第32話

     第六章 みんな本当に俺のこと好きなの?



第三十二話


 休みが明けての月曜日。いつも通り登校し、自分の席に着いた直後のこと。


「ねえ優哉! 今度の水曜日ってヒマ?」


 普段通りの明るい感じで遙香が声をかけてきた。

 ……ってか、水曜日だって?


「それ、明後日の創立記念日の水曜日、だよな?」

「ほかにあるわけないじゃーん! 来週も再来週も普通に学校なんだから」


 聞き間違いじゃなかったか……。できればそうであってほしかった。

 この流れは十中八九、なにかしらへのお誘いだな。


「いやー、水曜か。水曜は……ごめん、先約があるんだ」

「そっかー。空いてたら付き合ってほしかったんだけどなぁ」


 残念そうにため息を漏らす遙香。やっぱデート的なお誘いだったか。

 念のため、先約が望海だってことは黙ってたほうがいいだろうな。


「ちなみに、俺の予定が空いてたらなにに連れてかれたんだ?」

「ちょっとした買い物。もしかしたら優哉も興味あるかなって思って」

「俺も? なんだろ……」


 秋葉原かどこかでオタクアイテム発掘! みたいなことだろうか?

 疑問に思っていると、遙香は俺のほうへグッと近づいてきた。

 え? なになに? 顔、近すぎないか!?


「マンガ書くのに使う道具とか画材とか、いろいろだよ」


 あ……そ、そういうことか……。

 遙香がマンガ家なのは俺たちだけのヒミツだから、こうして内緒話になるのは当然。

 ……なんだけど、前触れもなく耳打ちされるのはやっぱりビビるな。


「そういう優哉は、なんの予定あったの? 部活……は創立記念日で学校完全に閉まっちゃうから違うだろうし。遊び?」

「ま、まあそんなところだよ」


 まずいな。こりゃ根掘り葉掘り聞かれるパターンだ。

 望海とのおでかけだってボロが出ないよう、返答には気をつけないと……。


「……もしかして、誰かとデートってわけじゃないよね?」

「え? いやいや、そういうんじゃないって」


 おっと……いきなり鋭いところ突いてきたな。警戒してて正解だった。

 ちなみに、ウソはついてないぞ。望海との約束はデートのつもりじゃないからね。


「怪しー。優哉、最近なんかモテ期来てるもんねー」


 来てない来てない。こんな修羅場待ったなしの状況、モテ期とは言わないだろ。

 しかし遙香のやつ、半眼で俺を睨み続けてるけど、白状しない限り引く気がないな?

 それとなーく話題をすり替えるか……。


「もしかして、俺が誰と遊ぶのか気にしてるのか?」

「まっさかー! そんなわけないじゃーん。別に優哉が誰と遊ぼうが、あたし的には好きにしたらいいんじゃない? って派だし。全然興味ないし!」


 ふむ。こっちが攻めに転じても、遙香は余裕綽々な雰囲気を崩さないつもりか。

 ただ、恋のやる気スイッチがオンになっていることを考えれば、内心動揺しているはず。


 ――ならば!


「そうか。ところで、改めて遙香と遊びに行く予定を立てようって――」

「行くーっ! 行きたーいっ!」


 即答かよ! グイッと身を乗り出して答えるだなんて、かなり食い気味じゃん!

 しかもめちゃくちゃ嬉しそうな笑顔だし……わかりやすっ!


