第十四章…「魔が作るモノ。【上】」
肌を撫でる冷気を持った風。
周囲の地面に付く薄い氷のような膜。
どれもこの世界では味わう事がないと思っていたモノ、年中同じ気候の世界には不釣り合いな現象が、私の後ろで起きた。
人を抱えて走っていた事もあって、少しだけバランスが崩れそうになるのを堪えながら、走る足を止めて振り返る。
視界に映るのは、エルン、そしてその先にそびえる氷壁…いや氷塊と言っていい、見上げる程の氷の塊だ。
その光景を見た事で、体温が若干下がったような気さえ起きる。
私達が走ってきた場所が、今はその様、エルンより先にいた奴は、確実に氷漬けになった事だろう。
---[01]---
『つらぁ~…』
そして、それを成した本人は、気の抜けた声を上げて、体をふら付かせた。
「大丈夫か?」
「あ~…、うん、大丈夫大丈夫、だからこっちに来なくていいよぉ~」
彼女の事が心配になって、近寄ろうとした私の考えを読んでか、こちらを見る事無く私を制止する。
『リータ、その女性をこちらに』
そこへ、訓練の教官としてエアグレーズンを訪れていたアルブス・ダイが、後ろに数人の兵を連れて姿を見せる。
同時に、この訓練場全体を照らすように、眩い光を放つ光弾が打ち上げられ、それは落ちる事無く宙に浮かび続けた。
---[02]---
「あ、え、ええ」
光弾に目を引かれつつ、アルブスの登場に、なんでここに…なんて言葉を口から出そうとしてしまうのを、私は何とか飲み込む。
此処は軍の基地、その訓練指導をしているのだから、アルブスがここにいる事自体何も不思議な事は無い。
アルブスに言われるがまま、私は、その手で抱えていたフラウを、彼に預ける。
「ファルガ、君の調子はどうだ? 建物に引きこもってばかりで体は鈍っていないか?」
エルンは、アルブスの言葉に手を振るだけで返す。
こちらへ視線を向けず、背中をこちらに向けたままで表情を伺う事は出来ないが、その肩は若干だが普通にしている以上に上下しているように見えた。
---[03]---
「ではこの女性は基地の施設に連れていく、その身の安全は保障しよう。君は自分の成すべき事を成せ」
「成すべき事?」
一瞬、何の事を言われているのか、それが分からなかったけど、すぐに察しが付く。
パキッバキッと聞こえてくる音に釣られるように、この世界に不釣り合いなモノへと視線が向いた。
そびえ立つ氷塊にヒビが入り、外側から徐々にその形を崩し始めていく。
「まだ終わってない?」
その光景に加えてアルブスの発言だ、思わずその状況に苦笑するしかない。
「終わる道理がない。この程度で終わるなら、苦労はないだろう。あと、能力が不確定であるから、施設などの防御は固められても、攻撃に人員を裂く事は出来ない。この場は、悪魔の対策がとれているであろう君達に任せるしかない」
---[04]---
「詳しいですね」
「ファルガの受け売りだ。自我を持ち、能力に飛んだ悪魔の事例はほとんど記録として残っていない」
記録がない…。
あの悪魔と同種かもしれない存在を、エルン達は以前倒したと言っているのに、その記録も無いのか?
