第十五章…「その決意の眼差しの先には。」
…イタイいたいイタイ…
自分の腕が宙を舞うのが見えた。
体は自由が利かず、自分の足が…手が勝手に動く。
目に見えているだけでも、自分の状態が普通でない事はわかる。
でもどうする事も出来ない。
だって動かない。
助けを求めようとしても、声が出ない。
誰も何もしてくれない。
私が何をしたというのか。
何をしたら、手が斬られるのだろう。
何をしたら、お腹を斬られるのだろう。
何をしたら…、こんな化け物になってしまうのだろう。
涙がとめどなく溢れ出る。
---[01]---
…ヤメテやめてヤメテ…
リータさんを丸太のように太い手が、地面へと叩きつけるのが見える。
そんな事をしたら彼女が…。
私は化け物になっている…、少なくとも人と呼べない姿だ。
そんな私に対して、剣を振るう事、それが間違いとは思わない。
今日初めて会った子、フェリス・リータ、彼女はなにか隠しているように見えたけど、悪い事をするようには見えなかった。
軍の人で…、そんな彼女の前には私が…化け物がいる。
その相手に剣を振るう事、それは彼女の成すべき事、おかしいのは私…私の方だ。
なんで、なんでこんな事になっているの?
私は、私はいつものように、あの人の為にご飯を作ってあげたいだけなのに、怖がっているあの人を慰めてあげたいだけなのに。
---[02]---
…ワカラナイわからないワカラナイ…
どうしてこんな事になっているの?
最近よくあった。
記憶がブツブツと切れて飛ぶ事が…。
怖いよ。
夢をよく見るんだ。
此処じゃないどこか建物ばかりが並ぶ場所で、あの人と生活していた夢を。
気づけば、いつの間にか真っ白な部屋で、私はベッドの上にいる。
いつも…、いつもそこで今にも泣きそうな顔で笑顔を作るあの人が、…体調が良くなったら、2人で家に帰ろう…て言って終わるんだ。
いつもそう…いつもいつも…。
---[03]---
それを見た日の朝は、必ず早くに目が覚めて、胸が苦しくなる、頬には涙が流れた跡があるんだ。
帰りたい…、私、帰りたいよ。
…助けて、助けてよ、「とし君」……
「今日中か、二日後か、三日後か、あの体が完全に崩壊するのがいつになるかは、こちらも分りません」
「それはあくまで崩壊を待つ事を前提にして…よね」
「はい。魔力酔いで魔力の制御が利かない状態であるのなら、力を使うにしても今まで通りとは行かないでしょう。それこそ、他人に対しての能力の行使は、細かな魔力の制御の元に行われるものですから、今は使えない。使えたとしても、今の私、そしてフェリスさんには通用しないモノです」
---[04]---
「それを聞いて安心した」
倒せるモノなら倒したい所だけど。
チラリと、後ろを振り返る。
少し離れた場所に、地面に膝を付き、いくつかのパロトーネとにらめっこを続けるエルンの姿がそこにはあった。
やる気を出している時のエルンは頼もしい。
初対面の印象は、その辺の頼もしさなど微塵も感じなかったが、今となっては遠い昔の話だ。
エルンが準備するのなら、私はそれを信じる。
私の役目は、悪魔を倒す事じゃなく、止める事。
エルンの準備が整うまでの時間稼ぎだ。
---[05]---
守る事、それはフェリス・リータが一番得意とする所だと聞いた。
ならこれからの戦いは、きっと私の独壇場、それで負けるわけにはいかない。
トフラもいるのだから、尚更緊張する必要は無いのだ。
ヴァージットという守るべきものは増えたけど、きっと大丈夫。
私…いや、フェリス・リータならきっとやれる。
