第21話

第二十一話



 人は見かけによらないとはよく言うけど、それって『超絶ヤンキーだと思ってたら捨て猫を保護するいいヤツだった』とか『超絶清楚なお嬢様だけど夜遊びバリバリなビッチだった』ってレベルを言うんだと思ってた。


 少なくとも、こうして書店からファストフード店に場所を移し、俺の向かいに座っている遙香の話を聞くまでは。


「でねでね? ツイッターに上げてたその四ページマンガが編集者さんの目に留まって、急遽連載が決まって、単行本発売ってことになったの。マジビックリじゃない?」


 うん、マジビックリだよ。

 俺はスプラウトをストローで啜りながら、テーブルに置かれた件のマンガをチラ見する。


「それがこの『屋台大好き江野川さん』……か。まさか遙香がガチオタでマンガ描きが趣味だったとはねぇ」

「でへへぇ。そんな『かわいくて足も速いうえに絵も描けるなんて才能の塊だね、すごいよ』だなんて褒めてきたって、なにもご褒美ないってばー」

「脳内補完がご都合主義全開だな! 誰もそこまで褒めちぎってないよ!」


 でも、実際のところすごいと思う。

 誰に対してもフランクで明るくスポーツもこなせる遙香は、学力に関しては俺の知る限りダメなほうだけど、それを補って余りある才覚を持っている。


 なんせ、高校生にしてプロのマンガ家なのだ、彼女は。

 同級生として普通にすごいと思うし――なぜかわかんないけど、少し悔しくもあった。


「でもさ。去年今年と同じクラスだけど、今までオタクな素振り見せたことないよな。やっぱ隠してたのか?」

「うんにゃ? 隠してたって意識はないよ、全然」


 シェイクをスココッと啜って、遙香は続けた。


「ただ、オタク話できる友達が周りにいなかったし、誰も知らない話題放り込んで変な空気作るぐらいだったら、口にしないほうがみんな幸せじゃん? だからクラスの友達にも話したことないの。で、その結果、オタクだってことが広まってない。そんだけだよ」


 なるほどな。どうりで遙香はカミングアウトに対してなんのためらいもないんだ。

 俺とは逆に、オタクであることを心から楽しみ、そして自信と誇りを持っているから。


 たぶんそういう対照的な部分で、さっきは悔しいって感じたんだろう。


「まあでもこうして単行本が出ちゃったし、より意識して隠すようにしないとなぁ」

「え? なんでだ。別にオタバレを気にしてないんならいいんじゃないか?」

「優哉とか、あと……菊地くんとか美也ちゃんあたりに知られる分にはいいよ? でもたくさんの人に知れ渡っちゃうとさ、ペンネームのイメージが崩れるかもしんないじゃん」

「……そんなことまで気にすんのか、マンガ家って」

「する人はする、って担当さんは言ってた。だから強制はされてないけど……読者さんがどう思うかだよね」


 困ったように笑う遙香を見て、俺は素直に思ったことが口を突いて出ていた。


「遙香ってなんか、すんげぇプロっぽいな」

「ぽいなってどゆこと!? あたしプロだから、プーロ!」

「声がでけぇ! 言ってるそばからバレるぞ!」

「ふぐっ!」


 いってぇ……。

 身を乗り出してまで主張する遙香の口を手で覆ったら、遙香の歯が当たっちまった。


 ただ遙香のほうは、俺が掌底を喰らわせたみたいになったせいで悶絶中。


「わ、悪い遙香! 大丈夫か?」

「うん……掌底の威力ってこんな感じだったんだ、って思えば」

「おう……そうか」


 タフなやつ! ネタになるなら攻撃喰らうことも辞さないって、まさにプロ根性だな。


 でも『江野川さん』に掌底が跳んでくる要素、あるのか?

