第十三章…「その静寂を壊す火蓋は。」


「大事な話、フェリ君はあの悪魔に関して、何か知っている事は無いのかい?」

「・・・アイツとは、なんにも。恨まれるなりなんなり、関係を持ったことは無いわ。それこそ、そこで寝ている女性、その夫であるヴァージットと関係を持った以外にはない」

「まぁそのヴァージットと関係を持っただけで問題になるなら、私の方にも飛び火していてもおかしくはないからねぇ」

「・・・」

 話を聞いている限り、エルンの方へ、あの怪物が接触をしてきた事はない…か。

 まぁそれも当然と言えば当然、記憶を消して普段通りの行動をするようになったNPCなんて、気に掛ける意味はない。

 でも、こうして私とその事について話をできているのは、その後処理に怪物が何らかの手違いを招いたからか、それともエルン自体がすごいのか…。


---[01]---


「そう言えば、フェリ君にまだ謝っていなかった。ごめんね、フェリ君」

「・・・?」

「悪魔の話とかを優先したからねぇ。真っ先に言うべき事を言いそびれていた。今の私には、あの時の事、そこの女性が男に殺されていた時の事、ちゃんと覚えているよ」

「え…、でも…」

「でも勘違いをしないで欲しいんだけどねぇ。その後で君が私の部屋を訪れた時、その時は残念だけど完全に忘れていた、覚えていなかった。気付いてあげられなかった…、その事を後悔したし、恥ずべき事として、今は猛省している」

「・・・そう…」

 ヴァージットとの会話で、それが実際にあった出来事だという事わかってはいたけど、一緒に居たはずのエルンが覚えていないという事で、幾ばくかの不安が小さな渦を作っていた。


---[02]---


 その小さな渦は、湯船の排水口のように、小さいながら私の余裕を全て吸い込む大きな不安だったのかもしれない。

 そう感じる程、今の私はホッと胸を撫で下ろしていた。

 初めてヴァージットと会った時から、あれやこれや、気を張り過ぎていたように思うし、そもそも私に余裕なんてものも無かったんだろう。

 だからこそ、余計にエルンの…覚えている…その少ない言葉にすら、安堵する。

「でもどうやって…」

 そこは彼女の言っているように、完全に忘れていた、それは間違いないんだろう、ならどうやって…。

「それは、言うは易し…だよ。君が眠らされていたのと同じ。それを再現しろと言われれば無理だとした言いようがないけど、無理やり記憶からその事実を切り離されていた。そして、あったかもしれない、でも実際にはなかった記憶をはめ込まれていたのさ」


---[03]---


「・・・ほんと、言うは易く行うは難しね。つまり?」

 どうしてそう言う事ができるのか、ぜんぜんわからない。

「記憶のすり替えだ。強制的に眠らされるのが、魔力機関の停止なら、魔力機関に刻まれた記憶に…この時はこうだった…と、別のモノを押し込まれたのさ。だから頭の中の魔力の流れとか、そう言ったモノを元の状態に戻してあげれば、この通り」

