第27話

第二十七話



「――あ、あの……。小野瀬先輩、ですよね?」


「え……はぇ?」


 突然の女の子の声に驚き、俺は素っ頓狂な声を上げてしまった。


 ていうか、ちょっと待て。混乱してきたぞ。なんで男子シャワールームにいながら女の子の声が聞こえてくるんだ? しかも聞き覚えのある声が……。聞き間違いか?


「えっと、洲崎です。その、あのあと大丈夫だったかなって思って……」


 …………ちょっと待てええぇぇぇ!


「へっ!? な、なんで未央ちゃんがそこにいんの!?」


 聞き間違いなんかじゃなかったああ! 認識するのに時間がかかったけど、俺の後ろにいるのは間違いなくバスケ部マネージャーの未央ちゃんだ!


 でもますます意味がわからん! なんでこんなとこに!?


「ここ、男子のシャワールームだよ!? 女子禁制だよ!?」

「し、知ってます! だから、勇気振り絞ってここにいるんです!」

「いやいやいや! 『だから』の意味がおかしいよ! だいたい、なんのために……」

「その、お背中流したほうがいいかなって、思いまして……」

「い、いいよ、大丈夫だよ! ひとりで洗えるから! だいたい、そんなところにいたら濡れちゃうって!」


 一応、各シャワーブースは左右に仕切りが立てられてて、カーテンを閉めることで半個室となるため、そのままなら水が外に飛び散ることはほとんどない。

 とはいえ温水が出ているから、当然湿気がすごい。

 ジャージを着ていても、多少濡れることもある――


「だ、大丈夫です――ぬ、脱いでるんで」

「それは大丈夫なんかじゃないっ!」


 え? は!? ぬ、脱いでるって……どこまで!?


「い、一応全部脱いでて……だ、だから、シャワー浴びても大丈夫なんですっ」


 なんで俺の心の声に答えてんのっ! ってかどう考えてもアウトだそれはっ!

 女子禁制の男子シャワールームに、全裸の女の子!?

 これはもう事故どころの騒ぎじゃない、完全完璧に大事件だよ!


「いや、あの、未央ちゃん? な、なんでそこまでしようとするの? マジでわかんないんだけど……」

「なんでって、ま、マネージャーだからです!」

「なにをマネジメントするつもりなの! ほんと、大丈夫だから! これ、もし他の人にバレたら問題になるから! 今なら間に合うから、早く――」

「わ、わたし聞いたんです! 久城ちゃんから……。昔、お互いのおうちが近所だったころ、先輩と一緒にお風呂入ったことがあるって」

「だからそれ、子供のころの話であって」


「久城ちゃんが入ったことあるなら、同じマネージャーとして……いえ、先輩マネージャーとして、わたしが入らないわけにはいかないじゃないですか!」


「いくよ! 全然いくよ! どこで張り合おうとしてんの!?」

「ここでちゃんと、わたしにだってできるってところを示さないとダメなんです! 先輩マネージャーとして! それにわたし、今でも弟と一緒にお風呂入ってますから、男の人の体には慣れてます!」

「待て待て待て! その弟って歳いくつ!?」

「えっと……小学五年生です」


 小五と高二を同じ『男の人』と思っちゃダメだって! もはや違う生き物だって!


 そんなことよりだ! こんなところで問答してても埒があかない。

 ここはもう、俺がシャワー切り上げて出てしまうのが一番――


「なので、あの――し、失礼します!」


 って思ってたのに入ってくるなよーっ!

 カーテンを開けて出ようとしたのに、思わずくるっと背を向けてしまった俺。

 背後がどんな状況がわからなくて、ますますドキドキが止まらない。

 せめて腰にタオルを巻こうと思ったけど……しまった、タオルはシャワーブースの外だ。


「うぁ……。先輩……意外と背中、大っきいんですね……」

「ちょ、マジで……ああ、もう」


 全裸の女の子がすぐ後ろにいるって思うと、些細な言葉にいちいち変な妄想しちまう!

