第22話

第二十二話



 翌日、遙香は学校でいつも通りに接してくれた。もちろんヒミツはヒミツのままだ。

 オタバレしたことで幻滅されて遙香との関係は崩壊……すると思っていたのに、むしろより近づくという予想外の展開には、当然ながら戸惑いもある。


 でも昨日の時点で崩壊していたり、遙香がおもしろがって俺がオタクであることを言いふらすといった最悪のパターンは避けられたわけだし、安堵感のほうが勝っていた。


 しかし……うーん。どうしたものか……。


 今のところ関係の崩壊は免れているけど、突然現われた望海が妙な爆弾を落としてからというもの、俺の求めていた理想の青春からはどんどん遠ざかってきている。


 その爆弾のせいでみんなの恋のやる気スイッチが押され積極的になったから、ってのはもちろんだけど、こと昨日の遙香に関しては、彼女の『知られざる一面』が俺の計算を狂わせていたようにも思う。まあ、結果オーライではあったけど。


 もし月原先輩や未央ちゃんの『知られざる一面』みたいなものが、恋のやる気スイッチによって露見して俺の計算が狂わされると……どんどん取り返しのつかない事態になりそうだ。すでにふたりともその片鱗は見せているわけだし。


 特に今日は放課後、生徒会の活動を控えているからな。

 先輩の『知られざる一面』にも、しっかり警戒しておかないと。




 さて。そんなわけで放課後である。


「このあたりも雑草がヒドいなぁ……。チェックしといて」

「はい」


 校舎の周りを歩きながら、俺は月原先輩に言われたとおり、校内マップへチェックマークをつけた。先輩はその様子を、なぜか横から覗き込むように確認する。

 ついでに俺の顔も覗き込んできた。


「小野っち、どうしたの? なんか元気ないよ?」

「え? そうっすかね?」

「うん。いつもなら『はああぁぁぁんっ! 先輩とふたりきりになれて、僕ちんとっても幸せぇぇぇっ!』って狂喜乱舞するシチュエーションでしょ?」

「ああ、それ俺じゃないっすわ」

「……ほら、ツッコミにも覇気がないし。大丈夫?」

「大丈夫ですよ。俺はいつも通りです」


 ってな具合に普通な感じを装ってるけど、実際のところは先輩の言うとおり、普段よりも元気は抑え気味だ。意識が警戒に回っているからだった。


「まあ、大丈夫ならいいんだけど。私が無理に協力をお願いしちゃったせいかなって思うと、申し訳なくって」


「それこそ先輩の思い違いですよ。俺が自分でやるって言ったんですし、気にしないでください。そんなことより、テキパキ動かないと下校時刻までに終わらないっすよ」

「それもそうだね。意外とこの学校広いからねぇ」


 俺と先輩がしているのは、翌週の三年生総出の校内美化活動に向けた下準備だ。昨日の朝に先輩が俺の席で待っていたのは、この作業について連絡があったからだった。


 竹高では毎年五月の上旬に、三年生が代表して校舎の内外、そして学校の敷地周辺を掃除する。とはいえ、あからさまなゴミがそこかしこに落ちているわけでもなく、『美化』とひと括りに言ってもやることはゴミ拾いだけじゃない。草刈りも重要な活動だ。


 俺と先輩は校舎周辺をぐるりと見て回り、草刈りが必要な箇所を確認していた。

 他にも学校の敷地外周をチェックしている班、校舎内をチェックしている班があって、人数的には校舎周辺、校舎内、敷地外周の順で多く割いている。


 ちなみに班分けの基準は、先輩の独断と偏見。あるいは気まぐれとも言う。

 つまりこのふたりきりの状況は、先輩が仕組んだものというわけだ。


「これだけ広いと、エッチなことしてても誰にも見つからない怪しいスポットとか、いっぱいありそうだよねっ。ふふっ」

「いやいや……そんな場所、見つけてどうするんですか」

「やだぁ。小野っち、そういうことを女の子の口から言わせる気ぃ?」

「いつもは自分から言ってるでしょう。なにを今さら」

「だからこそ、たまには小野っちのほうから誘ってほしいんだよ?」

「またそうやって思わせぶりなことを。そんなからかいには乗っかりませんからね」

「…………もし、からかってるわけじゃなかったら?」


 妙に真面目で抑えめな先輩のトーンに、俺は一瞬思考が止まってしまった。

 先輩は俺に対して好意を抱いている。それはつい先日、生徒会室に呼び出されたときのやり取りで確信した。だから普通なら誘ってきているように捉えることもできるセリフ。


 ……けどまあ、相手はその普通が通用しない、からかい上手な月原先輩だ。

 普段の流れから考えれば、それでさえ俺をイジっているだけなわけで。


「っていう、俺のリアクション待ちですよね? その手には乗りませんからね」

「バレたか」


 ペロッと舌出しちゃって、先輩あざといなー。


 それにしても、改めて考えると不思議だよな。

 そんなあざとさを演出したり、からかったりしなくても、先輩は元々美人で人当たりもいい。それだけで充分いろんな人から好かれるはずだ。現に学校中の人気者だし。

 なのになんで、こんなにもからかいが極端にエッチなんだろう?


 今後、先輩とのやり取りに活かせるかもしれないし、データは取っておかないと。

 俺の数歩前を歩いて雑草具合を確認している先輩に、それとなく訊いてみることにした。


「先輩って、いつからそんなふうなんですか?」

「そんなふうって? この全男子高生ウハウハな悩殺ボディのこと?」

「違います。人をからかうとき、あえてエロいことを前面に出してくる感じです」


 自分で悩殺ボディとか言っちゃうのかい。 

 確かにウハウハで悩殺必至だし、いつごろ成長し始めたのかは気になるけども。


「いつからもなにも、私は元々そういう星の下に生まれたんだよ。名付けてエロリン星」

「あの、結構真面目に訊いてるんですけど……。しかもネタがものすごく古いですし」

「古いって言われたぁ! そりゃ全然世代じゃないのは知ってるけど……まあいいや」


 先輩はわかりやすくションボリし始める。

 もしかして、あんまり話したくないのかな?


「あ、でも話したくなかったらいいんです。個人的に気になっただけなんで」


「……気になった、ってことは、気にしてくれてるってことだよね?」


 先輩はニヤニヤと――けれど嬉しそうに俺を見ていた。

 その質問は、迂闊に答えると好意的に捉えられかねないな……。

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