第19話

     第四章 俺の知らないプロフィール



第十九話


 望海が帰り際に残した一言は、翌日の登校中も俺の頭にこびりついていた。

 素の俺が魅力的だとか、八方美人の皮を剥がすまで諦めないだとか……。


 どういう魂胆があって、望海はあんなことを言ったんだろう。素の俺に魅力? あるわけない。あるなら中学のとき、あんな悲惨なことはきっと起こらなかったはず。


 だからこそ高校では計算と打算で八方美人の皮を被り、おかげで中学のころとは比べものにならないぐらい、できすぎで順風満帆な青春を謳歌していたんだ。


 それを望海は、あえて崩壊させようとでもいうのか?

 でもなんのために? 望海になんのメリットがあるんだ?


 ……まあ、ないわけじゃないのか。


 計算しまくってる八方美人だって周知されて関係が崩壊したあと、唯一の味方だよってすり寄ってくれば、無警戒だったら俺は気を許していただろう。普段から物言いが辛辣なのも、いざってときに甘く優しく声をかけて、俺を油断させようっていう布石だな?


 ってことはもしかして、昨日の一連のドタバタは望海が仕組んだのか? もっと言えば、俺と望海が保健室で話していたことを菊地が聞いていた、ってところからすでに、俺は望海の術中にハマっていた?


 ……いや、ないな。ないない。望海はそんな計算高いタイプじゃない。


 もしかしたらこの六年で望海にも変化はあっただろう。計算高くはないと断定するには情報不足だ。でも、そこまで緻密に考えてはいないだろう。


 それに、もし仮に望海が俺の青春を崩壊させ、俺を自分のものにしようと動くとしたら、今後の流れはなんとなく予想できる。漁夫の利を得るため、月原先輩や遙香、未央ちゃんをなんらかの形で煽り、衝突させて共倒れを狙うはず。


 うん、そうに違いない。お前の手の内はバレてるぞ、望海。

 あいつの思い通りの展開になってたまるかってんだ!


 そう意気込んだ俺は、竹高に到着するや胸を張って昇降口を潜り、廊下を突き進む。

 そして、元気よく挨拶して教室に入ろうとした……


「だーかーらー。なんで月原先輩はわざわざ優哉の席に座って待ってるんですかぁ?」

「それは私の勝手でしょぉ? 美山さんに話す必要があるのかしらねぇ」


 ……なんで月原先輩と遙香が俺の席占拠して火花散らしてんのぉぉっ!


「だいたい、もうすぐ授業始まっちゃいますよぉ? 三年の教室までは階段降りて遠回りしないといけませんし、先輩、見るからに足遅そうですけど間に合うんですかぁ?」

「そうよねぇ。あなたみたいな、いかにも空気抵抗なさそうな細い体と違って、私は結構肉付きがいいから、間に合うかどうかわからないけどぉ……だ・か・ら?」


 うわぁ……お互い露骨に煽りまくってるよ。先輩に至っては巨乳アピールまでしているし。このまま教室に入ったら、絶対俺まで巻き込まれる。


 幸い、みんなの視線は先輩と遙香に集中している。俺がここにいることは気づかれていない。今のうちにさらっとこの場から逃げて、ほとぼりが冷めるのを待つ――


「よぉ小野瀬っ! おっはようさ――んぐっ!」


 菊地このやろおおおおっ! タイミングよすぎるんだよおおぉぉっ!

 思いっきりやつの口を塞いだものの、時すでに遅し。

 俺の姿は、月原先輩と遙香の目にばっちり捉えられていた。


「おはよう、優哉!」「小野っち、おはおはー」


 そしてふたりとも、背筋の凍るような笑顔を浮かべて手招きする。


「そんなとこ突っ立ってないで、早くこっち来なよー」

「生徒会の活動で少し話があるの。早くこっちおいで」

「………………はい、ただいま」


ああ、どんどん修羅場になっていく。俺の理想の青春はどこへ行ったんだ……。



 結局、月原先輩と遙香のいがみ合いは、始業チャイムが鳴ったことで引き分けとなった。

 月原先輩が生徒会のことで話があって俺の席で待っていたら、それがおもしろくなかった遙香が声をかけたことで始まったらしい。引き分けに終わって心底ホッとしていた。


 とはいえ、朝のしんどいひと幕が心身に与えたダメージは相当だ。疲労度マックスな俺は、ようやく学校も部活も終えて帰宅できる喜びを噛み締めていた。


 計算外のアクシデントに対応するってのは、こんなにも疲れるもんなんだな……。とくに昨日今日は頭働かせすぎてヘトヘトだ。

 頭を一度リセットするためにも、なにか気晴らしに買い物して帰ろうかなぁ。


 そういえば、日波駅から二駅離れたところに、この辺じゃ初めてのマンガやラノベ、アニメ関連商品に強い大型専門書店ができたんだっけ。


 オタクである俺も、本当ならすぐ偵察に行きたかった。けど高校入学を機に隠れオタに徹してきた手前、迂闊に近寄れなかったんだ。学校から二駅しか離れていないし、オープン当初は賑わってたから、万が一竹高の生徒に見つかったらって考えると……ね。


 なので、話題や物珍しさが沈静化するまでは近づかないようにと決めていた。


 けど! 半年も経てば客足も落ち着いているだろうし、今日で解禁といこうか!