彼の為にも、彼女を止めなければ。
「さて、相手の魔力の流れが動けるぐらいまで落ち着いてきました。そろそろ来ます」
「はい…」
相手が動けない時は、余裕を持てば自分達の体を休める事の出来る時間だ。
といっても、少しでも体に流している魔力を弱めれば、全身を痛みが襲う。
今はただその体を襲っている悲鳴に対して、それに耐えうるだけ、悲鳴が悲鳴にならなくなるまで、体を魔力で強化しているだけだ。
---[06]---
さっき地面に叩きつけられたのが、それをやらないといけなくなった最大の理由。
疲れから来る息の荒さも、完全に無くなる事は無かった。
耳に届いていたうめき声は聞こえなくなり、今まで頭を抱えていた悪魔の腕は、だらりと地面に向かって垂れ落ちる。
斬り落としたはずの彼女の腕は再生、私が斬ったであろう部位には、生々しく赤い一線を引いていた。
「来ます」
トフラがつぶやく。
いよいよだ、手に持った剣を握る手に力を入れたその時…。
「…ッ!」
相手の動きがより一層の鋭さを見せた。
鋭利な刃物の如く、相手を殺す事を存在意義とでも言わんばかりに尖っていた。
---[07]---
その動きもより速さを増して、瞬く間に飛んできた巨体、その腕から突き出される拳を防いで見せるが、タイミングがズレ、体勢は崩れる。
そんな視界の中、トフラが動くのが見えるが、悪魔もこちらに追撃する事無く、彼女の方へと動いた。
トフラの振るう剣を跳び越えて、空中で回転しながら蹴りを入れる。
彼女は一瞬困惑した表情を浮かべ、ガードが遅れてその蹴りが直撃。
蹴り飛ばされる彼女を助けようと、体勢を立て直してすぐ動くが、それを悪魔が阻む。
『邪魔ナ害虫共がっ!』
振り下ろされる拳を避け、反撃しようとするが、相手の攻撃は止まる事無く、悪魔は地面にめり込んだ拳を地面ごとそのままめくり返す。
---[08]---
勢いよく上げられた地面の残骸が砕け、破片がこちらを襲ってきた。
破片のいくつかが体に当たり、痛みこそないモノの、体がよろける。
それを好機と見てか、先ほど以上に大振りな動きを見せる悪魔。
防がなければ…と、咄嗟により一層体への魔力強化をしようとする。
自分に襲い掛かる豪腕に向かって、私は体勢を崩して片手で持っていた剣を、両手で持つ手間すらも惜しんでフルスイングした。
まるで鉄柱を思い切り殴ったような衝撃が襲う。
剣を伝い、手の平を通り、皮…筋肉…骨を通じて、全身へと響き渡っていく。
「ぐ…ッ」
お互いの体勢が崩れる。
体が痺れるように震え続けるそんな中で、体が後ろへと倒れていくのを、これでもかと足を地に付けて踏ん張った。
---[09]---
ガリガリと剣の切っ先が地面をなぞり、折り返すように、なぞった部分をまたなぞって、その刃が悪魔を襲う。
体の大きさが変わったようには見えない悪魔だが、その身のこなしは明らかにさっきまでよりも早い。
体勢を立て直すのは、お互いにほぼ同時だった。
しかし、私との距離をすぐに離して、振るわれた剣は悪魔を斬らず空を斬る。
力が空回りし、より大きな隙ができた所で、相手との距離が縮む。
防御を…。
攻め手と受け手、攻め手として、一手二手、先を行った悪魔に隙は無い。
相手が攻めに転じてから、遅れて防御をし始めた私の手はあえなくかわされる。
重く不確実な一撃よりも、速く確実な一撃を選択した悪魔の左拳が、防御しきれなかった横腹にめり込む。
---[10]---
「ガハッ!」
外的要因で腹を圧迫され、内臓を押しつぶされる感触は激しい吐き気となって私を襲う。
