第10話

第十話


「お前、彼女いたんだって? 水くせーな、なんで教えてくんねぇんだよ!」


「……………………へ?」


 いきなりそんな話を切り出された俺は、当然頭がまっ白しろで混乱状態だ。


「へ? じゃねぇよ、とぼけんなって! お前、一年の久城望海って子と付き合ってんだろ? それも小学生のころから!」



 …………なんでお前がそれ知ってんだああああぁぁぁぁッ!!



 おかしいだろ! なんで望海と接点のない菊地が、その話を知ってんだよ!


 ってか菊地だけじゃない! あのニンマリ笑顔浮かべてたやつら、やっぱりあれ、みんな知ってたんだろ絶対! なんで!? 情報広がるの早すぎない!? しかもガセだし!!


 誰か広めたやつがいるってことか? でも誰だよ!?


 ……い、いや落ち着け。まずはいろいろ状況を整理しつつ誤解を解かなくっちゃ。


「ご、ごめん。なんのことだか……。確かに望海――久城ちゃんとは幼馴染みだけど」

「お? 望海って呼び捨てにしてんの? ひゅーひゅー! お熱いこって!」

「いや、だから、俺の話をき――」

「しかも、離れ離れになった幼馴染みと運命の再会を果たした的な? ……いいじゃんいいじゃん! ドラマみたいでワクワクすんな!」


 俺の話を最後まで聞けえええぇぇぇ!


「そ、そんなんじゃないんだって! 別に俺と久城ちゃんは付き合ってなんか……」

「恥ずかしがんなよー。俺らもう高校生だぜ? 男女の付き合いなんてよくあるだろ、気にすんなって!」


 気にするんだよこっちは!


 この誤解が広まれば修羅場が起きて俺の青春崩落待ったなしなんだから!


「ほんとにそういうんじゃないって……。だいたい、誰がそんな噂広めたの?」

「え? 俺」


 お前が犯人か菊地いいいぃぃぃぃぃぃっ!!


「昨日、部活でちょっと怪我してさー。念のため保健室で診てもらおうとしたら、なんか鍵閉まってる上に先客がいるなーって思って。そしたら中で話してんの、お前だったじゃん? で、いきなり抱きついただのなんだのって声が聞こえてよ」


 うわー……それ結構、最初のほうから聞いてたじゃん。


「なんかもう俺、こっ恥ずかしくなっちゃってさ。すぐ逃げ出したから、そのあとなに話し……いや、保健室のベッドでなにしてたのかまでは、わかんないんだけどさー」


 しかも肝心な話の後半を全然聞いてないしこの人。

 ってか、わざわざ言い直してまでベッドでほにゃららとか強調するかな普通。


「で、今朝学校来て、とりあえず近くのやつに話しちゃった……てへっ」

「て、てへっじゃないって、もう! 付き合ってないんだって、本当に! 誤解されるような変な噂流すなよ……」

「だってさー。お前みたいないいやつ、なんで彼女できねーのかなって思ってたら、やっとできただろ? 友達として嬉しくってさ。みんなにも祝福してやってほしいなって」

「……菊地、お前……」


 ど、どうしよう。それはちょっと嬉しいかも。これが真の友情ってやつなのかな……。


 ……じゃねーよ! なにときめいて懐柔されそうになってんだよ、俺はバカか!


「だ、だとしても確証もない噂を広めるなって。せっかくのみんなの気持ちだって無駄にさせるしさ……。何度も言うけど、俺は久城ちゃんとは付き合ってないんだ」

「ほんとか? 恥ずかしいからって隠さなくても……いや、そうじゃねぇな。悪い」


 菊地は俺の肩をポンと叩き、


「誰にでも、秘密にしたい恋心ってあるもんだしな。そういうことにしておくよ」


 そういうことでもないんだけどなああぁぁ!

 なーんでお前は人の話を聞かない上に歪曲するかな本当にもおおぉぉぉっ!!


「しっかし、秘密の恋にしたいなら……あれはすぐどうにかしたほうがいいよな?」

「……あれ?」


 俺は聞き返して、菊地の指さすほうへ目を向けた。


『祝っ! 初カノゲットなみんなの友達・小野瀬を祝ってあげようの会!』


 なに黒板にでかでかと書いてくれちゃってるんですかああぁぁぁぁぁ!!

 これ見方によってはただのイジメだろうがこのやろおおおぉぉぉぉぉ!!


 祝ってあげようの会ってなんだよ! どんな会だよ! 会員誰だよ! 会費徴収してんの誰だよ無許可かよ! 俺の築き上げた人望が完全に裏目ってんじゃねぇかあああっ!!


 俺は脱兎の勢いで黒板に向かい、黒板消し両手にとにかく右から左へ消しまくった。

 これ以上こんなものが誰かに見られて、さらに噂が広まったりしたら……それこそ遙香が知ったらどうなる? 積み上げてきたものが総崩れじゃねぇか!


 俺は黒板を消しながら、教室内を見回す。俺の必死さを眺めているクラスメイトの中に……遙香はいない! よっしゃラッキーっ!! 今のうちに証拠隠滅だぁぁ!


「みんなおっはー! ……あれ、どったの? なんの騒ぎ?」


 その声は遙香!? 背を向けていて姿は確認できずとも、声でわかるぞ!


 だがこっちに抜かりはない! もう黒板の文字は消えている! すべてを消しきったわけじゃないが、読める状態ではない! これならギリギリ、噂を知られることも――


「遙香おはよー! なんかねー、小野瀬くんに彼女ができたとかって菊地くんが騒いで、黒板アート作ってたの。見る?」


 そこの女子、アウトおおおぉぉぉぉっ!!


 確かに、インスタ撮られてる可能性をすぐ考えなかった俺も計算が甘かったけど!

 その流れるような展開はさすがに勘弁してほしかったよ!


 だが余計怪しまれるから止めにいくわけにもいかないし、そもそも間に合わないし、もうハラハラしながら遙香の様子を窺う俺。


 ……あ、マズい。遙香の表情が引きつり始めた。さっきまでの明るい笑顔がだんだん陰ってきてる。これ、あれだ。口は笑ってるけど目は笑ってないタイプの笑顔だ。たぶん今、遙香の中でいろんな感情が渦を巻いてて、どんな顔をすればいいかわからないんだ。


 おっとぉ? 口元からも笑みが消えた! なにかを納得したように深く二度三度とうなずき……とうとう興味なさそうに自分の席へすーぅっと向かって……今、席に着いたぁ!


 俺の視線に気づいた遙香は一瞥を投げるだけ。その一瞬だけでも、視線で殺されるんじゃないかってぐらい怒ってたのがわかった。


 やべぇ……こうなると、いよいよ崩壊のカウントダウンは止まらないぞ。


 で、でもまだリカバリーはできるはず。いくらなんでも、そうすぐ噂が上級生や下級生には広まるまい。月原先輩や未央ちゃんの耳に噂が入る頃には、誤解も解けて沈静化しているはず……っていうか沈静化させる、絶対にだ!


 だからまずは計算打算を駆使して、遙香への誤解を解くことが先決!



 と意気込んだ矢先、スマホが震える。ラインの通知だ。

 しかも三通分がほぼほぼ同じようなタイミングで届いたらしい。


 嫌な予感……というか嫌な確信を持って、俺はスマホをポケットから取り出した。

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