エピローグ
『…「人間界」…達は…だ』
人間界、会話の内容のほとんどが聞き取りづらかった中で、その単語だけが、はっきりと…まるで耳元で話してくれたかのように、自分の耳へと届いた。
「・・・」
何か…ざわざわっとした。
全身の毛が総毛だって…、騒ぎ立ててくる…。
ここで聞く初めての単語、でもそれが自分にとって関わりのない単語であるとは、到底思えない。
だって…、知っているから。
きっと自分は、その人間界という場所を知っているから…。
その世界を…、その現実を…知っているから……。
---[01]---
聞き耳を立てるように、扉に近づけていた体が…、自然と離れていく。
聞くべきではなかった?
夢を壊す…足元が崩れ落ちるソレを、知識を得るべきではなかった?
わからない。
嫌な感じ…。
なんでこんなにも、胸がざわつくの?
なんで…、なんでこんなにも気持ちがイイの?
わからない。
自分が…心の奥底で何を求めているのか、それがわからない。
その繋がりが恋しくて…恋しくて…とても愛おしいくて…。
部屋のドアが開いて、そこから出てきたその人に、ただ笑顔を浮かべていた。
---[02]---
「なんかいつもと違って気持ちが悪い」
「ブッ!?」
口に含んだ味噌汁が、胃袋へと進む前に逆流をする。
何とかテーブルの上に撒き散らさなかったものの、口の周りは見事に味噌汁まみれだ。
「何が気持ち悪いって?」
そんな汚れた口周りをティッシュで拭きとっている中、自分の前に座る文音は不思議そうな表情をした後、考え込む様に首を捻った。
「ん~…、なんでだろ?」
「おい」
自分から話を振って来たっていうのに、言った本人が何でだろう…て。
---[03]---
「ん~…ん~? ん~…、なんかさ。夏喜、スッキリしたような表情しているように見えるのに、悩みを抱えてそうな顔してるから」
「いや、言っている意味がよくわからん」
「うん、私も」
真顔で返してくるなよ…、真顔でさ…。
「とにかくいつもと違うって話。なんか変な夢でも見たの?」
「変な夢…ねぇ」
「いつも話してるフェリスって女の人になる夢の話?」
「・・・」
なんて答えたらいいのやら。
---[04]---
「まぁ結局夢じゃん。変わってるとは思うけど、現実は現実で夢は夢…でしょ?」
「そうなんだがな。とにかくリアルな夢だから、物事1つ1つがこっちと繋がってるような錯覚を起こすんだよ」
「でも、結局錯覚だ」
「お前は、こういう夢を見ないのか?」
「私? 見てたら、全力で夏喜演じるフェリスを探す事に全力を注いで、きっとそれで満足しちゃうと思うけど」
「・・・なんか怖い」
「ちょっとっ!」
「ぶふっ…ふふふ…」
「あ!? からかったな! こっちは心配して真面目に答えてるのに!」
---[05]---
「あはは。すまんすまん」
「も~」
「気持ちだけもらっておく。実際、同じ夢を見る…なんて普通出来ないだろ?」
「当たり前じゃん」
そう…、それが当たり前なんだ。
そのはずなのに、俺の夢はそうではないと、もう知っている。
「…じゃあさ。興味本位で聞くんだけど、お前は昨日どんな夢を見たんだ?」
「え? 私?」
あり得ないとわかりきっていても、夢の世界は、他者も見る世界なのだと知って、そこの繋がりを探してしまう。
「そう。こう変わった夢ばかり見てると、普通ってのがどんなのか思い出せなくなってくるんだよ。参考までに教えて」
---[06]---
「私の夢…か~。ん~…ん~?」
文音は、箸をおき、考えに頭を巡らせる。
「思い出せない」
「そうなの?」
「うん。改めて考えてみると、私、最近夢を見ないんだよね~」
「へ~。なんか、そう言う人もいるって、前にどっかで聞いたか見たかした覚えがあるな。まぁ実際には、それって単純に覚えてないだけとからしいぞ」
「だから、覚えてない」
「…本当に?」
「ほんとうに」
「・・・、そうか。人に言えないような夢を見てるんじゃ、そうなるよな」
---[07]---
「ちょッ! 変な言い方しないで! それじゃまるで、私が如何わしい夢でも見てるみたいじゃん!」
「あはは、如何わしいってなんだよ? 言えない理由なんて人それぞれだと思うけど。普段の自分とは真逆の自分になる夢とか、友達に言えないような趣味に興じる夢とか、恥ずかしくて話せないだろ? もちろん、お前の言う如何わしい事をする夢とかもな」
「そ、そんなのきっと見てないからッ!」
「はいはい。わかったよ」
「も~。なんか、今日の夏喜は意地悪…というか…」
「わるい。変なテンションになってるのは認めるよ」
---[08]---
確かに、普段言わないようなことで文音をからかってる気がする。
身が軽くなったりしたか?