体は吹き飛び、地面を転がって止まった先で、思わず胃袋の中身を地面にまき散らした。
気持ち悪さに目まい、辛さが頭の中を侵食していく中、視界に映る影に、私は身体を転がして一目散にその場を移動する。
ドンッと鈍い音が、私のいた場所に響き、地面の破片をまき散らしながら、剛腕が地面にめり込みながら砕く。
私が立ち上がって、口の中に残る吐しゃ物を地面に吐き捨てる頃には、悪魔は地面に刺さった豪腕を抜き、すでにこちらへと向かって走り出している。
距離を詰め、右の豪腕と左の彼女の手が、私を襲う。
---[11]---
右腕は悪魔の腕だからか、防いでいる間剣の刃が何度もその腕を襲っているはずなのに深い傷を負わず、逆に彼女の腕である左腕は刃にその皮が…肉が負けて血をまき散らした。
その度に胸に何かが刺さるような痛みを感じる。
『フェリスさん、伏せてください』
攻めの機を見つけられず、防戦一方の中、確かに耳に届いたトフラの声。
咄嗟に力の入って振るった剣が、相手の拳を弾く。
倒れるように体を横にせんばかりに低くした時、強い風と共に、悪魔の…彼女の悲鳴が上がった。
『キャアアァァーーッ!!』
耳に響く。
耳の痛みに比例するかのように、胸にもズキッと痛みが走った。
---[12]---
「く…」
歯を食いしばる。
割り切ろうとして、割り切ったつもりになって、それでも全然ダメで事ある事に現実が心を締め付けた。
吹き荒れた強い風は、相手の背中を大きく斬りつける。
トフラの持つ剣の刃ではなく、その風が刃となった。
悪魔の背中から、血のような液体が飛散する。
「…ッ!」
自分が思っている以上に食いしばる力が強いのか、口の中に鉄の味が広がる。
相手がよろけ、私はすぐにその敵へと剣を振るった。
肉を断ち、体が叩き飛ばされる悪魔の後を追う。
転がり、防御に遅れる悪魔へ振るわれる剣、悪魔が咄嗟に出した左腕が再び宙を舞った。
---[13]---
血しぶきが私の顔を汚し、さらに追い打ちを掛けようとする私の剣は止まる。
苦痛に歪み、助けを求め…すがり、大粒の涙を零すその瞳を見て、電気の通わなくなったロボットのように、その体は止まった。
『…~~~~…』
「フェリスさん!」
「…ッ!」
トフラの声に我を取り戻すも、私を払いのけようとする敵の攻撃が、私を叩き飛ばす。
すぐに体勢を立て直すが、迫る追撃を避けられずに、剣を盾にしようとするが、それを豪腕は弾いた。
避ける事も、防ぐ事も出来なくなった時、今度は悪魔のもう一本の左腕が、私の首を掴む。
---[14]---
正確には、斬り落とした腕ではない彼女のもう1つの腕、右腕に当たるが、悪魔にとってはどちらも左腕だろう。
肩と言うより、肩と胸の中間に位置するようになったその左腕は、不気味に私を掴み、悪魔の顔はさらに怒りか何かに歪んだ。
『貴様…邪魔ダ。あいつの作物ダロウガ、もうどうでもイイ。ドウセ似たようなモノダ。体入れてしまえば、全ては同ジ。結果が出ルノナラ、誰も文句はイウマイ?』
「…何を…」
悪魔が何を言っているのか理解できない。
首を掴まれ、息がまともにできず、その苦しさが余計に頭の回転を遅らせる。
その時、全身の力が抜けていった。
筋力とかの力ではなく、魔力による強化が消えていく、常に肉体の強化を保っていた力が、口の空いた風船のように、一気に無くなっていく、
---[15]---
そして次に襲ってくるのは、肉体の強化によって抑えられていた全身への負荷が、その体へ襲い掛かった。
