地下墓地の怪物

桑昌実

 暗闇の中で、金属のぶつかり合う鋭い音と、石を周期的に打つ重い音がかすかに聞こえ、近づいてきた。

 その足音は堂々たる征服者というより、こすっからい盗賊のようなうしろめたさを感じさせたが、かびくさい静寂を破るには充分だった。反響からすると、壁で囲まれた狭い場所のようだ。

 やがて、黄色みがかった光が角を曲がって現れた。



 先頭で松明たいまつをかざすのは軽装の男。目深まぶかにかぶった帽子の下からあたりを警戒している。髪とひげを伸ばし、鎖帷子くさりかたびらをまとったいかつい男と、革鎧を身につけた、縮れ毛で浅黒い肌の男が続く。

 そのうしろを歩くのは、鈍く輝くはがねの胸甲を着込んだ男。たる型の兜に隠れ、顔は見えない。

 ならず者らしい姿も十人ばかり数えられる。ほかに、やはり松明を持ち、荷を担いでいる矮人わいじん族がひとり。

 物騒ぶっそうな雰囲気をただよわせた一団で目にとまったのは、頭巾ずきんつきローブで全身をおおう人物だ。布製の大きなかばん華奢きゃしゃな肩にかけ、粗末な木の杖を握っているが、歩みに危なげなようすはない。

 彼らの足音に交じって、松明のはぜる、耳に苛立いらだたしい音もいまやはっきりと聞こえる。



 前方を見通すには弱すぎる、黄色い光に照らし出された通路は、ふたり並んで歩くのが精一杯といったところで、天井も頭がつかえそうな高さだった。ところどころに浅い水たまりがあるらしく、しぶきのはねる音もする。陽光の下で見れば顔をしかめるような汚水に違いない。

 突然、明かりの中に毛玉が浮かび上がった。

 毛皮は薄汚れ、濡れていて、猫ほどの大きさだろうか。甲高かんだかい声をあげて走り去った。

 ネズミだった。前列の誰かが小さなため息をついた。

 それからいくらも進まないうち、曲がり角にさしかかったとき、百匹あまりの大ネズミがてんでに耳ざわりな鳴き声をあげ、彼らを襲った。

 胸甲の男は短剣で応戦したが、群れを相手どるには不足だった。帽子の男は抜け目なく後列へ退しりぞいている。ひげの大男は斧ので押しつぶそうとしたが、水音をたてるばかりだった。浅黒い男の得物えものは、短い持ち手に四、五本の鎖をたばねた殻竿からさおで、これのみがわずかに効果を上げていた。

 曲がり角に突き当たったせいで、全員が密集していた。おまけに相手は小さく、素早く、数も多かった。ならず者たちの中には、武器を構えるひまもなくかじられ、悲鳴をあげる者や逃げ出す者までいるありさまだった。

 ところが、ネズミたちはなんの前触れもなくそろって動きを止め、あたりを見まわしたかと思うと一斉に身をひるがえし、どこへともなく消え去った。

 ならず者たちがあっけにとられている中、帽子の男だけは薄気味悪そうにローブの人物へ目をやっていた。ネズミたちが逃げ出す直前に、その人物が奇妙な韻律の異国語をつぶやくように唱えるのを耳にしたからだ。



 負傷者はいたが、治療の必要はなさそうだった。逃げ出した者たちも、仲間内での株が下がることを恐れてか、報酬の残り半金を惜しんでか、ある者はバツの悪そうな表情で、ある者は何食わぬ顔をして、戻っていた。

 やがて通路は広くなり、左右に分岐した。胸甲の男が帽子の男と浅黒い男に偵察を命じた。残って待機した者たちの間には、緊張がゆるんだのか、声をひそめた軽口と、それに答える抑えた笑い声も聞かれた。

 帰ってきたふたりから報告を受け、胸甲の男はわずかに思案したのち、右の道を指さした。

 しばらく進むと道は左に折れ、壁にかしの扉があった。鉄のわくがはまっており、びついた錠前がかかっていた。

 帽子の男が扉の前にしゃがみ込んだ。小脇の道具入れから細い棒を二本取り出し、鍵穴にし込んだが、うまくいかないようだ。油をし、別の道具で中を引っかくようにしてさびをこそぎ落とし、彼はふたたび錠前はずしを使った。今度は成功した。

 胸甲の男は帽子の男とローブの人物を連れて、部屋に足を踏み入れた。ひげの大男と浅黒い男も後に続いた。

 部屋の壁はひどくいたんでいた。崩れてこそいないものの、大きなひび割れがいくつもあり、石が抜け落ちているところもあった。

 脱落箇所の穴は壁土も見えないほど深く、どこからか汚水が染み出していた。カビや苔がこの部屋の主らしい。這って移動する不快な生き物が残すたぐいの跡も見られた。

 落ちた壁石、陶器の破片や腐った木材といったがらくたのほかには、なにも見つけられなかった。それらが形をなし、役割を果たしていたのは百年かそれ以上の昔だろうと思われた。



 部屋から出て、通路をしばらく進んだところで、彼らは巨大なトカゲに遭遇した。

 大人の腕でふたかかえほどの胴まわり。尾が長く、体重は牛二頭ぶんほどもありそうだった。主食のネズミを求めて縄張りを巡回していたら思わぬご馳走にありついた、といったところだろうか。

 胸甲の男は長剣を抜いた。ひげの大男は斧を、浅黒い男は剣を振るった。ならず者たちも数を頼みに攻撃している。その巨体がわざわいしてか、大トカゲの動きは緩慢だった。

 しかし不意に、予期せぬ素早さで、大トカゲは首を伸ばし、ならず者のひとりを頭から捕食した。そのときの動きをはっきりと見た者はほとんどいなかった。

 犠牲者を半ばまで飲み込んだまま、まるで侵入者たちを嘲笑あざわらうように、大トカゲは悠々と後ずさりして闇の中へ消えた。

「追うな!」

 胸甲の男が、低く威厳のある声で命令した。

「やつはたらふく食った。消化するのに数日はかかる」

 それまでは出くわしても襲ってはこない、ということだろう。ならず者のひとりが、

「助けねえのか、仲間を」とあけすけに睨みつけた。胸甲の男のかたわらで、ひげの大男が、

「飲み込まれたときに首の骨が折れてるさ」と答えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る