第二章…「その、自分の新しい姿は。」


 この世界は相変わらずの晴天、現実では厚着でないと体調を崩しかねない気候になっているというのに、ここの温かさたるや…。

 もう私自身が求めている気候そのもの、それでももう少し暑くてもいいのにと思えてしまうのは、贅沢のいうモノだ。

 軍での訓練、私は自分の装備を身に纏い、その開始を今か今かと待つ。

 そこに集まっている兵達は、皆同じ装備をしているのに対し、自分だけ特注と言える装備をしているせいか、なかなかにその場違い感は居心地が悪い。

 本来ならもう一人、よく知った奴がいるはずなのだけど、最近の彼女は時間にだいぶルーズだ。

「ノードッグはまた遅れているのか?」

 1人いない事に気付いた教官は、呆れたようにため息をつく。


---[01]---


 その教官は「アルブス・ダイ」、ドゥーの兄であり、普段は訓練校の方で技術指導をしている人物だ。

 この島、エアグレーズンを、あのブループが襲ったという事で、兵達の戦闘能力の強化が必要と判断し、自ら進んでその訓練の教官に志願したんだとか。

「リータ」

「はいッ!」

 そして予想通り、人数が足りない状態を打開するために、私の名前が挙がる。

「仕方ない事であるのはわかっているが、ノードッグを連れて来てくれないか?」

「わかりました」

 ノードッグ事「イクシア・ノードッグ」は、いつも通りなら基地内に増設された救護室にいる。

 アルブスに軽く会釈して、私はその目的の部屋へと小走りで向かった。


---[02]---


 イクシアは強い、ブループとの戦闘でも大きな怪我をした訳ではなく、病気になって体調を崩している訳でもない。

 複雑な事情があると言ってしまえばその通りで、正直今の彼女はそっとして、自分の時間を大切に使わせてあげたいと、私は思っている。

 でも、今の彼女は軍に所属する事となった軍人だ。

 これでもかなり融通を聞かせてくれている状態だけど、毎回遅れられては気持ちを尊重してくれている人たちに対して、悪い思いをさせてしまう。

『フェリ、イクはまた時間を忘れているのですか?』

 建物の中に入り、目的の救護室がある階へと踏み入った時、聞き慣れた声が私を止める。

「おはよう、フィー」

 私の方へ、廊下をその金髪を揺らしながら寄ってくるフィアは、少しの困り顔と共におはようございますと返してくれる。


---[03]---


「フィーは結構な疲れ顔ね」

「はい…、ブループの襲撃で、ここにいる人の中に命に関わる大怪我をした人はいませんが、怪我をした人がいなかった訳ではないので。応急処置をして、危険度の高い方から術医療に専念、それだけでもかなりの時間を取られるのですが、それに加えてオラグザームの件も加わり、それなりに時間に追われています。」

「ブループとオラグザームか…」

 オラグザームの事は、それを考えると胸を締め付けるような感覚はあれど、特に思う所はない。

 私が一番気がかりなのは、やはりブループの事だ。

「ブループの被害はそんなに大きいモノなの?」

「はい、突然の事だったので、避難に間に合わず襲われた人が何人もいて…。でも、一般人の中に亡くなった方がいないのは、不幸中の幸いという所でしょうか。残念ながら、応戦した軍人さんの中にはお亡くなりになった方が数人…」