「あが…あああぁぁぁ…ッ!」
一瞬にして背中を中心に、回復しきれていない部位が悲鳴をあげはじめ、その痛みから逃げようとするように…、自分を守ろうと意識が薄れていく。
軽傷程度なら、強化のおかげでそれが切れたとしても大した影響はないが、地面に叩きつけられた負荷は大き過ぎた。
「だ…め…」
意識を無くしてはいけない。
意識を失えば…、私はここにいられない。
いられなくなった後にどうなるのかは、わからないけど、意識を失っている以上、俺ではなくなった私が、私として…俺として同じ行動を取れたとしても、無防備で何もできなければ赤子も同然だ。
---[16]---
悲鳴を上げる体に耐え、別の意味でも歯を食いしばり、自分の首を掴む彼女の腕を私も掴む。
少しでも、少しでも、楽な体勢を…。
首を圧迫され、血が頭に行かないなんて状態を、少しでも和らげるために…。
霞む視界の中で、斬った悪魔の左腕が治っていくのが見える。
『どん底二ナイ魔力では、腹の足シニハならないなぁ…』
「…勝手な…」
魔力が体に満ち満ちて満腹なはずのくせに…、何が腹の足しにならないだ…。
「フェリスさん!」
見る事は出来ないが、トフラの声が聞こえる。
同時に悪魔が動いた。
『盲目ガ。勝手に我の中を見ルナっ!』
---[17]---
私を掴みながら手を振るい、右へ左へと視界が荒ぶる。
ジグザクに悪魔は動き、そんな中でチラッと見えたトフラは、相手を見失ったかのように、周囲を探る様に顔をあちこちに伺わせた。
「…ふせ…いでッ!」
多分、本当に見えてない。
そう思った私は、肺から絞り出すように叫んだ。
トフラは、手に持った疑似剣を投げ捨てて、頭部を…胴体を守ろうと手を回す。
相手を見失っているからなのか、完璧な防御でないのは目に見えて明らか、防御の薄い箇所に向けて振るわれた豪腕に、彼女は叩き飛ばされる。
そしてより高く持ち上げられた私だったが、そこで思いがけない声が届いた。
『彼を離せ…怪物…』
へっぴり腰で、トフラが投げ捨てた疑似剣を持つ男の姿。
---[18]---
よく見えないが、その顔は恐怖に怖気づいて、歪みまくっているだろう。
「…かれ…?」
悪魔が男の…ヴァージットの存在を認識すると同時に、首への圧迫感が消え、私は地面へと落とされる。
「ゲホッ…ゴホッ…」
息苦しく、頭痛すら起きている中、悪魔は完全にヴァージットの方へと向き直っていた。
逃げろ…その一言が言えない。
体が、他人よりも、自分を優先して動く。
何とか立ち上がった私だけど、ふら付いて戦いなんて所の話ではなかった。
僕の頭の中を占めていたのは、恐怖…、そして一番は悲しさだった。
目の前の光景に、頭の中は混乱に混乱を重ねている。
---[19]---
自分の下へ転がってきた、剣であろう淡い光を放つモノ。
僕はなんでこんなものを握って、この怪物へと向かっているのか。
なんで、その体に彼女の体が混ざっているのか。
全てがわからない。
でも、あのままじゃリータ君が危ない…そう思ったから咄嗟に立ち上がった。
けど、だから何だというのか、僕に何ができるというのか。
自分から化け物の前に進み出て、一体何が…。
ドンッ…。
鈍い音が全身へと響き渡る。
視界はグルグルと周り、全身が殴られているかのように硬いモノが、何度も何度もぶつかった。
---[20]---
「あ…ああ…」
痛い…痛い…。
何が起きたかはわからないけど、僕は今、地面に転がっている。
きっとあの怪物にやられたんだ…。
リータ君は、こんな痛みと戦っているのか?
