第25話
第五章 マネージャーのおしごと!
第二十五話
この一週間はビックリするほど劇的、かつ目まぐるしく人間関係が変化した日々だった。
高校デビューを誓って以来、こんなに自分の計算打算が機能しなかったことはない。
特に遙香と月原先輩との関係は、目に見えて深まってしまっている。望海の登場で関係が崩壊、という一番危惧していた事態にはなっていないけど、深まることによってこれまでの絶妙なバランスが崩れてしまっては同じこと。
だからこそ土曜日の今日は、今後の対策を練るためゆっくり休んで頭を整理したい!
……ところなのだが、そうも言っていられない大事な用事が控えていた。部活動だ。
とはいえ俺の所属するバスケ部はゆるーいお遊び部。なので昼すぎぐらいにボチボチ集まり始め、そのときにいるメンバーでキツくない範囲の基礎練習とミニゲームを繰り返すぐらい。終わり時間も基本的には適当で、十六時前後にはさっさと切り上げてしまう。
俺は一応部長だから毎週顔を出さなきゃいけないけど、そういったゆるい感じの活動なので苦ではない。むしろ適度に運動するのはいい気分転換にもなる。
ただし、それは最近までの話。うちのバスケ部には今、恋のやる気スイッチを押してしまった後輩の女の子と、押すきっかけを作った俺の幼なじみの女の子が所属している。
さすがに無警戒でのほほんと参加とはいかない。でも最近は目まぐるしくて、悠長に対策を練っている時間もなかなか作れない。正直、不安といえば不安だった。
ただ、警戒ばかりして不自然な印象を与えるわけにもいかない。
なるべく普段通りのテンションやノリを装い、俺は部活動に励んだ。
「おーし。そんじゃあ十分休憩して、チーム変えしてゲームもう一本なー」
「「「うぃーす」」」
二本目のミニゲームを終えたころには体もいい感じに温まって、心地いい疲労感が広がっていた。俺はタオルで汗を拭きながら体育館のコートに寝転がる。
ああ、床がほどよく冷たくて気持ちいい。このままじゃ寝ちゃいそうだ。
いっそのこと五分ぐらい仮眠するか。タオルを顔にかけておやすみ――と思った矢先。
「――冷たっ!!」
突然首筋にぴりっと衝撃が走り、俺はビックリして跳ね起きる。
なにごとかと振り返れば、未央ちゃんがしゃがんで微笑ましそうにしていた。
「驚きすぎですよぉ。はいこれ。先輩のぶんの差し入れです」
ニコッと微笑んで差し出したのは、いわゆるチューペット的な氷菓子だ。
「今日はいつもより暑いですし、こういう差し入れがいいかなって思って。手作りじゃなくて申し訳ないんですけど……」
「いやいや、全然こういうのでオッケーだよ。ってか毎日差し入れなんて、ほんと気を遣いすぎなぐらいだって。ちゃんと部費で支払ってね?」
「あ、はい。手作りのもの以外は一応、そっちに計上してます」
……え? 待って。
ってことは、手作りのお菓子とか差し入れは全部自腹なの? 十数人分!?