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「そう…、ごめんなさい。不謹慎だったわ」

「いえ、むしろフェリ達のおかげて、被害を最小限に抑えられたのですから、あまり気に病まないでください。被害の量で見たら、最良の結果です」

 フィアは、肩を落とす私の手を取り、優しく握ると微笑みかけて、大丈夫と言葉を添えてくれる。

「と…、話を戻しますね。確かに疲れが溜まってきているのは確かですけど、これでも、エルンさんが来てくれて、仕事量的にはだいぶマシになったのですよ?」

「エルンも、フィーに会いたいって言っていたし、向こうの仕事が早々に片付いて良かった」

「ははは…。会いたいだけなら歓迎なのですけど、私も師匠から学ばなければいけない事が多くありますから」

「そうね。でも程々に。治療する人が疲労で倒れたら大変だから」


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「はい、気を付けます。すいません、話し込んじゃって」

「いいのよ。イクシアに時間が必要なように、フィーにも休息が必要なんだから」

「そんな事言って、時間を潰す理由とかにしていませんか?」

「無いわよ。最近は身体の調子も良くて、思う様に体が動く、そのおかげて今は訓練が楽しいんだから」

「そうですか。エルンさんから、体の方に異常はなかったと聞いていますけど、くれぐれも無理はしないでくださいね。ここが落ち着いてきたら、私にも診察させてください」

「わかった。それじゃ、またね」

「はい。怪我などしない様に気を付けてくださいね」

 重ね重ね気を付けてと言われた後、お互いに手を振って、その場を離れる。

 怪我をしない様に…か。


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 私、フィア、イクシア、その3人の中で一番見た目が若いフィアが、疲労で目の下に軽いクマを作っている状態で、怪我なんてできる訳が無い。

 仕方がなければしょうがないけど、不注意で彼女の仕事を増やすのは、こちらから願い下げだ。

『それでさ、フェリの奴が・・・』

 目的の救護室のドアの前に来て、自分が来た事を伝えようと、ノックのために手をドアに向けた時、不本意ながら、中の話声が耳へと届いた。

 いつもなら、そんな事気にする事なくドアを叩くけど、今回ばかりは自分の事を話題にしているようで、何かに引っ張られるようにノックをしようとした手が止まる。

『模擬戦の度に・・・て、どんどん・・・に・・・ようで。』

 断じて盗み聞きをしようとか、そういうやましい気持ちがある訳じゃなくてね。

 自分の事を話しているっていう、純粋な好奇心というか、興味というか、その私を動かす原動力はとてもピュアで可愛らしいモノであって…。


---[07]---


 だって、普段イクシアに褒められる事なんて無いし、彼女に訓練で負けてばかり、正直私としては、まだまだ褒められるような所はないと思っている訳で、だからこそ、目先の目標、夢の1つが、イクシアに実力を認めてもらう事であり、その為に訓練に力が入る

 でもそれは私が思っているだけで、彼女自身は、私の知らない良さに気付いているのだとしたら、それは知っていて損は無い事だ。

 むしろ知りたい。

 でも聞こえてくる声は、所々聞こえづらくて、穴だらけで、虫食いだらけ。

 自然ともっとよく聞こえないかなと体は動き、ドアに耳を当てるという不審者極まりない体勢へと変わっていく。

『何をやってるんだ、君は』

ガタッ!


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 そんな不審極まると自分で思っている状態で、不意に声をかけられるモノだから、軽くドアにくっつくような姿勢になっていた私は、ドアが音を鳴らす程にビクリッと体を震わせる。

「え、エルン? どうしてここに!?」

「どうしても何もないだろう。仕事してんの」

 声のした方へと視線を向けると、そこに立っていたのは、エルンだった。

 だるそうにしてはいるが、どことなくやる気に満ちているようなそんな気がする。

『誰かいるのか?』

 そして、声の主がエルンであるとわかったのも束の間、今度は救護室の方から、こちらに向けて声が飛んでくる。

 部屋のドアが開かれて、そこから不機嫌そうにイクシアが顔を覗かせた。

「フェリに…エルン?」


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 イクシアはなぜか疑問形で、私とエルンの顔を交互に見る。

