第29話
第二十九話
これまでに集めたデータを元に、考えるしかないか。
未央ちゃんか望海かを選ばず、けれどふたりを下げることなく、それでいて未央ちゃんを落ち込ませたりしないで、常盤たちも納得してくれる最適解を……。
「……い……今の正直な気持ちは、どちらとも付き合うつもりはないよ」
ひねり出した答えを、俺は恐る恐る口にしていく。
止めどないシャワーの音に紛れ、未央ちゃんの息を呑む気配がした。
間違えた……だろうか? でもここまで口に出したあとでは、もう止められなかった。
「ふたりともバスケ部に欠かせないマネージャーだし、仮に本当にふたりが俺のことを意識してくれてるんだとしても、部活動に恋愛を持ち込むつもりはない」
「そんなの誰も気にしないって。独り占めしちゃってごめーん、ってこと? 嫌な言い方だけど……ちょっとそれは自惚れじゃないかな?」
常盤に言われて、ちょっとグサッと刺さった。
図星を突かれた、というよりは、一種の罪悪感や後ろめたさがあるからだと思う。
「……確かに今のは、そう聞こえたかもしれない。ごめん。でも俺はさ。今はまだみんなでワイワイやってるほうが楽しいんだよ。付き合うってなったら、そっちに意識が集中するかもしんないだろ?」
「なんかそれ、女子が男からの告白をやんわり断るときの常套句みたいだね」
ケラケラと笑われる。確かに、自分で言っててもそう感じるぐらいなんだから、端で聞いているぶんにはなおさらだろうな。
けどこれがたぶん、現状における一番の回答なんだ。都合のいいテンプレートな断り文句なのは百も承知。変に誤魔化して期待させてしまうよりは、幾分もマシだと思う。
たださっきの、未央ちゃんの息を呑んだような気配は、気のせいなんかじゃない。
もしかしたら……優柔不断とか言われて愛想を尽かされるかもしれないな。
「まあでも、わからないでもないか。オッケー。じゃあこの話はいったん区切り!」
でもひとまず常盤は納得してくれたようで、俺はホッと胸をなで下ろした。
「そうやって詮索すんのはほどほどにしとけよ、常盤。ってかもうさっさと上がれよ」
「わかったわかった。ってか小野瀬はいつまで浴びてんの?」
「お、俺は長風呂派なんだよ! もうちょっとしたら部室戻るから、先行ってろって」
苦し紛れに伝えると、部員たちは各々「うぃーす」と答えて出て行った。
しばらく耳を澄まし、脱衣所のほうの声も聞こえなくなる。
な、なんとか難を逃れたか? ……ダジャレじゃないぞ?
俺は恐る恐る外の様子を窺う。本当に人っ子ひとりいないようだ。
未央ちゃんを避難させるなら今のうち……か?
「あー、危なかった。未央ちゃんも、その……いろいろごめん――ね?」
振り返ると、いつの間にかこっちを見ていた未央ちゃんとバッタリ目が合ってしまう。
スッポンポンの未央ちゃんと対面すること、ほんの一、二秒。
「え――ひゃぁっ!」
「うおおっ!」
俺は慌ててカーテンの外側に避難する。
ただ、一瞬だけとはいえはっきりと見えちゃったな……。
未央ちゃんって意外と着痩せするタイプだったのかな。
なんか、けっこう素敵なものを拝めた気が……ってこらこら!
「だ、大丈夫だから! なにも見えてなかったから! 驚かせてごめん!」
「い、いえ! こちらこそ……お見苦しいものを、すみません……」
絞りに絞ったようなか細い声だった。事故とはいえ未央ちゃんが自分の裸を見られたこと、そして俺の裸を見てしまったことが相当ショックだったのは、容易に想像できる。
「あ、あのさ、俺先に出て見張ってるから! 他の生徒が来る前に早く出ちゃおう」
と言いつつ、居たたまれない気持ちのほうが強かった俺。
そそくさと脱衣所へ移動すると、ロッカーにもたれて大きく息を吐いた。
部室に戻り連絡事項などをすませ、最後に望海がドリンクの件をみんなへ謝ってくれたところで、今日の部活は解散となった。常盤たちはわいわいと部室を出ていったが、俺は部長として部室の鍵を職員室に戻さなくてはならず、下校するみんなとは別行動だ。
取り立てて変わった様子もなく、鍵を返して昇降口を出る。あたりはすっかり夕方の色に染まっていた。明るいオレンジ色を浴びていると、ちょっと寂しい気持ちになる。
こういうとき、誰かが校門で俺のことを待っててくれたりしないかな、って思うことがある。そういう偶然が妙に恋しくなるんだ。青春っぽいし。
ただそれは、俺の計算打算な関係性が崩れてさえいなければ、心待ちにしていた偶然なんだよなぁ。今の状況じゃ素直に喜べないし、むしろその偶然には警戒しておかないと。
そう考えると、バカ正直に正門へ向かうのは悪手だろう。望海か誰かが待っている可能性はあり得る。ここは多少駅までは遠回りになるけど、裏門から出ようか。
なんて計算しつつ方向転換し裏門を目指して歩く。やがて校門が見えてきた。
……ん? 門扉のところに、寄りかかっている人影がひとりいる。
いや、よく見たらふたりだ。立ち位置が重なっていてひとりに見えただけだった。
「あっ! 先輩、お疲れさまです!」
「優ちゃん、遅い」
……せめて未央ちゃんか望海、どちらかひとりにしてほしかったなぁ……。
ってかそれ以前に、なんで裏門で待ってたのかがビックリだよ!
まさか、俺の計算が完全に読まれてたとでも言うのか?
「えっと……なんでふたりとも、裏門にいるの?」
「それが、正門のレールが急に故障して、開かなくなっちゃったみたいなんです」
なんちゅータイミングで壊れてくれたんだ、あの門扉! 朝は問題なかったぞ!?
「な、なるほどね……で、誰を待ってたの?」
と、わかりきっていることをあえて訊いてみる。
「もちろん、小野瀬先輩ですよ?」
「彼女なんだから、駅まで一緒に変えるのは普通」
ですよねー。
しかも望海がさらっと彼女宣言したもんだから、未央ちゃんは険しい目を向けた。
「先輩は、久城ちゃんとは付き合ってないって言ってたけど?」
「優ちゃん、こう見えて恥ずかしがり屋だから……。きっと内緒にしたいだけ」
「……そうなんですか、先輩?」
「違う違う。望海が勝手に言ってるだけだって」
わかりやすく剣呑な雰囲気が広がってしまった……。でも、ここで急ぎの用事があるからとか理由作って、逃げ帰るわけにもいかないよな。そもそも逃がしてくれそうにないし。
むしろ、「どっちと帰るんですか?」なんて訊かれる前に先手を打っておこう。
「と、とりあえず出発しようか。みんな駅までは一緒なんだし」
すると、未央ちゃんと望海はお互い顔を見合わせ、再び俺を見た。
「どっちと帰るのか訊こうと思ってたんですが……わかりました」
「さすが、いい顔しいな優ちゃんだからこその折衷案」
あっぶねーっ! やっぱその流れあったのか! 今のは神の一手だった!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます