第34話
第三十四話
俺は腕にがっしりしがみついて離れない望海と未央ちゃんを引き連れて、ちょうど二階にあったフードコートを訪れた。
その間に、一連の事情は未央ちゃんへ説明していた。
事情は把握してくれたみたいだけど、当然、ブスッと不機嫌そうな表情は覆らなかった。
「そういうことならそうだって、月曜日に説明してくれればよかったんです」
注文待ちの列に三人で並んでいる中、未央ちゃんが言った。そりゃごもっともです。
「今日のところは、ご飯だけご一緒したらわたしは帰ります。でも、バスケ部マネージャーとしてしっかり確認しますが……おふたりは付き合ってるわけじゃないんですよね?」
「あ、ああ。付き合ってないよ。これはほんと。だから今日のこれもデートじゃなくて」
「違う。私と優ちゃんは相思相愛、以心伝心」
「…………って言ってますが、先輩?」
「だから違うって! 勝手に付き合ってることにしないでよ!」
そうこうしているうちに列は進み、俺たちが注文する番になる。フードコートにしては珍しい本格中華のお店で、ランチどきは定食がメインだけど種類が豊富だった。
「私、回鍋肉(ホイコーロー)がいい」
「あー、わたしもそっちがよかった……」
「ん。じゃあ半分こする?」
「いいの? やったぁ! それじゃあ、八宝菜(ハッポウサイ)にするから半分あげるね。それでいい?」
「もちっ」
「…………」
え、ふたり仲よくね!? 自然にお友達っぽい感じの会話してるけど!?
ってかご飯は仲良く半分にできるのに、なんで俺は取り合うの!?
……って、アホか俺は。人間は半分にできるわけないでしょうが。
でも、ふたりが仲よさそうにしているのを見るのはなんか微笑ましくていいな。
願わくば、この微笑ましい関係がこれ以上ギスギスしませんように。
「あ、セットの杏仁豆腐、プラス百円で大盛り! いいですよね、せ・ん・ぱ・い?」
「優ちゃん、私も杏仁豆腐、大盛りがいい」
「…………」
前言をちょっとだけ撤回。財布的には全然微笑ましくなかった。
でも断れる立場でもないので承諾する。ふたり合わせて二百円増しするだけだもんね。
――と。
「そんじゃあ、あたしは酢豚セットでご飯と杏仁豆腐大盛りね!」
「はいはい。回鍋肉と八宝菜、酢豚のセットで――なに?」
この場にいないはずの人の声が聞こえ、俺は冷や汗を流しながら後ろを振り返る。
「やっほ、優哉!」
な、な……なんでえええぇぇぇ!?
「……あの、なんで遙香さんがここにいるんでせうか?」
薄いオレンジのカットソーにデニム地のホットパンツというシンプルな出で立ちの遙香が、ニコニコしながら俺の後ろに立っていたのだ。
てか、今日は画材買いに行くって言ってなかった? 画材屋で検索したら、クオンモールまで来なくても遙香の住んでる地域に二軒はあったはずだけど!?
「なんでって……たまたま?」
すると、遙香は笑顔をひとつも崩さずに答えた。
「買い物の予定だったけど行きつけのお店が定休日で、別のお店に行こうとしたら、なんか昨日の夜に火事があったみたいで閉まってて、遠いけどこっちまで来たの」
ご丁寧に解説ありがとうございました! なんという計算外な事故の連続!
むしろ、この鉢合わせを狙う誰かが裏工作してんじゃないの!?
「あの、先輩? ……お、お知り合いの方ですか? どういったご関係で……」
未央ちゃんはあからさまに警戒していた。望海もだ。ふたりで俺の陰に身を隠す。
「あー、えっと……俺のクラスメイトの美山遙香って言って」
そう、当たり障りない範囲で紹介をしようと思っていたのに――
「優哉とは、ふたりだけのヒミツを共有しあってる仲だよー。よろしくっ」
なんで煽るようなことを平気で言ってんのーっ!
……俺は未だかつて、ここまで味のしない中華を食ったことがない。
それは別に、注文した店の腕が悪いからってわけじゃない。いやまあ、最初から味がよくわかっていないから、もしかしたら店側の問題もあるかもしれないが……。
それ以上に有力な原因が気持ちの問題だ。精神的なやつ。過度な緊張っていってもいい。
「あ、優哉って酢豚に入ってるパイナップル、食べられる人? ってか食べてくれるよね? はい、あーん」
俺の隣を陣取っている遙香が箸を近づけてくる。
ってか、なぜに『あーん』なの?