あのブループとの戦いの時も、この怪物との今この瞬間も…。
なんでそこまでできる
こんな痛み生活している上で感じた事がない。
未知の痛みだ…。。
夢なのに…夢なのに…。
「・・・」
違う…違うんだ…そうじゃない…。
---[21]---
僕は立ち上がる。
口の中を切って、血がいっぱい混ざった唾を吐き散らしながら…。
「夢であっても…、夢だとしても…」
戦う事はできない、そんな力を持っていないけど、僕は言う。
「僕は君に会いたかった…。割り切る事なんてできなかった…。ごめん…、ごめんなさい」
視界に入ったその存在に。
僕の声が届いていると信じて。
リータ君を助けなければと動いた体は、きっときっかけに過ぎない。
動き始めた体は、もう止まらなかった。
「佐奈っ!!」
大事な人の名を叫ぶ。
---[22]---
未だ信じられないその姿、その醜い体に混ぜ込まれた…最愛だった人、こんな世界でもいいから会いたかった人。
『ダメだ…だめだ駄目だっ! 失敗だ…失敗ダッ! ワレハ望まないぞ。そんな…そんな…、なんでオマエは這い上ガッテ来たんだっ!? どん底にイタダロウガ。それをヨコセよ。ヨコセよこせ寄越せッ! 負の魔力をヨコセッ!』
這い上がる?
僕はまだどん底にいるぞ。
一度だって這い上がれた気分はしない。
何時までもどん底に倒れ込んで、空を見上げていただけだ。
それすらやめて下ばかり見ていた事もあったけど、それでも僕は自分1人だけずんずん沈んでいくのが良くないと気付いた。
---[23]---
ただそれだけだ。
「起きてしまった事は消えない。自分の犯した罪は消える事は無い。周りが覚えてなくても、僕自身が覚えている。僕の欲望、僕の都合でこんな場所にまで連れて来てしまった彼女にやってしまった事は、どうあがいても消えない。その罪に目を背けるのをやめただけだ。僕の手からこぼれたという事実から…現実から、目を背けるのをやめただけだ」
『それを止メロト言っているんだっ!』
怪物は叫ぶ、大きな右手を振り上げて、こちらに向かってくる。
でも、その巨体は僕の所までたどり着く事なく、前のめりに体を転がした、左半分の体に力が入らなくなったかのように、不格好に転んだ。
『クソっ…くそッ…、邪魔ヲ! 誰のおかげでココに来レタと思っている。我ガイナケレバ、体を失ったオマエハ、世界の魔力の底に沈んでいくだけの…ちっぽけな魂ダッタンダゾ!』
---[24]---
目が合った。
信じがたい姿をしていても、その目を疑う事は出来なかった。
彼女が、妻が、僕のためにと動く時は、決まってあんな目をするんだ。
それが空元気から来る見栄をはった力無き痩せ我慢のなれ果てだったとしても、僕はその目を知っている。
そこに作り物としての姿も、演じられた偽物の姿もない。
僕には、それを…嘘…と突き放す事は出来なかった。
「佐奈…」
フラウ…佐奈のその眼には、真実が…あった。
怪物が動かない体の左側を引きずりながらも体を起こす。
半ば寝ているような形に見えなくもないけど、体の右側に重心を置いて起こし、その醜い顔から覗く鋭い視線をこちらに向けた。
---[25]---
「ぐ…」
見られただけで、僕の体は完全に怖気づき、一歩二歩を後退りする。
『失敗だ、シッパイダ、しっぱいだ…。お前はモウいらない。不味くなった貴様を食ッテ、サッサと次にイク。今回が駄目なら、次をウマク…うまくやればイイダケダ』
思う様に動けないであろう怪物に対しても、僕は無力だ。
その時、怪物の後ろへ向かって、リータ君が姿を見せる。
その悪魔の首に、後ろから羽交い絞めをするように掴みかかり、そしてその太い首を絞め上げた。
『グ…ガがガ…』
苦しさから怪物はもがく。
自由に動かせる右手を彼に伸ばし、リータ君はそれをあの大きな剣ではなく、鉈のような小さな剣で反撃する。
---[26]---
不自由な動きの怪物は、背中にいるリータ君ごと、自分の背中を叩きつけ、ゴリゴリと擦りつけた。