 エルンはそう言うと、自分の状態を見せつけるように、両手を広げた。

「つまり元に戻せる訳ね。詳しい事はわからないけど、それができるのなら、それだけわかればいい」

「なんかすごいあっさりだぁ。すごいねぇとか言ってくれると、私は張り切れるんだけど」

「すごいとは思うけど、・・・なんていうのかな。それをしっかりと理解して、言葉を返せるほど、今の私に余裕は無いのよ」


---[04]---


「・・・ちぇ、まぁ仕方ないかぁ」

「エルさん、そろそろ」

「ん? あ~そうだねぇ」

 不貞腐れたように頬を膨らませるエルンだったが、トフラの横槍でハッと何かを思い出して、真面目な顔へと戻る。

「とりあえず、フェリ君にとっての、第一の疑問には答えられたと思う。だから、次は私達の番だ」

「私に応えられる事なら」

「よろしい。じゃあ単刀直入に聞くけど、君は、さっき君と戦った悪魔以外に、悪魔を見た事はあるかい?」

 可能性として、そう言った事を聞かれるだろう、そう思っていた問いが、私に投げかけられる。


---[05]---


「いや…。すまないけど、アイツ以外の悪魔と会った事は無い」

 ヴァージットと一緒に遭遇した怪物と、さっき会った怪物、そしてエルンの記憶を弄ってフラウさんの死をなかった事にした奴、それは同一の存在のはずだ。

 なら、あの怪物、悪魔と言う存在と、私は他に会った事は無い。

 その三回の遭遇が、実は別個体の悪魔なんだと言われたら、私にはもう見分けなんてつかないモノだ。

 その場合、尚更会った事があるなんて言えない。

 そして、それはあくまでこの夢の世界での話で、あの姿の悪魔と呼ぶにふさわしい奴に対しての事。

 俺が現実で遭遇したあの婆さんが、もし…もしもだ…、悪魔であるのなら、会った事は無いという俺の返答は嘘になってしまう。

 でも、現実での事を話したとして、それを信じてもらえるとは到底思えない。


---[06]---


 そして、一瞬だけ脳裏を過るこの世界で関係を気付いた人たちの顔、家族の顔…。

 現実の話を夢の世界の人間に話すのが怖い。

 ヴァージットの時は、その場の勢いとお互いの引っ掛かり…きっかけもあって、べちゃくちゃ話をしてしまったけど、それが原因で、もしこの夢から本当に目が覚める事があったら、もう一度この世界に来れるのか、それが新たな不安となっている。

 ヴァージットと会話をした時とは違う、ほんの少しでもできた余裕が、また私の、俺の心に影を落とす。

 夢は夢、その夢の世界で必要以上に現実と繋がりを増やしてしまったら、この独特の現実感が、本当の現実と混ざり、夢ではなくなったら…。

 夢を贈られ、その夢が夢でなくなった時、一体どうなってしまうのか…。

 本当の意味で、夢から覚める可能性、それが俺は怖かった。

 だから、可能性はある、心当たりはある…と選択肢の中にはあったけど、それは選択不能のお飾り状態だ。


---[07]---


 私は他の悪魔に会っていない、会った事は無い、嘘を言っている訳じゃないけど、必然的に後ろめたさだけが残る。

「そうかぁ…」

 エルンが肩を落とす。

 その姿を直視できず、私の視線は、自然と下へと落ちた。

「でもね、フェリ君。私は現に悪魔の力による記憶障害を受けた。これは事実だ。そして君にはその影響がなかった。それは、君がその悪魔に対して、何かしらの耐性めいたモノを持っているという事になる。眠らされている以上、全く効かないという訳ではないけど。少なくとも、君はあの悪魔にとって、何かしらの「特別」なんだ。そこは、忘れないで欲しい」