夢を思い返せば、むしろ悩みが増えたように思えるけど、それでも、何もわからなかった時より、何倍もマシだ。
悩み…問題は、持っているのも大変な程、俺じゃ持っていられないかもしれない程の、重み…責任だけど、その置き場所を見つけたとでも言えばいいか?
問題は消えなくても、その重みを感じない様にする方法を見つけられたかな?
「どうしたの?」
「いや、自分の心に右へ左へ、右往左往してんなって」
「見たの…嫌な夢だったの?」
「どうだろうな。もう見たくないって思ってないなら、嫌うような事はなかったんだろ」
---[09]---
「ふ~ん。なら一安心だ。あんまり悩んでると、あの2人が夢の話にもっと興味持っちゃうところだったよ」
「あ~、なくはないだろうけど、いくらなんでも悩みは聞いてもこっちの気持ちを無視して掘り下げてはこないだろうさ」
「そう…かな…」
「そう信じたい…と、つい話し込んじまったな。さっさと食べないと、冷めるぞ?」
「え? あ…」
文音の前に並ぶ料理を一瞥しながら、俺は最後の一口を口へと運び、食器を片付ける。
「あ、私がやっておくよ」
---[10]---
「いい、いい。その辺は気を使わなくて。前にも言ったが、ただでさえできる事が減ってるんだ、出来る事はやっていかないと」
「う…うん」
「気持ちはありがたく受け取っておく。一緒に生活し始めたおかげで、なんだかんだ助かってるからな。常に1人でやり続けるのと、誰かの助けがあるの…、やっぱり違うし」
「・・・うん」
「…そう言えば、もう冬休みに入るけど。そうなると、それが終わればすぐに今期に卒業する先輩方の卒業制作展があるな。お前はどうするんだ? 去年はバイトがあるって来なかったけど」
---[11]---
「夏喜は行ったんだっけ? どんなだった?」
「制作展ていう程、堅苦しいモノじゃなかったな。卒業しない連中…特にサークルやってる連中が露店とか出して、半分学祭みたいだったよ。まぁ当然学祭程そっちは派手じゃないけど。俺も弟達の世話があって、あまり見れなかったから今度はちゃんと見たいし、そっちがよければ一緒に行かないか?」
使った食器をシンクに置いて、振り返った俺はそこに腰を預ける。
「まぁ同じ屋根の下で同居してるわけだし、たまには外で親睦でも深めようかなって」
同じ学校に行っている時点で、外での親睦は十二分に深められている訳だが…。
少しでも、時間を作りたい、一緒に居る時間を。
「……く…、行くッ!」
---[12]---
俺の誘いに、呆気に取られたような表情を浮かべていた文音だったが、その曇りを晴らすように笑った。
断られるとは思っていなかったけど、賛成してもらえると、なんだか嬉しい。
「というか夏喜?」
胸をホッと撫で下ろし、食器類の片付けに入る。
「ん?」
「デートがしたいなら、デートしようって言えばいいじゃん」
「・・・」
思わず食器が手から滑り落ちそうになる。
考えなかった訳じゃないが、やっぱりデートって事になる…よな。
「そういう事は言わないでくれ。なんか恥ずかしくなってくる」
---[13]---
「知り合いは、そもそも私達が同居してる事だって知ってるのに、今更何を恥じらうのさ?」
痛い所を突いてくるな。
「まぁ、ありがと。一か月前に決めておかないと、私がバイトの休みを取りづらいもんね」
「おお…」
「ふふ」
今、文音の顔を見る事は出来ないけど、笑ってくれているの…かな?
・・・妙な緊張感だ。
慣れない事をするもんじゃない。
それでも…、それでも…今、俺がやるべき事、それをやっていかなきゃいけないんだ。
もう…、俺に残っているモノを、手からこぼさないために。
1つが無くなっても、心の支えを失わないために…。
俺は…。
私は…。
…つづく…。
Gift of Nightmare【EP3】 野良・犬 @kakudog3
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