第33話

第三十三話



 翌日の火曜日。『二度あることは三度ある』なんて言葉もあるわけで、俺は月原先輩からも誘われるんじゃないかと警戒しながら、生徒会の集まりに出席した。


 ところが、いざ生徒会室に集まりいつも通り先輩にからかわれていると。


「ねえねえ。小野っちはネズミーランドのお土産、なにがいい? 明日、比奈ちゃんが従姉妹と行くらしくて私も誘われてるの。ミリーちゃんの耳形カチューシャでいい?」

「そもそも男向けのお土産にカチューシャはないでしょう、カチューシャは」


 なんとラッキーなことに、先輩は先輩で予定がすでにあったらしい。しかもネズミーランドと言えば、県外にある大型の遊園地だ。まず鉢合わせの危険はないだろう。


「あはは! それもそうだよね。じゃあミッチーの形型カチューシャにしとくね」


 ……いやだから、カチューシャから離れなさいと……まあ、いっか。

 これで先輩とのダブルブッキングや鉢合わせの危機は去ったのだから、カチューシャぐらい喜んでつけようじゃないか。先輩にイジってもらえるネタにもなるわけだし!




 でもって、いよいよ今日は水曜日。望海とのお出かけ当日である。

 俺は待ち合わせ場所に指定した、クオンモールの西側入り口で待っていた。


 平日ということもあって、施設を出入りしている人や外を行き交う人はそんなに多くない。なので、バス停からこちらに向かってくる望海の姿は、遠巻きにもすぐわかった。


 再会してからずっと制服姿しか見たことなかったから、私服は新鮮だし緊張するな……。

 白地のシャツと、薄いピンクのキュロット。モスグリーンのブルゾンとの組み合わせが春らしい。背負っているリュックがちんまりしていて望海に似合っていた。


「よう、望海」


 見慣れないおしゃれでかわいらしい姿を前に、俺はそれしか言えなかった。

 近くに来た望海と改めて目が合う。よかった、顔はいつも通りの澄まし顔だ。

 メイクまで普段と違っていたら、さらに緊張していたかもしれない。


「さすが優ちゃん。女の子より先に待ってて『できる男アピール』はバッチリだね」

「開口一番ディスってんじゃない! だいたい、どこ目線からの評価だよ」

「かわいいかわいい恋人目線」

「せめてそこは恋人候補だろ、付き合ってないんだから」


 見た目はいろいろ新鮮でも、喋るといつも通りの望海だった。


「でも、なんで現地集合なの? しかも西口って、直通バスのバス停から一番遠いよ?」

「ん? まぁ、いろいろ都合があるんだよ」


 ……やっぱり鋭いやつだな、望海は。


 現地集合の理由は俺の作戦だ。クオンモールの最寄りである木塚駅で、俺と望海が一緒のところを誰にも見られないようにするためのな。

 さらに念には念を入れて、俺はその木塚駅どころか、電車すらほとんど使わないルートでクオンモールを目指した。まあバスを四回ほど乗り継いだけど。


 施設の西口集合の理由は望海が言ったとおりだ。木塚駅からの送迎バスが乗り入れるバス停から一番遠い場所を指定すれば、バスを乗り降りする人達に見られずにすむ。

 うーん……徹底的に知り合いとの遭遇を避けた、我ながら隙のない計算だ!


「まあ優ちゃんのことだから、いつも通りの姑息な計算が理由だってわかってる」

「姑息!?」


 初めて言われたわ! そもそも日常生活でまず聞かないわ、そんな単語!


