第九章…「その手がかりを求めて。」


 現実世界で眠って、そして夢の世界で目を覚ます時、僕は決まって、ある光景を見る。

 知った顔…、最愛の顔…、その顔が苦痛に歪み、それでも僕に微笑みかけてくれる光景だ。

 首を絞められても、その胸に包丁を突き刺されても、頭部を何か硬い物で殴られても、彼女は決まって僕に微笑みかけてくれた。

 『大丈夫だから…。』と微笑みかける、『怖がらないで…。』と微笑みかける。『安心して…。』と微笑みかける。

 自分に酷い事をする人間に対して、彼女は自分の身よりも、相手の事を考えていた…、僕の事を…考えてくれていた。

 彼女を襲う狂気は、彼女にとってはその時初めて降りかかった地獄…。

 僕にとっては、何度も何度も、全てを止めようと、何もかも投げ捨てる覚悟でやった、繰り返す地獄…。


---[01]---


 終わってくれと、自分の心を殺して、相手を殺す、そして日が変われば、何事も無かったかのように返してくれる笑顔。

 その笑顔は、僕にとってナイフよりも鋭い、吸血鬼が恐れる太陽の光に匹敵する凶器だ。

 それを見る度に、何度もすり潰した自分の心に、また鉄を落とす。

 なんて事をしてしまったのか、自分の欲を満たす為に、なんて事を…。

 彼女への恐怖も、自分の行いに対する恐怖も…、既に僕の心では支える事の出来ない罪だ。

 自分の行いに、ただただ後悔しながら、また彼女に手をかける。

 そんな事を何日続けた?

 一日か?

 二日か?

 一週間か?


---[02]---


 正確な日数はわからない、短いようにも思えるし、何年も何十年も、それを繰り返しているかのようにも思える。

 もうだめだ、僕にはどうする事も出来ない。


 誰か…、誰か…、誰か…。


 助けてくれ…。



 トントンッとドアを叩く音が、朝食後の家に響く。

 ノックの音に反応して、僕よりも早く、扉の方へと向かうセミロングの黒髪を揺らす妻。


---[03]---


『ちょっとまってね~』

 その声は今日も、どこまでも妻の声だ。

『どちら様?』

 僕には誰が来たのか分かってる。

 だからこそ、僕がその来客に対応したかったんだけど、何事にも率先して行動する妻の手際は、圧倒的なまでに僕より早く先手を打っていった。

『私はフェリス。ヴァージットさんに用があって来たのですが。彼、居ますか?』

 普段から来客が多くない家だ、姿は見えなくとも、妻との話声でソレが誰かはわかる。

 まぁ声だけでもわかるけど、予測を立てるという意味で、過去の自分の家への来客周りの記憶を思い返すのもまた重要だ。

「あなた? お客さん」


---[04]---


「あ、ああ…、今行くよ」

 玄関で、妻は心配そうに口を開いた。

「あなた、何か問題になるような事でもやったの?」

「え?」

 不意な問いかけに、胸がドキッと高なるが、妻は…あなたはそんな事しないわよね…と、笑い声と共に、僕が玄関に行くよりも早く、来客であるフェリス君を家に招き入れた。

「私の名前はフラウ。フェリスさん、こんな頼りがいの無い夫に何の用があるか知らないけど、まぁ悪い人じゃないから、これからもよろしくね」

「え、あ、はい、今の所は剣で切り捨てるような事は無いんで、大丈夫」

「ふふ。良かった。じゃあゆっくりして行ってね。じゃああなた、私は仕事場に行くけど、その用事は時間かかりそう?」


---[05]---


「え、あ、うん。そうかも」

「そっか。まぁ急ぎの仕事は今ないし、今日はあなた休みって事で、気兼ねなく人助けをしてきなさい。もし助けが必要だったら声かけて、手伝うから。じゃあ行ってきま~す」

「い、行ってらっしゃい」

 家を出る最中、妻は僕に手を振り、引っ張られる様にこちらも手を振り返す。

「良い人じゃない」

 妻が元気よく家を出ていった後、その姿を見送ったリータ君が、そんな事を言ってため息をつく。

 きっとそのため息には、あんな良い人なのに、とかいろいろな感情が籠っているのだろう。

「と、所で妻が言っていた人助けって…」


---[06]---


「別におかしな事は無いと思うけど、この世界の秘密を探す仲間。そう言ってしまえば聞こえはいいけど、結局のところ、私の目的のために、あなたを付き合わせているだけ。だから人助け。フラウさんには、あなたに調べ物の手助けをしてもらう約束があるって言ったから、多分それで人助けって事になったと思う」

