#4
天使たちは、まるで紙片のように軽やかに舞い降りて、小鳥の歩みのように速やかに仕事を始めた。
戦慄する者たちを前にして、翼の生えた彼らの態度は冷淡そのもの。降り注いでくる銃弾を防御し、あるいは回避し――攻撃行動の準備を始める。
雨音だけが響く静寂の世界の中で、天使たちが行進する。
雑多な武装で迎え撃つ、哀れな違反者たち。今更比較するまでもないほどの、完璧な対照。
天使たちは撃った、撃った。斬った、斬った。
――殺していく。通奏低音の如くに。
リアセドは、任務の達成率がコンスタントに上昇していくのを確認しながら、後方で天使たちの動きを見ていた。
まだ若いのに、みなよくやっている。
肌を刺す寒さと地面のぬかるみ。ひとたび建物――大半は廃墟だが――に足を踏み入れれば、倍加された視界不良が襲ってくる。
その中で彼らは、着実に違反者どもを倒していく。
蝶のように血しぶきが舞い、蜂のように銃弾が突き刺さる。
――重畳。楽な仕事だ。
今日は、自分がサポートに入らなくて済みそうだ。
……もっとも、ゾルハは。
◇
……チェーンソーの甲高い音が、人々を恐怖に陥れ、一カ所に追いつめていく。その上部に据えられたガトリングが彼らの頭の上をなぎ払い、コンクリートに横一直線の弾痕を穿つ。
彼女は微笑を浮かべながら、ゆっくりと前進する。
彼らは撃ってきたが、最小限の動作で回避される。
――刃は、迫る。
やがて、彼等の弾は切れた。
――まもなく、耳をつんざく金属音と悲鳴が、そこから聞こえてくる。
◇
「まったく……」
リアセドは奔放な相方にため息をつく。
そして、歩く。
――今日は、はやく帰れそうだ。
ちらりと、そんなことを考えた。
それは、思考に余裕が生まれたからだった。
ずいぶんと、簡単に仕事が終わりそうだからだ。
……そして、だからこそ。
その回想は、彼女の頭の中に――するりと侵入してきた。
◇
イリル――かつての、パートナー。
彼女は本当に強かった。
そして、結論から言えば。
リアセドにとって、彼女は絶対的なあこがれの存在だった。
その長く、すべらかな髪。怜悧なまなざし。すらりとした長身。うつくしさとふるまい。そして――戦闘時の、氷のような非情さ。一片の慈悲も、反乱者たちに与えないその振る舞い。
彼女の全てが、ミカエルの生き写しのようだった。
だからこそ、リアセドは彼女にあこがれ続けていた。
憧憬とは、今でも間違った感情とは思えない。
……その対象を、取り違えなければ。
――ねえ、リアセド。ミカエルの教えは、本当に正しいのかしら。
そう。
いったいいつからだろう。
彼女が、そんなことを言うようになったのは。
ある時から、イリルは何かがさび付いた。
戦いの動きにも、精彩を欠くようになった。
――そして。
彼女は、消えた。
リアセドの前から。
いったいなぜ、イリルは自由の解釈など求めたのだろう。
なぜ、そんなものが正しいなどと思ったのだろう。
何故、いったい何故――。
◇
「――遂行率85を突破、繰り返す、作戦遂行率85を突破――」
耳に侵入してきた通信で、リアセドはようやく我に返る。
頭を振る。
「……何故、今になって」
それは腹立たしいことだった。戦闘中であればなおのこと、もってのほかだった。
しかしリアセドは、それ以上自分のことを責めなかった。それ以上にすべきことが、天使である自分にはあったし、何よりも。
そこで彼女は耳にしたからだ。
かすかな、ピアノの音を。
「……――」
何故だろう。
どこからだろう。
まずは、それを調べるべきだった。ゾルハにでも、連絡をすべきだった。
しかし、その時のリアセドは。
『終盤』にさしかかり、激しさを増す砲火と悲鳴の混声をよそに、ピアノの音色が聞こえる方角へと、知らずのうちに、足を運んでいた。
その先に、何が待っているのかも分からずに。
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