第17話
第十七話
ともかく、どちらかを選べない以上はどうにかしてこの張り合いをやめさせないと。もっとヒドい張り合いが始まってもおかしくない。さっきから羨ましそうに……あるいはニタニタとこっちを見ている常盤たちの視線も気になるし。
……って、別に難しく考える必要ないじゃん。
「ど、どっちかなんて選べないよ。そんぐらいふたりとも、上手で気持ちいい」
「ほんとに?」
「本当ですか?」
「うん。……でも俺ひとりの意見だけで決められないからさ。みんなにもやってあげて、多数決で決めるっていうのはどう……かな?」
うーむ、まさに民主主義バンザイって感じだ。
しかもふたりのマッサージを優劣つけずにやめさせ、他の人の元へ誘導もできる、我ながらうまい回避……もとい、褒め言葉だ!
……と、その瞬間は思っていたのだが。
「せ、せ、先輩以外にできるわけないじゃないですか、こんなことぉ!」
「優ちゃんに軽い女みたいに言われた……超ショック」
「ちょ、タンマタンマふたりとも――ぐああぁぁっ!」
いーだだだだっ! 変な力の入れ方するなぁ! これじゃ本当に筋痛めちゃうよ!
特に未央ちゃんのが痛い! 強烈なまでに痛い! この子、マジでヤバいツボ押しにきてる! バラエティー番組で足つぼ痛がってるタレントの気分だこれは!
なんか俺、変なこと言ったか? ふたりの気分を損ねるようなこと、やっちゃった!?
必死に考えようとするけど、痛みに支配されてまともに脳みそ働かないだだだっ!
…………結局、ふたりの強烈な指圧マッサージは二分以上続いた。
その間、常盤を含む他の部員たちはというと。
「部長ズリぃぞぉ。いちゃつきすぎだよぉ」「こっちのマッサージまだっすかぁ?」
「やっぱ部長って立場はモテるねぇ!」「てかさすがにリアクション大げさでしょ!」
助けようともせず、俺が痛みで痙攣する姿をケラケラ笑っていやがった。
ちくしょう……。明日はみんなで学校の敷地外周ランニング、二十周やらせるからな?
そんなこんなで怒濤の一日はようやく終わり、俺はヘトヘトになりながら、ひとりで学校最寄りの日波(ひなみ)駅を目指していた。
ちなみになんでひとりなのかっていうと、常盤たちはみんなゲーセンに寄り道してから帰るそうで、途中で別れたからだ。俺も普段なら無理してでも顔出すようにはしてるんだけど、今日は特に精神的に参っちゃったからパスしてしまった。
駅についてダイヤを確認する。やっちまった、辻倉駅までの直通が一本先に出てた。次とその次の電車は、途中駅で止まって乗り換えないといけない。正直面倒だな。
しかたなく俺はホームのベンチに腰掛ける。座った途端、全身に疲労感がのしかかってきた。このまま重力に任せてふにゃっと蕩けてしまいたい……。
まあ、そんな現実逃避は無意味だってわかってるんだけど。そう無理矢理シャンとさせられてしまうぐらい、俺の置かれている状況は非常によろしくない。
経緯はともかく、俺と望海が付き合っているというデマが遙香、月原先輩、未央ちゃんの耳に入った。それにより、俺にとって理想的かつ絶妙な関係性は完全に崩壊した。
そう、一番恐れていた状況になってしまったとビクビクしながら、俺は三人と話した。
ところがだ。いざ話をしてみたら関係が崩壊するどころか、より関係を深めようとみんな一斉にアピールし始めたじゃないか!