 なんなんだよこの状況は……。計算外すぎる。白昼夢ってオチじゃ……ないよなぁ。


「べ、別にそんな、大きいってほどじゃないっつーか、高校生なら普通の――うっ!」


 タンマタンマ! なにナチュラルにヒタって背中に触れてんの未央ちゃん!

 マジで抵抗ないの? 恥ずかしくないの!? この子、こんな大胆だったっけ!?


 ……いや、でも、未央ちゃんって前回のマッサージのとき然り、望海と張り合うときに限っては恥ずかしいの我慢して、妙に限界突破してきてるんだよな……。

 今回のシャワーブース乱入も、望海への対抗心が背中を押した……ってことか?


「すごい……先輩、細身なのにちゃんとゴツゴツしてるんですね。へぇ……。なんか、大きな背中って流し甲斐がありそうです……ふふっ」


 ペタペタとあちこちを触る未央ちゃん。その手触りは、別段なにかしてきてるわけじゃないのに、妙な気持ちよさがあった。

 この心地よさと興奮度は……マズいな。生理的に避けきれないヤバい状況がムクムクとわき起こってきている。ってかなんてエロゲのシチュエーションだよ、これ!


「……あ、先輩ごめんなさい。先輩用に買ってたボディーソープ、外に置きっ放しでした。ちょっと取ってきますね」


 いろいろツッコミ要素満載だな!


「なんで俺専用とか用意してんだよ……なんで自分の家みたいなノリで出入りしようとしてんだよ……いっそ戻ってこなくていいから、帰っちゃいなよ」

「ダメです。ここまできたんなら、ちゃんと最後までお世話させてください」


 なんのお世話までするつもりだよ、この子は……とため息を零した、次の瞬間。



 ガチャッ!



「おー、空(す)いてる空いてるーっ!」


「「――っ!?」」



 そこからの俺の行動は電光石火だった。


 声がガヤガヤしだした時点で、大勢の男子生徒がシャワーを使いに来たのはわかった。

 俺は咄嗟に振り返り、今まさにカーテンの外へ出ようとしていた未央ちゃんの腕を掴むと、転ばせないよう気をつけながらブースの奥へ引き戻した。


 さらに奥の壁側へ未央ちゃんを押しつけ、万が一外から覗かれてもバレないよう、俺の体で隠すように重なった。体こそ密着してないけど、両手で壁ドンしている状態だ。


「(せん……ぱい)」


 未央ちゃんのまん丸に見開いた目が、文字通り目と鼻の先にある。そして、いけないとは思いつつ俺の視線は下へ。彼女の鎖骨の下あたりから、徐々に膨らみ始めている女の子らしさが見えかけた瞬間、俺の思考はぼひゅっ! とパンクした。


 この子、本当に一糸纏わぬ姿だった!

 まだスク水とか着ててくれたほうがマシだったよ!


 このまま見続けるわけにもいかず、俺はなるべく上を見上げるよう努めた。


「(ご、ごめん未央ちゃん。と、とりあえず、ちょっとだけ我慢して……やりすごすまでだから。見ないようにもするから!)」

「(は、はい……。こちらこそ、すみません。あの、わたしなら、見られても我慢できますから……見えちゃっても、き、気にしないでください)」


 未央ちゃんはそう言って顔をそらすと、自分の体を抱きかかえるように隠した。

 それにしても、未央ちゃんがこうやって大胆な行動に打って出られるのは、本当に弟がいるからなんだろうか? ……って一瞬思ったけど、んなわけないだろ。

 高校一年の女の子だぞ? 恥ずかしいし、普通に怖いに決まってる。


「あれ? もしかしてさー、そこのシャワー使ってるのって小野瀬?」


「――えっ!?」


 ビックリした! 急に名前を呼ばれるんだもん。

 でも今の声はすぐに誰かわかった。常盤の声だ。


「あー、ホントだ! このボディーソープ、『小野瀬』って名前シール付いてら!」

「つーかキャプテン、シャワー長くないっすか!?」

「まあ思いっきり被ったしな! ベタベタはちゃんと取れた?」


 次々に聞こえてくる、聞き慣れた男どもの声。


 間違いない。今シャワールームに入ってきたやつら全員……



 バスケ部の部員だ!

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