第14話

第十四話



「――久城望海ってだぁれ?」


 …………お、おぅふ……。

 不意打ちにもほどがあるぜ……。


「な、なんで望海の名前、知ってるんすか……?」

「今朝、小野っちの教室で騒いでた男子がその名前を連呼してたからね。その子と小野っちが付き合ってるとかなんとかって」

「いや、その……付き合ってるって話はデマだって、さっきも……」

「もちろん、それは信じるよ? でも火のない所に煙は立たないって言うでしょ?」


 そりゃごもっとも。


 ってかこの状況、なに? 浮気を問い質されてるの?

 浮気なんてしてないのに? そもそも誰とも付き合ってなんかいないのに?


「それに私、生徒会長だよ? 会長権限で全校生徒のデータあさって、久城って子のこと調べたの。けど小野っちとの接点は部活しかないし、入部したのもつい一昨日でしょ?」


 怖いよぉ……この人の行動力、めちゃくちゃ怖いよぉ……。

 今のうちから職権濫用って言葉を教えてあげとかないと、将来やばい道に進みそう。


「だから気になってたの。久城ちゃんと小野っちの関係」


 ニッコリと微笑む月原先輩。それはまさに天使のような悪魔の笑顔だ。


 とはいえ。後ろめたいことがないなら正直に話すしかない。

 ということで、俺は望海との関係を先輩に説明した。

 話の流れ的に、告白騒動は当然避けられなかった。望海がずっと付き合っている気でいたこともだ。けどそこはちゃんと付き合っていないと強調しながら説明していく。

 むしろ、下手に誤魔化すほうがあとあと厄介だろうから、これでいい。


「幼なじみかぁ。ふーん……」


 静かに聞いてくれていた先輩は、俺がすべて話し終わるとなぜかニヤニヤしながら顔を覗き込んできた。


「偶然にしてはできすぎだよねぇ……。本当は付き合ってるんじゃないの? お姉さんには隠さなくってもいいんだよぉ?」

「隠してませんってば。さっきも言いましたけど、苗字変わってて本人に言われるまで気づけなかったぐらいなんですよ?」

「わかってるわかってるってぇ。ムキになっちゃってー。かわいいなぁ、もう」


 にひひっと意地の悪そうな笑みを浮かべ、俺の頬をツンツンしてくる先輩。

 かわいいのはどっちだよ、って話。


「じゃあ、昔から仲良かったんだ」

「そうっすね……。登下校はいつも一緒でしたし、望海んちの事情もあって、よく俺んちで夕飯食べたりとかしてましたね」


 もっとも望海の家の事情について、詳細は先輩に話していない。さすがにね。


 ……思えば、望海の両親ってその頃から不仲だったんだろうな。

 当時はよくわからないまま、なんとなく俺んちに馴染んでて一緒にいたけど。

 高校生って年頃になってようやくわかることってあるんだな、よくも悪くも。

 当たり前だけど、改めてそんなことを思った。


「そっか……。じゃあ、お風呂とか一緒に入ったり?」

「うぐっ」


 掘り返されたくない話ほじくり返してくるなぁ、この人!

 高校生って年頃になってようやくわかる、当時の行動の恥ずかしさたるや!


「あ……その反応はもしかして……? 小野っちのエッチー」

「こ、子供のころのはノーカンでしょう、普通!」

「……てことは一緒に入ってたんだ、マジで」

「――あ」


 くっそ! ハメられたああぁぁっ!

 ……と見せかけて、先輩にイジりネタを提供していただけである。ホントだよ?


「小野っち、節操ないなぁ。ロリコン? 小さい子に手を出すのはいただけないぞ?」

「出してませんって! だいたい小さい子って、当時は俺だって小さかったですし!」

「あははっ! だよね、ごめんごめん。ちょっと意地悪がすぎちゃったね。許してっ」


 先輩はペロッと舌先を出して笑う。


「お詫びってわけじゃないけど……私のおっぱい、揉む?」

「なぜにおっぱい!?」


 ごめんなさい、本当に意味がわかりません!

 これ見よがしに豊満バストを寄せてアピールされても困ります!


「男の子をイジりすぎたらこのぐらいしないと許してくれない、ってよく聞くから」

「どこ情報ですか! ってか恥ずかしくないんですか!」

「えー? 別に減るもんじゃないしなぁ……」


 そういう問題か? ていうか健全な男子高校生の真隣で乳を揺らすな、乳を!


 どうも先輩は、こういう性的な物事に無防備というか開けっ広げというか……絶対どこかに羞恥心を落としてきたまま生活してるんだよなぁ。


 だがここで言われるがまま胸を揉んだりしたら、大人の階段を一段昇っちゃう。先輩だって積極的になり、みんなとのゆるい関係のバランスが崩れる。

 欲望にはそっと蓋をして、我慢だ我慢。


「……じゃ、じゃあさ……その……代わりにお願いが……」


 すると先輩は、俺の袖を指先でキュッと摘まんで、珍しくしおらしい声を出した。


 え? なにその反応。ゆでだこみたいに顔真っ赤だし。

 もしかして恥ずかしがってるのか? 人をからかうのが生きがいの、あの月原先輩が?


 そんな先輩にとっても、恥ずかしくって勇気のいるお願いって……まさかっ!



「こ、今度、ふたりきりで……マック……い、行かない?」



「…………え?」


 先輩……今、なんて?