「すごく直球な言い方をしたね。もしアイツに気付かれたら…」

「直球って…、調べ物をするのに誰かの力を借りるなんて、ごく普通の事よ? こうやって普通に接触する事にした以上、下手に隠そうとしたら、反って怪しまれるだけ」

「そ、そうだね」

「堂々と…だ。どう出てくるかわからない相手に怯えるのは、悪い事じゃないけど、過度なソレは手元にあるチャンスを取り損ねるかもしれない」

「う、うん」


---[07]---


「というか、さっきの人があなたの奥さんで、あなたが馬鹿な真似をして手に掛けた人?」

「・・・うん」

 向寺君…いや、今のリータ君は協力者、情報共有は当然ながら必要であり、彼の質問にはできる限り応えたいと思ったけれど、その質問を返すまでに少しの間を空けてしまう。

「そう。ごめんなさい、答えづらい質問をして。でも大事な事だから」

「大丈夫…、うん、大丈夫です」

「もう彼女を否定するような真似、しないようにね」

「うん」

「まぁ、暗い話は置いておいて、彼女はなんで私を見るや、あなたが問題を起こしたなんて発想に繋がった訳?」


---[08]---


「それは…その、君の服装の問題だと…思うけど」

「服装?」

 軍の人達と同じ格好に鎧まで着こんで、背中と腰の左側に短剣を携えながら、それらを凌駕する程に異彩を放つ大剣。

 大剣はショルダーバックのように、ベルトというか紐で右肩に掛けて、腰の左側に来るようにしてある。

 彼自身の武装が、それ以外の2つとも短剣である事もあって、余計に大剣が映えるというか、目立つ。

「僕は、軍の事とか詳しくないけど、それは軍の人の服でしょ? それに甲冑とか剣とか、言うなれば完全装備だ。そんな格好で軍人でもない人間の所に訪ねてきたら、探している人がなにか問題を起こした人なのかも…て思うよ。まぁさっきのは妻の悪ふざけだとは思うけど」


---[09]---


「なるほど、格好の問題か…。まぁ服はともかく、完全武装して歩いてる連中なんて、あまりいないし、珍しくはある…か」

「その格好はやっぱり、襲われた時の事を考えてかい?」

「当然、相手の事が未知数過ぎるし、今自分が全力を出せる環境でないと」

「本当に君は、軍の人間なんだね。・・・気になっていたんだけど、今の君はそのフェリス・リータという女性を演じている…て事なのかい? その喋り方とか、自分の環境とか」

「しゃべり方は意図せず自然とこうなるの、おかしな話よね。まぁ感情的になるというか、激情するというか、とにかく平静を保てなくなると、自然と俺としての口調が出たりするから、絶対ではないけど。そっちは、現実とたいして違和感は無いわね。あなたの場合、ヴァージットっていう男性としてここにいるから、そのおかげもあって普通でいられるんじゃない? それかヴァージットっていう存在が、元々あなたに似ていて、口調とか気にならないとか」


---[10]---


「そ、そういうモノなのかな。実際、口調とかに違和感はほとんどないけど、それが僕特有のモノなのか、それともヴァージットという男のモノなのかはわからない」

「ふ~ん。まぁそう言う事もあるんじゃない? とりあえずここでの話はこれくらいにして、行くとこ行きましょうか」

「そう言えば、これからどうするかとか、まだ聞いていないんだけど…」

「あ~確かに。これから本土の方に行こうと思う。知り合いに戦闘訓練以外で、頭を使う勉強に適した場所はないかと聞いたら、向こうに「書蔵館(しょぞうかん)」て、本とかがたくさんある場所があるとか」

「現実で言う所の図書館みたいなモノかな?」

「多分そうなんじゃない? 私も行った事が無いから、どういう場所なのかは想像する事しかできないけど、たぶんそんな感じだと思う」

「じゃあ、後は僕達が求める情報があるかどうか…だね」


---[11]---


「あればいいけど、どうだかね」

 僕とリータ君の2人は、いや、多分僕だけだと思うけど、幾ばくかの不安を胸に抱えながら、その書蔵館へと向かった。

 この夢の世界でそれなりの時間を過ごしているけど、恥ずかしながら船に乗るのはこれが初めてだ。

「近くで見ると結構大きな船だね」

 エアグレーズンと本土を結ぶ定期便の船を前に、僕は童心に帰るかのような気持ちで、目の前にある船を見上げる。

「食料関係は基本的にエアグレーズンの人間達で何とかできるけど、それ以外の物資の補給は本土からしか受けられないらしいし、それなりの大きさはないと。現実で言う所の貨物船ぐらいはあるんじゃない? まぁ貨物船とか見た事ないけどさ。現実での本土と島を結ぶ遊覧船とか、そのぐらいの大きさは絶対にある」


