第28話
第二十八話
間違いない。今シャワールームに入ってきたやつら全員……バスケ部の部員だ!
こ、これはますますマズい状況になってきたぞ!? でもボディーソープを見られた以上、もう無視はできない! ここで認めておかないと、カーテンの中を覗かれかねない!
「あ、ああ! もうだいぶスッキリしたよ! 悪かったな、片付け任せちゃって」
「気にしない気にしない! どうせ普段から適当に遊んでるだけだし、たまにはコートの掃除ぐらいしないとね!」
常盤が笑いながら答える。
「まあその掃除も意外と早めに終わったし、小野瀬もいないんじゃもう部活切り上げようかって話になって、シャワー浴びにきちゃったわけだけど!」
ご丁寧に解説どうも! すんだんならさっさと帰ってくれないかなぁ!
「そういえば、洲崎ちゃんが途中で、掃除のこと先生に報告するって出てったきり戻ってこなくてさー。どこ行ったか、小野瀬は知らない? ……って知ってるわけないか」
知ってまーすっ! だって目の前にいるもーん!
「ってか小野瀬、ボディソープここに置きっぱでいいの? 持ってってあげるよ」
いいよ結構だよ置きっぱでいいよ中に入ってくるんじゃないぞおおおぉぉぉ!!
いやでも、断ると逆に怪しまれるか!? くそう、しかたあるまい!
「ああ、悪い! 受け取るよ!」
壁際から少しだけ身を離し、カーテンの隙間から手だけを伸ばす。「ほい」と常盤から手渡された物を掴むと、すぐに引っ込ませる。
ふう、どうやら変に怪しまれずにすんだっぽいな……と安堵したのも束の間。
「…………っ!!」
そうだよ、壁際には未央ちゃんがいるじゃん!!
ちょっと距離を取ったせいで、未央ちゃんの生まれたまんまの上半身が……いや生まれたときよりも女性らしく丸みを帯びた上半身? どっちでもいいわ、丸見えなんだから!
「(ごごご、ごめん未央ちゃんっ! ってててか、いっそ後ろ向いてて!)」
「(は、はいっ)」
クルリと振り返って壁に手をつき、こちらへ背を向けた未央ちゃん。
狭いシャワーブースの中でギリギリ体が触れるかどうかまで密着するほかない以上、せめて女性特有のパーツが目に留まらないようにしないと……。
まあ、これなら変な事故が起きたり、興奮したり、慌てたりすることもないはず。
……そう思っていた俺を罵りたくなった。ばーかばーかっ。
簡単に抱き寄せられそうなほどの至近距離に、未央ちゃんの背中がある。
白くてきれいな、水滴を玉のように弾く滑らかな背中が、だ。
細い首からなだらかに流れる肩はとても小さくて、抱きしめたら脆く砕けちゃいそうだ。肩甲骨や背骨の微かな陰影は、男のそれと違って曲線的で柔らかそうに感じる。
おまけに未央ちゃんの使ってるシャンプーの甘い匂いが、熱で香り立って鼻をくすぐる。これが未央ちゃんの匂いなのかと思うと、妙にゾクゾクが止まらなかった。
細く曲線の美しい背中を、艶(なま)めかしく滴る水滴と一緒に下っていけば、やがて小ぶりなお尻が見えてきて――って、わあああっ!
なにマジマジと観察してんだよ! 完全に思考がエロまっしぐらじゃねえか!
ストップストップ! 考えるなー、考えるなーっ!
――ひたっ
「(――ひゃうっ! んん……)」
ななな、なんて声出してんだよいきなりっ!
肩をビクつかせた未央ちゃんは、普段じゃ絶対に聞けないような濡れた声を出した。
首だけを少し動かして俺を見ると、未央ちゃんは絞り出すように言った。
「(せ、先輩……その…………あ、当たって……ます)」
「(え? なにが……――ッ!!」
わあああっ! そ、そ、そういうことかああぁぁっ!
