第4話

第四話


「先輩、紹介しますね。クラスメイトの久(く)城(じょう)望海(のぞみ)ちゃんです」

「……こんにちは」


 久城ちゃんはペコリとお辞儀する。

 わざとなのか素なのか、その声は抑揚のない落ち着いたものだった。しかも俺をまっすぐ見つめる表情はポーカーフェイスな澄まし顔。あと、泣きぼくろが印象的だった。


「久城……望海ちゃん、か。えっと、初めまして」


 そう挨拶は交わすものの、やっぱり俺がここへ招かれた理由がわからない。

 すると俺の表情から察したのか、未央ちゃんがわけを説明してくれた。


「今の時期からでも、可能だったらマネージャーになりたいんだそうです」

「そうなの? ってか、マネージャー? 女バスの部員としてじゃなくて?」


 久城ちゃんはコクコクと頷いた。


 ちなみに竹高のバスケ部は男女で分かれていない。女子バスケ部の部員がいないからだ。

 なので女子でも男子に混じって入部は可能だが、もしちゃんとしたバスケがしたいのなら部活以外の道――例えばジュニアクラブチームを勧めている。


 ……のだけど、どうやらそういうわけじゃないらしい。


「えっと、それじゃあ志望動機は?」

「……内緒、です」


 この子も内緒かい。一年生の女子に流行ってるの、内緒事?

 でも基本的に来る者拒まずだから、断る理由もないんだよなぁ。


「わかった。とりあえず採用ってことで」

「せ、先輩? そんな簡単に決めちゃっていいんでしょうか?」


 未央ちゃんは呆気にとられていた。珍しい表情を見た気がする。


「まあ別に、マネージャーは何人までって決まりもないからね。そもそも、そんなことを厳しくするような活動内容じゃないでしょ、うちの部」

「はあ……それは確かに」

「それに、いつも献身的にがんばってくれてる未央ちゃんの負担を、少しでも減らしてあげられればな……って思ったんだけど。余計なお世話だった?」

「――へ? あ、いえ、そんな……気を遣わせちゃって……すみません」


 むしろそれはこっちのセリフなんだけどなぁ……と謙虚な未央ちゃんを見て思う。


「そしたら久城ちゃん。入部届は顧問の野口先生に提出しておいてね」

「わか……りました」


 ……ん? 一瞬、言葉に詰まったような……気のせいかな。


「今日はもうあと一時間ぐらいで終わっちゃうし中途半端だから、明日からまた来てくれると助かるよ。マネージャーの仕事とかは未央ちゃんが教えてくれるから」

「未央……ちゃん?」


 そう、久城ちゃんは未央ちゃんを見る。


「はい! 任せてください。明日から改めてよろしくね、久城ちゃん」


 未央ちゃんはそう言うと、久城ちゃんに握手を求めた。少しだけためらった様子を見せてから、久城ちゃんは差し出された手を握る。


 こうしてまた、お遊びバスケ部に女子が加わった。ゆるく楽しむだけの部活も、ずいぶんと華やかになってきたと思う。

 ただまあ、楽しい青春模様としては申し分ない。むしろ、かなりおいしい状況だろう。

 こうなったらもう、とことん楽しむしかないよねっ!


