第35話
第三十五話
「でも、わたしにだってわたしなりのアドバンテージがあります。美山先輩が去年今年と、先輩と同じクラスで仲がいいように……」
ん? 未央ちゃんとの間にそんなアドバンテージなるものは……。
……わああああっ!! ま、まさか! でもそのカードは絶対に切ったらあかん――
「わたし、先輩と…………は、裸のお付き合いがありました、から」
「「――っ!?」」
あばばばばばばっ!
未央ちゃん、とんでもない爆弾投下したって気づいてるの!?
しかも自分の爆弾で自分が爆発したみたいに顔赤いし!!
遙香はともかく、普段感情を表に出さない望海まで目ん玉ひん剥いてんだけど!?
「ちょ、ちょ――ちょっと優哉ああ! それどういうこと? ねえどういうこと!?」
ぐわわわっ! か、体を揺らすなぁぁ!
ぶわんぶわんと頭の中がシェイクされるううぅぅ!
「ち、ちが! あれはちょっとした事故みたいなもんで――」
「否定しないんかーい!」
ぐええええっ! 揺られすぎて目が回るううぅぅぅ!
「……でも、裸の付き合いなら……私にもある」
くぉらああぁぁっ! 望海まで便乗すんじゃねええぇぇっ!
「それはガキのころの話――うぐっ!」
「こんの節操なしがああっ!」
ちょっ、ギブギブ! 今グキッてなった! 首から変な音した!
揺らされすぎて、首がおかしなことになってるから!
で、ようやくやめてくれたと思ったら、今度は半眼で俺を睨み、
「なんでこんなおもしろそうなネタ黙ってたんだよぉ! 根掘り葉掘り詳しく聞かせろぉい、こんのクズ系ラブコメ主人公おおぉぉ!」
「気楽に話せるわけないだろっ! こんな話!」
だいたいさっきから遙香は、嫉妬してんのか特ダネをヒミツにされて怒ってんのか、どっちなんだよ! どっちもか!
なんて思いながら、俺はむち打ちみたいな痛みの残る首をさすり、改めて遙香を見る。
「そっか……。そりゃ、あたしが相手でも話せないことぐらいあるよね」
これまでとは打って変わって、本気で落ち込んだような声音だった。
「でもあたし、ずっと優哉と同じクラスで、すんごい仲良くなれたと思ったんだよ? あのヒミツも共有しあった初めての友達だったのに……さすがに寂しいかなぁ」
彼女はそれだけ言い残すと、トレイを持って立ち上がった。
「……なんか、一緒にいるとすごいグチャグチャーってなる。今日はもう帰るね。お邪魔しました。ごちそうさま」
「お、おい遙香……」
そう声をかける俺だったけど、結局、そのあとになんて繋げようとしたのだろう? 自分でもよくわかっていないぐらい、咄嗟に口を突いていた。
ただ、遙香との関係がいよいよ崩壊したなってのは、痛いほど伝わってきた。
……のだが。
「次は隠しごと抜きに、あたしに付き合ってよね! バカ優哉!」
声を荒らげると、遙香は返却口にトレイを置いて逃げるように去っていった。
「遙香……あいつ……」
間違えて、食べかけだった俺の料理のほうを下げてったんだが!?
しかも、こんだけいろいろやらかしてる俺のこと、まだ諦めないつもりなの!?
な、なにがどうなってるんだ? 普通に計算すれば……っていうか常識的に考えれば、ここまでやらかしたら愛想尽かされるもんじゃないの?
それとも、俺のその計算が根本的におかしいの? そもそも、どこから俺は計算を間違えてたんだ? この状況は計算外だ、って思考がそもそも計算外だったなのか!?
なにがなんだか、わけわかんなくなってきた! カオスだよ、完璧なカオスだって!