「(ごごご、ごめん未央ちゃん! ふ、不可抗力だ、不可抗力なんだああぁっ!)」
俺は小声で叫ぶという珍ワザを繰りだし、すぐさま及び腰になって体を離す!
なんとも情けないかっこうだけど、これ以上の接触事故が起こるのを避けるためだ!
とにかく今はこのまま、シャワールームが無人になるのを待つほかない!
「ってか小野瀬はさー。ぶっちゃけどっち派なの?」
「……は? え? どっち派? な、なにが?」
なんだなんだ? 常盤が急に変な質問してきた。こっちはそれどころじゃないのに。
「だーかーら。洲崎ちゃんと久城ちゃん、どっちと付き合うのかって話」
「…………は、はああぁぁ!?」
なんでいきなりそんな話に発展すんだよ!
「つ、つつ、付き合うって……俺たちは別に、そういう――」
とまで言いかけて、はたと気付く。
俺のすぐ目と鼻の先には未央ちゃんがいる。この状況で言葉を間違えれば、未央ちゃんとの関係がさらに波乱万丈なことになるかもしれない。
意識させすぎてもだめ。かといって付き合う可能性がないような答え方は未央ちゃんを傷つけるだけ。どちらにも振り切れないベストな答えを探るしかない!
……って、思うだけなら簡単なんだけどなぁ! 頭ひねろ、俺っ!
「けどさー、洲崎ちゃんって小野瀬に懐いてるし、久城ちゃんだってお前と異様に仲いいでしょ? ぶっちゃけ両手に花じゃん、こんにゃろめ」
他の部員まで「そーだそーだー!」「部長の職権乱用だー」と野次を飛ばしてくる。
好き勝手言いやがって。
けれど実際、答えるのが難しい話だぞ、これは……。
「そ、そもそもさ。付き合うことが前提で話をするのが間違ってるって。未央ちゃんや望海の気持ちも考えてやれよ」
「いやいやいや! 考えた結果、確実にお前に矢印向いてるよなってのが、ここにいる全員の共通意見だから」
だよねー。まあ普段の感じだと、そう見えちゃうよねー。
俺も逆の立場ならそう思っちゃうよねー。
ってか、そういうふうに見られていなかったら、『どっちと付き合うのか』なんて質問が飛んでくるはずがないわけで。
「まあ、俺だったらやっぱ洲崎ちゃん一択かなーっ! 一生懸命なところとかもう、守ってあげたくてしかたないって!」
おおおい! 勝手に『どっちと付き合いたいか選手権』始まっちゃったよ! ここに候補の女の子がいるのにさ! そういうのは普通、男だけの空間でやるべきことでしょ!?
……実際、どっちの状況がイレギュラーかっていったら、未央ちゃんが男子用シャワー室にいることのほうなんだけどさ!
「俺は久城ちゃんっすね。無表情だけど、なんかちっこくて小動物っぽくて癖になるっす。しかも意外に胸でかそうですし! キャプテンだって巨乳好きでしたよね?」
「え? ああ……いや、まあ――うッ!!(いででででっ、未央ちゃん痛い!)」
こっちに背中向けたまま器用に人の横っ腹つねってきてるよ、この子! しかも意外につねる力が本気だ!
いたたたっ! 胸の大きさについてはっきりしない態度が彼女を怒らせたっぽいな!
「……? どうしたの、小野瀬」
「い、いやなんでもない! シャンプーが目に入っただけだから!」
「なんだそれ、子供じゃないんだから。あははっ!」
よ、よかった……俺の妙な声はちゃんと誤魔化せた。
「で、結局小野瀬はどっちと付き合うの?」
誤魔化せたけど終わらせるのは無理だったかー……。
ってかこの話題、俺がちゃんと答えないと終わらないパターンじゃん絶対。
だとしたら……これまでに集めたデータを元に、考えるしかないか。
未央ちゃんか望海かを選ばず、けれどふたりを下げることなく、それでいて未央ちゃんを落ち込ませたりしないで、常盤たちも納得してくれる最適解を……。
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