---[12]---


「リータ君は本土の方へは何度か行っているのかい?」

「行っているというか、私の場合は初めてこっちで目を覚ましたのが本土の方。それに、私の大切な存在に会いに行くためにも、本土は絶対に経由するから、何度か…なんて数じゃないわ。回数を数えた事は無いから正確に覚えていないけど、とにかくたくさんよ。訓練が無い日とか、ちょくちょく行っていたし、少なくとも20~30は超えてるかも」

「それは頼もしいね」

「何度も言うけど、正確な数は覚えていないからね。それに、ただ船に乗るだけで頼もしいも何もないわ」

「ははは…、確かに…。でも、僕にとっては今から知らない土地に行く訳なし、頼もしいと感じるのは本当さ」

「そう。私から言える事は、いい大人なんだから、迷子にならない様にとしか言えないわね」


---[13]---


「うん、善処するよ。というか迷子を心配する程、向こうは道とかが入り組んでいるのかい?」

「・・・」

「リータ君?」

 さっきまで、途切れなかったリータ君の返しが止まった。

 状況も状況だし、その一瞬の沈黙が怖くて、横にいるはずの彼を見る。

 彼は、船着き場の入口、島の方を見ていた。

 船から降ろされた荷物が置かれて、それらを島に運んでいく人達の流れ、僕にはなにか問題があるようには見えない。

 でも彼は、少しだけ不審そうな表情を浮かべて、何かを探すように視線を動かす。

 この世界では軍人、以前のアイツとの戦う姿から、常人のソレ以上の能力を有している事はわかっているし、それがあるからこそ気付いた何かを、彼は探しているのだろうか。


---[14]---


「何か、ありました?」

 その探しているモノ、気になったモノが、アイツなら僕も構えなければいけない、何ができるかと言えば、何もない、せいぜい邪魔にならないように逃げる事が関の山だと思う。

 それでも邪魔をしてしまえば、彼にも危険が…。

「いや、誰かに見られているようなそんな気がしただけ」

 でも、それは僕の不安が煽られるだけの言葉だ。

「大丈夫なの?」

「ん~。あの怪物とは全く違う感じだから、たぶん大丈夫」

「そ、そう」

「身構え過ぎだ。なんでもない場所でそんなおどおどしてたら、人前で変な目で見られるわよ。何より、その矛先が私にまで来る。それだけは勘弁して」


---[15]---


「ご、ごめんなさい」

「・・・はぁ。シャキッとしなさい」

 バンッと周辺に音が響いたんじゃないかと思えるくらい、彼は僕の背中を強く叩いた。

「イタッ…」

「気合を入れろ。さあ、行くよ」

 気合…気合か…。

 自分に気合を入れるために頬を叩くとか、そう言うのはよく見る…ような気がするけど、他人からそれと同じ事をやられるというのは堪える。

 突然という事もあって、その痛みはなかなかなもので、不本意ながら若干涙目になってしまった。

「も、もう、いいのかい? 感じた視線というのは」


---[16]---


「さあね」

「え?」

「怪しい奴は見えなかったから、何とも言えないわ。少なくとも見える場所には、そう言ったのは確認できなかったから」

「そう…なんだ」

 彼は、剣から手を離す事なく、船へと乗り込み、僕もその後を追った。


 そして到着した場所は、まさに水の都。

 まぁ建物の様式とか、そういったモノはエアグレーズンと大して変わらず、単純に島を何倍にもした…と言って問題ない感じではあるけど、遠くから見るだけでも大きいとは思っていたが、ここまで来ると自分の想像なんてちっぽけなモノだったんだなと、そう思える程に、あの大樹は大きかった。


---[17]---


 確か、見守りの樹とか言ったっけ。

 こうやって見ると、なんか観光に来ているようで、少しだけ心が躍る。

 初めて、全国一位の標高を誇る山を、目にした時を思い出すかのようだ。

 というか、山と錯覚する程って…、本当に大きいな。

 少なくとも、現実ではありえない大きさだ。

「何してるの? 呆けてないで、さっさと行くわよ」

「え、あ~、うん」

 彼の後を追って、乗合船に乗り、段々と大樹の方へと向かっていく。

「書蔵館とか、軍の本部とか、そういった施設系のモノは、だいたい見守りの樹に近づけば近づくだけ増えていくわ。それを利用するかどうかは置いておいて、あなたも覚えておいて損は無いと思う」

「そ、そうだね」


---[18]---


「はぁ…。まさか、私がこんな案内めいた事をするなんて、思ってもみなかったわ」

 彼は、視線を乗合船が行く水路へと落とす。

「私もここじゃ新参者みたいなものだし、教えるとしても子供とかだと思ってたのに、まさか大の大人を案内する事になるとは…」

「力不足で申し訳ない」

「別にいいけど。興味は持たなかったの? 私が現れるまで、あなたもここが夢だと思っていたんでしょ? 今みたいな使命を持った行動じゃなくて、知らない場所を探検するとかそういう方向の、好奇心みたいなモノは働かなかった?」

「あ~、それはあった…かな。知らない場所っていう不安はあったけど、妻が…いたから。不安とかはすぐに消えた。そこからは新婚旅行に来ているような…そんな気分だったよ。まぁ彼女にとっては、ここで普通に生活をしている状態だったから、寝ぼけた事を言うなよって、何度も笑われた」


---[19]---


 最近では、思い出す事もなかった妻との思い出。

 それを口に出す度に、少しだけ頬が上がった。

「今の話を聞くに、彼女がいる事で満足しちゃったって感じね」

「う、うん。ごめんね。だからここで、僕が君に力を貸せるのなんて、探し物をするための人手ぐらいしかないんだ」

「別に責めてる訳じゃないわ」

「そ、そうか…、ありがとう。僕はそんなだけど、リータ君はそれなりにあちこち見て回っているのかい?」

「そこそこね」

「そう言えば、君が望んだモノって…」

「それは分かりきっていると思うけど?」

「あ、うん、ごめん。無責任な事を言って」


---[20]---


「別にいい。恥じるモノでもないし、それを聞かれて嫌な気分にもならない。私が望んだモノは家族だ。後は足の自由」

 そう言って、彼はトントンと、まるでノックをするかのように、自分の右太ももを叩く。

「まぁあの夢とやらを複数欲していいのか、それとも一個だけなのか、それは分からないけどね。一応その2つを求めた。そして何より、最も優先順位が高いのが家族だから、家族の事を一番強く願ったわ。家族にまた会えるなら、足の自由なんて気にならないし、どうでもいい。そしてその結果がコレ」

「足の自由…。そして家族。両方とも得られたのか」

「夢の贈り主の気前が良かったのか、それとも単なる偶然か…、他に理由があるのか…。まぁなんにせよ、こうなったからこそ、思う存分この世界を堪能している感じかな。だから、先輩であるあなたがダメダメでも、私はある程度分かってる、後は本当にあなたが迷子にならないかだけよ?」


---[21]---


 彼がニヤリと笑う。

「ははは…」

 まるで子供が自慢をするかのような、そんな笑み。

 僕は苦笑する事しかできなかったけど、その姿が妻と重なって見えた。

 頼もしくて…頼もしくて…、いつも僕を引っ張って行ってくれる彼女も、いつもいたずらをしてはそんな笑みを浮かべていたっけ。

 リータ君が家に来た時の彼女も、きっと今の彼と同じような顔をしていたのかな?

 正直、わからない。

 今の僕の目はガラクタだ。

 彼女への不信感は消える事無く、彼女を視界から消すかのように積もり積もっている。

 そこに居るはずなのに、居るとわかっているのに、見えているはずなのに、僕は彼女を見ていなかった。


---[22]---


 それが今は、とても寂しく、後悔していると言ってもいい。

 見たいな…また。

 彼女の笑顔を…。


「着いたぞ」

 彼はそう言って、乗合船の席を立つ。

 さらに大樹を目印に、その方向へと歩いて行くと、広場と呼べる広く開けた場所に出て、建物等視界を遮るものが無くなり、少しだけ怖いとさえ感じる大樹、いや、巨木が僕達を見下ろすかのように、そびえ立っていた。

 何度も同じことを思ってしまうが、やはり大きい。

 建物の視界から飛びぬけて、その先に見えたモノも、当然大きいと感じるが、広場という周りの建物達が離れた場所に位置取りしているこの場所では、まるで一対一で対面しているかのようで、ただただ圧倒された。


---[23]---


「呆けてないで行くぞ。観光をしに来ている訳じゃないんだから」

「あ、うん」

 その声に引っ張られるように、いつの間にかリータ君に距離は離され、はぐれない様にと僕はすぐに後を追う。

「リータ君は、国のあちこちを見て回っているのかい?」

 目的地はわかっていても、その場所までは知らない。

 ただついて行くだけでは、何となく心細くて、僕は彼に話しかけた。

 リータ君は、チラッとこちらを見てから、すぐに前へと視線を戻す。

「そうね。自分の足だけで歩けるというのは、それだけで嬉しかったし、その喜びを味わうのも兼ねて、この世界を知るために歩き回ったわ。ここでの生活も生活の一部みたいなものだし、どこに何があるのか、それを知っておいて損は無いから」

「へ~。リータ君は、ゲームとかをやる時に、マップの隅々まで見てから次のマップに行くタイプなんだね」


---[24]---


「言いたい事はわからなくもないけど、わざわざゲームで例えるような事? まぁこの世界で、現実の内容を含んだ会話も、新鮮で悪くはないけど、あまりベラベラその辺の事を話していると、変な目で見られるかもよ? 訳の分からない事を話してるって」

「え…。リータ君はそういう経験が?」

「いや、無いけど。現実と夢であるモノとないモノがあるように、知っている単語と知らない単語だってあるだろう。そう言う事だよ」

「なるほど、下手な揉め事を起こさないために、波風を立てないって事だね」

「そう」

「リータ君は周りを見ているというか、周りを気にかけるというか、真面目なんだね」

「・・・、私が…というより、あなたが考えなさ過ぎなんじゃない? 私としては、これは無用な心配だと思っているんだけど」


---[25]---


「いやいや、郷に入らずんば郷に従えというし、僕が間違っているだけで、君は間違っていないと思うよ?」

「…はぁ、何か疲れるな」

「そうかな?」

「誰のせいだと…。人って短時間で変われるものなのね。それとも痩せ我慢かしら?」

「はは…。手厳しいね…」

 変われるものなのか…か。

 多分、今の僕はどちらかと言えば後者の人間だ。

 一人でいるだけなら、延々と悲観しながら馬鹿な事をし続けていても、誰も文句は言わないけど、今の僕は一人じゃないから、場を暗くしない様にと努めているつもりで、それがただただ空回り続けている。


---[26]---


 リータ君も、その辺を理解してか、直球的な事を今の所言ってこない。

 やめろとは言わずに、簡単な受け答えではあるが、僕の話に付き合ってくれて…、気を使わせ過ぎていると感じ、心苦しさを覚える。

 そんな空回り状態を少しでも回避しようと、心落ち着かせていると、彼はその広場にある1つの建物の前で止まった。

「…ここだ、書蔵館」

 彼が見ている先には、まるで協会のような、石作りながら装飾にも凝った作りの壁がそびえる大きな建物があった。

 装飾等のこだわりも相まって、まさに特別な場所と言わんばかりに、その建物は建っている。

「話だと、書蔵館は、歴史から戦闘の指南書、あのブループ達みたいな怪物の図鑑、国民が楽しむための娯楽としての本まで、いろんな本があるらしい」


---[27]---


「なるほど。それを聞くと、まんま図書館だね」

「娯楽部分の本とか戦闘の指南書とか、モノによってはお金を払えば複製してくれるらしいし、図書館というよりかは、書店と図書館を合わせた感じかもね」

「そうなのかい?」

「そう書いてある」

 彼が指さす方を見ると、そこには立て看板があり、そこに館内では静に…等、当たり前と思える内容の他に、詳細と共に本の複製についての説明が書かれていた。

「変わっているけど、書店としての機能もあるなら、なかなか有用な場所かもしれないわね。大切な人への贈り物に本を…とか」

「こういう形式なら、エアグレーズンにも欲しい所だな」

「それもアリかもね。・・・、とりあえず中に入りましょう」

「う、うん」


---[28]---


 中に入れば、そこに広がるのは、まさにファンタジーな世界。

 魔法が存在するファンタジー映画の図書館のソレのような場所で、中央の吹き抜けを覆う様に壁を埋め尽くす本棚の数々、一階二階と、区切られてはいるけど、どの階も本棚の高さはそれなりのモノで、どれも本を取るための梯子付き。

「見守りの樹も、その大きさにびっくりしたけど、これはこれで圧巻されるね」

 あの巨木は息を飲むような…圧倒されるような凄みを感じたけど、こちらは創作物の中でしか見た事の無いような本の海で、ここの住人からしたら当たり前の光景でも、それを見慣れていない僕からしてみれば、これには幻想的な美しさを感じる。

 巨木の方とは別の意味で、言葉を失った。

「これはまた…、あるかどうかわからない答えを探すにしては、ここは広すぎるな」

「ははは…、確かに」


---[29]---


 リータ君は、これから始まる捜索作業を前に、幾ばくかの心労を現すかのようなため息をつき、歩き出す。

 2人で探す場所を分け、何か情報があるかもと、娯楽本の方にも目を通し、その日一日がいつもよりも長く感じながらも、目ぼしいモノへと目を通していった。


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