第13話
第十三話
「ようこそ、生徒会室(地獄)へ」
……んん? 今、副音声で別の単語が聞こえたような気がしたけど……。
幻聴か? 幻聴であってくれると非常に嬉しい。
月原先輩は生徒会長専用の大きなデスクでゲンドウポーズをとっていた。ご丁寧に背後の窓が逆光を演出してくれている。逃げちゃダメ?
「なにをボーッとつっ立ってるの? かけていいのよ?」
月原先輩は応接用のソファに視線だけ向けた。
ちなみに生徒会室は、入り口から入って真正面、窓のある奥側に生徒会長専用デスク、その手前に応接用のソファとテーブルがある。さらに部屋の向かって左側は会議用の長テーブルとイス、ホワイトボードなどが置かれた作業スペースになっている。
あえて応接用ソファに座らせようってことは、それなりに話の内容が重いことを暗に示している。俺は覚悟を決め、「失礼します」と黒革のソファに腰を沈ませた。
「さて、小野瀬くん。ここへ呼び出された理由、当然わかっているのよね?」
「……は、はい」
うおお……いつものあだ名を封印してきたよ。よっぽどガチなんだな。
「私はね、まさに寝耳に水だったの。生徒会の用事が急遽できて小野瀬くんの教室を訪ねたら、あんなことが大きく黒板に書かれていたんだもの」
なるほど、そういうことだったのか!
だから月原先輩は、俺に彼女ができたってデマを知っていたのか!
ちくしょう。いくら俺を思っての行動とはいえ、菊地が余計なことさえしなければ……。
でもこれは不運だったと思うしかないか。菊地だって悪気があったわけじゃないんだし。
「生徒会役員たるもの、全校生徒の模範にならなければいけない。にもかかわらず、あんなに目立つ形で異性関係を公表・暴露するのは不純といわざるを得ないわ。百歩譲って交際そのものは咎めずとも、生徒会役員にあるまじき悪ふざけよ」
「いや、あの……それに関してはまったくの――」
「発言をするなら挙手! 生徒会に入って最初に教えたわよね?」
「はい、すみません会長!」
じろりと睨まれた俺は、背筋をピンと伸ばして腕を上げた。
「その黒板の噂については、まったくのデマカセであると進言いたします!」
今までピクリともしなかった先輩の眉が、微かに動いた。
「……つまり、交際の事実はないということ?」
「そうであります!」
「本当に? なのに、あんな大々的なお祭り騒ぎになってたって言うの?」
「あ、あれはクラスメイトの菊地が、デマを信じて勝手にやったことなので……」
「……まさかと思うけど、その人に罪をなすりつけているってわけじゃないよね?」
さすがにそれは疑われすぎじゃないかな、俺!
「そ、そんなことは決してありません! 単にあいつの善意が空回っちゃっただけの、言わば事故です!」
それを最後に沈黙が降りる。苦手な時間だなぁ。
最善手は尽くしたはずだけど、こういうときの沈黙が一番心臓に悪い。
そう、ハラハラしながら先輩の答えを待っていると――
「…………まあ正直、付き合ってるどうこうはどっちでもいいのよ」
な、なんだってぇぇっ!?
今までのノリや雰囲気が、一瞬にして全部ひっくり返ったぞ!?
「さっきも言ったでしょ? 交際そのものは咎めないって。高校生として良識のある範囲での交際なら、小野っちに限らず好きにしたらいいわ」
「は……はあ」
しかも先輩からは、さっきまでの重々しさがすっかり消えてなくなっていた。ゲンドウポーズもあだ名封印も解除されてる。
「ただ、まあ……うん。単なるデマで、付き合っているわけじゃない……なるほど」
ひとりでなにかを納得したように頷いた先輩。
妙に口元がゆるい……というか、笑ってしまうのを堪えているように見える。
「でも、ああいう悪ふざけは本当によくないから。小野っちに非がないにしてもね。その菊地くんって生徒には、しっかりお灸を据えておいてちょうだい」
「あ……はい。それはもう、いろいろ策は考えてます」
「うむ、よろしい」
満足したように笑顔で頷く月原先輩。よかった、いつもの先輩らしい美しい笑顔だ。
どうやら先輩が怒っていたのは、交際の事実がどうこうってわけじゃなく、あの黒板の悪ふざけなどが生徒会役員らしくないって点だったらしい。
なんだ、焦って損した。そういうことなら、先輩との関係は維持できているも同然だ。
それにさり気なく『彼女なんていない』という説明も挟んだし、これで身の潔白は証明できたようなもの。信じてくれてるみたいだし、もう問題はないよね。
すると先輩は、「ふふっ」と小さく笑った。
「まあ真面目な小野っちのことだから、そういうことだろうって思ってたんだけどね」
「ちょ……勘弁してくださいよ先輩。こっちはなにを怒られるのかって、すっごい不安で怖かったんですからね」
「そうでしょう、そうでしょう……ふふっ。部屋に入ってきたときの小野っち、ビクビク具合がすっごいかわいかったよ」
先輩がいつもの調子でからかう。俺もそれに合わせて、先輩が喜ぶようあえてイジラれキャラを演じる。
去年の十一月ごろから生徒会役員として先輩のそばにいてわかったことだが、月原先輩は他者をイジって自身の優位性が確保できると気をよくする人だった。それに比例して相手のことを気に入って、さらにかわいがってくれるようになるのだ。
それに気づいてから俺は、先輩が俺をからかってきやすいよう、あえて隙を作って接するようにしていた。そうすれば先輩は隙をついて俺をからかい、かわいがってくれるから。
先輩と仲良く話せるのなら、俺は喜んでイジラれキャラを演じる。これも、俺が計算打算でコミュニケーションを取るようになって身につけた『気に入られ術』のひとつだ。
「でねでね、入ってきたときの様子、動画に撮ってあるの。見る? 一緒に見よっ」
「隠し撮りっすか!? エグいっすよ……いいです、見たくありません」
「大丈夫ー♪ ここで見たらちゃんと消すから」
俺の見せた隙に月原先輩は食いつき、ウキウキしながらデスクに置かれていたスマホを手に取る。その時点になってようやく、俺もカメラがこちらを向いていたことに気づいた。
そして小走りに俺の元へやって来て――隣にボスンと座る。
勢いよく座ったせいか、スカートが結構際どいことになっていた。柔らかそうな太ももがあられもない状態になってて、足を組んだことでふにっとつぶれている。
「再生するよ? もっと近づかないと見られないでしょ? ほらほら~♪」
先輩はグッと俺を引っ張り、身を寄せさせる。先輩の温かくて柔らかいあれやこれやが俺の体に当たる。ちなみに俺の調べたデータではGカップで、校内でもダントツ。
そんなたわわが俺の腕に……ここは天国なのか?
……いや、うそ。地獄だわ。
だってスマホの画面には、見たくもない俺の醜態が全部収められているんだもん。それを問答無用で見せられる気持ちにもなってくれ。
俺は画面を見てるふりして、先輩の白くもちもちな太ももを凝視して気を紛らわした。
「ところでさ。ちょっと気になってたことを思い出したんだけど」
「なんすか?」
ふと先輩は、スマホをイジりながら妙に淡々と言った。
しかも俺の醜態動画を保護設定にしてる。それ消すって言ってませんでしたっけ?
「――久城望海ってだぁれ?」
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