 ……まあひとつ問題点を挙げるなら、その書店のできた駅って遙香の家の最寄り駅なんだよなぁ。駅のそばをウロウロしてると見つかるかな……。


 でもあいつはガチ体育会系だし、その書店にはまず近寄らないか。駅からの最短ルートを警戒しながら進んでサッと店に入りさえすれば、中で鉢合わせになることもないだろう。


 そんなわけで俺は、電車の中でマスクを装着して顔を隠し、駅に到着するや周囲を警戒しつつ素早く書店の中へ入った。


 そうして目の前に広がったのは……夢にまで見たパラダイス!

 店内のあちこちに、これでもかと広げられている二次元世界の数々!

 ああ……禁欲生活してきた甲斐があった。この感動だけでご飯三杯はいける!


 そんな興奮冷めやらぬまま、俺はさっそく物色を始める。

 なにがいいかなぁ。できれば非オタ連中の間でも話題になりそうなやつとか、話のネタになりそうな作品がいいよなぁ。


 一通り見て回り、自分のサイフとも相談しつついくつかピックアップしたし、そろそろお会計をすませようかな……と平積みコーナーの一角を横切ろうとしたときだ。


「……むむっ? 『屋台大好き江野川さん』?」


 俺のガチオタアンテナが、ビビビッ! と激しく反応した。

 作者の趣味全開で、到底同級生には勧めにくいような、マイナーだけどむちゃくちゃおもしろそうな匂いを発する作品。


 それが、目の前の平棚に積まれていた。


 作者の名前は……久(く)遠(おん)寺(じ)景(けい)? はじめて聞く名前だな。もしかしてこれが初の単行本?

 でも、ちょっと流行りだからってのもあるけど、純粋にタイトルには惹かれたな。


「……ただ、さすがにこの絵は……なぁ」


 掲載誌が青年誌ということもあるのか、表紙がギリギリ十八禁レベルでエロかったのだ。


 露骨に大きく、そして柔らかく描かれた胸に、なぜかホワイトチョコを塗りたくったチョコバナナを挟んでおり、蕩けて滴るホワイトチョコがもう……意図的にね。

 屋台メニューってことでたこ焼きと焼きそばも手に持たせているけど、完全に申し訳程度だ。狙っている読者層は一目瞭然。むしろこれじゃ『屋台大好きエロ川さん』だ。


 ただ逆に言えば、パッケージだけでどういう作品なのかってのもだいたいわかる。

 屋台メニューが大好きでおっぱい大きくて無防備なかわいい女の子との、屋台メニューあるあるとラッキースケベ満載なラブコメ……ってところかな。


 そんなん――おもしろいに決まってんだろ!! まんまと釣られちゃったよ、俺!


 だがしかし……ここでひとつ、大きな問題がある。

 このやたらエッチな表紙のマンガを、俺はレジに持っていかなければならない。

 手に持って並んでいるところを万が一知り合いに見られたらと思うと、なかなかに勇気がいる。うーん、通販サイトのアマゾン先生を頼るか?


 ……って、よく見たら店舗限定の小冊子がつくのか。しかも――本誌未掲載の、より過激な短編!? なんだよこのお得感! ここで買えって言ってるようなもんじゃん!


 くっそう、せこい手を使ってきおって……。購買層の購入欲をこれでもかとくすぐってきやがる。だいたいそのエサにエロを持って来るあたり、作者さんも編集者さんも営業さんも書店員さんもよくわかっていらっしゃる。ありがとうございます!


 まあ、だらだら考えはしたものの、ここまでお膳立てされちゃあ買うしかないよな。


 俺は念のためレジの店員をチェックする。店員は三人で、全員知り合いでも竹高の生徒でもない。レジが混雑して他の店員さんが手伝いにくる可能性も考え、周囲で作業している店員も確認しておく。顔を見てみるがこちらも知らない顔だ。


 そしてレジの前に並んでいるお客さんは……五人。うちふたりが会計中。その誰もが学生でも知り合いでもない。


 ……よし、今ならサッとマンガを手に取って、他の健全な本にサンドイッチしちゃえば、スムーズに購入できるだろう。


 手に取るところを見られちゃ一巻の終わりだから、周囲を警戒しながら……サッと取る。そしてサッと挟む。でもってサッと並ぶ! 大丈夫、怪しまれてはいない!


 その後もなんの問題もなく購入をすませた俺は、袋に詰めてもらった本を受け取る。


 ふはははっ! 我ながら素晴らしく流れるような購入術だったな!


 もうこの息苦しいマスクともおさらばだ! この開放感と達成感たるや――



「あー、やっぱ優哉だ! やっほほーい♪」



「ほわあああぁぁぁぁっ!?」

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