 ……でもひとつだけ、ちょっと気になることがある。


 さっき、俺が未央ちゃんの名前を『ちゃん』付けで呼んだ一瞬、久城ちゃんの視線が鋭くなったような気がするんだけど……。

 でも、基本的な表情は全然変わってなかったし。


 ただの勘違い……だよな? たぶん。




 部活を終えて帰宅した俺は、風呂で汗を流しササッと晩飯を食ったあと、自室のベッドへダイブし今日一日を振り返る。今日も素晴らしく楽しい青春模様だったなぁ。


 別になんらかの大事件が起きたわけでもない。

 みんなから特別扱いされているわけでもない。


 ごく普通にクラスへ馴染み、くだらない話で盛り上がれる友達がいて、授業以外の活動も充実させ、教室以外にも自分の居場所を作り、仲間と時間を共有する。

 ただそれだけの、誰もが当たり前に送っている普通の青春模様が、どれほど尊いことか。


 その尊い青春を、俺は手に入れたんだ。

 高校デビューを決意してからの一年と半年で、ようやく……。



 ……いや、『普通の青春』と呼ぶにはちょっと語弊があるか。

 この青春は、普通より少しグレードが高い。


 明るくフレンドリーな距離感が楽しい遙香。

 ちょっとエッチでからかい上手な月原先輩。

 献身的でがんばる姿のかわいい未央ちゃん。


 そんな三人の美少女と、なんとなくいい感じのふんわりとした距離で関わりを持ち、学校生活を送っている。『普通の青春』よりもかなりおいしい状況だと思う。

 ついつい妄想が捗っちゃうのもやむなしだ。


 例えば遙香の場合。


 誰もいない放課後の教室でダベりながら、友達以上恋人未満な関係だと思っていたのに、告白もないまま互いの気持ちを察して自然と……キスしちゃったり!

 いやー、いいわぁ! このドキドキ感こそ青春だわぁ!


 他にも月原先輩の場合。


 ふたりだけで居残り中の生徒会室、普段のからかいがどんどんエスカレートして、その延長で誘われて……一線越えちゃったり! そんであのおっぱいを存分に堪能して……。

 もはやなんてエロマンガですか! 最高じゃん!


 そして未央ちゃんの場合。


 ふたりきりで部活用具を片付け中、俺専用の手作りのお守りを渡されて、その流れで告られて、でも答えは……君を全国へ連れてくまで待っててほしい、とか言っちゃって!

 これこそ超王道じゃん! 汗と涙と青空が似合いそうだ! まあうちのバスケ部は青空だけじゃなく全国とも無縁だけど!


 いやーしかし、男の妄想力ってヤバいね。底なしだね。いつまでも妄想していられるし。続けていればいつかマジで現実になったりして……でへへへっ!


「うっさいクソ兄貴!」


 いきなり隣の妹の部屋から壁をドンされ、俺は一気に妄想から引き戻されてしまった。


「変な笑い声出さないでよ! 勉強の邪魔!」


 ……マジか。でへへへってそんなにでかい声で出てたのか……。


 妹の美空(みそら)はふたつ年下の中学三年生で、受験を意識し出す頃合いだ。勉強の邪魔をしてしまったのなら、確かに兄ちゃんが圧倒的に悪い。けどクソ兄貴はいただけない。


 とはいえ注意する気はサラサラない――というかなにか言ったところで、口八丁で生意気な妹に勝てる気なんてしないので、壁ノック二回で応えるにとどめる。『了解』という意味だ。たったいま俺が考えた。


 しかしまぁ、せっかく気持ちよかった妄想タイムも白けちゃったな。

 俺はため息を零して天井を見上げる。


 ……でもそういう甘酸っぱい展開は、妄想の域を出ないからこそ安心して楽しめるんだろうなぁ……ってのが正直な気持ちだった。


 仮に月原先輩、遙香、未央ちゃん……この三人とのゆるく幸せな関係が、なんらかの形に進展したとして、そのときはきっと有頂天で楽しいだろう。


 けど誰かひとりと関係が深まれば――他のふたりとはどうなる?

 今までと同じ関係、同様の距離感とはいかないはずだ。


 もちろん、恋愛への興味も、関係を進展させたい気持ちもある。ただ、今の関係を崩してでも色恋沙汰へ発展させるのは、俺の求めた理想の青春とはかけ離れてしまう。


 誰も傷つくことなく、修羅場にも発展しない、ギリギリのラインを保ったゆるい関係。

 それが、高校デビューを決意してたゆまぬ努力の末に手に入れた、俺の理想の青春だ。


 もしかしたら矛盾しているように聞こえるかもしれない。

 あるいは、本当にそれが理想なのかと疑うかもしれない。


 でも、これでいいんだ。下手に事件を起こしたり巻き込まれたり、矢面に立たされるぐらいなら、俺はみんなとのゆるい距離感を維持したままで満足だし幸せだ。


 そんな日々でさえ、中学のころに比べれば充分すぎるぐらいできすぎな高校生活なんだ。


 だからこそ俺は、月原先輩たちとの関係を下手に進展させたくはない。

 このゆるい関係は、絶対、ゆるいままのほうがベストなんだ。

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