第16話

第十六話



「意外とライバルはすぐ近くにいたんだなぁ、ってことです」


 ……ほーら。思った通りだ。

 ほんのり頬を赤らめたかわいいマネージャーからの、遠回しな告白いただきました。


 もうなんなの? みんなしてやる気スイッチ押しちゃってさ。

 崩壊すると思ってた俺の交友関係が、今度はなぜか典型的なハーレムラブコメみたいになっちゃったよ。これじゃラブコメ主人公顔負けの修羅場コース確定だよ……。


 未央ちゃんは、言いたいことは言えたから満足みたいな微笑を浮かべて部活へ戻っていった。つまり、彼女なりの宣戦布告みたいなもんだったんだ。

 望海と争う気が満々だということは……ゆるーくお遊びのつもりだった部活まで戦場と化しちゃうじゃん!


 小野瀬優哉に逃げ場なし! 安寧安息の青春は一体どこに……。


 俺はフラフラとおぼつかない足取りで体育館内へ戻り、部活動を始める。

 いっそのこと適当に理由作って退部……する度胸が最初からあったなら、こんな事態にゃなってなかったかもしれないな。




 とはいえ、いつものメンバーとバスケしていたら気も紛れ、時間はあっという間だった。

 まあ意地でも紛らわそうと、いつになくミニゲームは気合いを入れて取り組んでいたんだけど。おかげで部員たちも熱が入っちゃったらしく、本気で駆け回った。


 結果――漏れなく全員、コートの上で大の字になってへばる。


「お、小野瀬……お前……俺たち殺す気?」「いつもはもっと……のんびりしてたろ」

「動き慣れてないのにこれは……筋肉痛不可避」「バスケってこんなキツかったっけ」


 おいおい……それが仮にも運動部所属の部員の言葉か。

 特に最後のふたつはおかしいにもほどがあるわ。


 でも全部右に同じだ。俺も別に、竹高のバスケ部でガチな活動がしたいわけじゃない。校内での立ち位置や印象操作のために運動部へ所属しているだけ。


 それがバスケ部である理由だって、小学生のころからずっと続けててある程度動けるうえに、竹高バスケ部そのものがゆるーいお遊び部だったからにすぎないんだし。


 だから俺は素直にみんなへ「わ、悪い……」と謝って、噴き出る汗をタオルで拭った。


 しばらく横になっていると、みんなにタオルを配っていた未央ちゃんが声を張った。


「それじゃあマネージャーで手分けして、順番にクールダウンのマッサージしていきますね。時間かかるので、各自でできるストレッチは事前にやっておいてくださーい」


 おお、ありがたい。激しく動いたあとだから、もう乳酸溜まりまくりだし足もパンパンだし、マッサージは最高のご褒美だ。


「まずは、部長である先輩からですね」


 未央ちゃんはニコニコしながら俺のそばにしゃがんできた。

 汗臭いだろうにまったく気にもせず、俺の太ももを揉み始めてくれた。


「俺なんか最後でよかったのに」

「先輩は謙虚ですね。でも一応、部長として部内での立場もありますから」


 部内での立場、か。そんなの、このゆるいバスケ部にはあってないようなものなのに、未央ちゃんは律儀でしっかりしてる。こういう男社会的な部分に気を遣える女の人って、古風といえば古風だけど古きよき良妻賢母になりそうな予感がする。


 そんな未央ちゃんの将来の奥さん像をイメージしながら、マッサージの気持ちよさに浸っていると。


「私、まだマッサージのやり方、詳しくない。優ちゃんに教えてもらいながらやる。だから他の部員さんは、洲崎さんよろしく」


 相変わらず抑揚のない声が背中から聞こえてきた。

 声の主である望海が、俺の肩を両手で優しくもみもみ……。

 ああ、これもなかなかに気持ちいい。


 すると未央ちゃんが、ほんの少しムッとしたような顔で望海を見た。


「手分けしてやるよって言ったでしょ? 先輩はわたしが責任持ってマッサージするから、久城ちゃんは他のみなさんにやってあげて」

「間違ったマッサージをしちゃって、却って体痛めかねない。でも優ちゃんなら許してくれる。いい練習相手になる」


 おいこら。俺だって揉み返して体痛めたらちょっとは怒るぞ。


「大丈夫だよ。教えてもらいながらやれば。みなさん親切だから教えてくれるよ?」

「どうせ教えてもらうなら優ちゃんがいい」


 思いの外ストレートに宣言したな、望海のやつ。


 なんて冷静に分析しちゃいるが、これは状況的にはマズいな。他の部員達のからかう視線もそうだけど、明らかに未央ちゃんと望海との間で火花が散ってるんだから。


 でも未央ちゃんは言って聞かないような子じゃない。しっかり指示を出せば動いてくれる。むしろ望海をそばに控えさせたほうがこっちも監視がしやすいか……。


「そしたら、今日は俺が教えながら望海の面倒見るから、未央ちゃんが他の部員――」


 だが――最初に動きだしたのは未央ちゃんだった。


「……それならなおさら、久城ちゃんに先輩のマッサージなんて任せられないよ」


 俺の言葉を遮り、足のマッサージを切り上げた未央ちゃん。俺の横にピタッと並んで腕をとると、両手でマッサージしやすいよう自分の脇の下に通した。


 その姿勢から、筋をなぞるように親指を俺の腕に押し当ててえええええっ!?


 ちょっと待てっ! さっきから俺の二の腕に、柔らかい感触が当たってるんだが!?


 な、なんという幸せ……って、悦んでる場合じゃない!

 なんなんだこのマッサージは。いったいどこを解すつもりだよ。


 そもそも未央ちゃん、胸が当たってることに気づいてないのか?


 ……いや。恥ずかしいのを必死に堪えているような赤い顔を見て、気づいちゃった。

 未央ちゃん――自分から率先して胸を押し当てにきてるぞ!


 なんて大胆さだ。むしろ未央ちゃんって、こんなアピールができちゃうような子だったのか? 大人しかったイメージとのギャップが激しすぎる。予想外だ……。


 しかしマズいな。思いもよらない大胆攻撃にそわそわしてきちゃったよ。


 ひとまず平常心を保たなくては。

 そうだ、数の単位でも数えよう。

 一、十、百、千、万、億、兆っと待ったあああぁぁぁ!!


「そういうマッサージは、なおさら、私のほうが得意分野」


 なんでそこで張り合ってるんですか望海さん!

 あえて背後から腰に手を回し、足の付け根を親指で揉みほぐしながら背中に胸押し当てる……ってどんな体勢のマッサージだよ!


 てか得意分野ってどういう意味!? 自分のほうが胸大きいよアピールですか!? 確かに望海のほうがでかいけども!


 そして俺は、腕にふにふに背中にふにふにされながら究極の選択を迫られる!


「先輩」「優ちゃん」



「「どっちのほうがマッサージ気持ちいい?」ですか!?」



 選べるわけないだろおおおぉぉっ!

 どっちも気持ちいいよ! 最高だよ! 高校男児なら漏れなく狂喜乱舞だよ!


 けどそれは選んじゃいけない選択肢なんだ。選んだ瞬間、校内での立場もろとも俺の青春は総崩れしちゃうからな!


 だいたい、未央ちゃんがそれとなくライバル宣言したとはいっても、こんな形で張り合うとは予想の斜め上すぎるわ。未央ちゃんの性格的にあるわけないって、盲点だったよ。


 ともかく、どちらかを選べない以上はどうにかしてこの張り合いをやめさせないと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る