第15話
第十五話
未央ちゃんがいない。
おかしい。未央ちゃんが遅れることなんてほとんどあり得ない。風邪をひいてもがんばって出席し、心配した俺らが三十分説得しないと帰らないような子なのだ。遅れるのは大抵、ホームルームが長引いたときだけ。委員会にも入ってないはずだし……。
まあ誰か知ってるだろう。それこそ望海は同じクラスなんだから、あいつに聞けばいい。
到着した俺が部員に声をかけようと手を上げ……かけた瞬間。
俺の手を、なにかがガシッと掴んできた。
「――へ?」
なんだなんだ? と考え始めたときにはグイッと引っ張られ、体育館側面の引き戸から外へ連れ出されてしまった。
ものすごい強引な流れで壁に追いやられたんだけど……ちょっと待って、俺ヤンキーに絡まれるようなことした!? 痛いのは嫌だよ、マジで勘弁して!
ビビりすぎて目を瞑ってしまった俺の耳に、案の定、ドンッという衝撃音が響いた。
「あのラインを見て逃げなかったことは褒めてあげます、先輩」
ほらぁ。やっぱりあの噂のことで絡まれるんじゃん。だから修羅場だの彼女ができただのって悪目立ちするのは嫌だったんだ!
しかも後輩のヤンキー女子に壁ドンで追い詰められ、逃げ道を塞がれるなんて、それなんてご褒美――じゃない、危機的状況だよ。
……ん? 後輩の女子?
パッと目を開けると、見慣れた女の子がプリプリ怒っていた。
「……み、未央ちゃん?」
我がバスケット部のマネージャーであり、みんなの天使でもある未央ちゃんが、上目遣いで俺を睨んでいた。
表情は明らかに怒っているんだけど目つきが怖いわけでもないし、ちょっとでも威圧的に見せようと背伸びまでして壁ドン中なので、むしろかわいくて微笑ましい。
「前置きとかそういうのは結構です。単刀直入に――久城ちゃんとお付き合いしてるっていうのは本当ですか?」
「そ、それを確認するためにわざわざこんな――」
「答えてくださいっ」
ズズイッと顔を近づけてくる未央ちゃん。ち、近いってば。
この子、こんな大胆な子だったっけ? もっと大人しくなかった?
「ご、誤解だ誤解。あれは、俺のクラスメイトが言いふらしてたデマだよ。てか、未央ちゃんはどうやってその噂を知ったの?」
まあ、なんとなーく予想はつくけど。
「それは……今朝、部活のことで先輩に相談したくって教室を訪ねたら、そんなことが黒板に大きく書かれていたので」
ほらね。やっぱりだ。ラインでいいでしょうに……。
「しかも久城ちゃんがどうこうって話まで聞こえてきて……。昨日も一昨日も、なんだか先輩と久城ちゃんは妙に通じ合ってるような気もしてたので、まさかと思って」
「まさかって……もしかして未央ちゃん?」
「はい。本人に直接聞いてみました」
マジか、突撃インタビューしちゃったか! その行動力は想定外だったな……。
でも望海には昨日、付き合ったりできないし、そもそも交際してないってあれだけ説明したんだ。その前提は理解してもらえてるはずだし、変なことを言うはずはな――
「久城ちゃんが小三のときから付き合ってて、将来も親公認で約束済みだそうですね」
――くなかったーっ! 全然理解してもらえてなかったーっ!
むしろ、より酷い方向に話盛られてたーっ!
将来が親公認で約束済みってなんだよ! 許嫁か? うちはそんなやんごとなき身分だったのか!? お金なくて私立受けさせてくれなかったのに!?
「それこそ誤解中の誤解だ! なんなら、ただの望海の妄想だって!」
「…………下の名前、しかも呼び捨てなんですね」
そういうところで拗ねないでよ、もう! ハムスターみたいに頬膨らませて、かわいらしいんだけどさ! いろいろと話がこじれるから!
「お、幼なじみで昔からそう呼んでたからだよ。特別な感情なんて、ないない」
ひとまず未央ちゃんが知らないであろう俺と望海の関係を、洗いざらい話すことにした。
説明していくにつれ、険しかった表情は次第に柔らかくなってきた。けど「本当に?」とでも言いたげな雰囲気は相変わらずで、ジッと俺を見続けてばかり。
「でも久城ちゃんの口ぶりだと、すっごい本気みたいでしたよ? あんなに一途なのに付き合っていないってほうが、ちょっと無理がある気もします」
「だとしても、さすがに六年間音信不通だったってなると、それもそれで変じゃない?」
未央ちゃんには申し訳ないが、無理矢理でも納得させられるような答えをぶつける。
訝しげな目を向けつつも、未央ちゃんは「……確かに」と呟いた。
「じゃあ、おふたりはお付き合いしていない……久城ちゃんが一方的に付き合ってるつもりでいて、言い寄ってきているだけってことですか?」
「ん、まあ……掻い摘まむとそういうことかな?」
若干、語弊はある気もするけど……。間違っちゃいないからなぁ。
すると未央ちゃんは短いため息をついた。
「そう、でしたか……。なんていうか、先輩もちょっと大変ですね」
よかった。とりあえず、俺の説明で状況は把握してくれたみたいだ。
その上で、俺に対して多少なりとも同情を抱いている……これは好機だ。
「いや、結局は自業自得なんだよ。望海の気持ちだったり、一生懸命伝えようとしたことを、ちゃんと理解してあげられなかったわけだから」
「……優しい人だなぁ、先輩って」
未央ちゃんはクスッと笑ってくれた。計算通りで安心する。
今のは、相手が褒めてくれたことに対して自分を卑下することで、謙虚さをアピールして相対的に自分の評価を上げたってわけ。
これも『大多数から嫌われない』ために身につけたコミュ術のひとつだ。
ウソは言ってない。望海の気持ちに気づいてやれなかったのは事実で俺の落ち度だし。
ただ、それを他人から指摘されるのと自ら認めるのとでは、相手へ与える印象はずいぶんと変わるもの。往々にして後者のほうが好印象に繋げやすい。
その効果があったのか、未央ちゃんからギスギスした雰囲気は消え去っていた。
「……久城ちゃんが好きになっちゃうのも、わかる気がするなぁ」
俺から目をそらして、未央ちゃんはボソッと口にした。
もちろん、なんて言ったのかはバッチリ聞いていたけど……あえて訊ねてみる。
「それって……どういう意味なの?」
「言わないとわかりませんか? だから久城ちゃんの気持ちにも気づけないんですよぉ」
いや、もちろん気づいてるけどね。
今日一日の流れ的に、もう十中八九正解はわかっちゃってるけどね。
「意外とライバルはすぐ近くにいたんだなぁ、ってことです」
……ほーら。思った通りだ。
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