第23話

第二十三話



「あ、でも話したくなかったらいいんです。個人的に気になっただけなんで」

「……気になった、ってことは、気にしてくれてるってことだよね?」


 先輩はニヤニヤと――けれど嬉しそうに俺を見ていた。

 その質問は、迂闊に答えると好意的に捉えられかねないな……。 


「先輩、またエロ目になってますよ? 変な意味じゃありませんからね」

「はいはいわかってますよー。ま、小野っちが気になるって言うんなら話してもいいかなぁ。別に話すのが嫌なわけでもないし、そもそも大した話じゃないんだけど」

「そうなんですか?」

「うん。だって、そうやってからかって接するほうが男子は喜ぶ、ってみんなが教えてくれて、それを実践してるだけだもん」


 うーん……なるほど。

 人によるだろうけど、確かに喜ぶ人はいるだろうな。俺も楽しんでるわけだし。

 ただ、いくらなんでもエロに偏りすぎというか……。

 そもそも『教えてくれたみんな』の人種――つまり情報源が気になる。


「どんな人達が教えてくれたんですか、そんなこと?」

「クラスでも群を抜いてモテる子! 比奈ちゃんって言って、ちょっとギャルっぽいんだけど気さくないい子で、恋愛経験がめちゃくちゃ豊富なの」


 い、意外だ……。キリッとした先輩がギャル系女子と交友関係があるなんて。


「あ、でもその子たちのグループに私がいるわけじゃないよ? ただほら、私って生徒会長だし顔が広いでしょ? だから普通にみんなと仲いいの。つっきーって呼ばれたりして。そんで、比奈ちゃんたちと恋バナで盛り上がったときに言われたんだぁ」


 ああ、なるほどな。なんとなくだけど俺、察しがついちゃった。


「なんて言われたんですか?」

「せっかくつっきーはすごい武器持ってんだから、もっとバンバンアピんなきゃダメっしょ! って。そのほうが真面目さとのギャップも生まれて、秒でイチコロだよって」

「ちなみに、それを本気で信じて……?」

「だって、恋愛百戦錬磨の比奈ちゃんがそう言ってるんだよ? 自分よりも格上の人の話は、ちゃんと聞いて身につけないと」


 やっぱり思った通りだ……。先輩、さも当然のように言い切っちゃった。

 いやぁ、格上の人の話云々は完全に同意なんだけど、相手がギャル系女子って時点で正直どうなんだろう。参考にする意見としてはちょっとチャラすぎやしないか?


「それで、普段みたいな下ネ……やたらエロに振り切ったからかい方をするようになったんですか?」

「うん、比奈ちゃんたちから手取り足取り教えてもらってね。下着の色の選び方から、ドキッとしてくれる誘惑のしかたとか、マックに初めて連れてってもらったり、どんなふうに男の子の視線を釘付けにすればいいのか……すっごい勉強になったなぁ」


 楽しかった青春のひとときを、先輩は思い返しているんだろうなぁ。

 ……若干、からかわれているだけな気はするんだけど。


「だから私、みんなに感謝してるんだ。うちって最近まで厳しくて、寄り道禁止で門限もあるし、見ていいテレビ番組も制限あったから、なんにも知らない箱入りだったの」


 なるほどな。だから女子高生なのに最近までマックに行ったことなかったのか。

 とんでもない箱入りだったんなら、それも納得だ。……いや、未だに箱入りなのか?


「それに、こうして小野っちと楽しい時間がすごせてるのも、みんながいろいろ教えてくれたおかげだもんね」

「……先輩……」


 ちくしょう……。その振り返りざまの幸せそうな笑顔は反則だって。


「……とはいえ生徒会長として、もう少しエッチなのは控えたほうがいいと思います」

「なんでよぉ。本当は小野っちだって好きなくせに。やっぱりムッツリなの?」

「ムッツリって言わないでくださいよ! てかやっぱりってどういうことっすか!」


 そりゃ表に出さないだけで興味津々だけどさ! こっちだって空気読んでんの!


「俺は、まあ……もちろん嫌いじゃないです。けど、それがすべてじゃないっていうか」

「ふーん……じゃあ、もっと普通なほうが好みなの? たとえば……美山さんみたいな、一直線で素直そうな感じとか」

「な……。そこでなんで遙香の名前が出てくるんですか」

「なんでもないよー。ちょっとそう思っただけですー」


 ……なんか先輩、遙香の名前が出た瞬間から急にすね始めたんだけど。


 でも、俺からは一言も遙香の話題振ってないですよね!?

 自分で言って自分で嫉妬してふて腐れてるだけですよね!?


 ……とはさすがにツッコめず、沈黙を受け止めて黙々と清掃箇所の洗い出しを進めた。


 なんだこれ! めっちゃ気まずい!


 けれど作業には集中できて、雑草刈りの必要そうな場所のチェックはサクサクと進む。

 校舎の周りをグルッと回り、まだチェックしていない一角にさしかかった。


「最後は図書室の裏……ですけど」


 到着するや、俺はあまりにもおあつらえ向きな雰囲気に顔を引きつらせた。


 図書室と言っても、竹高の図書室は校舎から切り離された別館――図書館そのものだ。

 で、その裏手は一方は図書室の壁で、もう一方が三メートルほどある塀に挟まれていた。

 人ふたりが並んで歩くのが精一杯の、人目につかない狭い空間こそ、先輩の言う『エッチなことしてても誰にも見つからないスポット』にピッタリだった。


「ま、まあでも、ここは舗装されてもいるし、見たところゴミも溜まってないみたいだから、放置で問題ないですね。さ、帰りましょうか先輩」


 俺はさっさとチェックをすませて立ち去ろうとする。

 普段の先輩ならここで露骨にからかってきただろう。それを俺がなんとなく受け流して、愉快な雰囲気のまま終わるのがいつもの流れ。

 けどなんだか、ずっと無言だったこともあって今は妙に気まずかった。


「……小野っちは、さ」


 すると先輩は、ここでようやく口を開いた。


「私にからかわれるの……もしかして、ずっと嫌だった?」

「……え?」


 突然なにを言い出したのかと思えば……。


「だって、ほら。こういうのってさ、やりすぎるとイジメとかセクハラって思われることもあるわけでしょ?」


 確かに、イジりとか誘惑とか職権を使うってのは、受け取る側の感じ方が異なれば意味も変わるし、どう受け取ったかがすべてだ。『そんなつもりじゃなかった』は通用しない。

 先輩は、その点を気にしているのか?


「そんなことはないですって。イジメとかセクハラとか、そんなふうに思ったことは一度もありません。これは本当です」


 俺の答えを妙にしおらしい様子で受け止め、先輩は上目遣いで言った。


「でも、もっと普通な感じも好きなんでしょ?」

「そりゃあ、まあ……。ただそれは、イコール先輩のからかいとかが嫌だった、ってことにはなりませんよ」

「なんだか納得できない。結局、どういう接し方が好きなのかわかんないし」


 先輩は子供のように頬を膨らませた。

 いや、そりゃ……どっちが好きかって明言はあえて避けてますし。


「……でも、なんとなくわかってきた。普段の私の接し方にピンときてくれないなら、逆に『普通な私』を見せつけてやれば、小野っちもはっきり判断できるってことだよね?」


 ……うーんと唸る先輩を見て、俺の警戒心がビクッと反応した。

 流れ的に、先輩がなにか仕掛けてきそうな雰囲気になったぞ……。

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