よく見えないが、かすかに見えた彼の顔が苦痛に歪んだ時…。
『フェリ君、お待たせッ!』
後ろで何かをしていた女性が声を上げる。
「頑張って悪魔から離れてねぇ~っ!」
「…無茶言うなッ!」
彼は動けない。
怪物が彼を退けようとする行動が、まさに彼の動きを封じる結果になっているから…。
リータ君と一緒に戦っていた女性、ラクーゼさんは、ダメージが大きいのか立ち上がる事すらままならない。
---[27]---
動けるのは…自分だけ…。
恐怖から足の震えのレベルが頂点に到達。
「…ッ!」
ガタガタと口まで震わしながら、僕は見た。
リータ君たちから少し離れた場所に落ちているモノを。
意を決する。
転んでは立ち上がり、がむしゃらに走った。
自分が何をしたいとか、そういうモノは頭になく、無我夢中に目に見えたソレを拾い上げる。
リータ君の剣。
重い…、彼が当たり前のように軽々と振るっていた剣は、僕の身では、もはや筋トレ用の鉄の棒と何ら変わらない。
---[28]---
剣がガリガリと地面を削りながらも、それを持っていく。
目に見える怪物の下へ。
剣に文字通り振り回されながら、怪物の上へ、その剣を持ち上げた。
とうに限界を迎えただらしない顔を引っ提げて、僕は持ち上げた剣を、その刃を怪物に向かって振り下ろす。
僕がトドメを刺す…なんてそんな事は微塵も思っちゃいない。
こんな経験なんてない、そんな無いながらの絞り出した策。
剣を振るうというよりも、相手の上からただ剣を落としているだけにしかなっていない不格好な姿、その行動に僕自身への成果なんて何一つとしてないけど、他愛なく弾かれて叩き飛ばされていく剣と共に体を転がす僕だけど、その行動は誰かの役に…。
悪魔の力が緩んだ。
---[29]---
地面に押し付けられ、力の入らない体勢に若干の余裕ができる。
足に…腕に…全身に力を入れた。
若干の余裕、地面と悪魔との間にあった僅かな隙間は、その広さを徐々に大きくし、それに比例して私へ余裕を与える。
「んなぁッ!」
少しでも力が入ればと、言葉にならない叫びを上げ、悪魔の首を絞めながらも、足に…尻尾にと力を入れて、悪魔ともども立ち上がった。
絞めていた首から離れ、持っていた短剣をその巨体の右肩へと力一杯振り下ろす。
赤い液体が噴出し、立てない体はそのまま地面へと打ち付けられる。
その瞬間、悪魔ではないさらに先から、光が視界を照らした。
私は振り返り、そこによたよたと寝そべる男を掴んで、悪魔からすぐに離れる。
背中を冷気が冷やす。
私達を追い越すように、地面から空へと伸びる鋭利なツララがいくつも飛び出していく。
---[30]---
ここまでくれば…と、掴んでいたヴァージットを放り投げ、振り返るとそこには…。
いくつものツララが地面から伸び、悪魔の体を貫く光景があった。
ツララが突き刺さり、無理やり体を起こされた悪魔が力なく項垂れる。
悪魔の体は、刺さったツララによって、徐々に凍り付かされていった。
エルンは、そんな悪魔に近づいて、1つ、パロトーネを握り込む。
悪魔の前に立つ彼女の表情は、普段の彼女とは全然違う、とにかく冷たい目をその相手へと向けていた。
パロトーネが力を開放して、彼女の手が青く光り、その手で無言のまま悪魔の額を掴み、同時にドンッという衝撃だけが周囲に響く。
エルンの手の光は、息を吹きかけられて消えるロウソクの火のように、一瞬にして消えゆく。
『があアアぁぁァーーっ!』
悪魔は叫び、自身を凍り付かせ、動けなくしているモノを全て砕きながら、エルンへと襲い掛かろうとするが…。
寸での所で自身の右半身は身動きが取れなくなる程に肥大化し、その体をエルンが指で突くと、針を通された風船のように、容易くその体を崩壊させて爆ぜた。
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