まぁなんにせよ、一緒に兵の人達が戦ってくれるとして、フラウのように操られたりしたら、それこそ目も当てられない訳で、アルブスの言い分も正しい。
花園を出る時にエルンに言われて使ったパロトーネ、アレが悪魔の力の影響を受けなくする…かそれに近い効果を得るモノなら、それこそ私達が戦わないと。
アルブスの話から言って、そのパロトーネに余分な在庫もないんだろう。
---[05]---
基地まで来たし、何かしら助けがあるかもと期待していたけど、物事はうまく進まないものだな。
「健闘を祈る」
「は、はあ。頑張ります」
お約束のセリフに思わずため息が出そうになるも、その息を飲み込んで、鞘から剣を抜いた。
崩れた氷は水になる事無く、煙とか湯気とかが宙に試算して消えていくように無くなっていく。
氷塊の崩壊はさらにそれを進め、最初に見た時よりも貧相になり、あの圧巻とも言えた光景は見る影もなくなっていた。
「あんまり張り切るのも良くなぁ~、ほんと」
---[06]---
そこへ、氷塊から視線を外す事なく、後ろ歩きでエルンがこっちまで歩いてくる。
「私からしたら、すごいの一言だけど」
「こんなの不安と緊張の塊だよ。全然ダメだね、綺麗じゃない」
「私にはわからないわ。こういうのを見慣れてないから」
ブループにトドメを刺そうとした時に見た、相手に飛んでいった光の玉、それと同じようなものだと思うけど、こっちの方が断然派手で凄そうな印象を受ける。
でもエルンとしては駄目らしい。
そっちの方面も、今後はちゃんと勉強していく必要があるかもしれないな。
「それでどうするの? 戦えと言われても、正直勝てる気がしないんだけど」
氷の中にうっすらと見えるようになってきた悪魔の姿。
襲い掛かろうとした瞬間に氷漬けにされた姿は、言葉を交わしていた時とはまた一層雰囲気が変わっている。
---[07]---
あの時は、姿だけなら薄気味悪いというか、気持ち悪い奴って印象が強かったが、今のそれは人に襲い掛かる獣の様で、その印象の変化も、私に不安を抱かせる原因だ。
「ん~…。まぁそのためのお膳立てだって」
「お膳立てって…。具体的に何をすれば…」
ブループの時とは違う、経験者がいるからこそ、その力にすがりたくなる。
しかし、その経験者から言葉が返って来ても、それは自分が求めていたモノとは違った。
「説明している時間はないかなぁ~」
その時、氷に入るヒビ割れは、今までで一番大きく、悪魔にとっての氷の牢獄を完全に崩壊させるモノだった。
砕けた氷は、悪魔の纏っていたマントの左半分が破れ落ち、その醜い肌を露わにして見せる。
---[08]---
ただれた肌に継ぎ接ぎのようにも見える痕、分かってはいたけど肉付きも悪く、ほんと骨と皮だけ、操り糸で動かしているかと思える程、その体は痩せ細っていた。
そんな醜い体は、氷漬けにされた影響からか、さらにその醜さを増している。
マントで肌を隠していなかった箇所は、皮が剥げてその肉を晒し、場所によっては肉ごと地に落ちて骨まで見えている始末。
悪魔の容姿のせいもあって、それがエルンの攻撃のおかげなのか、それとも悪魔の体がそれだけもろいのか、その辺がわからない。
『酷い…ヒドイ…ひどい…。痛い…イタイ…いたい…。酷い…ヒドイ…ひどい…。痛い…イタイ…いたい…』
それから発せられる声は、まるで壊れたラジオのように、同じ単語を繰り返し、花園で聞いたシュンディの声が主体であるモノの、所々ノイズが走り、正直聞くに堪えないモノになっていた。
---[09]---
そしてその醜い体も、醜い以外に違和感を覚え始める。
体もまたノイズが走る映像のように、一瞬ではあるが、その体が崩れてその形を崩しては、元に戻っていく。
「どういう事?」
「君が攻撃をしようとしても、通じなかった理由だよ」
その悪魔の異変に、エルンは動じる事無く、新しいパロトーネをポケットから出し、一歩二歩と悪魔の方へと歩いて行く。
「仕上げだ。そして始まりの合図だよ、フェリ君。気を抜かない様にねぇ~」
チラッとこちらに視線を向ける彼女だが、それもすぐに悪魔の方へと戻り、自身の頬を軽く叩くと、僅かなにふら付いた後、一気に悪魔に向かって走る。
近くまで来た所で飛び掛かり、パロトーネを持った手を振りかざして、悪魔の顔目掛けて突き出した。
