図書館暮らし。

大福がちゃ丸。

トショカングラシ。

 大きな麦わら帽子をかぶり、ゆったりとしたシャツを腕まくりし、ブカブカのズボンのボクは、図書館から借りてきた本を脇に抱え、小走りに海の見える丘を走る。

 夏の日差しで、肌がジリジリと音を立てて焼かれているようだ。


 しばらく走っていいくと、トニオ爺さんの家が見えてくる。

 大きな木の木陰の中でロッキングチェアに座り、傍らの小さいテーブルにラム酒の瓶を置き気持ちよさそうに椅子を揺らしている。


 ボクの走っている姿を見ると。

「おぉ、マルコ、今日は本を抱えてお帰りかい?」

 そう言って、しわくちゃので髭だらけの顔でニッカリと笑いかけてきた。

「こんにちはトニオ爺さん、学校で借りてきたんだ、宿題だよ」

 ボクは、そう返事をしてトニオ爺さんのそばにかけていく。


 町の人たちは、”ほら吹きトニオ爺さん”何て呼んでいるけど、ボクはトニオ爺さんの話を聞くのが大好きだ。

 テーブルをはさんで、丸椅子に座ると、トニオ爺さんがラム酒を一杯ひっかけた後、こんな話をしだしたんだ。


「本と言えば、隣町のはずれに大きなんじゃが、これはワシがお前さんより小さい頃聞いた、ホントの話じゃ」


 **********


「暑い……」

 愚痴を言いながら、猛暑の中図書館に急ぐ。

 図書館に行けば、涼をとれるが、そこまでが辛い。


 この暑さのせいか、今年はセミの鳴き声があまりしない、暑くて死んでしまってるのかもしれない。

 暑くて進まない足を動かし道を歩いていると、見えてきた図書館の前に人が集まっていた。


 警備員さんと、利用者のおじさんおばさん、私と同年代くらいの人たち、お母さんに連れられた子供たち、図書館のカウンターのお姉さんも居る。

 何をしているんだろう? みんなこの暑い中ざわざわと話をしている。


 お姉さんの側まで話を聞きに行こうとした時、それより早く私に声をかけてくる人がいた。


 いつの間にか隣には、山高帽子で燕尾服、浅黒い肌に片眼鏡を掛け立派な口髭を生やした黒づくめの男がいた。

 見た目は異国の紳士その物なのだが、胡散臭さがにじみ出ている。


 その男は、いかにも人好きがする笑顔で私に話しかけてきた。


「お嬢さん、それ以上近づかないほうがよろしい」

 何故? 私は怪訝な顔をしていたのだろう、彼は白い歯を見せ、図書館の方を指差し。

「ほら、この騒ぎのがお出ましですぞ」


 図書館の二階の窓を砕き、ソレが姿を現す。

 黒光りする鎧のような体、丸い輝く目、透き通る伸びやかな羽。

 私は、ソレを知っている。


「蝉?」

 そう、セミだ、ただその大きさが普通じゃない、人の、大人ほどもある大きさのセミが図書館の窓を割り、ノソノソと這い出て壁に張り付いている。


「ほぅほう、これは素晴らしい」

 男のつぶやきが、私の耳に入ってくる。

「して、お嬢さん、がスピーチを始めますぞ、そろそろ耳を塞いだほうがよろしいですぞ」


 え? と思い男の方を振り返った時。


 轟音が鳴り響き、静寂が訪れた。

 体がビリビリと揺さぶられ、激痛と吐き気が襲そい、両手で塞いだ耳から熱い物があふれ道に倒れこみうずくまる。


 聞こえない耳から、男の優しげな声が頭の中に流れ込んできた。

「あぁ、お嬢さん、少し遅かったようですな、失敬失敬」

 私の隣で、あの男が何かしゃべっているのだろうか。


「あの、は、人の思念、思いを糧にしてましてな、図書館なんぞ丁度いいアヤツの餌箱なのですな、まぁ、その程度の化け物のなのです」

 何故この男は、平然と立っていられるのだろう。


「成虫になるために姿、ゆえにアヤツの名は『トショカングラシ』なんぞと付いていましてな、別の名は『センネンゼミ』、千年貪り、そして成虫になる、あれを見たのは久しぶりですぞ、今は無きアレクサンドリア大図書館以来ですかなぁ」


 吹き荒れる音の嵐の中、平然と立ち、私の聞こえなくなった耳に語り掛けてくるこの男は。


 **********


「それで、どうなったの?」

 その人たちは? その巨大ゼミは? そしてその怪しい男は? ボクは、身を乗り出しトニオ爺さんの話の続きを待ったんだ。


「一週間の間、音の暴風のような鳴き声で、町中を飛び回りガラスとゆうガラスを割りまくったそうだ、迷惑な話だわい」


 トニオ爺さんは、ラム酒を一口、口に含みニヤリと笑って。

「それこそ、のんびり本も読めなかったろうよ」

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図書館暮らし。 大福がちゃ丸。 @gatyamaru

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