「・・・うん」

 特別…か。


---[08]---


 あいつは、私の事を作物なんて言い方をした。

 文字通りの意味、私は作られている存在、あの怪物ではない、また別の怪物にとっての…。

「じゃあ最後の質問。この状況をどうこうするモノではなく、私やトフラさんにとっての純粋な私情だ。君はフェリス・リータ、それは間違いないよね?」

「え、ええ」

 質問の意図が分からなかった。

 私に対して名前を聞く事、今までにも何度かやってきた行為だからこそ、今更感もあって、その質問に僅かな戸惑いの色を見せる。

「なら…」

 そして、さらに次の質問がエルンの口から出されようとした時、それを制止するように、その口の前へトフラが手を出した。


---[09]---


 私もエルンも、その行動に疑問を持ち、その後、エルンだけが何か察して、トフラへと視線を向ける。

 コクッと彼女が頷いた時、トントンッ…とこの花園のドアが叩かれた。

 トフラがエルンの話を止めた影響で、この場は静まり返り、そこに突如響く音。

 ビクッと体が跳ねる。

『先生~っ。いますか~?』

 まるでホラー映画とかを見ていた時に、不意に聞こえる音に驚いた時のような驚きを見せるも、音のした方向から聞こえてくる声は、その反応とは無縁のモノだった。

 いや、時と場合によっては、驚きとかももちろんあったろうけど、今はそうじゃない。

 聞こえてきた声、その主はシュンディだった。

 トントンと、再び叩かれる扉。


---[10]---


 来たのがシュンディなら、出迎えてあげるべき。

 それを拒否する理由は何処にもない。

 外は暗くなっているんだし、帰りの遅いトフラを迎えに来たのだろう。

 徐々に違和感の抜けていった体で立ち上がり、扉の方へと向かおうとするが、そんな私をエルンが腕を掴む形で止めた。

「なん…んぐ」

 なんで止めるのか…、そんな疑問を投げかけようとした時、私の口もエルンは塞ぐ。

 そして、トフラさんは口元で人差し指を立て、し~…と静かにしてと私に促した。

「エルさん…」

 私の頭に疑問が浮かぶ中、小声でエルンの名を呼んだトフラは、彼女からいくつかのパロトーネを受け取り、そして立ち上がる。


---[11]---


『先生~?』

 今もなお扉が開けられるのを待つシュンディの声、それに誘われるかのように、私の横を通り、扉の方へと向かうトフラの表情は、いつもの…先ほどまであった温かい微笑みが消え失せ、それどころか感情と呼べそうなモノが、完全に消え失せていた。

「待ってください。今開けますから」

 いくつかあるパロトーネの中から1つを取って、それを扉の方へと投げるトフラ。

 一瞬、そのパロトーネが光ったかと思えば、ドカンッという破裂音と共に、衝撃が私たちを襲う。

「なっ!?」

 思わず目を瞑ってしまったけど、視線を戻した時には、事が終わった後、視線の先に見えたモノは…、さっきまであった扉が無くなり、代わりに周囲に砂ぼこりの舞う光景だった。


---[12]---


「古典的なやり方です。その辺の怪談話で怪異がやりそうな事、それをやるなとは言いませんが、私の子供たちを演じるのだけは許せません」

「・・・は?」

 突然の破壊行動に理解の追い付かない私に対し、大丈夫です…といつもの微笑みを浮かべるトフラ。

 何が大丈夫なのか、それを考えるよりも早く、彼女は付け加えた。

「今の声の主は、シュンディではありません。知人の声を真似して相手を誘い出す…、そんなやり口です。そもそも、あの子なら自分が来た事を知らせるよりも早く、扉を容赦なく開けますよ」