 ……いや、ありそうか。コメディ作品みたいだし。


「でも、あたしの話よか優哉のほうだよ! 全然オタクだってわかんなかった。おっかしいなぁ、同族ならアンテナ反応すると思ってたんだけどなぁ」


 うーんうーんと一休さんみたいな素振りを見せる遙香。

 そんなことしたって見破れるわけがないだろ。


「まあ、俺のカムフラージュは超完璧だったからな」

「ゆーて、さっきのは一部始終あたしに見られてたけどね、あはは――痛たたっ! い、痛いよ! 鼻摘まむなぁ!」

「余計なことは言わんでよろしい」

「わかった、わかったからぁ!」


 まったく。調子に乗らせるとすぐこれだ。

 まあ、遙香とならこういうやり取りが自然にできるから、普通に楽しいんだけどね。

 だからこそ、あえて遙香を調子に乗らせるようなことを言ったわけで。


「俺は遙香と違って、本気で隠してるからな。バレたら一巻の終わりぐらいの気持ちで」


 そのために計算打算で外面を取り繕っている……とまではぶっちゃけないけど。


「もしかして昔、なんかやなことあったの?」


 遙香はそう、本気で心配したように訊ねてきた。


「…………まあ、それなりにはね」


 なるべく平静を装って返事はしたものの、指先がそわそわと落ち着かない。

 当時のことを思い返そうとすると、やっぱりフラッシュバックが怖かった。


 日波駅のホームで望海に訊かれたときもそうだったけど、このトラウマの根深さは相当なものなんだな、と思う。

 ちょっと話題に触れそうになっただけでこれだもんな……。


「そっか……。なんか、ごめんね」

「なんで遙香が謝るんだ?」

「だって、オタクだって知られたくなかったんでしょ?」


「同族の遙香になら、別に構わないよ。それに、遙香は黙っててくれるんだろ?」

「…………ソフトクリームとホットアップルパイ」

「そこで取引なの!? 信用ならないな……」

「あははっ! 冗談だよー。優哉が内緒にしててほしいんなら、もちろん内緒にしておく。優哉の気持ち、あたしにだってちょっとぐらいわかるし……」


 遙香は寂しげに笑った。普段、彼女があまり見せないタイプの表情だ。

 もしかして遙香も、なにか嫌なことを言われたことがあるんだろうか。


 それが遙香にとってどれだけ辛いことだったかなんてわからないし、俺と比べるつもりだってない。

 ただ共感してくれる人がいるってだけで、不思議と心は落ち着いてくれた。


「まああたしの場合は、バカにしてきたやつら全員片っ端からやり返して謝らせてやったから、今は全然気にしてないんだけどね! あははっ!」


 ……前言撤回。俺と遙香は根本的に違う人種だった。共感はしにくいかもしれない。

 めちゃくちゃ強硬派じゃねぇか。どんだけタフだよ。すげぇな。


「それに今は、オタクなのが高じてマンガ描くのが趣味になって、そんで仕事にまでなってるわけだし。もう人にオタクなことをあれこれ言われても、気にならないと思う」

「……遙香って強いんだな」

「ちょっとー。女の子相手にその褒め方はどうなん?」


 遙香はジト目を向けてくる。


「本気でそう思ったんだから、いいだろ? ちょっと羨ましいぐらいだ」

「そう? でも、優哉だって充分強いでしょ」

「俺が?」


 どうだろう……。ただ逃げ出して、外面を取り繕ってるだけな気もするんだけど。


「昔、優哉がなに言われたのかはわかんないけどさ。それでもオタクはやめてないでしょ? 隠してはいるけど、隠すって決めたらちゃんと隠し通せてる。その行動力みたいな部分があるのは、充分強いからだってあたしは思うな」


 そう……なのかな? 少なくとも、遙香にはそう見られている……ってこと?

 だとすれば、高校デビューを決意してから、俺はちゃんと変われたってことだろうか?


 中学のときの自分や、あの一件で塞ぎ込んでいた自分と比べたら、少しぐらいは強く成長できている。計算打算で八方美人を貫いてきたことは、決して間違いじゃなかった。

 そう捉えることもできる遙香の言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。


「ほんじゃ、今日からあたしらはオタ友だね! よろしく優哉!」

「おう、よろしくな遙香! ……って、学校じゃこの手の話はいっさいしないぞ? だから遙香も、うっかりミスでバラしちゃったーとかなしだからな?」

「わかったって! もー、警戒しすぎだよぉ。たまにこうしてこっそりできるところとか、ラインとか電話で、思いっきりオタクトークに花さかすぐらいならいいでしょ?」


 くそう。にへらぁって笑う遙香はやっぱかわいいな……。

 こんなに楽しそうな笑顔見せつけられたら、こっちまで顔が綻んじゃうだろ。


「優哉がオタクだってことも、ちゃんとヒミツにしてあげるから。だから一応、あたしが『久遠寺景』だってこともヒミツにしておいてね? 約束だよ」

「わかってるって。そこは安心して」

「じゃあ、このヒミツを知ってるのはあたしとあたしの家族……そんで優哉だけ、か」


 指折り数え、最後に折った指だけを妙に大事そうに握り、遙香は言った。


「まあ家族は家族だからノーカンだとして――これは、あたしらだけのヒミツってことになるね。にししっ」


 なに照れ臭そうに笑ってるんだか。そんなご大層な話でもないだろうに。

 ただ、共有したお互いのヒミツは内緒にし続けようねってだけで……んん?

 でも、それってなんか――


「なんか、ヒミツを共有してるのっていいね! 青春……ってかラブコメっぽくない?」


 っぽくない? どころじゃないって。まさにその通りだ。

 話の流れで、なに共有のヒミツとか作っちゃってんだよ、俺……。


 でも、そうせざるを得ない状況だからなぁ。元を正せば、俺が『江野川さん』買ってるところ見られたのが原因なんだし。自業自得だ。

 ……まあ、修羅場だなんだでギスギスしてたときの顔しか見てなかったぶん、こうして普段通り――いや、普段以上に明るい遙香の笑顔が見られたんだから、よしとしますか。


「…………それにしても、さ」


 俺は改めて『江野川さん』を手に取り、パッケージを見る。

 巨乳……というよりは爆乳女子高生が、たわわな胸にホワイトチョコのチョコバナナを挟んでこっちを見ている。


「ん? どったの、優哉」


 次いで遙香を見る。陸上部員らしく細くしなやかで、鍛え抜かれた肉体。スレンダーボディーだが、悪く言うとひ――


「ペッタンコでも巨乳キャラぐらい描けるわバカッ」

「ですよねごめんなさい!」


 いでででっ! 仕返しとばかりに鼻を摘まんでくるな!

 ってかなんでバレたんだよ、エスパーですか!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る