貴殿の行為が、いかなる違反に当たるのかを説明せよ」
前方の壇上に座る三人の天使――真ん中がシュヴァールだ――のうち、一人の長い髭を持った老人が厳かに言った。斜め下への光とともに、リアセドを打ち据える。
「第66条並びに78条の複合違反形式」
「よろしい」
老人は天まで届きそうな背もたれに背中を預けて、言った。
この時点で言いよどむようなことがあれば、更なる違反形式が追加される。分かり切ったことだ。
……後ろを見なくても、ゾルハが暇そうにしているのが分かる。
――ごめんなさい、ゾルハ。あなたの出番はないわ。
「では、判決を」
シュヴァールが言った。
彼女と目があった。
――その鋭い隻眼が語るものがなんであるか、リアセドは読みとらなかった。
自分と彼女の関係に、それは不要に思えた。
「第一級天使としての職務権限の剥奪。ただし、これまでの功績を鑑み、特別措置として特殊監房での禁固とする」
――温情ともいえる判決だった。
リアセドは、黙してそれを受け入れた。
すべてを告げた三人の大天使に礼をして、後ろへ引き下がる。すると、ゾルハが前に進んできた。その顔には薄笑――何も思わない。両脇から、長槍を構えた天使が歩み寄ってくる。
リアセドは彼等を見て、首を横に振った。
それだけで彼等は引き下がり、自分の前と後ろを固めるだけになった。
リアセドは裁きの間を去っていく。
その足取りは確かだったが、決して早くはなかった。
もはや――戻れない。
自分のミカエルへの信仰は、永遠に失われてしまった。
あとはもう、朽ち果てるだけ。
リアセドは既に、天使としての自我を放棄しつつあった。
◇
特殊監房は広く、しかし何もない空間だった。
彼女はそこに繋がれながら、ふたたび彼女のことを思った。
「――イリル」
もう、その想念に抵抗することもなかった。
これが、私なのだ。
――すべてを自ら壊して、今ここにいるのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます