第三章…「その、今の自分と過去のフェリスは。」


 体が宙を舞い、風を切る。

 体への痛みは無くとも、そのまま地面を転がれば擦り傷の1つや2つできるだろう

 ふんっ…と、全身に力を入れて、体をグルっと回転させる。

 今まで青い空が見えていた視線が回転し、今度は、空ではなく地面が視界に入った。

 足から着地し、衝撃を滑りながら緩和するが、こちらが完全に停止するよりも早く、息つく間もなく次の攻撃が来る、振り下ろされる得物、私は、横へと体を捻り、半ば転がる様に横へと、それを避ける。

 ガンッという地面を抉るかのような音が、耳へと届く。

 これは訓練、勝負、生き死にの話ではない。

 使っている得物はパロトーネで作り出した武器、怪我をしないからこそ全力で事に当たれる。


---[01]---


 勝敗を決める方法は、致命傷になるであろう攻撃、決定打を与える事。

 それは、本物の武器なら両腕が飛ぶような攻撃のヒットでも、当然勝負は決する。

 私は、自身の両手剣を強く握り、立ち上がり際に相手の、得物を持つ腕に向かって振り上げた。

 武器と武器、拳と拳、その他諸々、人同士が戦っているのなら、より優位に立てるモノを持とうというのは当然の心理だ。

 しかし、相手は…、イクシアは…、その優位性を何の躊躇もなく捨てる。

 自分の得物、槍斧を手から放しながら、その体を一歩後ろへと動かして、空を斬る両手剣の刃から、自分の体を離す。

 そして、もう問題ないと判断した瞬間、手から放し地に落ち行く槍斧を、足にひっかけて、地面を転がるボールを胸の辺りまで蹴り上げる要領で、槍斧を蹴り上げる。

「なんとっ!?」


---[02]---


 その行動を予想しなかった私からは、驚きの声が上がった。

 一瞬の動揺、驚き、僅かに動きの止まった私へ、彼女は容赦なく攻撃を繰り出す。

 それもまた一瞬、胸の辺りまで浮いた槍斧の右手で持ち、クルッと一回転して勢いの付いた攻撃。

 人の頭を刎ねるが如く、迷いなく、その攻撃の軌道は、私の首へと向かった。

 私は、体を反り…、それでも避けきれないと悟り、地面に倒れ込む様に体を倒す。

 体の上をイクシアの槍斧が通過する時、体を横に回転、俺基準で人間には絶対に無い尻尾を、力一杯、全力で、その得物を弾き飛ばさんと振るう。

ガキンッ!

 まるで金属同士がぶつかるかのような音が響き、私の体には尻尾を通して、全身に衝撃がぶるぶると伝わった。

 痛みは無いが、まるで尻尾に携帯を乗せて延々と振動させているかのような、錯覚さえ感じる。


---[03]---


 そんな状態が収まらぬ中、今度はすぐに立ち上がり、イクシアへと向かっていく。

 自然と全身に力が入り、剣を握る手もその例外にはならない。

 待つ事も、迷う事も、とにかく動きの鈍る思考を全て頭の外へと追いやって、攻撃一本にその瞬間は意識を集中する。

 少しの迷いもなく振るわれた一閃。

 しかし、その攻撃はイクシアにダメージを与える事なく防がれる。

 イクシアの左手、竜種と人種との混血だからこそ生まれた特徴が、私の一振りを防ぎ切った。

 その腕は武器であり、籠手であり盾、万能な腕、普段は見慣れてしまって気にならなくなった私も、まさにその通りだと、過去にイクシアへその言葉を贈ったフェリスに同意する。

 槍斧を弾いて、体勢を崩しても、私が思う以上に立て直しが早い。


---[04]---


 想像の甘さは経験の無さ、立て直しの速さは経験の勝る技。

 無駄のない動きが、防御へと迷いなく体を動かして、それと同時に攻撃の一手も抜かりない。

ガキイィーンッ!

 視界の端に映った彼女の得物が動く影。

 咄嗟に攻撃の剣が防御の剣へと変わる。

 横に大きく振られた槍斧は、威力もさることながら、槍である事を生かしたリーチの長さ、広さから、避けるという選択肢を極端に狭め、防御へと転じさせた。

 攻撃を防いだ剣は、その衝撃を、手へと伝え、ジンジンと響かせながら、痛みをにじませる。

 パロトーネで作られた得物自体には殺傷能力はないものの、それが及ぼす外的要因までは防ぎきる事は出来ない。


---[05]---


 だからこそ、攻撃を受けるよりも、こういった防いだり、さっきのように吹き飛ばされて地面を転がったりした時の痛みは、本当の戦闘のソレを彷彿とさせる。

 イクシアの攻撃は、過去の訓練の時よりも力が入り、威力を増していて、攻撃が飛んでくる度に緊張感が増す。

 防いでも衝撃を殺しきれずによろめく私の体。

 一歩二歩と体が横へと動き、その隙がイクシアに次撃の猶予を与えた。

 大きな得物だがらこその、攻撃時に生まれる遠心力を生かし、クルッと一回転して、槍斧が今度は上から襲う。

 私も、安定しない体勢ながら、剣を振り上げて応戦するけど、少しばかりの拮抗もなく力負けし、鍔迫り合いになるも、あっけなく膝を付く。

 前までの訓練だったら、その鍔迫り合いですらさせてもらえなかった気がするし、耐えられたと思えば、少しは成長できたと思え、今後の励みになりそうだ。


---[06]---


「く…」

 力任せに押し飛ばす事など、相手が相手なだけにできる訳もなく、良い策がないかと頭を巡らせる中、先に動いたのは優位を取ったイクシアの方だった。

 鍔迫り合いの力が弱まったと思った次の瞬間。

 目の前にあったイクシアの槍斧が消え、押し付けられていた力から解放される。

 何だ…と状況を把握するよりも早く、攻撃は下からやってきた。

 戦いに集中するあまり、経験の浅さが露呈、刃が付いている場所を使って攻撃するなんて、狭く偏った思考、他の考えを探らなかった結果だ。

 イクシアは刃の付いた方を後ろに下げると同時に、下から石突きの方を振り上げて、その鋭利な部分が私の顎へと直撃した。

 痛みは無い、それは分かっているけど、それがどういうモノなのか、当たればどうなるのか、それが容易に想像できるからこそ、実際に痛みは無いけど、恐怖が襲う。


---[07]---


 痛みは無くても痛い…、想像力が本来無い痛みを補填する。

 そして、当たり所の問題か、体が言う事を聞かない。

 膝を付いていたはずの私の体は、顎を襲った衝撃等を受け、直立している時よりも、視線を高くし、イクシアが最後の攻撃を仕掛ける瞬間を、その目にしっかりと捉えている。

 右手だけで振るわれる槍斧は、迷う事無く私の胴体を捉え、そして振るわれた。


「あんた、大丈夫?」

 次に視界が捉えたのは、私を見下ろす少女の顔2つ。

「大丈夫…じゃない。痛くないのに痛いとは、まさにこの事だ」

「ちょっと言っている意味が分からないんだけど…」

「・・・、シュンディはフウガにげんこつで殴られる事がたまにあるだろ?」


---[08]---


「うん」

「げんこつされるって思った時、実際に殴られてないのに、痛く感じた事は無い?」

「ん~…。思い出すとちょっとだけ痛く感じる時はある」

「まさにそれだ。体の上半身と下半身が別れを告げるような事は経験が無いけど、そんな事になったら、どうなるかぐらい想像がつくし、・・・、つまりそういう事…」

「ふ~ん。怪我とかしないし、僕もやりたいって思ってたけど、問題ありあり?」

「ありもあり。イクにやられた後、私背中から落ちたりしなかった? 背中がズキズキ痛い」

「そりゃ~すごい勢いで落ちてきたから」

「そう…。んく…。武器での怪我はないけど、それ以外は普通に怪我をするのよ。シュンディにはまだ早いかな…。まぁフウガと組手をしている光景を見た後だと、別に問題ないとも思えちゃうけど…」


---[09]---


 自分で彼女には、まだこの訓練は早いと言いつつ、孤児院で見たCGを駆使したアクション映画のような戦いを思い出す。

 戦う事はできるだろと、自分でツッコミを頭の中で繰り返した。

「まぁ、問題は魔力機関だな。シュンディじゃ、長時間のこの訓練はきついと思う」

 体を鍛える時に体に負荷を掛けるように、魔力機関もまた負荷をかけて慣らす。

 だからなのか、あのパロトーネの武器は、なんだかんだ魔力の消耗が激しい、あくまで個人的見解、誰かに聞いた訳じゃないけど、そう感じる事は少なくなかった。

 魔力を使用する事による肉体の強化も、十二分に体への負荷が大きいから、それもあって疲労が溜まりやすいのも原因、魔力の消耗による疲労と体の疲労は、とても近いし、錯覚を起こしてどちらかが極端に疲れていると思い込んでいる時もあるだろう。


---[10]---


 考え始めたらきりがない。

「ところで、フルートは何をしているの?」

 シュンディと話をする事で、段々と意識が覚醒、周りの状況を理解し始めた時、私は違和感を覚えた。

 フルートの顔が真上にきてそして妙に近い、シュンディの顔はそのフルートの顔の横、視界の端に合って、彼女程私に近くはない。

「フェリスに膝枕をしているの」

「膝枕…」

 確かに、体勢は仰向けで寝ているが、妙に頭の位置が高い。

 それでいて、背中は地面の上だからこそ硬く痛い、痛めた背中のせいで、余計にそれを感じる。

 にも関わらず、後頭部が置かれている場所は硬くなく、柔らかい、すごく…。


---[11]---


 なんだか、すごく癒される状況だ。

「重いだろうし、体を起こすわ」

 癒されるにしても、大の大人が延々と子供に膝枕をされているなんて、よろしくない。

 世間体的にも、その状況は問題ありだ。

 それが女同士の行為であったとしても…。

 だから私は、目を覚まし、意識が覚醒してきた事もあって、すぐにでも起き上がろうとするが、胸から下が麻痺したかのように自分のいう事を聞かなかった…。

「…ッ!?」

 いや…、違う…、違う…、疑似武器での後遺症がまだ残っているだけで、何ともない。

 一瞬だけ心臓が飛び出る程、強く高鳴って、頭の中を強い緊張感が支配する。


---[12]---


「ダメ。あの偉い人がしばらくは動けないから、世話をしてあげてって言ってた。まだ動けないでしょ?」

「う、うん」

 フルートは、僅かに起きた私の体を、優しく肩に手を添えるように押さえて、私の頭を再び自身の膝に乗せる。

「どうかした、フェリス?」

「い、いや、なんでも。起きたばかりで頭が回りきっていないから、体が思う様に動かない事に、ちょっと驚いただけ」

「なるほど。ふふっ。フェリス可愛い」

「・・・」

 子供のフルートに言われると、なんか複雑な気分だ。

 体を巡る恐怖に対して、平静を保つために膝枕がとても役に立っている状況では、反論も出来ないが。


---[13]---


 というか…、今、私は意識を失っていた…んだよな。

 またか…。

 また夢の世界で意識を失ったのに、現実で目を覚ます事が無かったのか…。

 回数が増える度に、不安が募る。

 そんな時、フルートの手が、そっと私の頭を撫でた。

「なんか、フェリス、寂しがってる子供みたいだよ?」

「そいつ、いつも真面目ぶってるけど中身は子供だから」

「なんか酷い言われようだ」

 自分はそう思っていないのだけど、シュンディに言われると、妙に心にグサッとくる。

 大人嫌いのシュンディが、私との距離を縮めてくれたのが、体を張った結果ではなく、大人じゃなくて子供だと思われたからだとか、そうだったら普通にショックだ。


---[14]---


 そんな耳に痛いシュンディの言葉から、少しでも意識を離そうと、私はそれ以外のモノに集中する。

 そして入ってきたモノは、近くで行われている訓練の音。

 そうだ。

 私は結果的に動けないからこんな状態になっているけど、訓練はまだ終わっていない、できる範囲で体を動かして、訓練の様子を視界に捉える。

 1対1の模擬戦をやっている人達もいれば、複数人での乱戦をやっている人達も、その中で目が行くのは、やはり小数対多数をしているイクシアの姿だった。

 もちろん少数がイクシアで、他の人達が多数、私は複数人での乱戦までは戦えるけど、少数対多数はまだまだ力量不足だ。

「また負けたか…」

 イクシアが多数を相手に訓練をする光景を見て、その戦いに魅入ると同時に、自身が負けた事を実感する。


---[15]---


「思う様に行かないモノだ…。まぁ夢だって、全てが思う様に行かないモノだけど…」

「夢?」

「なに寝ぼけてんだよ。まだ昼前だぞ?」

「ん? あ、ああ、そうだな」

「にしても、あんたって超強い戦士って聞いたけど、いまだそうは見えないよね?」

「唐突だな…。昔の私の事を聞かれても、答えようなんて無いよ?」

「でもさ、あんたは気にならないの? 昔の自分がどういう人間だったかって」

「気にならない訳じゃないけど…。それを知った所で今は今、昔は昔だし」

「そんなモノ?」

「私としては」

「そう」


---[16]---


「私は、今のフェリスが好き。昔のフェリスが、今のフェリスみたいに優しくしてくれたかどうかわからないし」

 優しく…か。

 その辺の事はフィア達から詳しく聞いていないな。

 イクシア曰く、今とは全然違うらしいし、よく喋る様になったとも言っていた。

「実は、超が付く程の仏教面で、何事にも口よりも先に手が出る人間だったりしてな」

「え~、嫌だ、そんなの」

 それは私の求めるモノじゃない…そう言いたげに、フルートが嫌そうな表情を浮かべる。

「何かあれば、根性、次に根性、最後に根性なんて、根性論を説く奴だったかも」

「暑苦し過ぎ」


---[17]---


「ふふ、そうだな。確かに暑苦しい」

 フェリスの体も、普通の女性というには筋肉質な部分があるし、筋トレマニアだったり、訓練マニアだったり、考えだしたら予想などいくらでも出てくる。

 でも、そんな想像は第三者から放り込まれた一言で、露と消えていった。

『君、自分の事を笑いの種にし過ぎじゃない?』

 姿を見せたのはエルンと、その横に松葉杖を突きながら歩く、イクシアの母親だった。

「もう少し、自分を大事にしないとさ。君の想像する自分という意味で、私が知る限り、君は嫌になるほどの真面目ちゃんだったよ。ほんと、怖いぐらいだった」

「エルンは、その時から私と知り合いだったのか?」

「軍にも所属している医療術士だからねぇ。今でこそその仕事量は少なくなっているけど、無い訳じゃない。兵士育成学校の健康診断とかも、私が関わる仕事の一つ。親しいなんて事は全然なかったけど、顔見知り程度には知り合いだったさ。それこそ、下手したらフィーとかイクシアよりもね」


---[18]---


 イクシアの母親の座る手伝いをしつつ、エルンは私の質問に答える。

「初耳だな」

「だって初めて話したし」

「そう…」

「腑に落ちないって感じ~? 別に深い意味はないさ。些細な事と言える程のモノでもなかったって話でね。私と君が顔見知りだったっていう情報で、記憶が戻るとも思っていなかった。それ程までに小さな情報だよ」

「まぁ実際に記憶とかに変わった事はないし」

「そういう事」

「所で、なんでお母さんがこっちに?」

 いつもと違う光景、その変化に上書きされる程度の、顔見知りだったという情報、他愛ない情報にエルンの横に座るイクシアの母親へと意識が向く。


---[19]---


「いつもあの救護室から訓練の様子を見ていたけど、たまには近くで見たいってさ。まぁ衰弱した体には十分な休養と程よい運動が大事だし、後は気分転換も兼ねてここに来た訳さ」

「なるほど…。お母さんの体調も順調に良くなっているようで、安心ですね」

「ありがとう、フェリスさん。ウチも、フルートさんが元気になった様で一安心です。これもフェリスさんのおかげ、ですね」

 そう言って、母親は優しい笑みをフルートの方に向けるが、彼女は何処か不安そうで、体を傾ける形で、まるで何かに隠れようとするかのような動きを見せる。

「どうかした?」

「う、ううん。大丈夫」

 人見知り?、それとも対人恐怖症?

 といっても、私に対して普通…というか、かなり積極的に近づいて来るし、シュンディ達とも普通に話をしている、そんな事は無いか。


---[20]---


「実の所心配でした、船で逃げてきた人たちの中で、一番年も下に見えましたので。でも今の様子を見ると、それは不要な心配だったようで」

 自分だって大変だっただろうに、他人の事を気にかけるなんて、優しい人だな。

「そう言えば、ウチ、まだ自己紹介とかしていなかったわね」

 胸の辺りで両手を合わせ、思い出した…と体で表現する母親。

「ウチの名前は、リーベ。「リーベ・ノードッグ」、よろしくお願いします」

 リーベが軽くお辞儀をし、私もつられて動ける範囲で、軽く会釈する。

「軍の訓練では、まだあのパロトーネを使った模擬戦をしているのですね」

「訓練という域を出ない範囲で、実戦に近い戦いをさせるのに便利だから、しょうがないねぇ。余程の事が無い限り、怪我もしないし、便利だし、変える必要が無いのだよ」

「そうですけど…」


---[21]---


「ノードッグさんは…」

「あ、リーベでいいですよ。ノードッグの名の人間が増えたので、紛らわしいですし」

「・・・、ではリーベさん。あなたはこの国の事に詳しいんですか?」

「ん? あ~、ウチはイクステンツ出身の人間なので、詳しいも何もありませんよ」

「そう…なんですか」

「はい、生まれも育ちもイクステンツの中心、軍に入り、戦い、その後にオラグザームに囚われて、そして今に至ります」

「・・・、すいません。踏み込み過ぎました」

「いえいえ、何の問題もありません。過去は過去、今は今、あなたが望むのなら、お話しますが」


---[22]---


「いえ、それはまたの機会に」

 本で物語を読む時、こちら側には読むか読まないか、その2択で判断され、読まないという選択をした瞬間、その話は終わりを迎える。

 でも、私には聞かないという選択肢を取っても、時間は先に進んでいく。

 今はその時ではない、私には、それを聞く勇気が無い。

「ウチが話さなくても、いずれ誰かの口から聞く事になります。大きいですよ、とても。オラグザームという国は、敵は、とても大きい」

「はい」

 リーベは、悟ったかのように私を諭す。

「それにしても、今日はいつも以上に力が入っていましたね、あの子」

 そう言って、リーベの視線が訓練をしているイクシアの方を見やる。

「お互いに今の力を証明させる場でもあったので、仕方ないかと」


---[23]---


「ん~、でも、だからと言って力が入り過ぎていた気がするのです。何かあったりしましたか?」

「い、いえ、とくには」

 大な問題は無い、とても些細な行き違いで、お互いがお互いの変化に反応した結果の産物だ。

 リーベはまるで餌を探す犬かのように、自分の娘の変化を感じ取ったのか、不審そうな表情を浮かべる。

「そう。なら良かった。ん~…、私の体が万全ならフェリスさんに稽古をつけてあげられるのに」

「そこは、娘の方の稽古を手伝うものでは?」

「いいえ、あの子は十分力を付けていますから…、正直ウチが教えられる事が無い…」


---[24]---


 彼女は心底残念そうに、ガクッと肩を落とす。

 本当に残念がっているらしいというのが、その動きからも見て取れた。

「でも、正直複雑な気分ですね」

 そして、今度はその目に悲しみの色が写る。

「自分が軍人でしたので、娘がこちらの意思とは関係なく、自分から軍に入ってくれた事は素直に嬉しい。でも、前線に出られるぐらいの力を付けている姿を見ると、自分の姿と重なってしまう」

「大丈夫ですよ、イクなら」

 言葉からして、ちょっと違うが、もし自分に子供がいて、その子が軍に入るとか言ったら、そりゃあ応援はすれども、同時に心配になって全力で応援する事は出来ないだろう。

 私の場合は弟や妹が、軍に入って戦う光景を想像するだけで止めに入りそうだ。


---[25]---


 でもそれは、その子らがそこで安全にやっていけるかどうか、それが不確定だからこそ生じる不安。

 だから、私は言う。

「イクシアは強いから」

 こんな格好になって寝ている自分だからこそ、イクシアは強いと言える。

 まぁ強い事はわかっても、なんか自分が情けなく思えるけど。

「ふふふ、面白い子ね、あなたは。あの子が軍人になっていると知って、色々と不安ではあったけど、あなたみたいな友達がいるのなら、ウチが思っているような事は起きなさそう」

 戦場で死ぬ事への不安、大怪我をする不安、送り出す人からすれば不安は絶対に絶える事の無い毒だ。

 私が、その苦しみを和らげる薬になれたのなら、嬉しい。


---[26]---


 それにしても私が友達だと何が変わるのだろうか。

「友達は、いるだけで力になるモノだから。心が温かくなるし、その存在が普段できない事を可能にする」

 なんか、ゲームで出てきそうなセリフだな。

 現実ではそんな事を言われるような状況になる事が無いから、聞いていてなんか新鮮。

「だから、早々に仲直りした方が良いですよ。お互いの為にも」

「う…」

 さすが母親と言うべきか、離れ離れになっていても、感じ取れるモノはあるとでもいうのか…。

 喧嘩と呼べるような喧嘩ではない、些細なすれ違いも、リーベは気付いている…そんな雰囲気を含むかのような、今彼女が向けてくれている笑みにそう感じた。


---[27]---


「そうありたい。でも、時間が必要かな。さっきこの子達と話していた事とつながっているけど、お互いの変化の問題だから。イクは、昔と今の私の違いに気持ちが追い付いていないらしい」

「そこは、昔の君を知っている連中なら、みんなして同じ事を言うだろうねぇ。君、変わったね…てさ」

「だからさ、今は急がず焦らず、少しずつ今の自分を受け入れてもらうしかないのさ」

「ウチにあなたの事を話すあの子に、そんな様子は見られなかったけど、心の奥にしまっていた気持ちが出てきたのかしら」

「悩みなんて無さそうな性格しているのにな」

「エルンさん、怒りますよ?」

「はっはっ、悪い意味じゃない。不満に思う事は基本表に出す奴だと思っただけさね。今の、記憶の無いフェリ君に初めて会った時、感情のままに動いた彼女だからこそ、私はそう思っただけさ」


---[28]---


「初めて会った時、何かあったのですか?」

「はは、それは今度本人から聞くと言い」

「意味深な言い方をしてくれますね…」

「ああいう事は、他人から伝わるより、自分で話した方が良い」

「そう…。あ、そう言えば、フェリスさんが自身の昔の事が気になるのなら、アレはどうなのですか?」

「あれ?」

「人となりなどはわかりませんが、形式的なモノなら国の方に記録があるはず…、それは見たのですか?」

「あ~それね。もちろんだとも、出身場所、出身季節、住居に学歴、職歴、そう言った記録は確認済みだ」

「その中心である私は、その件は初耳だけどね」


---[29]---


「そうだったかな?」

 こいつ…。

「とまぁ、これに関しては、いつもの忘れてました…ではなく、その必要が無かっただけの事だよ」

 一応記憶を無くしている事になっているのに、その無くなったであろう部分を補完する素材を、必要ないからと提示しないのは問題だ。

「いかにも、見せろ教えろ、って顔だなぁ、フェリ君」

 そりゃそうだ。

「でも無理だ。私には無理。見せられるのなら見せてあげたいと思う。君は私の患者だ。そう思うのは当然の事」

「面倒でないのなら、その理由を教えてくれればいい」

「君がそう言うのなら…」


---[30]---


 エルンは、考える素振りを見せた後、口を開く。

「言わなかった理由は単純だ。無かったんだよ。君の過去の記録が…」

「無かった?」

「そう、無かった。出身場所や出身季節など、出生記録等が無い。在籍していたはずの兵士育成学校の在籍記録も無かった。唯一あったのは、君が記憶を無くす前、私の所に運び込まれる原因になった怪我をした戦場、そこへと向かう部隊編成の記録だけ。君がその戦場に向かう隊に編成されたという記録だけが、国に残っていた唯一の記録だ」

「それは…また…。確かに、それじゃあ説明する事なんて無いに等しいな」

 そんなんじゃ、もし説明されていたとしても、対応に困るし、私が本当に記憶喪失で右も左もわからない状態だったら、余計に混乱を呼ぶ。

「ん~、でも、それならなんで私の家がどこにあるか分かったんだ? 私はもちろんわからないし、記録も残ってないのなら、なんでわかったの?」


---[31]---


「ん~? それは記録を管理する人間が、曖昧ながらその辺を覚えていたからかなぁ。といっても、それもどの島かまでで、その後はしらみ潰し、ほんと大きい島じゃなくてよかったと思ったよ」

「なるほど。なら、その管理者に聞けば、もう少しフェリス・リータの事を知れるのかしら?」

「そうであったら楽だけどね。その辺はもう確認済みだ。そういう事を踏まえて、教えられる事は無い…だ」

 それは残念…、残念過ぎる結果だ。

 現実で考えれば、到底あり得ない事が起きている。

 現実で言う所の住民登録が無くなったと言っていい出来事だろう。

 問題も問題、大問題だ。

 まぁこの世界でもそれは問題だろう、問題になっていて欲しい。


---[32]---


 今の所問題になっていないから、お役所での手続きとかその他諸々は必要ないと思うけど、今後も問題が起きない様に祈っておこう。

 怪我人であるフェリスの記録が無いなんて、まるで意図的に消されたんじゃないかとすら思える。

 それをする利点は何か…、そんな疑問が新たに湧いてくるが、考えた所で答えは出ない、まぁ夢の世界だし、何でもありで都合よく変わっていくのもそれが理由か…。

「所で、フェリ君はそろそろ体が動かせるようになる頃合いじゃないか?」

「ん?」

 どれだけの時間気絶していたかわからないし、体が自由を取り戻すのを細かく確認してもいなかったから、エルンにそう言われてさっき動かなかった足を動かしてみる。

 微動だにしなかった足は、私の上がれという意思と共に、右足も左足も上げる事ができた。


---[33]---


 動かす事は出来ても、感覚として麻痺が残っているというか、痛覚とかそういった触ったりした時の感触は一切ない。

 完全とは言えないその状態、動かせるのにその感覚は無いという矛盾した感覚に、気持ち悪さだけが込み上げる。

 一呼吸おいてから、自身の足の状態を凝視しつつ、立ち上がろうと体を起こす。

 自身の足で立ち上がっているはずなのに、地面を踏み締める感触は一切ない。

「気持ち悪いわね。いつもはここまで行かないから、一層そう感じちゃう」

「気持ち的に問題があるのかもだが、そこは考え方を変えるのが吉だろう。確かにイクシアは力が入っていたかもしれないが、それだけ細かな力加減ができなくなるほど、君が成長してきた証だよ、フェリ君」

「そうである事を祈るよ」

「それにしても、ブループとの一件以来、君の戦闘面、正確には魔力面だが、その辺の成長は驚くべきモノだ。まるで、ズレて漏れに漏れていた水路が正しい形に戻ったかのようだよ」


---[34]---


「・・・?」

「わからない? じゃあ気にしなくていいよ。興味深い事ではあるが、今は怪我をしないようにする事が先決だ」

 エルンは、立ち上がると、何かやる気満々に片腕を回しながら近寄ってくる。

 そして、一言、柔軟の手伝いをしてやると言って、こちらの意見を聞かずに実行に移した。

 医者だからこその行動…と、今は考えて、専門家に身を任す。

 そういう点で無理は禁物と、俺はいろんな意味で身を持って学んだ。

 そうこうしているうちに、完全ではないもののそのほとんどの体の麻痺は消え、訓練へと戻れる状態となった。

 訓練に戻る時、エルンの言葉が頭を過る。

 魔力面の事、戦闘面の成長の事、イクシアが力を、ギアを上げる必要が出てきた事。

 新たに出てきた悪い面はあるけど、心の温まる事を優先して考えていく。

 私の成長を実感しつつ、私はパロトーネで自身の疑似武器を作り、訓練へと戻っていった。

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