地下墓地の怪物
桑昌実
1
暗闇の中で、金属のぶつかり合う鋭い音と、石を周期的に打つ重い音がかすかに聞こえ、近づいてきた。
その足音は堂々たる征服者というより、こすっからい盗賊のようなうしろめたさを感じさせたが、かびくさい静寂を破るには充分だった。反響からすると、壁で囲まれた狭い場所のようだ。
やがて、黄色みがかった光が角を曲がって現れた。
先頭で
そのうしろを歩くのは、鈍く輝く
ならず者らしい姿も十人ばかり数えられる。ほかに、やはり松明を持ち、荷を担いでいる
彼らの足音に交じって、松明のはぜる、耳に
前方を見通すには弱すぎる、黄色い光に照らし出された通路は、ふたり並んで歩くのが精一杯といったところで、天井も頭がつかえそうな高さだった。ところどころに浅い水たまりがあるらしく、しぶきのはねる音もする。陽光の下で見れば顔をしかめるような汚水に違いない。
突然、明かりの中に毛玉が浮かび上がった。
毛皮は薄汚れ、濡れていて、猫ほどの大きさだろうか。
ネズミだった。前列の誰かが小さなため息をついた。
それからいくらも進まないうち、曲がり角にさしかかったとき、百匹あまりの大ネズミがてんでに耳
胸甲の男は短剣で応戦したが、群れを相手どるには不足だった。帽子の男は抜け目なく後列へ
曲がり角に突き当たったせいで、全員が密集していた。おまけに相手は小さく、素早く、数も多かった。ならず者たちの中には、武器を構えるひまもなく
ところが、ネズミたちはなんの前触れもなくそろって動きを止め、あたりを見まわしたかと思うと一斉に身をひるがえし、どこへともなく消え去った。
ならず者たちがあっけにとられている中、帽子の男だけは薄気味悪そうにローブの人物へ目をやっていた。ネズミたちが逃げ出す直前に、その人物が奇妙な韻律の異国語をつぶやくように唱えるのを耳にしたからだ。
負傷者はいたが、治療の必要はなさそうだった。逃げ出した者たちも、仲間内での株が下がることを恐れてか、報酬の残り半金を惜しんでか、ある者はバツの悪そうな表情で、ある者は何食わぬ顔をして、戻っていた。
やがて通路は広くなり、左右に分岐した。胸甲の男が帽子の男と浅黒い男に偵察を命じた。残って待機した者たちの間には、緊張がゆるんだのか、声をひそめた軽口と、それに答える抑えた笑い声も聞かれた。
帰ってきたふたりから報告を受け、胸甲の男はわずかに思案したのち、右の道を指さした。
しばらく進むと道は左に折れ、壁に
帽子の男が扉の前にしゃがみ込んだ。小脇の道具入れから細い棒を二本取り出し、鍵穴に
胸甲の男は帽子の男とローブの人物を連れて、部屋に足を踏み入れた。ひげの大男と浅黒い男も後に続いた。
部屋の壁はひどく
脱落箇所の穴は壁土も見えないほど深く、どこからか汚水が染み出していた。カビや苔がこの部屋の主らしい。這って移動する不快な生き物が残すたぐいの跡も見られた。
落ちた壁石、陶器の破片や腐った木材といったがらくたのほかには、なにも見つけられなかった。それらが形をなし、役割を果たしていたのは百年かそれ以上の昔だろうと思われた。
部屋から出て、通路をしばらく進んだところで、彼らは巨大なトカゲに遭遇した。
大人の腕でふたかかえほどの胴まわり。尾が長く、体重は牛二頭ぶんほどもありそうだった。主食のネズミを求めて縄張りを巡回していたら思わぬご馳走にありついた、といったところだろうか。
胸甲の男は長剣を抜いた。ひげの大男は斧を、浅黒い男は剣を振るった。ならず者たちも数を頼みに攻撃している。その巨体が
しかし不意に、予期せぬ素早さで、大トカゲは首を伸ばし、ならず者のひとりを頭から捕食した。そのときの動きをはっきりと見た者はほとんどいなかった。
犠牲者を半ばまで飲み込んだまま、まるで侵入者たちを
「追うな!」
胸甲の男が、低く威厳のある声で命令した。
「やつはたらふく食った。消化するのに数日はかかる」
それまでは出くわしても襲ってはこない、ということだろう。ならず者のひとりが、
「助けねえのか、仲間を」とあけすけに睨みつけた。胸甲の男のかたわらで、ひげの大男が、
「飲み込まれたときに首の骨が折れてるさ」と答えた。
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