#4

 天使たちは、まるで紙片のように軽やかに舞い降りて、小鳥の歩みのように速やかに仕事を始めた。


 戦慄する者たちを前にして、翼の生えた彼らの態度は冷淡そのもの。降り注いでくる銃弾を防御し、あるいは回避し――攻撃行動の準備を始める。

 雨音だけが響く静寂の世界の中で、天使たちが行進する。


 雑多な武装で迎え撃つ、哀れな違反者たち。今更比較するまでもないほどの、完璧な対照。

 天使たちは撃った、撃った。斬った、斬った。

 ――殺していく。通奏低音の如くに。


 リアセドは、任務の達成率がコンスタントに上昇していくのを確認しながら、後方で天使たちの動きを見ていた。


 まだ若いのに、みなよくやっている。

 肌を刺す寒さと地面のぬかるみ。ひとたび建物――大半は廃墟だが――に足を踏み入れれば、倍加された視界不良が襲ってくる。


 その中で彼らは、着実に違反者どもを倒していく。

 蝶のように血しぶきが舞い、蜂のように銃弾が突き刺さる。


 ――重畳。楽な仕事だ。

 今日は、自分がサポートに入らなくて済みそうだ。

 ……もっとも、ゾルハは。



 ……チェーンソーの甲高い音が、人々を恐怖に陥れ、一カ所に追いつめていく。その上部に据えられたガトリングが彼らの頭の上をなぎ払い、コンクリートに横一直線の弾痕を穿つ。

 彼女は微笑を浮かべながら、ゆっくりと前進する。

 彼らは撃ってきたが、最小限の動作で回避される。

 ――刃は、迫る。

 やがて、彼等の弾は切れた。

 ――まもなく、耳をつんざく金属音と悲鳴が、そこから聞こえてくる。



「まったく……」


 リアセドは奔放な相方にため息をつく。

 そして、歩く。

 ――今日は、はやく帰れそうだ。

 ちらりと、そんなことを考えた。


 それは、思考に余裕が生まれたからだった。

 ずいぶんと、簡単に仕事が終わりそうだからだ。


 ……そして、だからこそ。

 その回想は、彼女の頭の中に――するりと侵入してきた。



 イリル――かつての、パートナー。


 彼女は本当に強かった。

 そして、結論から言えば。

 リアセドにとって、彼女は絶対的なあこがれの存在だった。


 その長く、すべらかな髪。怜悧なまなざし。すらりとした長身。うつくしさとふるまい。そして――戦闘時の、氷のような非情さ。一片の慈悲も、反乱者たちに与えないその振る舞い。

 彼女の全てが、ミカエルの生き写しのようだった。


 だからこそ、リアセドは彼女にあこがれ続けていた。

 憧憬とは、今でも間違った感情とは思えない。

 ……その対象を、取り違えなければ。


 ――ねえ、リアセド。ミカエルの教えは、本当に正しいのかしら。


 そう。

 いったいいつからだろう。

 彼女が、そんなことを言うようになったのは。


 ある時から、イリルは何かがさび付いた。

 戦いの動きにも、精彩を欠くようになった。


 ――そして。

 彼女は、消えた。

 リアセドの前から。


 いったいなぜ、イリルは自由の解釈など求めたのだろう。

 なぜ、そんなものが正しいなどと思ったのだろう。


 何故、いったい何故――。



「――遂行率85を突破、繰り返す、作戦遂行率85を突破――」


 耳に侵入してきた通信で、リアセドはようやく我に返る。

 頭を振る。


「……何故、今になって」


 それは腹立たしいことだった。戦闘中であればなおのこと、もってのほかだった。

 しかしリアセドは、それ以上自分のことを責めなかった。それ以上にすべきことが、天使である自分にはあったし、何よりも。


 そこで彼女は耳にしたからだ。

 かすかな、ピアノの音を。


「……――」


 何故だろう。

 どこからだろう。

 まずは、それを調べるべきだった。ゾルハにでも、連絡をすべきだった。

 しかし、その時のリアセドは。


 『終盤』にさしかかり、激しさを増す砲火と悲鳴の混声をよそに、ピアノの音色が聞こえる方角へと、知らずのうちに、足を運んでいた。



 その先に、何が待っているのかも分からずに。

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