「そんなに行きたいの?」

「そりゃもちろん! あたしら、クラスずっと一緒だったけどそういうのしたことないじゃん。たまにはよくない? それに――ふたりだけのヒミツを共有してる者同士だし」


 にへへっと笑う遙香は楽しそうだった。

 素直な反応を見せられちゃうと、なんだかんだ俺まで嬉しくなっちゃうよなぁ……。

 どのみち水曜のお誘いを断る以上は、ちゃんと埋め合わせしてあげなくちゃな。


「じゃあ、また別の日にしっかり予定合わせようぜ? 遙香の都合に合わせるから、あとで連絡ちょうだい?」

「オッケー! 約束だよ!」


 遙香は明るい笑顔で言うと、登校してきたばかりの友達の元へ向かった。

 そんな遙香の背中を見送りながら、俺はそっと安堵の息を漏らした。




 さて、昼休み。高校生的には天にも昇る気持ちの昼飯時。

 けど俺はちょっとした約束があって、教室を出ると四階へ続く階段の踊り場へ向かった。


 竹高は一年の教室が四階にあり、学年が上がるごとに階が下がっていく。必然的に、四階に続く階段を行き交うのは一年生がほとんどとなり、そのぶん人もまばらだ。

 そのせいか、踊り場で待っていた未央ちゃんがどことなく寂しそうに見えてしまった。


「未央ちゃん、お待たせ」

「――あっ、先輩!」


 けれど、呼びかけるとすぐにパッと笑顔を咲かせた。


「お疲れさまですっ。わざわざ来てもらってすみません」


 ペコリとお辞儀に合わせ、ツインテールが軽やかに弾む。かわいいなぁ……。


「この階段上がるだけだし、大したことないって。むしろ未央ちゃんのほうこそだよ」


 俺は彼女が大事そうに持っている手提げ袋を指さし、


「わざわざ俺のぶんの弁当なんて……。ライン来たときはビックリしたよ」


 実は今朝、電車で登校中の時点で、未央ちゃんからその連絡は来ていた。

 なんでも今日は、俺用にお弁当を作ってきてくれたというのだ。

 もちろん、俺からはお願いしていない。未央ちゃんが自分の判断で作ってくれたのだ。


「普段から自分のお弁当は自分で用意してますし、ふたりぶん作るのも手間は一緒です。なので気にせずお召し上がりください」


 笑顔の未央ちゃんから手提げ袋を受け取る。って結構重いな、ズシッときた。

 そもそも袋の形も妙に大きい。底の広い大容量タイプだ。なにが入ってるんだろう?


 袋の中を覗き込むと……え? 重箱?


「な、なんかすごい弁当箱だね」

「弁当箱っていうか、重箱ですけどね」


 あえて弁当箱って言葉に変換したのに!

 しかもこの重さ……結構な量が入ってるな。

 ふたりぶん作るのも手間は一緒ってことは、これと同サイズがもうひとつある?


「まさか未央ちゃんも、普段この量を食べるの?」

「た、食べられませんって! わたし、おデブさんになっちゃいますよぅ」


 まあ、そりゃそうだよね。


「これは先輩専用の、スタミナアップとプロテイン摂取を両立させたアスリート飯です」


 スタミナアップとプロテイン摂取? アスリート飯?

 どうしよう、品物と味の想像がうまくできない……。


「あ、プロテインっていってもノンフレーバーのものを使ってますから、味はちゃんとした献立ばかりですよ? プロテイン入りハンバーグ、プロテイン入りコロッケ。あとショウガを効かせたニラレバ炒めと蒸しササミとほうれん草のサラダ……ご飯は五穀米一合に、鶏そぼろを乗せた白米が一合入ってますから、充分お腹も膨れると思います」


 充分どころの騒ぎじゃない!

 確かに意外としっかりした献立だけど、量が尋常じゃなかった!


 でも未央ちゃんが丹精込めて作ってくれたお弁当だ。正直、受け取ることで関係が進展してしまうかも……と思ったけど、食べ物に罪はないし、なによりもったいない。


 ここはありがたくいただいておこう。食べきれるかは別問題……いや、がんばるけど。


「……と、ところで先輩。ついでに、ちょっとお願いがあるんですけど、いいですか?」


 不意に恥ずかしがって訊いてきた未央ちゃん。俺の警戒心がビビビッと反応する。


「うん? 内容にもよるけど……」


 などとわからないフリをしたのは、さすがに白々しかったかな?

 朝には遙香との一件もあったから、もしかしたらと展開は読んでいたけど……。


「明後日の水曜日、わたしと……お、お出かけしませんか?」


 ほーら、やっぱりだ! これまたきれいにぶっ込んできた!

 未央ちゃんには悪いけど、俺は事前に用意していた答えで返す。


「あー……ごめん、未央ちゃん。水曜は俺、予定入っちゃってるんだよ」

「そう、でしたか……じゃあ、水曜は諦めます。すみません、急なお話で……」


 シュンと項垂れる未央ちゃん。せっかく勇気を出して誘ってくれただろうに。

 そう思うと俄然、申し訳ない気持ちになってくる。でも予定があるのは事実だし……。

 それに一応、お弁当も受け取っちゃったわけで。さらに遊びの誘いまで受けてしまえば、余計に未央ちゃんに期待を抱かせ、アプローチが激化するかもしれない。


 選ぶとすれば、ふたつにひとつ。今日のところはお弁当だけで我慢してもらおう。


「また今度、埋め合わせしてあげるから。ごめんね、せっかくなのに」

「いえ、大丈夫です! ところで、肝心なことを確認し忘れてたんですけど……」


 未央ちゃんが訊ねてくる。警戒心で首の後ろがピリッとシビれた。


「水曜日って、どんな予定が入ってたんですか?」

「え!? ……ただ友達と遊びにいくだけだよ?」


 これまた準備していた答えを口にして、俺はどうにかその場を凌いだ。

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