「エルンは診察として…フェリがいるって事はつまり…。そもそもエルンがここにきているという事は、そういう時間という事で…」

 今、イクシアの頭の中は、パズルのピースがはまっていくかのように、自分の持つ疑問が自然と解決していっている事だろう。

「やばッ!?」

 不機嫌だった表情は、一瞬にして慌てた表情へと変わっていく。

「じゃあ、また後で来るからッ!」

 そう救護室内へと叫ぶように伝え、私を押しのけるように、訓練場へと向かうためその場を後にした。

 当然開け放たれたままのドア、そこから見える中の様子は、可もなく不可もない、救護室という名の、普通の病室の姿だ。


---[10]---


『元気な子だね』

『本当に良かったと思うよ』

 そこはいわば共同の病室、いるのは、あのオラグザームから逃げてきた女性達の、その内の4人程。

 そして、私の視線が向かう先にいる女性は、私が少しでもイクシアに自分の時間を大切にしてほしいと思う、その理由になっている女性だ。

 痛み気味の赤く長い髪に痩せ細った体、健康体だったら、母さんと同じぐらいの歳だと思われるぐらい。

「フェリスさん。いつも娘が迷惑をかけて…申し訳ありません」

 そう…、彼女はイクシアの母親だ。

 オラグザームの奴隷、逃亡者、亡命者…、言われ方はいくつかあるけど、どうでもいい。


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 私もフィアも、誰もが驚いた言葉。

 フィアの驚きは、私のソレとはいささか違うモノではあるけど、驚いていた事に変わりはない。

 ここに来た時よりもだいぶマシになり、疲れ切り、希望も何もないような表情をしていた彼女の顔は、今は痩せてはいるが、母さんと同じ、自分の娘を見守る優しい母親のそれになっている。

 最初は、イクシアと彼女との関係に疑問を持ったけど、その表情を見た時、私の疑問は解消され、雲や霧が晴れて青空が見えたかのような気持ちになった。

 だからこそ、今の私はイクシア寄りの感情に流されている。

「イクの事を迷惑なんて思っていません。むしろ、私が彼女に迷惑をかけているぐらいです」

「あら、そうなの? あの子、いつもあなたの背中を追いかけていると言っているモノだから、しつこく迫っているのではと…」


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「イクが私の背中を追う…か」

 それは私という存在ではなく、フェリスという過去の姿を追いかけているのだ。

 私は私で、過去のフェリスに追いつけるようにと頑張るのが、この世界での1つの目標ではあるけど、そのゴールは気が遠くなるほどに遠い

 もし、イクシアが、過去のフェリスではなく、今のフェリスを見て、そう思ってくれているのなら、相当に嬉しい事だけど。

「さっき、何についてイクが話をしていたのか、教えてくれますか? それが分かれば、私も彼女の追いかける背中が嘘ではないと、頑張れますし」

「えっと、たしか…」

『何してんだ?』

 私はあくまでイクシアの憧れたフェリスに近づければと思っただけ、彼女の弱みを握ろうとか、そんなやましい気持ちは、これっぽっちもない訳だけど、横から聞こえてくる冷たい声は、私の背筋を一瞬にして凍り付かせ、私の意思は関係ないと言い放つかのように、耳に突き刺さった。


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「お母さん、そんな事こいつに言わなくていいからっ!」

「え、でも、フェリスさんはイクシアと仲の良い友達だし…」

「いや、そういう問題じゃないから~」

 一目散に訓練場へと走っていったイクシアが、戻って来たかと思えば、頬を赤く染めて、母親の口を手で蓋をする。

 私を凍り付かせた言葉も、その発声元はイクシアなのだが、私と母親に対しての対応があからさまに違う。

 いやしかし、そうなってしまう気持ち、私は痛い程良くわかるから、とりあえず静観する。

 フィアとのやり取りが、妹にじゃれつくだらしのない姉なら、今のイクシアは、純粋な母に甘える娘のそれだ。

 歳相応の甘え方でないのは、その甘え方が今までできなかったからこそだろう。


---[14]---


「な、なんだよ」

 気持ちが段々と落ち着いて、我に返ったイクシアは照れ隠しかのように、こちらを睨みつけるが、その目にいつもの気迫はない。

「なんでもないわ。というか、なんて戻って来たの?」

「ウチを呼びに来た奴が、なかなか来ないから戻ってきただけだ」

「そうか。それは、手間を取らせて悪かっ…」

「ここはいいから、早く行くぞ」

「え、あ、ちょっと、服を引っ張らないで」

 自分と母親が一緒に居る光景、それが恥ずかしいのか、一刻も早く私をここから引き離したいらしい。

 学校での保護者参観で妙に恥ずかしく思うあれか?

 いや単純に、普段見せる事のない自分の一面が、ふとしたきっかけで出てきてしまうから、それを見られるのが嫌だとか?


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「そんな恥ずかしがる必要ないのに」

「う、うるさい」

 赤くなっていた頬が、さらにその赤みを増していく。

 分かりづらいが、彼女には周りに見せていい姿と、見られたくない姿というモノがある。

 表の顔、裏の顔、善と悪の話ではなく、もっと別の何かだ。

「はいはい」

 私は、これ以上藪を突いては何が出るかわからない、と口を塞ぐ。

 イクシアは、自分の感情を紛らわすかのように、訓練場へと向かう足を速めた。

『遅いぞ、新人』

 そして、訓練場に着くなり、アルブスからの叱りの言が飛ぶ。

 怒っているという雰囲気ではなく、ただただ間違いを正せという雰囲気だ。


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「では、ノードッグとリータを除いて素振り開始。2人は基地の外周を10周してから合流せよ」

「え、私も?」

「連れてくるにしても時間が掛かり過ぎだ。大方会話に花が咲いたのだろう。知人もいるからな。何より、連帯責任というやつだ」

 ぐうの音も出ない。

 連帯責任も何も、罰の理由が納得の出来るモノだから、なおさら反論できないと来た。

「では、総員、訓練開始」


「悪かったな」

「何が?」


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 走り始めて、アルブスからそれなりの距離、少なくとも声が届かない所まで来て、イクシアが口を開く。

「ウチのせいで走る事になった」

「なんだよ、丸くなっちゃって」

「別に…」

「・・・、いや、マジでさ。最近のあなた、ほんと前までの力強さが無くなったというか。角が取れた感じがするわ」

「それの何が悪い? あんたからしれ見れば、自分をしごいでくる相手が丸くなったら、それは苦労が減って良い事じゃないのか?」

「まぁ確かに、気が楽になったのは事実ね」

「じゃあ何が不満なんだ?」

「不満とかそういうんじゃないって。微笑ましいというか、今まであなたに足りないと思っていたモノが、急に転がってきた感じ」


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「なんだ? 転がってきたモノって?」

「女の子らしさ」

ボゴッ!

 後頭部を硬い何かが襲う。

「いった~…」

「殴るぞ?」

「そういうのは叩く前に言えって…、そんなお決まりな事やってどうすんだ。今尻尾で叩いただろ…。尻尾はその辺の木の棒より痛いんだぞ?」

「悪かったな、女らしくなくて」

「なんで、あなたが複雑そうな顔をしてるのよ?」

 じんじんと後頭部に響く鈍い痛みを、摩る事で紛らわしつつ、少しペースの上がったイクシアに合わせて、こちらも足を速める。


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 その時見えたイクシアの表情は、どことなく困惑しているかのように見えた。

「可愛くなっちゃって、まぁ~。なんだ? 自分の変化に戸惑ってるって、そんな感じか?」

「・・・」

 返答無し…か。

 まるで、女友達に彼氏でもできたかの様な気分だ。

 環境が変わって、そいつがその影響で変わっていく自分に戸惑っているって、そんな状況。

 分からん訳じゃない。

 俺だって、家族がいなくなり、五体満足じゃなくなって、その環境の変化や自分の生活の変化に慣れるまでには、相応の苦労があった。

 イクシアの場合、俺が辿ったモノの逆を行っている。


---[20]---


 無かったものが増え、そして必然的に変わった生活と自分、それに対して思考が追い付いていない。

「まぁその内慣れるだろうさ」

 俺も、私も、時間がその変化を慣れさせたんだから。

ボゴッ!

