第11話
第三章 なんでみんなやる気スイッチ押しちゃったの?
第十一話
まずは計算打算を駆使して、遙香への誤解を解くことが先決!
と意気込んだ矢先、スマホが震える。ラインの通知だ。
しかも三通分がほぼほぼ同じようなタイミングで届いたらしい。
嫌な予感……というか嫌な確信を持って、俺はスマホをポケットから取り出した。
【《遙香》優哉に彼女がいようがあたしには関係ないけど……ないけどさぁ(激怒)】
【《月原先輩》昼休み、すぐ生徒会室へ来るように。会長命令に拒否権はないからね♪】
【《未央ちゃん》部活前に少しお時間ください。久城ちゃんのことでお話があります】
…………小野瀬優哉の青春は、ただいまをもって終了となります。
ご静聴、ありがとうございました。
§ § §
俺の青春は呆気なく崩れ去った。
嫌われたり敵を作らないよう顔色を窺い、外面よく接して仲間を増やし、ゆるふわな距離感で仲良くなれた女の子たちと、修羅場にならない範囲でハーレムを満喫する……。
そんな俺の、計算打算で勝ち取った明るく平穏な青春は、もう、ない。
すべては泡沫(うたかた)の夢だったのか。それは儚く霧散し、再び手に入れることは叶わない。ああ悲しきかな俺の人生、大切なものはいつだってこの手に残ってはくれない……そんなポエムを無意識にノートへ書き込んでいた。怖いよ、末期じゃねぇか、俺。
そんな感じだから、授業内容なんて全然身に入らない。代わりに頭の中では、これまでの楽しかった青春模様がリフレインしていた。
でもそれが却って、すべての関係性が崩壊し青春は失われたんだって現実を突きつけてきて、さらに落ち込む。負のスパイラルだ。一時間目の授業なんて気づけば終わっていた。
どこでなにをどう間違えたんだろう……。やり直せるのならやり直したい。ハレルヤチャンスしたい。Dメールでもいいよ。都合よくタイムリープ能力とか身につかないかな。
……ん、ラベンダーの香り? マジで香ってきたぞ!?
もしかしてワンチャン、タイムリープ能力覚醒あるか!?
と思って顔を上げると、遙香が目の前の席に座ってこっちをブスッと見つめていた。
俺が鼻をスンスンさせていたからだろうか、遙香は訊いてもいないのに答えた。
「そんな嗅がないでよ、恥ずかしいから。これ制汗スプレー。ラベンダーの香りなの」
「……なるほどね」
遙香には普段の底抜けの明るさなんてどこにもなかった。みんなが楽しく羽を伸ばしている休み時間にもかかわらず、俺と遙香の間には形容しがたい重い空気が立ちこめている。
「優哉って彼女いたんだね」
「やっぱその話題っすか。それ、菊地の勘違いでデマカセだから」
「ふーん……。それで? いつから付き合ってるの?」
おおう、こっちにも人の話を聞かない人がいたよ。勘弁してくれよ。
「だから付き合ってないって。久城望海って名前の、昔近所に住んでた幼馴染み。たまたま高校が同じで、偶然再会して……って、なんでそんなこと遙香が気にすんの?」
「ぎくっ」
「…………ぎくっ?」
それ、自分の口で言うか普通?
遙香はおちょぼ口を作った。
「そ、そりゃ、気にするに決まってんじゃん。あたしと優哉、去年から同じクラスの友達だよ? ぶっちゃけ、このクラスの男子ん中じゃ優哉が一番仲いいしさ。なのに彼女いるとかって話、ずっと知らなかったのがなんだかなぁって」
俺の顔を見るのが恥ずかしいのか、遙香はちょっと顔をそらした。
「彼女いるんなら、いるって教えてくれてもいいじゃん。友達なんだからさ……。隠しごととか、よそよそしくてなんかやだ」
モヤモヤしてることやハッキリしないことを、ちゃんとスッキリさせたい。
そういうまっすぐな関係を求めたがるのは、陸上娘の遙香らしいと思った。
……んで、そういう遙香みたいなまっすぐな子は、回りくどいことは言わずストレートに伝えてあげると喜んでくれる……と俺のデータは示している。
「ごめん。隠しごとしてるつもりなんてないし、本当に彼女じゃないんだよ」
「……そうなの?」
「そう。もしそうだったなら一番に遙香に話してる。なんなら相談にだって乗ってもらってたろうし。遙香とは友達……ってか、クラスの女子ん中で一番仲いいんだから」
どうやらこの言い方は効果覿面だったらしい。
遙香は「ふーん……」とまんざらでもなさそうだった。
「そんなわけだから、あの噂は全部誤解。菊地が勝手に勘違いして言いふらしただけ。俺には彼女なんていない。さびしいさびしい高校男児なの」
「あははっ。んじゃあたしが慰めてあげる。よしよーし、さびしいでちゅねー」
「それはバカにしてるだろ」
「あ、バレた? えへへっ」
本当に赤ん坊あやすみたいに頭撫でやがって……。
でもよかった。遙香にいつもの笑顔が戻った。これでマイナスに落ちていただろう好感度も、少しは元に戻せたかもしれない。事前に集めていた遙香のデータが役に立ったな。
月原先輩や未央ちゃんもデータを元に適切な対応をしていけば、簡単にとはいかずともうまく誤解を解いていけるかもしれない。深刻に考えすぎるのも頭が硬くなるだけだな。
「……で、でもさ優哉」
不意に遙香は話題を変えてきた。
「もしその久城ちゃんが、もっともっとグイグイ迫ってきたら……どうすんの?」
「どうもこうも、付き合わないよ。幼馴染みとしか思っていないし」
「ほんとのほんと?」
「ほんとのほんと」
俺が答えると、遙香は「そっか、そっか」と安心しているような表情を浮かべた。
この反応……いや、まさかそんな……。
妙な胸騒ぎがし始めていた。
「でもほら。もし久城ちゃんみたいな子が優哉にとってめちゃくちゃタイプで、そんでグイグイ来られちゃったらわかんないじゃん? その子、どんな子なの?」
「どんな子って……背がちっちゃくて、遙香と同じぐらいの長さの髪をさ、こうサイドでポニテに結ってて、表情はいつも澄まし顔のポーカーフェイスで……」
「そうなんだ。へぇ……。こ、こんな感じ?」
遙香はなぜか自分の赤茶の髪を手でまとめ、サイドポニーテールにして俺へ見せつける。
……なあ遙香。お前はなにがしたいんだ?
まあ、予測はしているけど……当たってほしくはない。
「あ、あたしもさ。走ってるときは邪魔だから髪結ってるんだけど……こっちのほうがかわいいかな? どう思う? に、似合ってるかな?」
ああ、はいはい。やっぱりですか。予感的中しちゃいましたか。
…………遙香のやつ、絶対俺のこと好きじゃん!
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