「あの、えっと……マ、マック……ですか?」


 マックって、あれですか? ハンバーガーショップ的な意味でのマック……ですよね?

 ……話の流れがまったく予想外すぎて、俺は呆気にとられてしまった。


 すると、先輩はますます顔を赤くして慌て始める。


「ご、ごめん! バ、バーキンのほうがよかった? それとも……や、やっぱりモス……かな? ……やだ、もう! 私なに言ってんだろ……は、恥ずかしいぃ」


 いや、本当になにを言ってるんですか、あなたは。

 別にマックでもバーキンでもフレッシュネスでも、どこでも好きだからいいですけど……ファストフード店に行こうって誘うの、そんなに恥ずかしいことでしたっけ?


 ってか、おっぱい揉ませることは全然恥ずかしがってませんでしたよね!?


「ご、ごめんね……。私、マックとか最近まで全然行ったことなくて、この前友達と行ったのが初めてで、その……男の子をどう誘ったらいいのか、よくわかんなくって……」

「……え!? 最近まで一度も……ですか!?」


 冗談でしょ? そんなん、超絶箱入り娘とかじゃなきゃ無理がありますって!

 ただ、俺が驚きの声を上げちゃったからか、先輩はさらに慌て始めた。


「うう、うそうそ! やっぱなし、今のなし! 普通に、親いないタイミングで私の家にしておこっか。のんびりイチャイチャできるし。ねっ?」


 ねっ、じゃないよ! 普通逆だよ!

 自分の部屋にふたりきりのほうがハードル高いでしょ、圧倒的に!!


「あ、えっと……一緒にマックでご飯食べるぐらいなら、全然俺は平気ですけど……」


 もう、どう答えたらいいかわかんないから普通に答えちゃったよ、俺も!


「ほ、本当にいいの? 男の子って、そういう普通すぎるのは喜ばないって聞いたから」

「さっきからそれ、どこ情報なんですか! 別に普通でも喜ぶ人は喜びますよ」


 先輩、絶対その情報源に騙されてる気がするんだよなぁ。


「そ、そう……なんだ。……うーん、……比奈ちゃんが言ってたのと……」

「あの、先輩?」


 聞き取りにくくて俺が声をかけると、先輩は驚いたようにぴょこんと顔を上げる。


「う、ううん!? なんでもないよ! そ、それじゃあ今度、一緒にマックでお茶しようね……約束だよ?」


 ようやく普段通りの落ち着きを取り戻し、先輩は立てた小指を俺に向けてくる。

 ここで拒否るわけにもいかず、なにより先輩の笑顔を崩したくなくて、俺は素直に先輩と指切りをした。


「破ったら、さっき保存した動画の上映会するからね」

「罰ゲームがエグい!」

「冗談だよ……ふふっ。一緒にマックかぁ……楽しみだなぁ……」


 そうやってイジッてくる先輩の笑顔は相変わらず、見とれるほど美しくて。

 でも、この指切りと先輩の笑顔が物語るある可能性に気づいてしまって、俺は少し複雑な心境だった。




 また自惚れかもしれないが、あえて言おう。


 月原先輩も十中八九、俺のことが好きなんだと思う。


 昼休みの先輩の様子はどう考えても異常だ。からかってきてばかりな普段の先輩と比べて、キャラ崩壊してると言っていいレベルで変だった。

 その理由はやっぱり、俺の前に久城望海が急に現れたからなんだろう。


 単純な話、月原先輩はかっこうのからかい相手である俺を独占したいんだ。

 だから『からかい』ではなく『誘い』に打って出た。関係さえ深めれば、他人の割り込む隙などなく俺をからかって楽しめる……つまり、いちゃつくことができるからだ。


 ところがどっこい。どういうわけだか先輩は、『誘い』に関してはポンコツだなんて言葉がかわいく聞こえるぐらいにダメダメだった。


 それでも必死に俺を誘おうとするぐらいだから、先輩も追い込まれているんだろう。

 突然現れた望海の存在に危機感を覚え、早々にいま以上の関係を固めたいという思惑がある……んだと分析できる。


 …………ジーザス。


 遙香のときもそうだったけど、好意を持ってくれるのはもちろん嬉しいし、ありがたい。


 でも違うんだって。愛想尽かされて関係が崩壊するよりはマシだけど、このまま恋愛方面に振り切れちゃうと、誰かを選ぶ代わりに誰かを切り捨てなくちゃいけなくなる。

 結局そっちのパターンでも、俺の求めていた青春は崩壊しちゃうんだってば。


 なのになんであなた達、恋のやる気スイッチ押しちゃったかなぁ……。

 俺的には、もっと平穏な青春で充分なんだけど……この流れは想定外すぎるよなぁ。


 そんなことを考えながら、俺はトボトボと部活へ向かっていた。

 日直の雑務があったので部活にはちょっと遅れちゃったけど、まあゆるーいお遊びバスケ部だし、俺部長だし、怒られることはないだろう。


 バド部とバレー部の活気を浴びながら、バスケ部が使っている体育館の隅を目指した。


 コートには、相変わらず練習と称した遊びに熱心な部員たちと、マネージャーとしてせっせと働いている望海がいた。

 なんだかんだで望海も、マネージャーとして真面目にやってるんだな。てっきり、俺と接触する機会を得るために入っただけだと思っていたから、ちょっと意外だった。


 ……って、あれ?


 未央ちゃんがいない。

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