通路は分岐し、合流し、交差し、あるいは行き止まりになったり、もとの場所に戻ってきたりした。それらの通路、扉のない部屋、ある部屋、施錠されている部屋、すべてを胸甲の男は調べさせた。

 部屋のひとつで、先ほどの大トカゲが眠っていた。あらためて観察するとかなりの重傷を負っていた。犠牲者は出したものの、奮戦の甲斐はあったようだ。

 胸甲の男はひげの大男に手招きをした。その重装備からは信じられないほど、ふたりは足音をたてずに近寄った。胸甲の男が前脚のうしろ、脇のあたりを貫いた。同時に、ひげの大男は首筋に斧を振り下ろした。

 大トカゲは暴れ狂った。丸太のような四肢がのたうち回っても、ふたりは平然と身をかわし、とどめを刺した。胸甲の男は仰向けになったトカゲの腹をき、ひげの大男が頭を打ち落とした。

 すべての通路とすべての部屋を調べ終わると、最後にひとつ大きな扉だけが残った。

 扉の手前で、胸甲の男は休憩を指示した。めいめいが腰を下ろし、かたパンや干し肉、葡萄酒ぶどうしゅを口にした。



 ならず者たちはいくつかのグループに分かれており、その半数が胸甲の男にたて突いた者の取り巻きらしかった。彼は仲間から赤狼と呼ばれていた。

 赤狼たちから少し離れた場所に、胸甲の男は陣取じんどった。となりにローブの人物が、むかい側にひげの大男と浅黒い男が座った。矮人わいじん族の荷担ぎもそばに控えた。

 胸甲の男は食事のために兜を脱いでいた。

 鼻梁びりょうを通過して、古い傷跡が顔を横断していた。頭頂部近くまで禿げ上がり、もともと黒かったと思われる髪も、手入れのされた口ひげも半分以上白かった。落ちくぼんだ眼は賢者のような知性をたたえているようでもあり、苦行僧のようになにかに耐えているようにも見えた。がっしりしたあごで干し肉を噛み砕いている。

 彼らは食べながら、低い声で当たり障りのない会話を交わした。ひげの大男はアトクスン、浅黒い男はザローという名らしい。ふたりは胸甲の男を「閣下」と呼んでいた。古い顔なじみらしかった。

 ローブの人物だけはひとことも喋らなかったが、たまさか投げかけられる胸甲の男の問いに、うなずくか首を横に振るかして答えていた。食事中も頭巾ずきんをかぶったままだったので、素顔はうかがえない。

 食べ終わると、アトクスンとザローは武器の手入れをした。胸甲の男はローブの人物とことば少なに話したあと、帽子の男に扉を調べさせた。



 扉には鍵がかかっていた。鍵穴はなかったが、壁を調べると手が入る大きさの四角い穴が見つかった。帽子の男は短剣を根元までし込んで、奥を探った。

 引っぱり出した短剣の刃先に、毒虫が刺さっていた。勝ち誇った笑みを誰にともなく浮かべ、彼は穴の中の仕掛けを操作した。

 そして、指をまれでもしたように引き抜き、床に倒れた。苦痛にゆがんだその顔には、血の気がなかった。

 ざわめくならず者たちをかき分け、ローブの人物が駆け寄った。懐中かいちゅうから小びんを取り出し、中身を飲ませようとしたが、手を止めた。呼吸と脈拍をて、胸甲の男に首を振った。

 その横で、音をたててきしみ、つっかえつっかえしながら、扉が開いた。

 胸甲の男は遺体から短剣をとり上げ、扉のレールに噛ませた。



 仕掛け扉の先にある階段を下りると、悪臭はいっそう強くなった。生き物の放つにおいと、死からただようにおいが入り混じったものだ。空気は夜のように冷たく、ザローには手にした松明たいまつの熱すら届かないように感じられた。

 ローブの人物は、歩きながら地図を作っているようだった。分かれ道では壁に短剣でしるしを彫り、同じしるしを羊皮紙につけた。奇妙なことに、ペンを手にしていなかった。

 いくつかの、なにもない部屋で無駄足を踏んだのち、彼らは鉄製の扉の前に立った。

 鍵がかかっているのか、びついているのか、扉は押しても開かなかった。しかし、アトクスンとザローが力まかせに何度か蹴りつけると、腐食していた蝶番ちょうつがいがとれた。

 その部屋は、百人が宴会できそうな広さだった。

 アトクスンとザローは、あたりをうかがいながら部屋の奥へと歩みを進めた。テーブルも、椅子も、箪笥たんすも、棚も、家具調度はいっさいない。

 床には、壁と違う種類の、丸い石の積み重なった山がいくつもあった。松明が長い影を作り、その影が炎とともに揺れた。積み重なった石にはどれも、大きくて丸い穴がふたつ開いていた。