「いったぁ!」

 また、私の後頭部をイクシアの尻尾が殴打する。

「子供かっ!」

 まるで、自分の思い通りにいかない事を不満に思う子供のそれだ。

 いやまぁ、今のイクシアは幼児退行ならぬ子供退行しているようなモノか。

「まったく…」

「なんかむかついた」


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「理不尽だな、おい」

 今までできなかった事、ぽっかりと空いた穴を埋める、それはとても大事だと思う。

 何かの形で、空いた穴に蓋をしていたけど、今のイクシアにその蓋はない。

 今はただ穴が空いているだけだ。

「なんか、反抗期の妹ができた気分」

「・・・」

 正直、その枠にはもう先客がいるのだけど、何はともあれ、そういう心持でないと、今のイクシアの相手は務まりそうにないな。

『『フェリスーッ!』』

 基地の出入り口に差し掛かると、そこに2人の少女が姿を現す。

 頭の中でとはいえ噂をすれば何とやら、反抗期妹枠の先客、シュンディが腕を組んで仁王立ちし、その横でフルートが手を振っていた。


---[22]---


「またなの?」

 走る私とイクシアに並走するように、横に並んでシュンディは走り出す。

 そして、フルートは私達を見送る様に手を振った。

「あんたには負けられないし、まずはあんたができる事を、僕も出来るようにならないといけないからな」

「それはまた、良い心がけだな」

 シュンディは、ここエアグレーズンにある孤児院で生活している子、理由は知らないが大の大人嫌いで、私もその例外ではなかったが、ブループの一件以来、少しばかりその距離が縮まった。

「フウガ達はどうした?」

「今日はあいつらが先生の手伝いをする番、フウガはその手伝い」

「なるほど」


---[23]---


 孤児院の子供の中で一番の年長者であるフウガは、孤児院の長であるトフラの手伝いか。

「あなたは院長の手伝いに行かなくてもいいのか?」

「僕は、昨日先生を独り占めして花の世話を一緒にやったから、今日は他の奴らに回さなきゃ」

 ここにも丸くなった奴が1人…か。

 いや、シュンディの場合、元からそうであって、私がこの一面を見る機会が無かったというだけかもしれないけど。

 何にせよ、私からしてみれば、早々の丸く成りようだ。

 フルートは変わらず一緒に居ようとしているだけだが、私が訓練している時は時間があればシュンディも、今のように姿を現す。

 それが最近の日常だ。


---[24]---


「それで、今日は何周?」

「毎日走らされてる…みたいな言い方はやめてね」

「事実だろ」

「そうだけど…。はぁ、10周だ」

「げぇっ! この前より増えてんじゃんっ!」

 それは私に言われても困る。

 5周から始まり、こういった事がある度に周回数は増えて、今は10周、増えるという事はそれだけ治さなければいけない事の現れだ。

 それを、イクシアがどれだけ理解しているのかだけど、まぁ執拗に小言を言うつもりはない。

 彼女だって、理解はしているはずだ。

 ただ、それ以上にその時間が大事というだけの事。


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「まぁいいじゃない。走る量が増えれば、それだけその点に対しての能力向上が見込める。また走るのかではなく、また走れるのかと思考を変えていく事が大事だ」

「その理屈はおかしい」

「だよね」

 自分でも言ってておかしいと思っていたから、それを他人に改めて指摘されると、反論のしようがないな。

「フルートとは最近どう?」

「どうも何もないよ。お前の目が届かない場所でだって、仲良くやってる」

「そうか、それは良かった」

 子供同士だし、そもそもシュンディが彼女を嫌う理由はないし。

 イクシアの母親と同じく、オラグザームからの逃亡者であるフルートだが、他の女性達と比べて健康状態はすこぶる良好だ。


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 船での逃亡の疲労がかなり堪えてはいたけど、私と本島の方へと行くだけあって、その良好さがうかがえる。

 だからこそ他の女性と違って、私から離れないという理由以外に、その健康さから、彼女は孤児院で共に世話になる事となった。

「フェリは、あのフルートってガキを何かと気に掛けるな」

「イク…。やきもち?」

「あ?」

「ごめんなさい。冗談よ、冗談」

 睨まれた…すごく。

「だって、体は細いし、体重も軽い。歳相応ならシュンディぐらいが健康体だと思うもの。それを考えると、食もなかなかに細いみたいだし、心配になるのも必然よ」

「フェリはなかなかに子煩悩だな」


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「子供に対して、保護欲が刺激されるからかな。不健康な子とか見ると、ついつい世話をしたくなるというか…」

 自分で何を言ってんだか…と、言い終わってから、その言葉を振り返り、頬が熱くなるのを感じる。

 弟とか妹を愛でている姿を見られても、何か感じるモノがある訳でもないのに、いつも通り弟妹の話をする時と同じようにしゃべっていて、頭ではいつも通りだけど、体がそれに追い付いていない。

