第24話
第二十四話
「……でも、なんとなくわかってきた。普段の私の接し方にピンときてくれないなら、逆に『普通な私』を見せつけてやれば、小野っちもはっきり判断できるってことだよね?」
……うーんと唸る先輩を見て、俺の警戒心がビクッと反応した。
流れ的に、先輩がなにか仕掛けてきそうな雰囲気になったぞ……。
この『エッチなことしてても誰にも見つからない怪しいスポット』って雰囲気も雰囲気だし、先輩がなにかことに及ぶ前にこの場から離れたほうがいい――
「そうだ! いいこと思いついたよ、小野っち!」
「な、なんすか……?」
でもひと足遅かった! とてつもない嫌な予感を抱きながら俺は訊ねる。
「比奈ちゃんたちに教えてもらったとっておきの練習法……っていうかゲームがあるの。ちょうど図書館裏は持って来いの雰囲気だし、付き合ってよ」
ほらな。やっぱりそういう流れになってきた。
「いや、その……遠慮します。他の班はもう戻ってるかもしれませんし、俺たちも――」
「そっかー。じゃあこの前の動画、みんなに見せよっかなぁ」
「動、画? …………ああっ!」
しまった! 先日の昼休み、生徒会室へ呼び出されたときに撮られていたあの動画、先輩がちゃっかり保存していたのをすっかり忘れてた!
ここであれを持ち出して強請ってくるとは……っ! に、逃げられないっ!
「……そのゲームのルールを聞かせてください」
「うむっ、素直でよろしい! まあ、すっごい簡単だよ? 今からこの図書館裏の向こう側までふたり同じ歩調で歩いていって、その間に私が小野っちの手を取って、普通にさり気なく繋いでドキッとさせることができたら私の勝ち」
……あ、本当にただのゲームだったんですね! 警戒しすぎてたわ……。
しかもやたら単純なルールだ。そもそもそれはゲームって呼ぶのだろうか? ゲームにしては、手を繋がれる側になんのリスクも障害もない気がするんだけど……まあいいか。
「ちなみにゲームってことは、勝ったらなにかご褒美があるってことですか?」
「うん! 私が勝てたら、小野っちは私のことを名前で呼ぶようにするの」
いやあ……それは親密感出すぎじゃないかなぁ。
実際の関係の進展具合はともかく、外堀は確実に埋まるやつだ……。
「あの、他のご褒美の候補は――」
「今度の定例会議の前に動画の上映会するなら、学校側にプロジェクターの利用申請を」
「わ、わかりました……ただ、名前で呼ぶのはふたりきりのときだけにさせてください」
「えー? ……まあいっか。むしろそのほうが親密っぽくてドキドキしちゃうしね♪」
いたずらっぽく笑う月原先輩に促され、俺はゲームのスタートラインに立たされた。
「それじゃあ……ゲームスタート!」
先輩が声をかけ、ふたり同時に歩き出した……のだが。
「あ、あの、その、おおお、小野っち!? て、てて、手相見てあげよっか!?」
「い、いや結構です! ほ、他を当たってください!」
怖いよ! なんでそんなキョドって血眼になって手相見ようとしてくるんですか!
俺まで他人行儀になって手を守っちゃったじゃん……。
でもシュンとなったかと思えば、すぐに先輩は気を取り直した。
「あ、あーお手々がお留守だなぁー? て、手持ち無沙汰だなぁ。柔らかくて活きのいいお手々が今なら取り放題だなぁ!」
「鮮魚売り場みたいな売り文句のどこがさり気ないんですか……」
わざとらしくヒラヒラとアピールしてくる手は、確かに活きがよさそうに見える。
でも、そんな誘われ方で繋ぐ人や、ドキッとなる人っているのかな?
もっとさり気なくていいと思うんだけどなぁ。近寄ってちょんと指先を触れさせて、それにお互い気づいて指先から徐々に絡まっていく……そんな、言葉で誘うのではなく雰囲気で気持ちを誘導する感じ……とか?
まあ百パー妄想だし、俺はできるのか? って訊かれたら無理なんだけど……。
その後も先輩は、いろいろ手を変え品を変え『普通な感じにさり気なく手を繋ぐ方法』を実践するが、なかなかに難しいようで、
「せ、せせ、拙者の修行の一環として、お、お主のお手を拝借したく候っ!」
全然普通じゃない。最後のほうはテンパりすぎてて何時代の人なのかわからなかった。
そうこうしているうちに、通路の終わりが見えてきて――
「先輩、悲しいお知らせですが……ゴールです」
振り返ると、先輩はゴール手前の暗がりでズーンと沈んでいた。
しゃがんで、舗装された地面を指先でクルクル、クルクル。
「……普通ってどうすればいいの? そんなにすばらしいの? どこに売ってるの?」
お、落ち込み方がすごい……。もしかして俺、追い詰めすぎちゃったかな。
さすがにちょっと慰めたり、励ましてあげたほうがいいよなぁ……。
「あ、あれですよ先輩! 先輩は今のままでも充分素敵だから、無理に普通になる必要はないんじゃないか……ってことだと思いますよ?」
むしろ今の状況だと、先輩は変わらないでいてくれたほうが俺的には助かるわけで。変化は計算の狂う要因にもなる。最近はただでさえ想定外の事態が頻発しているし。
そういう打算も含めて――俺は、先輩には今のままでいてくれたほうが嬉しい。
「なのでやっぱり、俺は今までみたいにからかってくる感じの先輩がいいと思います……ってことで、この話題は終わりにしませんか?」
ちょうど生徒会の活動も一段落してたし! 切り上げるにはいいタイミングだ。
あとは他の班と集合場所で合流して、今日は解散――、
フニッと、指先をなにかに摘ままれた。
「――え?」
思わずドキッとなって俺は振り返った。俺の無防備だった右手人差し指を、相変わらずしゃがみ込んでいた先輩が、キュッと摘まむように握っていたのだ。
「……い、今の私には……恥ずかしくて恥ずかしくて、これが限界だけど」
似合わないぐらいか細い声で先輩は言って、真っ赤な顔で俺を見上げた。
「さ、さり気なく手、掴んだんだから……私の勝ちでいいよね?」
な、なんですとーっ!
確かに先輩は、まだ通路の内側にいる。ゴールは割っていない。
「でも……さ、さすがにルールの抜け穴感がありませんか?」
「勝ちは勝ち……でしょ?」
「いやぁ……どうでしょうね」
「…………動画」
な――なんも言い返せないっ!
俺が言葉に詰まった時点で、先輩は論破できたと思ったのだろう。
「ちゃんと、名前で呼んでね。約束したんだから……」
先輩は年上とは思えない、無邪気でかわいらしい笑顔を俺に向けた。
もはや俺も、うまく反論の言葉が見つからなかった。
「…………わかりました、先輩」
「むぅ。約束と違うぞ、小野っち」
摘まんでいる指をグイッと引っ張って、先輩は拗ねたような顔を向けてきた。
「ふたりきりなんだから、な・ま・えっ」
「いや、その……か、薫先輩、でいいですか?」
月原先輩って呼び方に慣れすぎているせいか、とてつもなく恥ずかしいな、この呼び方。
「……ねっ、もう一回」
先輩はちょっとだけ頬を染め、嬉しそうに催促する。
「薫先輩」「もう一回」「だから……薫先輩」「あと一回だけ!」「薫先輩!」
何回言わせるんじゃい! いい加減、こっちがゆでだこみたいに熱くなってきた。
「ふふっ。また小野っちをからかうネタが、ひとつ増えちゃったね」
「まったくです……。想定外ですよ」
あれほど警戒していたのに、結局先輩との関係は確実に進展しちゃった……。
これ以上先輩との関係を進展させないためにも、早々にあの動画を削除させなくちゃ。
…………いやでも、それこそ本当の無理ゲーなんじゃないか?
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