第七章…「夢と現実。」


 所詮は夢…、何度その問答を繰り広げたか、私にはわからない。

「言っている意味が分からない? 自分が生まれた場所が何処か…自分という存在が生まれた場所が何処か、それを答えて」

 男の胸倉を掴む手にどんどんと力が入る。

 脈打つ心臓の音は、その大きさを増していく、脈も比例して速くなっていく。

 興奮?

 この世界の謎を解き明かす事、そのきっかけが目の前にあるからこその、感情の表れ?

 違う、これは恐怖や不安の類だと思う。

 怖い。

 夢だからこそ、失ったモノの面影を見る事ができる、自分の記憶の中に残る家族に会える…、そう思っていた。


---[01]---


 でも、その夢が私の思っているものと違ったとしたら?

 もう訳が分からないんだ。

 誰かに答えを聞かせてほしかった。

 だから、自然と男を問いただすのに力が入る。

 自分でもどうかしていると思う。

 今まで、何かおかしな事があっても、ここまで心が揺れ動くのを自覚した事は無かった、夢の世界なんだから当然と割り切れた。

 でも今回は違う。

 今までのおかしな事と比べれば、ダントツでおかしな事になっているとは思うけど、何故か今回は、夢なんだからおかしな事だって起きる…と割り切る事ができなかった。

 そんな事ある訳ないと…引き返そうとする私を、誰かが前へ前へと推し進めるかのようだ。


---[02]---


 気づかなくては、知らなくてはと、突き動かされる。

「ま…まず…離して…」

 そんな私の詰め寄り方に、男の顔色はさらに青くなって、我慢の限界だと私の手を叩いた。

「あ…」

 手を離された男は、ゲホゲホと咳き込み、その首の圧迫感の解放から、息を整えようと深呼吸をする。

「さっきとは雰囲気が違うね、君は。さっきの君は、まだ人の話を聞く余裕があったのに、今は全然。まるで締め切りに追われるサラリーマンみたいだ」

「その例えは良くわからない。俺はまだ学生だからな」

「俺?」

「…あ」


---[03]---


 少しでも自分を落ち着かせようと心掛けたら、自然と俺としての言葉が出た。

 ここに来るようになって、最初の頃から、何の違和感もなく一人称が私になっていたから、今の自分を俺呼びしたのに驚く。

「あなたといると調子が狂う。まるで自分の意識外の何かが働くみたいだ。いや、ただ混乱しているから、突発的に爆発しているだけかもだけど」

「ま、まずは落ち着こうか」

「・・・、あなたに言われたくない。そもそも誰のせいでこんな事になっていると思ってるの?」

「す、すいません」

 頭の中が混乱を処理しきれずに熱が出そうだ。

 実際もう出ているのかも…。

 額に手を当てると、いつもより熱い…ような気がする。


---[04]---


「それで…、あなたは何者なわけ?」

「それは僕も知りたいぐらいだ。君は何者だ? 夢とか現実とか、本気で言っているのか?」

「だったら何よ? 大変ではあったけど、この世界で楽しく生活できてると思ったら、今度はあの怪物だ。いよいよ夢が夢らしく、奇想天外になり始めた。あなたが現れてからね」

「夢? 君は今、夢と言ったか?」

「ああ、そうだ。ここがあなたにとって夢だというが、私にとっても夢だ。現実という悪夢の残る場所から逃げるための世界」

「い、いや、そんなはず…。君はそういう設定の存在かい?」

「それはこっちの台詞だ」

 くそ…、埒が明かない。


---[05]---


 やりたい事とやるべき事がまとめてできないから、自分の分身を作ったのに、2人してやりたい事をやろうとして、結局やるべき事をやらないアレの気分だ。

 でもそれもしょうがない…か。

 この男がこの世界の住人じゃないと感じても、何の確証もない訳で…違和感はあってもお互いに疑問と否定を繰り返すだけ。

 こいつは結局そういう設定の登場人物でしかない、そんな大前提で考えてしまう。

 男の方も同じなら、そりゃあ話が前に進まないだろうさ。

 こっちが男と同じ経験をしたとしても、夢なんだから自分が経験した事を、その登場人物があたかも自分がそういう存在なんだと言っているだけ…そんな自己解決をしてしまう。

 そんなんじゃ、この夢の世界でいつまでも話をしていたって、その袋小路から抜け出せない。


---[06]---


 お互いに前へ進むためには、お互いが、夢の世界の住人じゃないと認識する事が最優先か。

「向寺夏喜」

「ん?」

「向寺夏喜だ。私…いや、俺の名前」

「なんで名前なんか…?」

「あなたは自分の夢の世界で、夢の住人じゃないという私を否定し、私も違和感はあってもあなたを現実の人間と認められない。なら自分達の現実世界で会う事ができたら…」

「お互いに問題の1つが解決できるかもって事?」

「ええ。現実世界で会う事ができなかった場合、来なかった人間は、その主張が嘘だとバレるけど、会う事ができたら、今いるこの世界の住人かどうかという問題は解決する。その代わり、見ず知らずの人間が同じ夢を見る…て新しい問題が生まれるけど、今はまずお互いの主張が正しいかどうかを証明する事が先決だ」


---[07]---


「・・・」

 男は呆気に取られたように、口を開けて間抜けな表情を晒す。

「でも、これはあなたの協力が必要不可欠。あなたはどうしたいの? このまま何もしない? そうなるとさっきの怪物が、また襲ってきて命が奪われるのがオチだと思うけど。人は見かけによらない…なんて言葉が通用する相手とも思えない、あの見た目にあの発言、能力、明らかに異常だ。冗談でしたなんて事にはならないだろう。あなたはこの世界から逃げるため、その最終手段でさっき命を差し出したつもりかもしれないけど、どうなるかわからないわよ? あの怪物の言葉の先にあなたの死があったとして、その間に何があるかもわからない。次に、その先はまさに未知数。ここでの死がそのまま現実の死に繋がっていたら…あなたはどうする訳?」

「・・・、どちらにしたって、向こうでの生活が嫌でこの世界に来ている訳だし、今更こちらで死ぬと向こうも…なんて言われたって…」


---[08]---


 逃げ道を断たれた袋のネズミだって?

 この道が地獄で、向こうの道に戻っても地獄、どちらも地獄ならさっさと終わらせると…。

「流れとは言え、手の込んだ自殺だな。まぁここでの死が、向こうでどうなるかなんてわからないけど」

「君は何のために現実で会おうと言ってくるんだ? 見ず知らず…初対面に等しい、しかも人を殺す所を見た人間を助けようとでも? いや、さすがにそれは無いよね。なら自分のためか。自分が、自分であるという証明を得るため?」

「助ける…ていうのは少し違う気もする。とにかく今は情報が欲しい…、ただそれだけ」

「情報?」


---[09]---


「今まで、命のかかった大変な出来事はあっても、楽しい時間をここで過ごした。色んな事があって、その度にこの世界での生活を守ろう…て決心を新たにしてきた。その最中にあなたが現れた。明らかに今までの出来事とは違う。知り合いの記憶の欠如もそう、生活している上で起きるかもしれない当たり前とは違う、あなたが関わって起きた問題はおかし過ぎる。異常だよ。それはもう混乱してる、殺人犯であるあなたを助ける程に。でも問題を解決するには私と一緒にその渦中にいるあなたの協力が必要。それに、今まで魔力だのなんだのと、現実では到底あり得ない事でも、夢なんだから、この世界はそういうモノだから…て、自分を納得させてきた。でもそれはこの夢の中で、この世界観だけで完結できる、納得ができるモノ。その世界の外の人間であると言うあなたの存在はイレギュラーだ。じゃあ、この夢は何なんだ? そう言う事が起きるモノなのかもしれないけど、それがそうであると証明ができない、納得ができない。すごく気持ちが悪いんだよ。現実みたいにリアルな夢だからこそ、その異物の色が濃く浮かび上がる」


---[10]---


 男の疑問への返答というより、ただの愚痴だ。

 でもこの瞬間の私は、枷が外れたようにそれらを口から出していった。

「ここで生活をし始めて、ここが夢の世界だと言う存在はあなたが初めてだ。だからこそ、余計に目に付くってのもある」

 この男が現実の存在であれ、なんであれ、これが夢だと認識している。

 現実で面白半分に夢の話をするのとは違う。

 同じ体験をしているからこそ、本音をぶちまけられるのだ。

 だからこそ、言葉が出てくるのを止められない。

 抱えていたモノ全てが溢れ出ている。

「現実であなたが現れなければ、あなたはただの夢の世界の登場人物、リアルな夢のちょっちしたノイズに過ぎない。でももし、会う事ができたら…、自分の夢だと思っていたこの世界に、赤の他人がいる事になる。元々寝る事で始まるもう1つの生活だ。ただの夢とは思っていなかったし、夢の中身は置いておいて、その始まる事に関しては疑問を持っていた。現実であなたに会う事ができれば、この夢の事が少しはわかるのかも」


---[11]---


「わかってどうする? この夢がどういうモノなのか、その真実を知りたいって、知識欲を満たすためかい?」

「この夢を見る…て事自体、デタラメな体験だ。それがどういうモノなのか、それを知る事ができるのなら知りたい。でも私はそれで満足できるわけじゃない。私が本当に知りたいのはその先だ。これがただの夢じゃない事はとうの昔からわかってる。でもそこに赤の他人がいるってのは、問題の塊でしかない。現実で会った事がある人が、登場人物として出てくるならまだしも、私と同じように自分の意思を持って、夢から覚めればその夢での生活を記憶しているなんておかしいだろ? 可能性として、この世界が夢じゃない、別の何かだとしたら…、じゃあ一体…」

「・・・?」

 言葉が詰まる。

 脳裏を横切るのは、「家族の姿」。


---[12]---


 夢の世界だからこそ、自分の記憶から生まれた本物として接する事ができる。

 でも、ここが夢の世界だという前提が崩れたら…、じゃああの家族は一体誰なんだ?

 俺の家族と変わりなく接してきてくれる私の家族は、一体何者になる?

 俺の家族に送っているつもりになっていた私の感情、私の愛情、それはいったい誰が受け取っているのか…。

「君も、抱えているモノが多いって事…かな」

 男は、自分の両手の平を見る。

 ジッと何かを考えるかのように。

「わかった」

 そう言って、男は立ち上がった。

「何がだ?」


---[13]---


「君の話に乗るという事だ。現実世界で会おうじゃないか」

「・・・」

「疑いたい気持ちはわかるし、君が僕の事を信用できないのもわかるよ。この世界から逃げたいって気持ちも、まだ変わっていない」



『私の話に乗ってくれるというのなら、あなたの身の安全を確保しないとね』

『安全?』

『今、普通に話ができているけど、いつあの怪物がまた襲ってくるかわからない。私達が現実にいる間にこちらで生活をしているあなたが襲われたら、誰も助けられないから。助けが入ったとしても、昨日の夜の二の舞じゃ話にならないし』

『あ~、確かにね。でも、あくまで可能性の話だけど、たぶん大丈夫だよ』


---[14]---


『その根拠は?』

『今までアレに会ったのは全部が夜の事だ。昼間にあった記憶はない。同時に僕が起きている時…あ~、君の言う現実にいる時のこちらの僕はアレに会っていない。あくまで可能性だ。確証はないけど』

『あなたが夢の世界にいる時の夜にだけ現れる怪物…という事か。今まであいつと遭遇したのは何回?』

『数はいちいち数えてないけど、アレが現れ始めたのはひと月ぐらい前からだから、会った回数はたぶん10回は超えているんじゃないかな』

『そうか…。なら問題ない…か? まぁでも、保険をかけておこう』

『あ、そうだ』

『何?』

『君は名前を教えてくれたのに、僕はまだ名乗ってなかったと思ってね。でもその前にこちらの君の名前、教えてくれないか?』


---[15]---


『フェリスだ。フェリス・リータ』

『そうか…。君が…。じゃあ僕の番、僕の名前は…』

 夢の中で会った男との最後の会話を思い出す。

 夢で会った人間と現実で会う?

 はっきり言って…、どうかしているな。

 ネットで知り合った人とオフ会で会うとか、そう言うのとは訳が違う、違い過ぎる。

 夢から覚めるであろう日を計算…というか考えて、日にちを決めて…、それらを頭が冷えた状態で思い出すと、馬鹿馬鹿しいというか恥ずかしい。

 そう思いつつも、大切な事だからと身を引き締める。

 会えるかどうか、その結果次第で俺にとっての、あの夢の見方が変わってしまうであろう分かれ道。


---[16]---


 やっていた事に対して思う所がある一方で、その結果がもたらす影響もまた、大きな意味を持つ。

 俺にとってはとても大きな事、これが緊張せずにいられるものか。

 夢の世界では、そんな予定を立てる前にすっかり日は上り、孤児院に戻る頃には、そこの子供達は食事を済ませた時だった。

 フルートとかシュンディとか、フィアとかに、どこに行っていたんだと問い詰められる始末。

 寝つきが悪くて早く目が覚めたから走っていた…と適当な事を言って、その難は逃れたものの、急にできてしまった現実での用事に、体調が悪いから今日は休むとさらに嘘の上に嘘を重ねる結果となった。

 こちらの事を心配してくれた面もあるせいで、その嘘の積み重ねはなかなかに心を痛める。


---[17]---


 そこからは全てがスムーズ、体調が悪いという言葉に、フィアが気を聞かせてくれたのか、何の邪魔も入らずに眠る事ができた。

 軍の方の事が頭を過ったけど、そこはきっとフィア達が何とかしてくれるだろう。

 行かなかった分は、後日に死にもの狂いで取り戻す、その時に休んだ事への始末も付ける。

 それで解決…する事を祈ろう。

 それか、俺が現実で生活している間の私が、どうにかその辺の問題を解決してくれるとか、期待は尽きない。

 そして現実世界での目覚めは、さらにその翌日だ。

 ややこしい限りだな。

 あの男との初遭遇が月曜の夜だったとすれば、私として目を覚ましたのがその翌日の火曜日、色々あって夢で寝て現実で目を覚ましたのが、その翌日の水曜日って感じだ。


---[18]---


 つまり、今がその水曜日で、夕方前である。

 まぁでも、ややこしさはあるけど、想定通りだったというかなんというか、起きるであろう日に起きられた感じだ。

 後は、待ち人が予定通りに来られるかどうか。

 今いる場所は、家の最寄駅から数駅行った駅の前。

 日差しはあるが、体に吹き付ける風は冷たい、近場にベンチとかそう言ったモノは無く、壁に背中を預けて片足が動かない事をごまかしながら待つ。

 その間、携帯で適当にソシャゲのフラッシュゲームをポチポチと叩き、心を無にして暇をつぶした。

 最初はそれでよかったものの、当然ながら指はかじかんで、そんな単純操作のゲームにさえ悪戦苦闘し始める。

 こんな事なら、連絡先でも交換しとけばよかった…。


---[19]---


 というか、現実にそいつが存在するかなんて、それだけで済むだろう。

 電話なりなんなりをして、話が通じれば現実に存在した事になる。

 まぁ今更だが。

 それだけ、あの時の私は余裕が無かったって事だ。

 ちなみに待ち合わせの時間は…まさに今。

 今の所、それらしい奴からの接触はない。

 あの男、自分には目印になるような特徴はないとか言っていて、それでいてわかりやすくて目立つ事もしたくないとか言ってきた。

 まぁその辺は、俺が特徴的過ぎるから良しとして、現状、あの男と対峙する条件が待ち合わせの場所に来て、そして男側が接触を試みてくる事。

 此処に来て待つ事までが、俺にできる事で、それから先はあいつ次第だ。

 現実にあの男が存在しても、普通の人間同士の接触ではない以上、予定時間を過ぎても待つつもりだったが、相手次第というのはなかなかにしんどいな。


---[20]---


 彼女を待つ彼氏の図なら、人によってこれは幸せの形の1つかもしれないが、そもそも俺はできる事なら時間通りに来て欲しい人間であり、今回待っている相手は彼女でもなんでもない、会った事もない人物だ。

 余裕もなく、善は急げという意気で、推し進めた計画だから、所々穴だらけ、その結果。

 接触できるかどうかは全て男次第、こちらは男の特徴も容姿も知らない。

 分かっているのは、「利永栄作(としなが・えいさく)」という名前ぐらい、身長はフェリスと同じぐらいで、細身…という情報を寄こしてくれたが、それだけでわかるのなら人探しなんて苦労はしないだろう。

 行き違い…なんてくだらない理由で、1つの可能性を手放す気はなれないし、来なかったら来なかったで、待つ時間が長ければ長いだけあの夢の世界は俺だけのモノ、俺だけの世界なんだという証明が強固になっていく。


---[21]---


 だから、待つ事にはそれなりの意味がある…と俺は思う。

 何分…何時間…、どれくらい待ったか…、半分以上あった携帯のバッテリーが残り30%に差し掛かる。

 暇を持て余した待ち時間なんてこんなもん、相対性理論だったかなんだか、同じ時間でも長く感じているのだろうさ。

 時計を見返してみれば、予定の時間からもうすぐ1時間が経過する所。

 友人との待ち合わせなら、待ってやる限界点といった所だ、それか、家を知っているのなら、そのまま電話をしつつ家に迎えに行く。

 そして…。

 普通の待ち合わせじゃないんだと、自分に言い聞かせ続け、耳に付けたイヤホンから流れる音楽を聴く事さらに1時間。

 これが結果か…と、帰る意思を固めた時、一人の男が俺の前に立った。


---[22]---


 細身で黒髪のショートヘア、痩せているのに加えて疲れ切ったような、やつれた顔がさらにその不健康さに拍車をかけた容姿。

『尋ねたい事があるのだけど、君の名前は、向寺夏喜さん…かな?』

 イヤホンを外した所で語り掛けてくる男、そんな見知らぬ男から発せられる自分の名。

 小さい頃に実は会った事があるんです…なんて事無いし、会っていたとしてもわかる訳がない、そして偶然が過ぎる。

 これが俺の待ち人か。

 全身の毛が逆立つ感覚、来てほしくもあり、来てほしくなかった人物。

「随分と遅い到着だな。利永さん」

「すいません、これでも起きてからすぐに来たんだけど…」

「まぁその辺はどうでもいいよ。あんたの日常生活には興味ないし。強いて言う事があるなら、生活習慣が狂っているんじゃないか? 時間のサイクルが」


---[23]---


「そう…だろうね。うん。はは…よく言われたよ。とりあえずどこかゆっくりできる飲食店か何かに入ろうか。このまま話を続けるのは…大変だろう?」

 利永は俺の右足を一瞥して、手で行こうとする方向を指してくる。

 何にせよ、このままここで話をし続けるのは、俺の身体的につらい所はあったし、適当なファミレスにでも入って落ち着きたい。


「それで…何から話そうか…?」

 最寄りのファミレスのチェーン店に入り、向かい合う様に席に着く、適当に飲み物だけを注文した俺達は、お互いがお互いの様子を伺う間が続いていた。

 そんな状態に煮えを切らして、利永が第一声の言葉を発したが、そこに続ける言葉が見つからない。

 こいつが来るかもしれないという可能性を、考えていなかった訳はないけど、結局、そんな事あり得るはずがないと、俺の中の常識が否定し続けていたんだろう。


---[24]---


 こうやって時間が過ぎていたが待ち人は来た、同時に問題も色々と生まれて来たが、何にせよ現状の俺の頭の中は、自分の常識の崩壊で混乱気味になっている。

「・・・、それにしても驚いたな。夢の方では女の子だったのに…、君は男の人…だよね?」

「女じゃなくて悪かったな」

「あ…いや、夏喜って名前、女の人にも使える名前だと思うし、僕の早とちりだよ。ゲームとかだったら、むしろ僕が女性だった方が良かったんじゃないかって思うぐらい」

「お互いにキャラクリで異性を作って、実際に会ったらお互いにまた異性だったって? そんなお気楽な状態だったら良かったんだがな」

「ははは…。そんな理想の関係、早々起きないよね」

「そうだな。夢の見過ぎだ」


---[25]---


「はは…。妻にもよく言われたよ」

「・・・、あんた、ほんとにあの夢の男、「ヴァージット」なんだよな?」

 ヴァージットは、夢の世界での利永の名、あの男の名だ。

「うん。ここが、目を覚ましたつもりになっているだけで、まだ夢の中にいるでもない限り、君と僕は、夢の世界だけじゃなくて、現実でも接触に成功している事になる」

「そう…か。じゃあ、あの夢の謎はより一層深まったって事だな」

「僕が君の前に現れなかったら、君は今まで通り生活ができたかもしれない。すいません」

「それも1つの選択肢としてあったかもしれないけど、今となっては、その選択肢を選んで、そのまま突き進んで良かったのか疑問だ。…それで? 最初はあのまま死んでもいいやって思っていた奴が、なんで俺の話に乗って来たんだ?」


---[26]---


「最初は乗るつもりは無かったよ。あのまま終わる事ができれば、あの世界から解放されると思っていたのも事実だし、もし向こうでの死がこちらでの死と繋がっていたとして、向こうとこっち、両方で死ぬ事になってもいいと思っていたのも事実だ」

「・・・」

「君があの世界に、僕程絶望していなかったから…、むしろ守ろうとしているように見えたからかな。そういう目をしていたように見えた」

「そう言うのわかるものか?」

「直感とでも言えるのかな、君の姿に既視感を覚えるような感じもあった。なんて言えばいいかわからないから、とりあえずそれっぽい事を言っただけだよ」

「わかりにくいわ…」

「ははは…、よく言われたよ、ほんと。僕は人との絡みが苦手でね。まぁそれは置いておいて。君にはあるんじゃないか? あの夢に自分にとって必要なモノが」


---[27]---


「・・・、それがあの夢に求める事だろ? あるに決まってる。そう願った日から、あの夢を見るようになったんだから。あの夢が何なのか、それはこれから調べて行かなきゃいけない事だけど、同じ体験をしていたって事で、あんたにもあったんじゃないのか? 俺みたいに求めていたモノが」

「・・・」

 俺の問いかけに、利永は視線を注文したホット珈琲へ落として黙り込む。

「時間ならたっぷりある。閉店までまだまだな。不幸にも会う事が叶っちまった訳だし、お互いに話をしようじゃないか」

 携帯の電源を切り、俺はこれから始まる話に集中する。

 有力な情報があろうがなかろうが、何かを得るきっかけにはなるはずだ。

 男の、コーヒーを飲もうとカップを取った手が、心なしか震えるのを見ながら…。

 俺はただただそう願う。

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