ぐぬぬ……と頭を抱える俺。
視界の隅で望実と未央ちゃんが、結託でもしていたかのように拳同士を打ち合わせた。
「それじゃあ、先輩。わたしも今日はお暇します。ご飯、ごちそうさまでした」
フードコートを出たところで、未央ちゃんはペコリとお辞儀した。
「……くどいようですが、これはおふたりにとってデートではないんですよね?」
「あ、ああ。デートじゃない」
「違う、デートのつもり」
ああ、もう! 本当に埒があかない。ただ望海の買い物に付き合ってただけなのに。
「とにかく! 今日のところはお邪魔でしょうから身を引きます。わたしもこのあと別の予定を入れちゃってますから、しかたありません」
そして未央ちゃんはボソリと付け足す。
「それに、我慢するのは……もう慣れっこですから」
シュンとした様子が、俺のしでかしたことの重大さを物語っているようだった。
どう考えたって俺は呆れられて見放されるだろう。
……にも拘わらず。
「でも、次の日曜日は楽しみにしてますからね!」
いやいやいやいや! おかしいでしょっ! なんでまだ俺のこと見放さないの!
も、もちろん見放されないだけマシだろうけど! ここまで来ると、遙香も未央ちゃんも思考回路が読めなくてなんにも計算できないんだけど!?
むしろ、ここから先はもう神頼みの領域だよね。人間じゃ計算できないよ……。
足早に去っていく未央ちゃんが見えなくなったところで、俺は盛大なため息をついた。
「……い、いったいなにが起こってるんだ……?」
「自業自得の因果応報」
ぐっ……身も蓋もないことを淀みなく言いやがって。
しかし、自分で言うならともかく、人に指摘されるとやっぱり刺さる……。
「誰にでもいい顔して、気があるのをわかってて飼い殺しにしようとするから、こういうことになるんだよ?」
「相変わらず辛辣な言い方だな!」
他にもっとふんわりした言い方はあるだろうに!
でも――核心は突いている。だからこれ以上言い返せない。
すると、望海は俺の袖をクイクイッと引っ張った。
「ねえ優ちゃん。今日はもう、ゆっくりできるところでお話ししよう?」
「店見て回るのはもういいのか?」
望海はコクリと頷いた。
「そうか……。でも、この辺でゆっくりできるところかぁ」
一応クオンモール内にはカフェなども入っているから、選択肢には困らないんだけど。
「もちろん、ふたりきりでだよ?」
「ふたりきりで、ゆっくり…………ん?」
嫌な予感がして、俺は望海の顔を見る。
澄まし顔のくせに、上目遣いがなにかを誘っているように感じた。
てか『ふたりきりでゆっくりできるところ』とか、定番の誘い文句だもんな。
なるほど、そういう意図があっての提案か。なら、その手には乗らないぞ。
「よし、じゃあこっちだな」
望海を先導するように俺は歩き出した。
向かったのはクオンモールの屋上だ。ここはオープンテラスのカフェやレストランなんかが並んでいるフロアだけど、シンボルでもある観覧車の乗り場もここにあった。
「……ゆっくりできるところって、ここ?」
観覧車乗り場の前で俺が立ち止まると、望海は観覧車を見上げて言った。
「なんだよ。観覧車じゃ不満か?」
カフェだと他のお客さんの声は聞こえてくるし、こっちの話も聞かれる。だが人の目のない完全個室に入るわけにもいかない。望海の『ふたりきり』って要望は汲みつつ、彼女の思惑通りの展開を避けるには、観覧車がもっとも適切だと考えたのだ。
おお、いろいろあって混乱してたけど、ちゃんと計算打算が発揮できてるじゃんか!
まだ計算するだけの余裕はあるってことか! 大丈夫、落ち着いていけ、俺!
「不満はない……けど、見られちゃうからなにもエッチなことはできないよ?」
「するわけないだろっ!」
ほらな! どうせそんなことだろうと思ってたんだよ! ズバリ的中だ!
とはいえ。十五分ほどかけて回る観覧車のゴンドラが降りてくるたびに、望海はそわそわとしていた。なんだかんだで楽しみなのかもしれない。
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