2
通路は分岐し、合流し、交差し、あるいは行き止まりになったり、もとの場所に戻ってきたりした。それらの通路、扉のない部屋、ある部屋、施錠されている部屋、すべてを胸甲の男は調べさせた。
部屋のひとつで、先ほどの大トカゲが眠っていた。あらためて観察するとかなりの重傷を負っていた。犠牲者は出したものの、奮戦の甲斐はあったようだ。
胸甲の男はひげの大男に手招きをした。その重装備からは信じられないほど、ふたりは足音をたてずに近寄った。胸甲の男が前脚のうしろ、脇のあたりを貫いた。同時に、ひげの大男は首筋に斧を振り下ろした。
大トカゲは暴れ狂った。丸太のような四肢がのたうち回っても、ふたりは平然と身をかわし、とどめを刺した。胸甲の男は仰向けになったトカゲの腹を
すべての通路とすべての部屋を調べ終わると、最後にひとつ大きな扉だけが残った。
扉の手前で、胸甲の男は休憩を指示した。めいめいが腰を下ろし、
ならず者たちはいくつかのグループに分かれており、その半数が胸甲の男にたて突いた者の取り巻きらしかった。彼は仲間から赤狼と呼ばれていた。
赤狼たちから少し離れた場所に、胸甲の男は
胸甲の男は食事のために兜を脱いでいた。
彼らは食べながら、低い声で当たり障りのない会話を交わした。ひげの大男はアトクスン、浅黒い男はザローという名らしい。ふたりは胸甲の男を「閣下」と呼んでいた。古い顔なじみらしかった。
ローブの人物だけはひとことも喋らなかったが、たまさか投げかけられる胸甲の男の問いに、うなずくか首を横に振るかして答えていた。食事中も
食べ終わると、アトクスンとザローは武器の手入れをした。胸甲の男はローブの人物とことば少なに話したあと、帽子の男に扉を調べさせた。
扉には鍵がかかっていた。鍵穴はなかったが、壁を調べると手が入る大きさの四角い穴が見つかった。帽子の男は短剣を根元まで
引っぱり出した短剣の刃先に、毒虫が刺さっていた。勝ち誇った笑みを誰にともなく浮かべ、彼は穴の中の仕掛けを操作した。
そして、指を
ざわめくならず者たちをかき分け、ローブの人物が駆け寄った。
その横で、音をたてて
胸甲の男は遺体から短剣をとり上げ、扉のレールに噛ませた。
仕掛け扉の先にある階段を下りると、悪臭はいっそう強くなった。生き物の放つにおいと、死からただようにおいが入り混じったものだ。空気は夜のように冷たく、ザローには手にした
ローブの人物は、歩きながら地図を作っているようだった。分かれ道では壁に短剣でしるしを彫り、同じしるしを羊皮紙につけた。奇妙なことに、ペンを手にしていなかった。
いくつかの、なにもない部屋で無駄足を踏んだのち、彼らは鉄製の扉の前に立った。
鍵がかかっているのか、
その部屋は、百人が宴会できそうな広さだった。
アトクスンとザローは、あたりをうかがいながら部屋の奥へと歩みを進めた。テーブルも、椅子も、
床には、壁と違う種類の、丸い石の積み重なった山がいくつもあった。松明が長い影を作り、その影が炎とともに揺れた。積み重なった石にはどれも、大きくて丸い穴がふたつ開いていた。
その穴がすべて、侵入者のほうを向いた。
軽石どうしを打ち合わせるような音をたてながら、それぞれの石が山を転がり落ち、あるいは逆に登り、組み合わさって形を整え、そして起き上がった。
黄ばみ、ところどころ苔のような黒ずみにおおわれた骨は、完全に人の形となり、片手には剣を、もう片手には丸盾を
「ザロー!ピアニーを護衛しろ」とだけいって、胸甲の男は骸骨の群れへと
骸骨たちの動きは酔っ払いのように頼りなかったが、人間と同程度には正確で、また頼りないだけに、かえって予測が難しかった。胸甲の男は深く前進もしないかわりに、一歩も退かなかった。長剣を両手で握り、その場で踏みとどまって、骸骨たちの行く手を
彼は敵の攻撃を避けようともしなかった。打ちかかってくる剣は、剣で打ち返すか、兜や
その横ではアトクスンが戦っていた。これまでの
赤狼を筆頭に、ならず者たちも死に物狂いで反撃した。いざ命が
ザローは命令に従って、ローブの人物をかばった。重そうな
無力そうなピアニーは格好の標的だと思われたが、骸骨たちはザローばかりを狙った。一度は、ザローに切りかかった刃がそれ、ピアニーの前ではじき返されさえした。まるで透明な盾で防がれたように。
それでもやはり彼らは苦戦した。
骸骨たちは、恐れや痛みを感じないようだった。腕や脚を落とすか、頭を粉々にでもしないかぎり、何度でも起き上がった。
表情もなく、声ひとつたてず、仲間が倒れればその上を踏み越え、敵は群がってきた。何人かのならず者が命を落とした。しかし徐々に骸骨は数を減らし、ついにはすべて塵となって崩れ落ちた。
赤狼も、アトクスンも息を切らせていた。腰が抜けたように座り込んだ者もいた。
ただひとり、胸甲の男だけが悠然と兜をとり、部下をねぎらった。
「ザロー、彼女をよく守ってくれた。お前に任せれば王妃の首飾りと同じくらい安全だ。アトクスン、お前の斧は錆びていないな。北方戦役を思い出したよ」
彼は室内を検分し、隅でなにかを見つけ、ピアニーを呼び寄せた。
そこには、ぼろ布にくるまれた人骨が、うつぶせに横たわっていた。いましがたの
「死んで久しく、術だけが残っていたのだな」
胸甲の男のつぶやきに、ピアニーは答えた。
「すぐれた術者です。わたしではとうてい及びません」
低く押し殺していたが、たしかに女の声だった。
そこへ、
「こんな話は聞いていねえぞ!」
と、空気を震わせるほどドスの利いた声で、ならず者たちの頭領、赤狼が怒鳴った。
仲間から大仰な二つ名を頂戴し、恐れられるだけのことはある。その
胸甲の男は平然とした顔で答えた。
「お前たちの命を買う、と契約のときに伝えたはずだ」
「化け物が出るなんていわなかったろうが!それに薄ッ気味わりい魔法使いなんざ連れやがって!」
「では帰れ。残りの半金は払わん」
「ふざけるなよ、この老いぼれが!」
剣を前に突き出し近寄ってきた赤狼の前に、アトクスンの斧とザローの剣が交差された。
「いま帰るんなら、お前の命の値段は半金ぶんってことだな」
「赤狼とその手下は腰抜けだってことが街じゅうに知れ渡るだろうぜ」
赤狼はその名のごとく紅潮し、歯をむき出して獣のように
「ここを出たら、てめえらまとめてぶっ殺してやる」と
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