---[10]---
ボクシングで言うなら、全体重を乗せたストレートを、顔面にクリーンヒットさせたのと同じ。
しかし、その拳は悪魔の顔を文字通り通過していった。
めり込むでもなく、その顔を砕いて貫通させるでもなく、拳は通過していく。
でも同時に、ドンッという何かを殴る音も聞こえ、悪魔の体は叩き飛ばされていった。
「いったぁ~~…」
飛んでいった悪魔を見届けず、バックステップでこちらまで戻ってきたエルンは、相手を殴った?手を振りながら、その痛さを表現している。
その姿から、疑問は残るものの悪魔を殴った事は間違いないらしい。
「一体何をしたいの?」
仕上げと言っていたが、今のパンチに何の意味があるのか、私には皆目見当もつかない。
---[11]---
「だから、始まりの合図だってぇ~」
「それが分からないから…」
彼女の言いたい事はわかる、終わりではなく始まりだというのなら、これからあの悪魔を倒す為に動く必要があるのだろう。
でも正直思い浮かべた光景とかけ離れていて、動揺だけが私を支配した。
だからこそ、もう少し説明をしてもらいたいんだけど、今度はエルンではなく、別の存在にそれを阻まれる。
一瞬だ。
私がエルンに視線を向けた一瞬の間に、悪魔は立ち上がり、こちらへと襲い掛かってきていた。
「…ッ!?」
---[12]---
伸ばされる相手の手、それを防ごうと振るった剣。
しかし防御のために振るった刃は、その皮と骨の腕を斬る事は無く、まるで霞みでも斬っているかのようにすり抜けた。
それは今までと同じ、攻撃の通じない悪魔のソレだ。
しかし、それだけではなく、襲い掛かってきた悪魔も、こちらに何かをする訳でもなく、私の体を通過していく。
体に伝わるのは、そよ風のような害の無い風だけ。
痛みと言った体の危険信号は走らない。
視覚が読み取った危険と、体に影響のないソレ、その不一致が混乱を呼び、頭は理解するよりも早く、別の何かが視界に入る。
赤く…、そして光っているかのように…浮かび上がっているかのように見える2つの眼。
---[13]---
そこには、獲物を仕留めんとする獣のような殺意だけがあった。
全身の毛が総毛立つ。
自身の命を賭け事のテーブルに出した瞬間、命のやり取りをするのだと、体が、頭が理解するよりも早く理解した。
悪魔が振り下ろす腕、鋭く鋭利に尖った爪が私を襲う。
反射的に剣を盾にと前に出す。
さっき、その剣が…体が相手を通過したのを見た、何度もその光景を見たというのに、私はまた剣を前に出した。
大丈夫だと思った訳じゃない、条件反射のようなモノ、命が掛かっている状況で体の反射が恨めしく思ったが、その不安はすぐに払拭される。
悪魔の手が、剣も体をすり抜ける事無く、その爪は剣身をガリッと掻いた。
---[14]---
「…なッ!?」
確かにその瞬間、私の剣は、悪魔の攻撃を防いだ。
しかし、その驚きが行動を遅らせた。
悪魔のもう片方の手が剣ごと私を殴る。
その骨と皮の攻撃とは思えない…、まるで城門を壊す丸太の一撃のように、私の体を吹き飛ばす。
何度か体が地面にぶつかり、それでも勢い止まずに、何とか体勢を整えようと、上半身を起こして足を地に付け、剣を持っていない手の人外なる爪を地面に突き立てる。
地面をガリガリと削る様は、竜種だからこそできる事だろう。
普通の人間なら、爪がどこかへ旅行に行って帰ってきまい…。
『フェリ君、大丈夫~?』
---[15]---
体に不調な部分ができていないか確認していると、エルンが離れた位置から、こちらに手を振る。
大丈夫と言えば大丈夫だが、私が言いたいのはそこじゃない。
「エルン、あなた一人だけ離れていったわねッ!?」
悪魔の攻撃が迫る刹那、視界の片隅で離れていくエルンの姿が見えていた。
「だから言ったじゃないか、始まりだって」
確かに言った、言ったけど…。
「はぁ…」
文句を言い始めようものなら、同じ事をだらだらと何度も何度も吐きそうだ。
言いたい事はあるけど、今やるべき事はそこじゃない、優先順位を間違えるな。
何度も、息を吸い、息を吐く。
---[16]---
始まった…、その言葉を体が理解し受け入れる。
頭で理解したというより、殴られた事で嫌でも体に叩きこまされた感じだが、そこは何でもいい事だ。
