第8話
第八話
「…………………………俺、あの日、望海に告られてたんだね」
はいバカがいるー! 女の子のがんばった告白を、告白と認識すらせずにスルーした大バカ者がここにいるー! 最低にも程があるわ!
いやー、恋愛に無知な小学生男子って怖いね……。
「優ちゃん……」
あまりにも悲しげな望海の声が聞こえて、俺は恐る恐る顔を上げた。
相変わらず澄ました表情だったけど、瞳には力がこもっておらず――
「なんで今日までのうのうと生きてこられたの?」
思いの外辛辣な言葉が返ってきた!
でもその通りだから反論できない! 俺はひたすら頭を下げまくった。
てかこの子、昔から言葉選びが不得意で、それが原因でいろいろややこしい状況に陥っていた不憫な子だったけど……もしかして未だに不得意だったりするのか?
「いや、その……ほんと、ごめんなさい」
「ずっと信じてたのに……こんなひどい裏切り、されると思わなかった」
「すみません、すみません。裏切るつもりなんて微塵もなくて……」
「じゃあなにならあったの? むしろ、なにもないから今の今まで告白に気づけなかったんでしょ? 甲斐性なしのろくでなしでしょ?」
「否定はできません……そこにクズとうすのろを足してもいいです」
……これは確かに、俺が悪いだろうな。
小学生のころなんて色恋には無知な時期だし、望海の言い方だって回りくどく小学生では理解しきれなかった……って弁解したいが、言えるような立場じゃないよなぁ。
「手紙のやり取りだって途中で放り投げるぐらい継続性もないし、私のことも覚えてなかったし、謝罪もないし、優ちゃんはないない尽くしだね」
「……ちょ、ちょっと待って。手紙のやり取り? 放り投げたって……俺が?」
確かに望海が引っ越してからしばらくは、お互いヒマなときに手紙を出し合っていた。
当時はまだスマホなんて持たせてもらえなかったから、望海との連絡手段は文通だけ。
でもその文通も、俺が中学へ上がったころを境にパッタリ止まってしまった。
「たぶん文通が途切れたの、望海から返事が返ってこなかったのが原因……な気が……」
「そんなはずない。私も出した。すぐ責任転嫁するこざかしさだけはあるんだね」
辛辣すぎ! 日常会話で『こざかしい』なんて使う人、初めて出会ったよ!
でも文通に気恥ずかしさを覚えていた時期でもあったし、勉強や部活が慌ただしくなり始めたころだったから、俺も自然と手紙から離れていったのは事実なんだよなぁ……。
「けど、許してあげようって思ってる。だって私、それでもずっとずっと……優ちゃんのことが好きだったから」
思いもよらない言葉に、俺は顔を上げた。
「小学生のあのときから……ううん、もっと昔から、私は優ちゃんのことが好きだった。それは今も変わらないから」
小さな拳でギュッとジャージのズボンを握っている。
澄まし顔のくせに、心の中ではきっと、とてつもない勇気を振り絞っている。
この子は真剣だったんだ。
告白してくれた六年前も、引っ越して離れ離れになってからの六年間も、そして今も。
望海は本気で俺のことを好きでいてくれて、真剣に想い続けていてくれた。
じゃなかったら、祭りのハズレクジで手に入れたオモチャのネックレスを、こんな大事に持っていてくれるはずがない。
「……でも、優ちゃんは違ったの? 引っ越しでお別れしても恋人としてはお別れしてなかった。だから、私と優ちゃんの交際はまだ続いてるって、私は思ってたけど……」
俺はすぐに答えられなかった。
当然だ。こんなにも長く真剣に想ってくれていた子に、下手な言葉は投げかけられない。
でも今の俺では、望海の告白を受け入れて交際を続けることはできない。
その気持ちと事実だけは、変わらない。変えられない。
俺が特定の誰かと関係を深められない理由は、相手が望海であっても同じだから――
「……ごめん。俺は望海のこと、幼馴染みとしか思えない……」
静まりかえった保健室の中で、微かに、息を呑んだような音が聞こえる。
「望海の告白を告白だって気づかなかった俺が百パー悪いけど、俺は望海と付き合っていたって自覚が最初からなかったんだ。だから、未だに交際は続いてるって言われても、俺の気持ちって言うか、モチベーションって言えばいいのかな? そういうのが全然、付き合うってレベルに追いついていないんだ」
言いながら、どこかで聞いたことのある出来の悪い言い訳だな……なんて自嘲した。
「これから好きになってくれるのでもいいよ? いっそ今ここで先に関係深めちゃう?」
「そういうわけにもいかない……ってか、露骨に保健室のベッドを指さすんじゃない」
そのままベッドでコトに及ぼうとでも言うつもりか? なんてアグレッシブな……。
「……わかんない。優ちゃんは彼女、ほしくないの? お付き合いしたり、イチャイチャしたり……エッチとかしたくないの?」
「いや、したいよ。したいけど……ってストレートすぎるわ!」
仮にも女の子だろうに……。
「なら、私がいるよ? いつでもウェルカムだよ? むしろすでに付き合ってるんだから、なにも文句言わないよ?」
「だから、付き合ってるわけじゃないって。だいたい好きって気持ちのないやつと一緒にいても、望海が辛いだけだろ」
「そんなことない。今まで遠距離だったぶん、優ちゃんのそばにいられるなら充分幸せ」
乙女なこというわりに、ポーカーフェイスが全然幸せそうには見えないんだが……。
しかし困ったな。どう返事をしたら納得してもらえるんだろう。
望海のことが嫌いなわけじゃないし、好意を向けられてドキドキもしている。でも、だからこそ、望海との関係をこれ以上深められない理由の説明が、なかなかに難しい。
……下手に誤魔化そうとするより、素直な気持ちを話しておいたほうがいいな。
「俺は、今の生活が気に入ってるんだ。みんなにほどよく好かれてて、近すぎず遠すぎずな距離感で楽しんでいられる、今の青春模様がさ」
望海は「どういうこと?」と言いたげに首を傾げた。
「その関係とか環境って、私と付き合ってても変わらないよね?」
「いや……変わるよ。周囲の俺を見る目は確実に変わる。いいにしろ悪いにしろな。少なくとも、友達の間で俺に彼女がいるって噂が広まったら、付き合い方も変わってくる」
「だったら、ちゃんとヒミツにできるよ? ふたりだけのヒミツ……たくさん作ろ?」
「さり気なく告白っぽいの挟み込むなよ」
「今のは告白だってわかったんだ。優ちゃん、成長したね。偉い偉い」
「う、ぐ……と、とにかくだ。俺はみんなと平等に仲良くやっていれば、今はそれでいい。下手に目立つようなことになんない、平穏な青春が送れるならそれで充分楽しいんだ。だから、彼女とかは正直、今は考えられない」
これでいいんだ。これが俺の望む青春の形であり、青春を謳歌するための最適解だ。
しばらく俺たちの間には沈黙が続いた。
窓の外からは微かに、運動部の号令やホイッスルの音が聞こえてきている。
やがて、ふぅ……とため息を零し、望海は言った。
「そっか……そういうことになってたんだね、優ちゃん」
「そういう……こと?」
うっかり聞き流しそうになった、妙な違和感。微かに含みのある言い方。
気になった俺が聞き返すと、望海は澄まし顔でとんでもないことを言い出した。
「なんだか優ちゃん……すごい計算高くなっちゃったね」
「…………はい?」
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