 その穴がすべて、侵入者のほうを向いた。

 軽石どうしを打ち合わせるような音をたてながら、それぞれの石が山を転がり落ち、あるいは逆に登り、組み合わさって形を整え、そして起き上がった。

 黄ばみ、ところどころ苔のような黒ずみにおおわれた骨は、完全に人の形となり、片手には剣を、もう片手には丸盾をたずさえ、おぼつかない足どりで男たちに近づいてきた。



「ザロー!ピアニーを護衛しろ」とだけいって、胸甲の男は骸骨の群れへとおどりかかった。

 骸骨たちの動きは酔っ払いのように頼りなかったが、人間と同程度には正確で、また頼りないだけに、かえって予測が難しかった。胸甲の男は深く前進もしないかわりに、一歩も退かなかった。長剣を両手で握り、その場で踏みとどまって、骸骨たちの行く手をはばんでいた。

 彼は敵の攻撃を避けようともしなかった。打ちかかってくる剣は、剣で打ち返すか、兜や籠手こてで受けた。骸骨たちの剣は錆びていて、分厚い装甲を貫くことができない。

 その横ではアトクスンが戦っていた。これまでの鬱憤うっぷんを晴らさんばかりの暴れようだった。骸骨を砕いた斧の分厚い刃が、勢いあまって胸甲の男の頭上を通り過ぎたほどだ。

 赤狼を筆頭に、ならず者たちも死に物狂いで反撃した。いざ命があやうくなれば、相手が人間だろうが化け物だろうが違いはない。化け物より人間のほうが、報復するだけ厄介やっかいなのかもしれない。

 ザローは命令に従って、ローブの人物をかばった。重そうなかばんを抱きしめ、心持ちおびえているように見えたが、うろたえてはいなかった。

 無力そうなピアニーは格好の標的だと思われたが、骸骨たちはザローばかりを狙った。一度は、ザローに切りかかった刃がそれ、ピアニーの前ではじき返されさえした。まるで透明な盾で防がれたように。



 それでもやはり彼らは苦戦した。

 骸骨たちは、恐れや痛みを感じないようだった。腕や脚を落とすか、頭を粉々にでもしないかぎり、何度でも起き上がった。

 表情もなく、声ひとつたてず、仲間が倒れればその上を踏み越え、敵は群がってきた。何人かのならず者が命を落とした。しかし徐々に骸骨は数を減らし、ついにはすべて塵となって崩れ落ちた。

 赤狼も、アトクスンも息を切らせていた。腰が抜けたように座り込んだ者もいた。

 ただひとり、胸甲の男だけが悠然と兜をとり、部下をねぎらった。

「ザロー、彼女をよく守ってくれた。お前に任せれば王妃の首飾りと同じくらい安全だ。アトクスン、お前の斧は錆びていないな。北方戦役を思い出したよ」

 彼は室内を検分し、隅でなにかを見つけ、ピアニーを呼び寄せた。

 そこには、ぼろ布にくるまれた人骨が、うつぶせに横たわっていた。いましがたの乱痴気らんちき騒ぎには見なかった顔だ。

「死んで久しく、術だけが残っていたのだな」

 胸甲の男のつぶやきに、ピアニーは答えた。

「すぐれた術者です。わたしではとうてい及びません」

 低く押し殺していたが、たしかに女の声だった。

 そこへ、

「こんな話は聞いていねえぞ!」

と、空気を震わせるほどドスの利いた声で、ならず者たちの頭領、赤狼が怒鳴った。

 仲間から大仰な二つ名を頂戴し、恐れられるだけのことはある。その強面こわもてを見れば、子供なら泣き出すだろうし、大人でもたいていは縮み上がるだろう。

 胸甲の男は平然とした顔で答えた。

「お前たちの命を買う、と契約のときに伝えたはずだ」

「化け物が出るなんていわなかったろうが!それに薄ッ気味わりい魔法使いなんざ連れやがって!」

「では帰れ。残りの半金は払わん」

「ふざけるなよ、この老いぼれが!」

 剣を前に突き出し近寄ってきた赤狼の前に、アトクスンの斧とザローの剣が交差された。

「いま帰るんなら、お前の命の値段は半金ぶんってことだな」

「赤狼とその手下は腰抜けだってことが街じゅうに知れ渡るだろうぜ」

 赤狼はその名のごとく紅潮し、歯をむき出して獣のようにうなった。こう見えて、進む危険と戻る損失を天秤てんびんにかけているのだろう。結局、

「ここを出たら、てめえらまとめてぶっ殺してやる」と台詞ぜりふを吐き、剣を収めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る