「それより、早く入ろう?」


 しかも望海のやつ、言いたいことは言い切ったみたいな雰囲気でスタスタと自動ドアを通っていった。相変わらず澄ましてんなぁ……なんて思いながら、俺もあとを追う。


 ちょうど午前十一時すぎのお昼時ということもあり、飲食店の並ぶフロアは人で賑わっていた。俺はそこそこお腹も空いていたんだけど、望海は華麗にスルーしていく。


「で、結局望海はなに買う予定なんだ?」

「特に決めてない」

「……へ? そうだったのか?」

「うん。実は全部、優ちゃんとぶらぶらするための口実だったりして」

「……なんとなくそんな気はしてたよ」

「なら話は早いね。レッツエンジョイ、クオンモール」


 澄まし顔なのにウキウキした様子で、望海はいきなり俺の手を取った。温かく弾力のある指がするりと絡んできて、思わずどきっとなる。


 望海に引っ張られるがまま、俺たちはまず一階から店を回った。

 雑貨屋に入ってかわいらしい小物に目を輝かせたり、洋服店に連れてかれて似合う服を訊ねられたり、逆に、男物の洋服を選ぶ望海の意外なセンスのよさに驚かされたり。

 とまあ、なんだかんだでウィンドーショッピングを楽しんでいた俺たちは、一階を一周し終えて二階に上がった。



 ――そして事件は、二階に並んでいるお店のひとつで起こった。



 なにか部活に必要なものがあったら買っておこうかなぁ……ぐらいの気持ちでスポーツショップに入り、望海とふたりで見て回っていたときだった。


「(――っ! 望海、ストップ!)」

「ふがっ」


 急に立ち止まった俺の背中に、望海が顔をぶつけたのがわかった。だが急ブレーキも止むなしだったのだ。陳列棚の角を曲がった先に、見知った顔の人が立っていたから。


 未央ちゃんだ。


 紺に水玉柄のワンピースと薄いベージュのカーディガンを合わせた未央ちゃんが、棚に並んでいるスクイズボトルを眺めていたのだ。


 棚の影から様子を窺っていた俺は、いったん身を引いてゆっくり息を吐く。

 ……ってかなんでここにいるの! 接触を避けるためにめちゃくちゃ計算に計算を重ねたのに! どんな確率なんだ! むしろこれは事故だろ、事故!


 お、落ち着け俺。冷静に、どうしたらいいかを考えろ。


「……優ちゃん、痛かった。なに?」

「わ、悪い……ちょっと都合思い出してさ。いったん、この店は出よう」


 そう望海を促す。狭い店内だ、留まり続けるのは遭遇率を上げるだけだと思う。

 明らかに頭上に『?』を浮かべている望海を方向転換させ、来た道を戻ろうとした。


「(……――っ! た、タンマ望海!)」

「あぶっ」


 だがまたしても、俺は急ブレーキだ。どうやらあれこれ計算しているうちに未央ちゃんも移動していたらしく、俺たちは再び鉢合わせしそうになった。


 幸いこっちの存在は感づかれていないようだし、未央ちゃん自身はそのままショップの外へ向かって歩いていた。

 なら作戦変更だ。ひとまずショップの奥の方へ移動し、背を向けてやりすごそう。


 そう思って、望海を連れて店の奥へ移動しようとした――そのとき。


「あ、お客様ー。落とし物ですよー」


 店員さんが誰かに声をかける。そう、誰かにだ。

 もし俺に対してだったら? と思って振り向いたのが間違いだった。


 どうやら未央ちゃんも自分のことと思ったらしく、振り向いており。


「……あ、れ? 先輩?」


 俺と未央ちゃんは、バッチリ目が合ってしまった。

 ……と思えば、キョトンとしていた未央ちゃんの目が徐々に険しくなる。


「それと、久城ちゃん……ですよね?」


 げ……ゲームオーバアアァァァ!


「なんでおふたりがご一緒してるんですか? 先輩、今日は『お友達』と『遊びに来た』んじゃありませんでしたか?」


 普段よりも幾分低い声で未央ちゃんは言う。


「え? あ……そ、それは、だな……」


 その考えで間違ってはいない。

 望海とは付き合っているわけじゃないし、単に遊びに来ていただけだ。嘘ではない。


「そ、その通りだよ。俺たちは『友達』として、望海の買い物に同行しているだけ……」

「じゃあ、デートではないってことですよね?」


 すると未央ちゃんは、短く息を吐いてから、


「それなら……せっかくなので、わたしも混ぜてもらって構いませんよね?」


 怖い怖い! こっちを見つめる表情、口は笑ってるけど目は全然笑ってねーっ!

 しかも普通、こういう現場見たらビンタでも繰りだして立ち去るもんじゃないの!?

 なのに未央ちゃん、俺の腕を取って引き寄せようとしてるんですが!?


 ……と、反対側からも同じような感覚が。見れば望海も、俺の腕を抱き寄せていた。

 こ、この修羅場で取り合いな状況……どうすりゃいいんだ!?

 俺の計算が甘かったことはもちろん理由のひとつだろうけど、さすがにそれだけじゃ説明しきれない不慮の事故だ。すぐになにか策を考えなきゃ……。


 でもダメだ! クオンモールきたときからそうだったけど、腹が減って頭が回らない!


 ――いや、そうか! それでいこう!


「よ、よし、ふたりとも!」


 ジッとこちらを見つめ続けているふたりに、俺は提案した。


「ひとまず――飯を食おう! 俺のおごりだ!」

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