 不思議というか、複雑というか、変わった感覚だ。

「自分で言って、自分で照れるな。聞いてるこっちが反応に困るだろ」

「ごめんごめん」

 私は、まるで壊れたテレビを叩いて直すかのように、自分の頬をパンパンッと叩き、リセットしろと自分の頭に思い聞かす。


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「まぁ何はともあれ。フルートは身体が見た目年齢に比べて貧弱過ぎるから、少し気を使っているだけ。それ以外は他の子達と変わらないわ」

「そうか…。フェリは、ウチが変わったって言ったが、こっちからしてみれば、フェリの変わりようの方が驚きの一言だ。困惑もしたし、悩みもした」

 淡々と感情を表に出さず、イクシアはそんな事を漏らす。

 そして、こちらの反応を待たず、走るスピードを速め、ドンドンと前へ前へと走っていった。

「イク?」

 この訓練は、戦闘訓練や所定の訓練以外で、魔力を使用した肉体強化を禁止している。

 それはこの走り込みも例外ではない。

 そんな中、私達とどんどん距離を離していくイクシア。


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 彼女も魔力を使っているようには見えず、無理をしているのかどうかはわからないけど、現状そんな彼女に追いつけるほどの余裕は、私にはなかった。

「私、何か変な事言っちゃったかな?」

 正直、イクシアの気に障る事を言ってしまったのか、心当たり等が全くなく、状況を理解しても、その理由までは理解できずに、隣を走るシュンディに対して、ただただ助けを求める事しかできなかった。

「僕に聞いたって、わかる訳ないだろ」

 そして、当然といえば当然な返答をされるだけに終わった。


 結局、イクシアと一緒に走ったのは、最初の1週行かないぐらいまで、それ以降は見えるか見えないかの距離感を維持され、私は最後までシュンディと走る事となった。


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 10周の終わりのゴールテープのある基地の出入り口、そこを通過する度に、頑張れ頑張れ、と応援してくれるフルートが手を振りながら出迎える。

 しかし、人影はそれだけではなく、出入り口である門にはもう1人、アルブスの姿があった。

「ノードッグが早々に目標を終えて戻ってきたが、何か問題でもあったか?」

「い、いえ…、なにも…」

 ただ走るだけなら、疲れはしても体が鍛えられているフェリスにとっては朝飯前の走り込みだが、戦闘時に着る装備を全身に着けているとなると、その話は変わってくる。

 魔力による肉体強化があれば話は別だが、それ無しだと重くて、走り切れても疲れはかなりのモノ。

 しかも、それにプラスアルファして、私の背中には最後の最後で限界を迎えたシュンディが乗り、心臓はバクバク、横腹は痛いし、さすがにフェリスの体も限界と言った所だ。


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 それでも、倒れる事なく、アルブスの問いに答えられているだけ、この体の潜在能力は一般人の俺には計り知れない。

「私自身…が、特殊な状態…なので…、それもあって少しばかり…行き違いが…」

「確かに特殊な状態だ。背中に子供を背負って、追加で自分に課題を課しているのは、普通ではない、特殊と言えるだろう」

「あ、いえ、これはまた…別の理由…です」

「わかっている。素直に受け取るな、冗談だ」

「は、はぁ…」

「この子らは、いつも遠巻きに訓練を見ている子達だな?」

「え、あ、はい」

 シュンディはトフラの手伝いもやっているし、毎日ではないが、来ている時はだいたいそう。


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 フルートに関しては、事情が複雑ではあるけど、私の近場にいるという条件もあって、基地までついて来ていて、私達の訓練風景を見る形で1日を潰している。

「フルートだったか、彼女に対してはこちらも状況は把握している。四六時中彼女の傍にいなくともいいようになっているはずだから、君はもう少し気を休める事だ」

「確かにそう説明されましたが、正確にはどういう事を?」

「魔力による魔力の探知だ。平常時の魔力状態を記録し、変化が見られればすぐに対処できるようになっている。しかし、それもこの島内に限定されるから、君が本島に行き、少女も付いていく流れになった時は、十分に世話をするように伝えた。保険はもちろん掛けてあったが」