何度も言うが、愛想を尽かされ見放されても俺の求めていた青春は崩壊するし、逆に関係が進展しすぎて誰かを選ばざるを得なくなった場合も、やっぱりこの青春は崩壊する。
俺が求めている関係性は、理想の青春は、誰かひとりと深く仲よくなることじゃない。
みんなとの甘くてゆるーい交友関係と、多くの人から好かれ承認されている生活だ。
それだけでも中学のころの自分よりは遙かにマシで、信じられないぐらいにできすぎで、充分すぎるぐらい楽しい高校生活なんだ。
アプローチをかけてきている誰かひとりを選び、他のみんなを犠牲にする……そんな取捨選択はしたくない。シビアな現実は求めていないんだよ。
だからどんなに遙香が、月原先輩が、未央ちゃんが、そして望海が魅力的な女の子だったとしても、俺は誰も選ばない。
……いや、正確には『選べない』なんだけど。
と、自分の置かれた状況をおさらいしてみたものの。
はてさて。俺は俺の理想を守るために、これからどう行動したらいいのやら。
そして――
「じー…………」
ずっと俺のあとをつけ、今は物陰からこちらを窺っている望海をどうするべきか……。
部活終わりからなんとなくつけられているのは気づいていた。ただ向こうから動きだす気配もなく、ひとまず泳がせて様子見に徹していたんだが……。
正直、アクションがあったほうが対応しやすかったように思える。けど望海はなにをするわけでもなかった。却ってそれが空恐ろしく、俺はまこうとした。
竹高から日波駅までの通学路周辺は、なにかあったときのために路地裏まですべて把握している。裏の裏の裏をかいて路地裏を突き進み、何度も角を曲がり、それこそ駅の外周を遠回りに一周してから改札を潜った――
「――はずなのになぁ。なんで追いついてんだよ、あいつ」
今のこの状況がにわかには信じられない。くノ一かなにかか?
ともあれ、まけないなら作戦変更。懐柔する方向で攻めてみよう。
俺は立ち上がって近くの自販機で飲み物を買う。確か望海が昔から好きだったのは、濃厚さが特徴の外国産のぶどうジュースだったはず。それと俺用の缶コーヒーを買ってベンチに戻ると、覗き見が趣味な彼女へエサをちらつかせる。
なにあからさまにピョコンって反応してんだよ、わかりやすいな。
警戒してた望海だったけど、観念したように陰から現れジュースのペットボトルを受け取ると、俺の隣にちょこんと座った。まるで猫みたいだ。ちょっとかわいい。
……てか、こういうことを自然にやっちゃうクセがついちゃってるのも問題だ。人から好かれるためにはまず人に優しくあろうって戦略を徹底してきたせいで、意識しなくても人に親切にしちゃうんだが、これじゃ却って余計な勘違いをさせちゃいそう……
「一服盛るつもり?」
「勘違いにも程があるわ」
余計どころかトンチンカンな勘違いをしていた望海に、自然とツッコんでしまう。
「いらないんならいいよ。俺が飲むから」
「やだ。優ちゃんがくれたものは、未来永劫大切に取っておきたい」
「いや飲めよ。わりとすぐに。そのために買ったんだから、そのほうが嬉しいよ」
「……嬉しい……そっか」
妙に優しい声で呟くと、望海はペットボトルのキャップを開けて一口飲む。
「そういえば、未央ちゃんから聞いたぞ。俺たちが付き合ってるだの、将来を約束した仲だの、あることないこと広めるなよ。未央ちゃん、信じ切ってたぞ」
「都合、悪かったの? 私は優ちゃんの彼女だし、付き合っている以上は将来も考えてるから、そう話しただけだよ?」
「その話は昨日しただろ? 俺は望海と付き合ってないし、付き合うつもりもないって」
「私、諦めるつもりないって言った」
「それと事実無根のデマを広めるのは別問題だって。誤解が広まると面倒なんだよ」
「…………みんなに愛想振りまいてる八方美人だから?」
「せめてもう少し違う言い方してくれないかなぁ!?」
ツッコみつつ、俺は望海の顔を改めてまっすぐ見た。
声に抑揚もなければ、感情も表れない澄まし顔。彼女の目は透き通っているように見え、だからこそ俺の見られたくないところまで見透かされているように思えた。
そういや望海には、俺が計算打算の八方美人だってことは感づかれてるんだよな。今もこうして言い切った以上、望海の中で確証はなくとも確信はある……。
なら――隠したところでしょうがない、か。
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