第31話
第三十一話
公園を出たあと、途中でプチ修羅場は繰り広げつつも、俺たちは大きな問題もなく駅に到着。電車に乗った俺は、帰りが逆方向のふたりに見送られながら帰路についた。
家に帰って録り溜めていたアニメの消化を始める。けど内容は全然頭に入ってこない。
原因は、未央ちゃんの純粋すぎる笑顔を見たことで生まれた、心のモヤモヤだ。
俺は、自分の理想の青春を手に入れるために八方美人を貫いている。あの公園で未央ちゃんへ親切にしたのも、突き詰めればそのための計算と打算でしかない。
なのに未央ちゃんは、そんな計算由来の親切がきっかけで、自分を大きく変えた。
もちろん人付き合いである以上、なんらかの影響を及ぼすことだってあるだろう。
けどそれは、未央ちゃんから『親切な先輩』と認知してもらえるぐらいだと思っていた。理想の青春を手に入れるためならそれで充分でもあった。
でも俺の計算打算は結果的に、未央ちゃんの人生にまで大きな変化をもたらした。
これほどの影響力があるとは、正直想定外。だからこそ戸惑いが拭えない。
「……でも別に、誰も不幸にはなってない……んだよな?」
俺の計算打算は、確かに予期せぬ変化を生んだ。でもその結果、未央ちゃんの日常はよりよいものに変わった。それは未央ちゃん本人が自分の口で認めたことだ。
俺だって思惑通り自分の株が上がり、未央ちゃんとの関係を楽しんでいたわけで。
てことは別に、俺の八方美人ぶりが間違ってたってわけじゃない。
人を貶めるようなことはしないって鉄則は、破ってないんだよな。
だったら、まぁ……結果オーライか、うん。そう前向きに捉えるとしよう。
「……ん?」
と、思考が一段落したところで突然スマホが震える。望海からの着信だった。
なんの用事だろう? なにか仕掛けてくるつもりなのか? 今日の帰りはなんだかんだで未央ちゃんも一緒だったせいか、比較的大人しかったし。
無視をするって選択もあるが……やめておこう。無視した結果、より厄介なことを仕掛けられても困るしな。俺は通話ボタンをタップした。
「よう。どした?」
『…………』
俺はいったん耳を離す。ディスプレイには『通話中』の文字が浮んでいる。
こっちの声が聞こえていないのか、単に向こうが黙りこくっているだけなのか……。
「もしもし? 大丈夫か?」
『……大丈夫。その……今日の帰り、ちゃんと謝ってなかったから』
妙にしおらしい声だな、望海のやつ。
一瞬なんのことだろうって思ったけど、すぐに思い当たった。
「ドリンク零したことか? もう大丈夫だって、怒ってない。望海に怪我がなくて安心したし。それに、学校で散々謝ってたじゃん」
『でも、きちんと謝りたかった。ふたりきりのタイミングで』
「なるほどな。だから今日の帰り、校門で待ってたのか」
『うん……。本来ならお詫びに、そのままふたりきりになれる静かな場所へ連れ込んで、身を差し出そうと思ってたんだけど』
「そうか。なら、未央ちゃんがいてくれて助かったよ」
『そう、失敗した。だから次は、私の一日貸し出し権をあげる。だからデートしよ?』
「どういう会話の流れだ! いきなりデートって……」
けど、なるほどな。謝るってのは建前で、目的はデートの約束の取り付けってわけか。
『むしろ休みの日にデートのひとつも誘わないのは、彼氏としてどうかと思う』
「だから俺は彼氏じゃないって……」
『彼氏彼女じゃなくても、デートぐらいは普通にすると思う』
「なら最初から彼氏呼びしなくてもいいだろ! 普通に『出かけよう』でいいじゃん!」
……とはいえ今の望海は、ずっとほったらかしにされてきた(と勝手に思っている)フラストレーションが、俺との再会で爆発している状態なんだろう。
ならこの一回のデートでほどよく満足させれば、過度なアプローチが減るって可能性は無きにしも非ずだ。
避けてばかりじゃなにも解決はしない。時には虎穴に入らずんば、だ。
……念を押すけど、望海とワンチャンあるかも? とかは考えていないからな!
望海からのアプローチをこれっきりにするための、苦肉の策だ!
なんなら、これは『デート』じゃない。単なる『お出かけ』だ!
「わかったよ。どこか出かけようか」
『やった……ふへっ』
あの望海が――笑った!? それにしたって「ふへっ」ってどんな笑いだよ!
そんぐらい嬉しいってことなのかな。心なしか声も弾んでいたし。
「で、いつにするんだ? いきなり明日とかは無理だからな?」
『……じゃあ、来週の水曜、創立記念日。そこでもいい?』
「創立記念日。そういやそうだった」
いろいろバタバタしてて忘れてたけど、来週の水曜は竹高の創立記念日で休みなのだ。
しかも普通の学校はド平日。どこへ行くにも空いているだろう。
……もっとも、出歩いている竹高の生徒が逆に目立つ、ってことでもあるんだが。
まあ学校から離れた場所で遊ぶぶんには大丈夫だろう。
「じゃあ来週の水曜にしよう。どっか行きたいところは?」
『クオンモールがいい。ぶらぶら買い物するの』
クオンモールってのは、俺んちの最寄りの辻倉駅と、竹高の最寄りの日波駅のちょうど中間ぐらいの場所にある、郊外型巨大複合商業施設だ。アパレルショップや多種多様な雑貨屋、映画館に書店、飲食店やカフェ、そして屋上には観覧車まである。
一日いたって飽きずに時間がつぶせるからデートにも使われるスポットで、俺はたまにしか行ったことがなかったけど、近辺に住んでる人はよく利用しているらしい。
しかし……うーん。竹高の連中と鉢合わせしそうな予感はしないでもない。
ただ、見つかって一番まずいのは遙香とか未央ちゃん、月原先輩。あとすぐデマを流す菊地ぐらいか。それぐらい少ないんだったら、確率的にはガチャで最高レアを引き当てるレベルに等しい……と思う。そんな低い確率の偶然、気にしてもしょうがないな。
それに予め場所がはっきりしているなら、鉢合わせしないような対策も練られるだろう。
「じゃあ、集合場所とか時間はあとでまた連絡するよ」
『ん、わかった。……ねえ、優ちゃん』
なんだ? 急に改まった感じを出してきて……。
『久しぶりにふたりでお出かけするの、楽しみだね』
普通の人に比べたら、全然感情の波を感じない平坦な声。
けど、やっぱり電話越しだからかな。
俺には今の望海の声が、再会してから一番嬉しそうに聞こえた。
「……別に。てか、ふたりで出かけるなんて特別なことじゃないんだろ?」
『素直じゃない優ちゃん、かわいい』
「――か、かわ……はあ!?」
『私はそっちのほうが好き。じゃあね』
「あ、こら望海――」
まるでなにかから逃げるみたいな素早さで、一方的に通話を切った望海。
なんなんだよ、と思いながら俺はベッドに寝転がる。見慣れたクリーム色の天井を見上げていると、自然とさっきまでの電話の内容が蘇ってきた。
人のことを八方美人のクズだのとディスりつつ、好きだのかわいいだのって……。
本当によくわからんやつだな。感情が読み取れないぶん、なおのことだ。
ただ最後の一言だけは、妙に心に残っていた。
――素直じゃない優ちゃん。そっちのほうが好き。
あいつは、本当の俺のことが好き……ってことなのかな。
「…………はーあ。なんだかなぁ」
少しは解消したと思った胸のモヤモヤが、再び広がった気がした。
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