「私には…、その辺の仕組みはわかりかねます…」

 魔力が見分けられる…か。

 他人の魔力を可視する事ができるっぽい世界だし、そもそも魔力のおかげで何でもありと割り切れるから、仕組みが分からなくても、こうだと言われればそれを受け入れる。


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 正直、嘘を言われても信じてしまう自信すら、私にはあるのだ。

 だから彼の言葉にはちゃんと受け答えできず、わからないと素直に答えながら苦笑いを浮かべる事しか、今の私にはできない。

 アルブスもまた、それを理解しているのか、なんでわからないのだと、私を攻める事はしなかった。

「気にする事は無い。万が一のための処置でしかない故、君を慕い、自分から常に傍に居ようと心掛けている内は、こちら側が動く事は無いだろう」

「は、はあ」

「では訓練場に戻るぞ。良い機会だ。シュンディとフルート、両名とも基地内に入る事を許可する。付いて来るといい」

 そう言って、アルブスは基地の方へと歩いていく。

「以後も、リータが居るないしは、訓練の見学といった確たる理由があるのなら、それもちゃんとした理由として許可しよう。同伴者無しに建物内に入る事や、見学という目的以外で基地内を探索するといった行為は、この例外の許可から外れる。その事を覚えておくように」


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「あ、ありがとう…ございます」

 唐突で何の前触れもなく出てきたアルブスの言葉に、何故、どうして、という理由もわからぬまま、シュンディとフルートの基地内での訓練の見学が許可された。

 良い見方をするなら太っ腹で良い人だと感じるけど、見学場所のほとんどは訓練場だとしても、基地内に部外者を入れる許可をするのはいかがなものか。

 しかも訓練場、万が一何かの流れで怪我をしたら…なんて過保護な話、クレームも出かねない。

 生活環境の違いか何なのか、そこに俺との常識の違いを感じた。

 まぁ何はともあれ、時間があれば見学をしに来る人、その存在を知っているからこその処置である事も、理由の1つだろうし、今はその言葉を有難く受け入れよう。

 2人の目的はともかく、見るからには、遠くからよりも近くから見せた方が良いからな。


 訓練場とそれ以外の場所を区切る様にある階段のような段差、そこに水分補給を済ませてから、背中でバテているシュンディを下ろし、その横にフルートを座らせる。


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「フェリス頑張ってね」

「うん」

 シュンディが疲労から、それを全速力で治さんと、だらしなく両足を投げ出す中、フルートは純真無垢な笑顔で私を送り出す。

 そんな顔をされたら、恥ずかしながら頑張らない訳にはいかない。

 2人に、そこで大人しく見学しているようにと告げてから、疲労がすっ飛んだような気分で訓練へと戻った。

 素振りを熟し、決まった剣術の型を熟す、持久力を高めるために走り込みもするし、筋力をつける駄目に筋トレもやる。そんなありきたりな往復訓練を熟して、パロトーネで作った疑似武器を使った戦闘訓練、訓練はその繰り返しだ。

 往復訓練と戦闘訓練の違いは魔力によって肉体を強化するかどうかの違い。

 体を鍛えるためには、当然相応の肉体へ負荷が必要で、負荷を軽減し力を増幅させる魔力による強化はやってはいけない。


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 戦闘訓練は実戦に近い戦いをするために、魔力による強化を行い、自身の力を最大限まで使い尽くす。

 だから、見映えのしない往復訓練と違い、戦闘訓練は見ていても楽しいモノがある。

 そもそも現実よりも人の身体能力が高く感じる世界だし、それに加えての魔力ありきの戦闘は、見映えもするしやりがいのあって楽しい訓練だ。

 まぁ、オラグザームからの逃亡者なんて人達の存在を見てしまった事もあって、そんな事は口が裂けても言えないのだけど。

 あと、純粋に戦闘訓練が楽しいと思える理由が1つある。

 それはフィアにも話した事だが、素振り等往復訓練の成果か、体の動きが変わった事だ。

 やっている事は、イクシアとやっていた戦闘訓練と何ら変わらないはずなのに、自分でも実感できる程、思い通りとはいかないまでも体が良く動く。


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 もっと正確に言えば、体が軽くなったようで動きやすいと言った所か。