「それはダメだって、未央ちゃん!」
「――へ?」
「いつもいろいろ準備してくれたり、がんばってくれるのは嬉しい。でも自腹切ってまでする必要はないよ。差し入れ目的で買ったものは遠慮なく部費使って」
「でも、わたしが好きで勝手にやってることですから、これでいいんですよ」
てへへっと笑う未央ちゃんだけど、だからって彼女の貴重な時間とお金を、俺らのマネージャー業務にばかり消費させるのはフェアじゃない。
「ならこのバスケ部そのもので、未央ちゃんのマネージャーの仕事をサポートさせてよ。それを断るんなら、もう俺らも差し入れは受け取らない」
「……先輩、けど……」
未央ちゃんは面倒見がよくて、本当に献身的ないい子だ。そのぶん、こうして自分を犠牲にしてしまいがちなんだろう。
けど俺や他の部員、そして竹高バスケ部は、そんな自己犠牲をよしとする考え方はいっさい持ちたくない。そもそも、持ちたくないからこそ竹高バスケ部を選んだんだ。
それは、マネージャーであり竹高バスケ部の『部員』である未央ちゃんだって同じだ。
「異論は認めません。みんながフェアな中で部活を楽しもう。いいね、未央ちゃん」
俺が念を押すと、少し迷ったような素振りを見せてから、未央ちゃんは苦笑した。
「先輩がそこまで言うのなら、そうさせてもらいますね。ありがとうございます」
「よろしい。あ、そうだ」
俺は受け取った氷菓子を真ん中でポキッと割ると、片方を未央ちゃんに差し出した。
「俺、そんなにはいらないからさ。未央ちゃんと半分こしよう?」
「いいんですか?」
「全部員を代表して、とりあえず今日の差し入れのお礼、ってことで」
うん、今のはなんかいい感じに紳士的だったぞ。未央ちゃんは本当に部員たちによくしてくれてるし、これぐらいの優しさを発揮したってバチは当たるまい。
驚いたように目をしばたたかせた未央ちゃんだったけど、すぐ笑顔になって受け取った。
「先輩はズルいなぁ」
「……え?」
「なんでもありませんよー」
そういって氷菓子を咥え、シャクッと一口味わってから、未央ちゃんは微笑んだ。
「全部、先輩が優しすぎるのがいけないんです」
「えー、なんだよそれ。どういう意味?」
「ナイショですー。他のみなさんにも配ってきますね」
出たよ、未央ちゃんお得意の『ナイショポーズ』。ビックリするぐらいかわいいんだけど、未央ちゃんには意外と内緒事が多いから気になってしかたがない。
でも、小さなクーラーボックスを肩にかけながらパタパタ駆けてって、みんなにも差し入れを渡している未央ちゃんを眺めるだけでも、不思議と幸せな気持ちになれる。
「優ちゃんの浮気者ー」
突然、あまりにも抑揚のなさすぎる声で不本意なことを言われた俺。
振り返れば澄まし顔……と見せかけ、少し眉間にしわを寄せた望海が俺を見ていた。
「洲崎さんといい雰囲気だった。私という正妻がいるのに」
「誰が正妻だ。それ以前に、俺とお前は付き合ってもない」
「まだ突き合ってないのは事実。今日はこれから優ちゃんちで初夜だね」
「漢字が違うだろ! だいたい、俺んちにきたらおかんが喜んでもてなしそうで困る」
俺はため息をつきながら氷菓子を口に咥えた。
その隣に望海がチョコンと座る。なぜか正座で。そして、そばに置いたタンク型のスポーツジャグから冷えた飲み物を紙コップに注ぐ。
なるほど正座してると、甲斐甲斐しく世話をしてくれる良妻のように見えなくはない。
……いやいや。そこで俺が良妻とか考えちゃダメでしょうが。望海の術中だ、それは。
「ってか、スクイズボトルが備品にあっただろ。あっち用意しないの?」
「今日は暑いから、こっちも準備しようって思って」
確かに保温性が高いし量も作れるから、スクイズボトルだけよりは準備がいいか。
注ぎ終えた望海は、コップを差し出しつつ俺の顔を覗き込んだ。
「粗茶ならぬ粗スポーツドリンクですが」
「ん、ありがと。……ってかわざわざ言い難いほうに言い換える意味あったか?」
「そんなことより、みーたんに会いたい。元気?」
「自分のボケをなかったことにすんなっ! まあ、妹は相変わらず元気なんじゃない?」
「あまり仲良くないの? 今年中三だよね?」
「受験控えてるからか、遅くまで塾行ってるしな。家でも最近妙にカリカリしてる。だから、ここんところ全然口も利いてない」
血の繋がってる妹とはいえ、同世代の女の子と同居しているってのは意外と落ち着かない。そもそも、多少なりとも『異性』と意識してしまった自分に対する嫌悪感も激しい。
だからかもしれないけど、あるときを境に妹とは自然と距離を取るようになった。どう接したらいいかわからない、ってやつ。これ、妹を持つ兄のあるあるだと思う。
「今は一緒にお風呂入ってないの?」
「――ぶほっ!」
いきなりなに言い出すんだ! ビックリして咥えてた氷菓子すっぽ抜けちった!
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