水晶のチョコレート

 もうきっとこの町には来ない。ローズに会いに行こうと思えば行けるだろうが、ミネンにあんなことを言ったのだから、もうあの町に自分の居場所はない。メルは薄々察していた。


 こんな寒い夜に町を出ていくなんて思っていなかった。寒さから気を紛らわそうとバスケットのチョコレートを一粒ずつ口に入れながら歩いていく。甘い。甘すぎて、これを作った男のことを思い出してしまいそうになる。


 最後のチョコレートの一粒を食べ終えて、もう一つの桃色の箱を開ける。そこには鮮やかな黄色の、メルの大好物があった。


 そして小さな手紙も。


 手紙をかじかんだ手で開く。結局ローズの嘘は哀しいものばかりじゃなくて、あの温かな時間をどうしても捨てきれなかった。水晶だろうがガラス玉だろうが、本人にとって水晶ならそれは水晶でいいのだ。


【メルへ。きみは僕のことが嫌いかもしれません。でも、僕は婚約者も大切な町よりも、きみ_______】


 相変わらず、子供みたいな人だと思った。嘘も吐くけど、手紙の文面もありきたりだけど、ちょっと口も悪いけど、痛いほどに透き通った人。


「……ごめんね」


 もし彼と一緒に旅をしたら。そんなことを思ってしまうほどに真っ直ぐな人だった。


「_____♪」


 瞼に溜まる涙をこらえながら、小さな声で歌を歌う。気を紛らわすように、悔やむように、祈りを込めるように。


 もう会えない初恋の人の、幸せを祈るように。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る