向かいに座ってる望海と未央ちゃんの目がめちゃくちゃ怖いんですが。
「ちょっとー。口開けてくんないと食べさせられないじゃん。ほれほれ」
当たってる当たってる。パイナップルが頬に当たってる。
地味に熱いんだよ、ダ○ョウ倶楽部かっての。
……はーあ、なんでこんなことになっちゃったかなぁ。
こういう事態にはならないよう計算と打算を重ね、バスの乗り継ぎという七面倒な手段をとり、時刻表を頼りにスケジュールを組み、望海との集合場所まで決めたってのに。
いったいどこでどう計算が狂ったってんだよ……運悪すぎるでしょ、これ。
「あの……先輩、嫌がってますよね。やりすぎじゃありませんか、美山先輩」
ジトッとした目で遙香を睨みながら、未央ちゃんは八宝菜の具をパクリ。
「いやいや全然? あたしらの仲だとこれが普通だから。ねー、優哉」
いつから普通になったの? 俺知らないよ? 世界線が違うんじゃない?
「ちなみに、バスケ部――ひいては先輩のマネージャーでもあるわたしの集めた情報によれば、先輩は酢豚に入ってるパイナップルが苦手とあります」
ごめん未央ちゃん。フォローのつもりなんだろうけど、それどこ情報?
俺が酢豚のパイナップル苦手って、俺も初めて聞いたわ。
「むしろしいたけがお好きだとか。わたしの八宝菜にちょうどひとつだけ入ってますので、差し上げます。はい、あーんしてください」
ごめん未央ちゃん。しいたけこそマジで苦手なんだ。そして熱いから押しつけないで。
すると、斜め前に座る望海が口を開く。
「……で、優ちゃんはなんでずっと黙ってるの?」
「喋れないぐらいに圧がヤバいの」
正面の未央ちゃん、横の遙香から向けられる感情の圧が、俺を肉体的にも精神的にも追い詰めていた。そんな状態なんだ、料理の味なんてするわけがない。
ちなみに遙香へは、今こうして三人が揃っている経緯のすべてを話してある。
まあニコニコしながら聞いていたけど、「へえ、ふーん、ほうほう」という相づちには、まったく感情なんてこもっていなかったけど……。
「それにしても、まさかこんな都合のいい人間観察の対象に出会えるなんてねー。いいネタになるよ。まさにラブコメ主人公みたいだし?」
「その……遙香の言う『ラブコメ主人公』ってのは、どんな意味を含んでんだ?」
「優柔不断で修羅場ホイホイな役どころって意味。参考までに今の心境、教えてよ」
言ったら言ったでなんだか怒られそうなので黙秘権を行使。
すると、未央ちゃんがムッとしたように訊ねる。
「美山先輩がどういった経緯で、なにを目的に小野瀬先輩を観察しているのかは知りませんが……そういう意地悪な言い方はどうかと思います」
「別に意地悪なんてしてないよー。こういうノリが普段のあたし達のノリってだけ。だいたい洲崎ちゃんは、優哉に対して怒ってないわけ?」
「……怒る理由がありません。先輩は久城ちゃんとは付き合っていない……ただ買い物に来ていたってだけなんですから。そこにたまたま、わたしや美山先輩が鉢合わせて食事をご馳走になっている……単なる食事会です」
「そのわりには、さっきからムスッとしっぱなしだよ。本当は嫉妬してるんじゃない?」
「お、おい。そんな煽るなって、遙香。なんか今日のお前……いつもと性格違うぞ?」
月原先輩と教室でいがみ合ったときもそうだったけど、遙香って対立関係ができあがると異様に強気に出始めるよな。相手煽りまくるし。
「そりゃあ、優哉に対して軽く怒ってるもん。先約があるからあたしの誘いを断ったってのは構わないよ? お互い都合ってあるし。けど、それでなにしてたかっていったら、両手に花を侍(はべ)らせてイチャイチャデートでしょ?」
「だ、だから! デートってわけじゃないって! イチャイチャだってしてないし……」
「つれないよね。あたし達の仲なのに。断るなら断るで誤魔化さずに言ってほしかった」
きゅ、急に落ち込んだような声出すなよ。こっちまで動揺する――
「そしたら最初から、割り込まないで陰からこっそり観察するだけに留めたのに!」
って知らんがな! 勝手にやってくれ!
だいたい、それなら未央ちゃん煽る必要ないだろ!
「そうですね。仲がいいと勝手に思い込んでて、ちょっと嫉妬しているかもしれません」
そう、未央ちゃんは箸を置いた。
「でも、わたしにだってわたしなりのアドバンテージがあります。美山先輩が去年今年と、先輩と同じクラスで仲がいいように……」
ん? 未央ちゃんとの間にそんなアドバンテージなるものは……。
……わああああっ!! ま、まさか!
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