やる事を理解したんだから。
「大丈夫、大丈夫…」
あのブループに比べれば、あんな自分と同じ程度の大きさの相手、何の怖さもない…はずだ。
「じゃあ、私は次の攻撃の準備をするから、フェリ君は悪魔の対処をお願いねぇ~」
この場からさらに距離を取る様に離れていくエルンに対し、とりあえず頷く。
「・・・」
---[17]---
悪魔は頭を抱えて苦しみに悶えている。
あの氷漬け時点で、普通に考えれば相当なダメージが入っているはず、それに加えてエルンが何かやった訳だし、体にそれなりの負荷がかかっていても不思議じゃない。
やるなら今だ。
悪魔から情報を聞き出したい所ではあるけど、そんな事をしている余裕はないだろうな。
そんな悠長な事をしていたら、自分が命を落としかねない。
剣を持つ手に力が入る。
素振り代わりに剣を振り回し、その手に馴染み、しっかりと握られている事を確認。
---[18]---
より一層の大きな深呼吸を挟むと、これでもかと息を吸い込んで、悪魔目掛けて突っ込んでいく。
苦しんでいる相手を攻めるのは心苦しさを若干感じるが、それはあくまで醜いとは言え人の姿だから…。
「命のやり取りに…慈悲など無用ッ!」
相手の首目掛けて両手剣を振り抜く。
その瞬間、悪魔の体が形を崩し、煙のように実体を無くす…。
煙のようになった体とは別に、その後方へと何かが動くのが見える。
剣が捉えていた相手は斬られると同時に、体を四散させるが、その先にはっきりとではないが、確かに何かが動くのが見えた。
その光景はまるで、全身に鏡を張り付けて周囲の光景に同化しようとでもしているかのよう。
---[19]---
そんなモノを、昔バラエティ番組で見た気がする。
その既視感になんの迷いもなく、私は突っ込んだ。
再び振るわれた剣は、違和感しか覚えないその何かに、今度こそ刃を届かせた。
硬いような…柔らかいような…、バーベキューで肉塊を包丁で叩いた時のような感触が、柄を握っている両手に伝わってくる。
「うらぁッ!」
それが悪魔の体だと確信し、一気に剣を振り抜く。
風に吹かれ、砂が飛んで露わになる地表のように、そのそこに何かがあると実感させる違和感しかない光景から、何かが飛散し、悪魔の姿を露わにした。
『魔力…マリ…ク……りょく…』
ブループに対して振るった時と同じように、確かに刃は今度こそその体を捉えたが、相手の体を2つに別ける事は無かった。
---[20]---
「硬い…、いや少なくとも石とかを叩いたような感触じゃ無かったし…」
『うがあああぁぁぁーーーッ!!』
悪魔がより一層高い叫び声を上げる。
氷漬けで剥げた皮とは別に、全身の皮が風で舞う灰のように剥げては飛んでいく。
皮が剥けて露わになっていく肉、そんな状態でこちらに視線を向けてくる姿は、ただただ怖いの一言だ。
その見た目と、その姿になる工程を踏まえたインパクトなら、その辺のホラー映画も顔負けだろうさ。
骸ガニなんて、外敵要因で死体が動く世界だし、その内、四肢がバラバラになってもそれらが個々に動き回るゾンビが出てくるかも…、というか出て来ても驚かないだろうな。
---[21]---
『フェリ君、集中ッ!』
「…ッ!?」
『魔リョくぅぅーーッ!』
苦しみにもがいていた悪魔の動きが止まり、叫び声と共に相手は動いた。
ガリガリ…と剣身を爪が撫でる音が耳を突く。
一瞬で距離を縮めるスピードはかなり速い、カウンターなど狙う余裕などなく、相手の爪が首を撫でそうになる所を何とか防いだ。
エルンの声で我に返ってなかったら、赤黒い水を噴く噴水を作る所だった。
「集中力が足りないな…」
訓練の成果もあって、ブループの時よりも戦えるようになってきたからって、相手に負けないとは限らないだろうに…。
---[22]---
勢いよく突っ込んできた悪魔は、その勢いを殺す事なく私を通り過ぎ、姿勢を低く、私の周りをグルッと回る。
後ろに回る時、視線から外れる瞬間、悪魔は動く。
悪魔がいるであろう方向の肌に、ゾワゾワと悪寒が走り、剣と共に振り向けば、目前には悪魔の姿。
振るわれた剣を、相手は軽々と跳び越えて、私の後ろへと回り、振り向き様に剣を振るうが、その刃をあの細腕が防ぎ、その体が叩き飛ばされんとする瞬間、伸ばされたもう片方の悪魔の手は私の顔目掛けて伸びてくる。