 ・・・確かに、そうかもしれない。

「昔の怪談話でよくあったアレですね。シュンディそっくりな声だったので、正直不安ではありましたけど、この通りやはり偽物、悪魔のソレです」


---[13]---


「声真似?」

 舞っていた砂ぼこりが落ち着いてきた所で、トフラは横に移動し、扉があった先を見えやすくしてくれる。

 トフラが孤児院の子供達に手を上げるはずがない…それは、そこで生活をして、彼女に対しての子供達の信頼関係を見れば、考えるまでもなくわかる事だ。

 彼女の行動に驚きはしたけど、それもすぐに鎮静化、扉があった先の扉だった破片が散らばるだけの道を見て、その落ち着く力となる。

「落ち着いたかねぇ、フェリ君?」

「・・・はぁ。ええ」

「よろしぃ」

 エルンは、私の返答に納得し、立ち上がると同時に掴んでいた私の手を離す。

「では、話の途中でしたけど、先に問題の方を片付けましょうか」


---[14]---


 再び、無くなった扉の先を見ると、何かが動くのが見える。

 暗くなった外、花園の光が届く先、先ほどまで聞こえなかった水が落ちる音と共に、道の先の水路から浮かび上がる様に現れるその醜い姿。

「・・・」

 悪魔だ…、さっきまでのエルン達との会話で知った存在…怪物…悪魔、それが目の前に現れたのだと理解した時、自然と全身に鳥肌が立つ。

 こんなホラー映画とかにありそうな光景を目にする事にも驚きだけど、そもそもその存在自体に抱く嫌悪感が、私に警鐘を鳴らす。

『痛いなぁ、先生』

 その醜い姿から発せられるシュンディの声、視界の端に映るトフラがそれに反応するように動いた。

 手に持っていたパロトーネが、その形を鍔の無い細剣へと変え、トフラは目の見えない人間とは思えない動きを見せる。


---[15]---


 元々普通の人のような身の熟しをしていた人だけど、今度のはそれすらも超える動きだ。

 何に妨げられる事もなく花園を出るトフラ、水路の上に姿を現した悪魔に向かって飛び掛かり、手に持った細剣を振るう。

 私の時とは違う悪魔の動き、するりするりと抜けていった私の剣とは違って、悪魔は払う様にトフラの剣を弾く。

 空中で体勢が崩れる彼女に向かっての追い打ちを仕掛け、トフラはそれを防ぎ、水路を挟んだ反対側の道へと降り立つ。

『痛い、痛いよソレ。他とは何か違う気がする』

 トフラの攻撃を防いだ手、トフラに攻撃した手、どちらも同じ手ながら、そこからは生きている証とでも言うかのように、肌は切れ、何か黒い液体のようなモノが流れ落ちた。


---[16]---


『なんだ? あなたは「見えている」のかな?』

 悪魔は不思議そうに首を傾げた。

 その口調も、私の時とは違う、ふざけた印象は薄れ、声のトーンも落ち、冷たい印象を受ける。

「・・・」

 トフラは悪魔の言葉に返す事は無い。

 何時ものように目を閉じたその姿、しかしいつもとは違うモノもあった。

 今の彼女が纏うのは、子供達の母としての姿ではなく、敵である存在と戦う者。

 いつもと違う彼女の雰囲気に、私は別の戸惑いを抱く。

「じゃあ、私達も行こうか」

 しかしエルンは、そんなトフラの動きに動じる事無く、私の方を見た。

「行くって?」


---[17]---


「盲目の人に全部任せるつもりかい?」

「え、あ、いや…その…」

 言いたい事はよくわかる…、改めて言われると返す言葉もない。

「じゃあ、コレとコレね」

 エルンは、隅に置かれていた私の剣とパロトーネを1つ、こちらに投げ渡す。

「パロトーネは額に当てながら使ってねぇ。移動の準備ができたら、そこで寝てる彼女を連れて基地の方へ行くよ」

「なんでまた基地に…」

「説明はあ~と。さあ、行くよ」

 両手剣を肩から下げた所で、エルンが花園の外へ、私は彼女に言われた通りパロトーネを使い、全身を風が撫でてくるような感覚を味わいつつ、フラウを抱きかかえてその後を追った。


---[18]---


 基地へと小走りで向かうエルンは手を上げて、グルグルと回す。

 まるで何かを合図するかのようだ。

 横目で悪魔を見やる。

 悪魔の手を覆う黒い魔力が、トフラへ襲い掛かるが、それを彼女は手に持った剣で難なく弾いていった。

 いやいやいや…。

 反応に困る光景だ。

「はい、よそ見はナシだよ、フェリ君」

「あ、ああ」

「きっと今の君は心配よりも驚きの方が大きいだろうけど、どちらも問題ないから」

「そう言われても」


---[19]---


「まぁ確かに常人技じゃないわなぁ、アレ。やれと言われてできる人なんて、果たしているのやら」

「・・・」

「前に話した…魔力を見る…てやつ、トフラさんのアレはその極限だ。見る事…それに全力を出した彼女には、感じ取る魔力がその相手を正確に形作る。私には無理だから、その先にどういう世界が見えるのかわからないけど。とにかく大丈夫だよ。」

「そう…」

 今のトフラの魔力を見るという技の熟練度がどの程度か知らないけど、医術士として周りから一目置かれているエルンが無理だと言うと、とにかくすごい事なんだと思える。

 というか、その技のおかげであの悪魔の攻撃を防いでいるのだから、当然すごい力なんだろう。


---[20]---


 それに、見えたとしてもそれを防ぐ技量はあるのかって問題も出てくるはず…、それも熟せているという事にも驚く。

 不思議な人だなと感じていたトフラ、その底がさらに深くなり、私が計り知れる限度よりもさらに上に立たれた気分だ。

 元から計り知れていなかった事もあって、優しい人と思っていた反面、恐ろしい人という印象も芽生え始める。

「ないと思うけど、トフラさんを怒らせると…こわいよ?」

「改めて言わなくてもいいわよ」

 後ろの戦いを見た後じゃ、いやでも理解できるわ。

 悪魔がトフラに攻撃を防がれる度に、金属同士がぶつかり合うような音を響かせる。

 基地へ、一歩また一歩と足を進める度に小さくなっていくその音は、悪魔から離れていくという安堵の気持ちを与えると同時に、トフラを置いて行っているという罪悪感がのしかかった。


