第2話

第二話


 ――ふと、俺のポケットの中でスマホが震えた。

 取り出してみると、遙香からラインが届いていた。


【《遙香》すごいって言ってくれてありがとね♪ めっちゃがんばる!】


 という文面と一緒に、かわいらしいスタンプが押されていた。


 チラリと遙香のほうへ目を向けると、遙香はスマホを片手にグループ内で談笑している。

 かと思えば、彼女も俺のほうをチラ見した。ほんの一瞬だけ目が合う。


 ああ、この密かに通じ合っている感じ……なんかムズムズしてくるけど心地いいなあ!


 俺もすぐに【がんばれ!】と遙香へ送り返す。急かしてくる菊地の元へと向かう途中、遙香の「へへっ」という微かな笑い声が聞こえてきた気がした。




 時間は飛んで、放課後。

 クラスメイトのみんながそれぞれ部活へ向かったり帰路につく夕方。


 俺はそのどちらでもない、別の職務を全うしていた。


「それじゃあ、今週の生徒会定例会議を始めます。まずは副会長、今回の議題を」


 張り詰めた空気の漂う生徒会室に、凛とした声が響く。

 耳に入った途端、背筋がピンと伸びるかのような声(こわ)音(ね)だ。


 開始の号令をかけたのは、この県立竹乃宮高校の現生徒会長である月(つき)原(はら)薫(かおる)先輩。


 先輩を一言で言い表すなら、とにかく大人っぽい女性。艶感ばつぐんのロングヘアはどこまでもシンプルな美しさを突き詰め、真剣な眼差しには気品が宿っている。


 月原先輩は生徒会長という役職や立場に並々ならぬ誇りと責任を持っている人で、敏腕という言葉だけじゃ表現できないぐらい仕事ができる。


 だから定例会議も秒で終わる……はさすがに盛りすぎだけど、とにかくテキパキすませるから、集会そのものになんらストレスを感じることはない。

 今日も今日とて、議題に対する結論が早い早い。


「美術部が部費を上げてほし」

「二割引き上げで。部長の高橋さんの絵、入賞したんだよね? なら、さらにがんばってもらわなくっちゃ」

「図書委員によると、利用者アンケートに『マンガを増やしてほしい』という要望」

「厳しいかもしれないけど却下ね。学校の図書室は調べ物や勉強のために使うのであって、マンガ喫茶ではないもの」

「学食の追加メニュー案にスフレパンケ」

「プロをお招きできないか、別途、企画会議をしましょう。もちろん、私は大賛成よ」


 ……とまあ、月原先輩にかかれば会議なんてこんなもんだ。即時即決即座即答。

 しかも先輩の決定は異を唱える隙がないほど的確で、出席している俺たちも、ぶっちゃけただイスに座っているだけだ。


 でも時間の無駄とは思わない。なんせ、月原先輩みたいにきれいな女性の活躍を間近で拝めて、同じ空気を吸えるんだ。それだけで充分、ここにいる価値はある。


 むしろ俺たち平役員の本番は、会議のあとの議事録まとめだったり、先生らに提出する書類作成といった雑務だ。

 ――んで、俺個人としては、他の意味でも会議のあとが本番だったりする。


「小野っち小野っち。こっち向いて?」


 右肩を叩かれつつ、左側から月原先輩の甘い声が聞こえてくる。

 よくあるイタズラだ。どっちを振り向いても人差し指が頬にぶっささるやつ。


「むー、そうやって先輩を無視するのはよくないぞ? ほらほら小野っち~♪」


 無視していたつもりなんてなかった。右と左、どちらに振り向くべきか考えていただけ。

 けどこれ以上黙考していると、さらに酷い仕打ちを受けそうなので――


「なんすか、月原先ぱ――あだっ!」


 俺は見上げる作戦に打って出た……のだけど、それすら先輩には読まれていたらしい。

 なにやら硬いものが俺のつむじにクリティカルヒット。地味に痛い……。


「あはは! 深読みしすぎだよ小野っち。普通に横向けば指が刺さるだけですんだのに」

「……いてて……。ってかどっちにしろ刺さるんじゃないですか」


 俺はジンジンと痛む頭をさすりながら、そばでイタズラの成功を喜んでいる月原先輩に文句を言う。その手にはボールペンが握られていた。


「そりゃそうだよ。なんにも起こらないなんて一番つまらないもん。イタズラはその人の四方八方を塞ぐようにしかけないとねっ♪」

「人それを罠という……。マジでタチ悪いっすよ」

「ふふっ、ありがと。私的には最高の褒め言葉だよ」


 月原先輩は本気で嬉しそうだ。


 会議のあとが本番。その理由は、こうして月原先輩が素をさらけ出すからだ。

 会議中は誰よりもマジメで、的確に、敏腕に職務をこなすやり手の生徒会長。

 けどそれが終われば、このようにイタズラ好きな素の女子高生へ戻る。


 職務に対して真剣な月原先輩はかっこよくて魅力的だけど、もはや別人のような素の月原先輩も、かわいらしくて魅力的だと俺は思っていた。


「にしても、小野っちはほんといい反応するよねぇ。もしかして、私にからかわれて楽しいの? ねえねえ楽しいの?」

「ご想像にお任せしますよ」

「そっか。じゃあもう楽しくて楽しくて、夜も眠れないほどドキドキ興奮しちゃって、毎日寝不足気味……ってことにしておくね」


「そこまでは言ってないでしょう!」


「それで、毎晩私が夢に現れて、口にはできないあんなことやこんなことを……」

「してませんよ! なにを想像してるんですか」

「んん? 小野っちこそなにを想像してたのかなぁ? あんなことやこんなこと、としか言ってないんだけどなぁ?」

「え? ……あ、いや……別に変な意味じゃ」


 くっ……また主導権を握られた。ってかそもそも、こんな見え透いた定番のからかいに乗っかってしまう、自分の未熟さが恨めしい。


 先輩は俺の隣に座って、わざとらしく身を寄せてきている。香水なのかシャンプーなのかわからないけど、甘い香りが鼻腔をくすぐった。

 しかもこの人、着痩せしてるけど実はすんごいものを隠し持っていて、すり寄られると腕に当たるんだ。柔らかい、全男子にとっての桃源郷そのものが……。


「……ねえ。今なに想像してるか、当ててあげよっか?」


 月原先輩は、俺のそばで囁くように言った。自慢の胸を押し当てながら。


「い、いいですよ? 絶対外れてますから」

「ほー、強気だね」


 月原先輩はクスクスと笑う。微かな振動が、触れている胸越しに腕へ伝わる。


「でもその強気さ……今つけていないんだ、って言ったらどうなるかな?」


 …………えっ!?

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