顔をできるだけ外へ…外へ…。
自身の目に向かって伸びてきた爪は、代わりに私の頬を斬り、醜い体は剣の衝撃に負けて叩き飛んでいった。
---[23]---
その衝撃が物語る通り、自身の力不足は微塵も感じない、だが斬れない。
感触こそ違えど、何度も打ち込んだブループの体を思い出さずにはいられなかった。
頬を流れる赤い雫のを、手の甲で乱暴に拭い取り、その時に走る地味な痛みが、戦いの場にいる事をより強く実感させる。
悪魔は唸り声と共に動く。
さっきまでとは違い、行動1つ1つに間が空かなくなっている。
互いの距離が縮まり、振るわれる両者の得物。
魔力で強化されているとはいえ、剣を振るっているこちらの動きは若干遅い。
その場の戦いは、悪魔の攻撃的有利の状態で進んでいく。
剣を振るえば避けられ、カウンターを狙えば防がれる。
---[24]---
「チッ…」
防御に徹すれば大した事の無い相手の攻撃も、攻撃しなければいけないからこそ、速さも相まって面倒臭い。
悪魔が一際速く動く。
こちらの攻撃に合わせるように姿勢をさらに低く取り、振るわれた剣が相手の頭上を通り過ぎた時、その爪が私の左横腹を捉えた。
「ぐッ…」
全身を襲う不快感。
相手が私の横を通り抜けるのを、見失いそうになりながらも必死に目で追いすがる。
後に遅れるように体も相手の方へと向けながら、それを正面に捉えて、今度は距離を取る様にバックステップしていく。
---[25]---
頬の傷とは比べ物にならない痛みが、横腹からジンジンと全身に響き渡る。
立っているだけでも痛みが来るであろう、戦闘中の身としては嫌な程に実感した。
止まる事無くこちらに突っ込んでくる悪魔。
攻撃…防御…回避…、何でもいいが動かなければ重傷所の話じゃない。
防具とかの装備の効果もあって、この程度の傷なら、問題なく治癒していく…はずだ。
なら多少の無茶も…いや、ブループの時並みの無茶だって、考えておかなければ…。
左手で傷口を押さえ、右手で握った剣を振るおうとした時、私の手から滑り落ちるように剣が離れていく。
その瞬間、相手のこちらに突っ込んでくる時の姿勢が、僅かに上がったのが見えた。
---[26]---
次に突き出された手が狙うのは…。
飛んできた攻撃は、通り抜け様のモノではない、それは腹か…それとも心臓か…、より大胆な一撃となった。
「やられっ放しは気分が悪い…」
自身の体へと迫るそれに、私は両手を伸ばす。
結果的に得物を手放し、両手が空いた事で、相手の攻撃はまっすぐになり、それを止めた。
「お返しッ!」
悪魔の勢いの付いた一突を止めた衝撃で、体がぐらつくのを踏ん張って、体をのけぞらす。
相手が自由な手で続けて攻撃しようとするよりも早く、私は思い切り自身の額を振り下ろした。
---[27]---
ゴンッ!と、まるで鐘でも打ち鳴らしたかのような音が響き渡る。
相手に切りつけられる事で来る痛みは無い。
あるのはただ額に伝わる痛みのみ。
悪魔の力が弱まるのを、掴んだ手が感じ取り、全身の魔力を溢れんばかりに奮い立たせ、全力で背負い投げる。
そのバンッと人の体が地面に叩きつけられる音、地面に大きな亀裂を生んだ事、それらを気にも止めず、同時に落とした剣を尻尾で拾い飛ばして自分の手の位置まで上げると、それを掴んで、相手の反応を見る事もなく、切っ先を地面に擦りつけながら、悪魔目掛けて斬り上げた。
「・・・はぁはぁ…」
なんて耐久力だ…まったく…。
---[28]---
地面をボールのように転がった悪魔は、まだ立ち上がろうとするその姿に、不安が募った。
それでも、さすがに効いたのか、立ち上がる悪魔の動きにも鈍りが見える。
それでも、剣の刃が通らないのが違和感でしかない、実は刃が付いてないとか…そんな事ないよな…、いやそんな事は無い。
ちゃんと斬る事は出来る、ブループでも骸ガニでも、それは実践済みだ。
なら、悪魔自体の硬さが問題か…。
『ぐ…ががが……』
悪魔の動きに異変が現れる。
一度は立ち上がった悪魔だったが、その足が崩れてその場に膝を付く。
『妙…ナ…事ヲシテ…くれたな…』
そして、その言葉と共に、悪魔の体が肥大化していくのだった。
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