---[21]---


 自分だけで何とかできる…そんな事は思っていなかったけど、事ここに至っては、結果浅はかだとしか思えない行動をしてきた事に後悔しかない。

「聞いてなかった。悪魔と同じ奴を倒したなら、アレにどういう目的があるのか、知っているの?」

 だから少しでも、その後悔を塗り替えられる貢献をしたい。

「その目的は、アイツに限った事じゃないが、「生きる事」それがアイツの目的だ。少なくとも、私達が昔倒した悪魔はそれを目的に動いていた」

 そこに存在しているのなら、存在を継続させる事、それは目的の1つになる、なるけど。

「あの悪魔の場合、その方法が問題なんだ」

「問題?」

「過去の奴は、「糧を求めていた」。悪魔は魔の者、魔力でできた体で存在し続ける連中は、消えないために常に自分から飛散していく魔力を得る必要がある。でも、魔力が潤沢にあるこの世界に置いて、周囲の魔力を吸収するだけでも肉体の存続は可能だ。でもアイツの場合、それと同時に別の方法でも魔力を得ようとする」


---[22]---


「別の方法?」

「他人からの魔力の搾取だ。「人が美味しいご飯を食べる事を娯楽の1つにする」ように、あいつらも自分達にとっての食料である魔力を美味しくいただきたいのさぁ。その辺の空気のように存在する魔力は無の魔力、なんの色も付いていない魔力だけど、人の持つ魔力には火とか水とか、性質と言うモノが存在するからさ、その辺に「味」とかが存在するんじゃないのかな」

「なるほど…。・・・というか、エルンはさっきから美味しくとか味とか、それって…」

 この世界において、美味しい料理、味のしっかりついた料理なんてモノ、存在しないだろ?

 少なくとも私はここでの生活で、その辺の料理と出会った記憶はないぞ。

 此処に来る度に食べていた一日一食の料理は、なにも味付けのされていない魚なのか肉なのか、とにかくその中間のような食感のモノばかり、味に至っては味付けのされていないただ焼いただけのマグロのようなモノばっかだった。


---[23]---


 それがこの世界での常識だ。

 なのに、味付けされた料理の存在をエルンは知っているのか?

 もしかして彼女は、私やヴァージットと同じ、現実を生きる人なの?

 現実と夢、両者を混合し過ぎた場合、その先に何があるのか、それが怖くて、出来るだけ分けて考えようとした矢先にそういう意味深な事を言われる。

 混乱を招く、悩みが絶えない、肉体的な疲労よりも精神的疲労がそろそろピークに達しそうだ。

「君の質問は後回しだ。まずはアレの処理から」

 基地が目前に迫った時、背中を冷たい汗が伝う。

 それは疲れたとか、暑いとか、そういう類のモノではない。

 近づいている…、それをフェリスの体が教えてくれている…ソレだ。

 チラリと後ろを見やる。


---[24]---


 暗闇にその体を溶かしながら、アイツは迫っていた。

 私と対峙していた時とは違う…、ふざけたような印象…お面を取っ払い、怒り狂った獣のように迫る。

 基地の門を抜け、訓練場まで何とか走りきった時には、もう目前まで、アイツは来ていた。

「右側だな…良し…」

 どこまで逃げればいいのか…、それをわかっていない私とは裏腹に、足を止め、悪魔と対峙せんと振り返るエルン。

 彼女の作る右手の握り拳は、青い火のような形の光を放つ。

 後半はもうがむしゃらに走っていた私は、止まる事ができず、止まる事を知らず、エルンの横をすり抜ける。

 その直後、後ろから強い光が放たれ、闇に呑まれた周囲を照らす光となるのだった。


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