 エルンが言う様に体は健康体そのもので、体の調子は絶好調と言える所までメーターは上がっている。

 そのせいもあって今まで通りにやると、見事に強化過剰でやり過ぎ気味になる状態だ。

 だから、訓練での今の目標の1つは、体の状態に慣れる事である。

 ガキィンッという音と共に、目の前の兵が持っていたパロトーネでできた剣が宙を舞う。

 体勢を崩し、両手を天高く上げる形になった兵の体を、自身の疑似剣で両断し、さらに一歩踏み込んで、最後の一閃とばかりに斬り倒す。

 倒された兵は、怪我こそないものの、座り込んだ状態で石にでもなったかのように動きを止めた。


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 振り向き様に踏ん張って、振り上げる自身の剣が、跳び斬りで上から襲い掛かって来る剣を、受け止める所か弾き返し、持ち主ごと後方へと叩き飛ばす。

 そして、休む間もなく、跳び斬りしてきた兵とは別の兵が斬りかかってくるが、何とか防御が間に合って、相手の疑似剣が体を斬る前に止める。

 しかし、その瞬間に一瞬だけ、体の力が抜けた。

 体を強化するために、体中を巡らせていた魔力の配分ミスだ。

 相手にしていた兵に対して力負けし、体が後ろへと流される。

 よろめき数歩後ろへと後退、その隙を突かれて、防御が間に合わずに、深くはないが相手の剣が私の左横腹をかすめた。

 痛みは無い、無いが、部分的に麻酔でも打たれたかのように、感覚を無くす。

 イクシアとの訓練で、嫌という程味わった感覚ではあるが、未だその感覚には慣れない。


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 この、何も感じない、カチカチに固まったような感覚は嫌いだ。

 その兵との打ち合い、一合二合と斬り合う中で、再び体の魔力配分を調整し、それを意識したせいで、攻防への意識が必然的に薄まり、頬や左二の腕等、攻撃を受けてしまう。

「なんのッ!」

 実戦だったら論外と思える戦法だ。

 今は訓練、そういう仕様だから痛みもなく、麻痺するという形で攻撃を受けた事を実感できるが、実戦だったら麻痺ではなく痛みが襲う。

 その時は今みたいに、肉を切らせて骨を断てるように、と頭の中で念じるだけだ。

 攻防を数合分捨てた事で、体の強化の調整を整える。

 その間、攻めきれると確信した兵は、そうとも知らずに向かってきて、それを跳ね返すように私は剣を振るった。


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 思いのほか力が入り、剣どころか、その兵自体が宙を舞う。

 その結末を見届ける前に、さっき叩き飛ばした兵へと意識を向ける。

 兵は立ち上がりながら、体勢を立て直そうとしている最中だ。

 先手必勝、訓練とはいえ、油断大敵なのはわかっているけど、自信がある。

 相手の力量が、イクシアやあのブループに到底及ばない、強くないとわかっているからこその判断でもあるけど、それ以上に、絶対に間に合う、打ち勝てるという自信があった。

 訓練とはいえ、負けたくないという気持ちは相手も同じ。

 向かってくる私を視界に捉え、慌てながらも剣を構え直して、力一杯に振り下ろす。


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 予想よりも力が入ったせいで止まる事も出来す、剣での防御も不格好になる状態、だから体を横に捻り、自身の胸の前を剣が通る様に避けて、勢いに身をまかせながら、兵の後ろに回り込みながらその体を両断する。

 課題の量は少なくないと思うが、数人の兵を相手に勝つ事ができた事に喜びを禁じ得ない。

 この世界では実感として、勝利という喜びを得ていなかったからこそ嬉しかった。

 そしてその感覚を、余韻を、次はもっと強く味わいたいと願いつつ、私は自身が越えたいと思う強者へと視線を向ける。

 日々強くなっていると思いたい、近づけていると実感したい、あなたに強いなと言わせたい、そんないつの間にかできた訓練という闘争心を燃やす事で姿を現す、小さな夢を胸に抱きながら、剣を握る手に一層の力が入った…。

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