第12話
第十二話
…………遙香のやつ、絶対俺のこと好きじゃん!
うぬぼれだと思ったけど、これは露骨すぎるだろ。ライバルになり得そうな人の特徴を訊いて、それをマネて見せつけて、かわいいかどうかのアピールなんて。
普通するか? 単なるクラスメイトが? こんな恥じらってまで?
ないないないないっ!
しかも俺に彼女がいないことや、望海に対して気がないことまで確認したあとだし。
俺のかき集めた情報を元に分析すれば、自ずと遙香の心理は読み取れる。もちろん素人分析だから精度なんて大したことないけど、去年一年はこれと打算を駆使して生き延びてこられた。その実績がある、信頼できる情報と分析力だ。
間違いない……遙香は俺のことを好いてくれている。恋愛的な意味で。
これはこれで、かーなーりマズい。
というのも、さっきみんなからのラインが同時に届いた瞬間、俺は三人とのゆるーい関係が崩壊したんだと思った。一番危惧していた状況に陥ったと本気で落ち込んだ。
ところが、いま遙香は俺にガンガンアピってきている。崩壊したと思った関係はむしろ、想定外の『よい方向』に傾いて深まっているようにも思える。
でも俺は今まで、あえて恋愛へ発展しないギリギリを維持して楽しんできた。それは単純に、誰かを選んで誰かを切り捨てることによる関係性の崩壊を避けるためだ。
なのに今の遙香は、明らかにそのギリギリのところを越えてきちゃってる。恋愛的な意味でアピられているってのは、まさにそういうこと。
つまり――どちらにせよ俺の青春は、今もなお崩壊待ったなしってことだ!
……いやいやいや! なんで遙香のやつ、この状況で逆に恋に燃えてんの!?
「な、なんなら普段からあたしもこっちで結ってみようかなー、なんて! 優哉はどっちがいいと思う?」
その質問は勘弁してくれ……答えにくい。
どっちに答えても好感度が上がっちゃうやつだ……。
……でも大丈夫。こんな質問を投げられたときのため、関係性を変動させない無難な選択肢Cは常にちゃんと用意してあった。
「まあ、似合ってないわけじゃないけど……結ってないほうが遙香らしいっていうか」
「そ、そう……? じゃあ、いつもの下ろしてるほうが優哉は好き?」
うおおい! ストレートに好き? とか訊いてくるなよ! 余計答えにくいだろっ!
「好きっていうか、見慣れてるぶん、そっちのほうが遙香らしいかなって」
ここでもなんとか、事前に考えていた無難な選択に落ち着けようとする俺。
でも遙香の表情はみるみる険しくなってきた。
「もう! 優哉の言い方じゃどっちがいいのかわかんない! もっとハッキリしてよ! 下ろしてるほうと結ってるほう、どっちの髪型が好きなの!?」
わああっ! 無難なCを選びたいのに、極端な二択に絞られちゃったああぁぁ!
……ああもう、しょうがない。ここはAの『下ろしてるほう』を選ぶしかないか。
Bの『結ってるほう』を選ぶと、『ってことはやっぱ久城ちゃんの見た目はそこそこ気になってるんだ、ふーん……』みたいな空気になりかねん。そうして険悪な状況になって好感度が下がるぐらいなら、遙香の気をよくしてあげたほうがいいだろう。
「ど、どちらかといえば……普段の下ろしてるほうが好き、かな?」
俺が答えると、遙香はしばらく俺の顔をジッと見続け――
「そっか……下ろしてるほうか……えへ、でへへへ……」
テレテレと笑い始めてしまった。めちゃくちゃ嬉しそうだ。
まあ、こうして笑ってるところを見ると、やっぱ遙香ってかわいいよなぁと思う。
感情の出し方も、普段の行動も、とにかく自分に素直で正直だし。
……そういう彼女の持ち味を、俺はちょっと羨ましいとも感じていた。
だって俺は、事情が事情とはいえ、自分に正直になるのをやめた側だから……。
「いやー、でもいい話が聞けちゃったなー」
遙香は席を立つ。壁がけの時計を見れば、もう休み時間も終わり間際だった。
「いい話? なにがだ?」
「んー、優哉の髪型の好みとか? こういうのがいろいろ参考になるんだなぁ、へへっ」
参考? なんのだ? どういうことだろう……。
もしかして遙香のやつ、俺を攻略する計画でも立てようとしてるのか?
ってことは、思いっきり攻略のヒントを与えたことになるじゃん! ミスったか!?
だが詳細を聞こうとしたところで先生が教室に入ってきてしまい、話はそこで中断。
授業のあとも含め、結局その辺の詳細は遙香から聞き出すことはできなかった。
そんでもって昼休み。俺は生徒会室の前にやってきていた。
中の設備や広さは普通の教室と変わらないはずなのに、なんでまたシックな色合いで重厚な観音開きの扉をしてるのかね、生徒会室は。
もう扉の前に立っているだけでプレッシャーが半端ない。ラストダンジョンのラスボス部屋の前に立つ気持ちってのは、こんな感じなのだろうか。
とはいえ俺の場合、ここにやってきた理由が理由だから余計にプレッシャーを感じているんだろう。ああ、胃が痛い。
なんてったって、激おこな月原先輩と二者面談をしなきゃいけないんだ。
きっと愛想尽かされて、冷たい目を向けられて、呆れられた挙げ句に生徒会から追放され……それ以上は考えたくはない。
ゴクリとツバを飲み、俺は扉の取っ手に手をかけた。
……でもなんで、こんなに早く先輩の耳に望海とのデマが入ったんだろう? 未央ちゃんにもだ。いくらなんでも早すぎやしないかな?
菊地が噂を流し、彼を中心に二年のみんなへ知れ渡るのは、まあわかる。俺は八方美人なこともあって、二年生の中じゃ顔が広い。ましてや黒板にあんなデカデカと書かれていれば、あっという間に噂が広まったのも納得だ。
でも上級生と下級生は事情が違う。生徒会や部活の関係で三年生との交流は少なからずあるけど、噂がすぐ広まるほどではない。下級生に至っては、生徒のチェックは少しずつ進めているけど、直接の交流は未央ちゃん含めた部活の後輩ぐらいなもんだ。
なのに朝のホームルームの時点で、月原先輩も未央ちゃんもデマを知っていた。
その理由がいまいち理解できず、俺は黙考する……ふりをして生徒会室へ入るのをためらっていたら、
「そこにいるのはわかってるんだけど」
ひぃ! 室内にいる先輩にバレてるし! 透視能力でもあるんですかあなたは!
「時間は有限よ。早く入ってきたらどう?」
月原先輩の声は明らかに冷たい。からかってくるときのテンションではなく、鬼のようにテキパキ業務を進める生徒会長としてのテンション……よりさらに冷たい気がする。
でも逃げるわけにもいかない。俺は意を決して扉を開く。
「ようこそ、生徒会室(地獄)へ」
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