血闘の技

「ふぅー……久しぶりじゃな、展開するのは。おかげで腕だけのはずが全身展開してもうた」


 唖然、目の前の変化に誰も声を上げることが出来ず、のんびりとしているのは構えを崩さず全身を視線だけで確認しているベロニカだけだ。


 その格好も先程までとは大きく違い、両腕を覆う細身ながら無骨さを残すガントレット。


 中心の盛り上がったブレストプレートを模した胸部を覆うパーツ、肩には竜の印象を与える装飾が施された装甲が一体化した頑強な鎧。


 腰から足にかけて一体化され、どこか機械じみた感覚を覚える脚部鎧。

 

 そして背中を露出させ肩甲骨付近を覆う今も真紅の霧を翼のように吹き出し続けている背嚢のようなパーツ。


 加えて口元が露出したまるで御伽噺の竜騎士のような勇猛な兜。

 それは全身を真紅で包み、力溢れる勇士の姿であった。


「そ、その姿は……」


「これか。これは────」


 ベロニカが答えようとした、それと同時に細く息を吸う音が聞こえた。


 直後、爆発的な破砕音!


「フンッ───妾が一族に伝わる秘技、血闘の技、その一つじゃ」


 ガラガラと崩れる石壁。

 彼女の拳を中心として崩れきった白煙を前に彼女はそう言った。


「旦那様、道は開けた。急ぐぞ」


 彼女は白煙の奥に跳び、俺達もその後を追う。

 白煙を抜ければすぐに森が目の前に出てくるがそこで安心はできなかった。


「お兄ちゃん、右!」


 右?

 マナが叫んだ方を見ると木の影に何かが動いている。マナと一緒に緋音を先行させ、殿のメノと俺が入れ替わる。


 ニュクス&パンドラを抜いてその木の方へ向ける。

 ジリジリとベロニカたちが向かった方へ後退しながら照準はズラさず二つの銃口で捉え続けた。


 あと一メール下がったらダッシュで離脱しようと考えた時だった。

 突如木の影から何かが飛び出した!


 上に行ったのは見えた。

 でもどこに……


 ガサリ


 そこか!

 俺は真上から鳴った葉擦れの音に銃口を向け一気に引き金を引いた。


 ズドンズドン!


 森の中に銃声が二回。

 その場で警戒を絶やさず少し待つと頭上が騒がしくなる。すぐに後ろへ下がるとガサガサと音を立てて1メール大の黒い物体が落下してきた。

 思わず身構えるも、ピクリとも動かない様子に既に絶命していると判断する。


「これは……脚が一、二……八本か。つまりこれが二人が言っていた貴族蜘蛛の幼体ってやつか」


 表面が黒光りしていてまるで台所の黒い悪魔みたいだ。

 黒光りしている甲殻に付けられた弾創は頭部と胸部にそれぞれ一つずつ。胸部の方からダラダラと緑色の体液が流れ出しているから急所に当たったようだ。

 頭部の方は当たってはいるが八つある目のうち三つを破壊した程度で致命傷にはなっていない様子。

 確実に倒すなら胸部を狙うのが正解か。


 死体を観察しながら考察を続ける。

 と、少し気になったので腹部、つまり蜘蛛の胴体で一番膨らんでいる部分に数発弾を撃ち込んでみる。

 無駄弾ではなくちゃんとした実験だ。

 手持ちの銃で最も狙いやすい腹部は破壊できるのか、というもの。


 結果はあまり期待できそうにはなかった。

 弾が当たった時は弾かれるなどということは無かったのだが貫通はしていなかったのだ。体内に残っていることになるが、相手は蜘蛛。ダメージとしては役に立たないだろう。

 つまり手早く、かつ確実に殺すなら胸部か。それか可能なら接合部の切断になるな。


「今回はともかく戦闘になったら厄介そうだな」


 手元にガトリングがあればまた変わってくるだろうけどそんなもの作れていない。でもどうにかして対抗策を考えなければ。


 ただ……今やるべきは先行している彼女たちとの合流だ。先を急ご───


 バキバキバキ


「へ?」


 俺はに反応出来なかった。

 見えていたはずなのだ。なのに、何も出来なかった。



 周囲の景色が高速に流れていく。


 前へ前へ。自分が後退している時のように景色が流れている。


 お腹の辺りがやけに熱い。火に近づいた訳でもないのに。


 それになんだろう、やけに意識にモヤがかかる。


 あれ、ここは……


「グハッ!!」


 背中に何かが猛烈な速度でぶつかった。


 その衝撃で行き場を失った肺の中身が全て吐き出される。


 ズルズルと力が抜けて倒れ込む。ひんやりとした土が気持ちいい。


 お腹は相変わらず熱い。


 しかし先の衝撃で一瞬だけ頭のモヤが晴れた。

 どうやら俺は何かに吹き飛ばされていたようだ。

 そして目の前には……


「グオオオオオッ!!」


 灰色の甲殻を纏うライオンとゴリラを足して割らずに累乗したナニカが俺に向けて拳を振り上げている。


 ったく、どういうわけだ。かなりの距離吹き飛んだってのになんで目の前に居るんだよ。

 しかもそれが俺を殺しに来てるだと?どこのファンタジーだよ。


 ははっ、こんなこと考えられるのも走馬灯に含まれるのかね。

 今までの記憶は流れないけどやけに思考が速い。目の前の拳もやけに遅い。まるで止まっているみたいだ。

 全く、一撃で殺せるんだから殺すなら早くやって欲しいものだ。嬲り殺しってのは時代に合わないぞ。


 ……にしても動かないな。なんでだ?


「おいおい……殺るなら早く……やってくれ。なんで動かねえんだ」


 朦朧とし始めた意識の中思わずボヤく。

 しかし背後から思わぬ声が聞こえたのだ。


「それはな。妾がここに居るからじゃ」


 この数日で聞きなれた声。

 しかし、聞こえた声は冷徹で冷酷で、何もかもを斬り落とす鋭すぎる刃のようで全てを飲み込む業火の如く怒りに燃えていた。


「そこの獣。妾の旦那様に何をしておる?」


 目の前にスタッと降り立つ真紅の鎧。

 ついさっきマナたちと一緒に行ったはずのベロニカのものだ。何故ここに?


「旦那様が来るのがやけに遅いから戻ろうとしたらまさか真横を吹き飛ばされて行くとは思わぬわ。追ってみれば旦那様はこんなところで血塗れになっておるしそこの獣は拳を振り上げておる」


 なるほどねえ。景色が流れてたのは吹き飛ばされていたからなのか。お腹の熱さもつまり何かがぶつかって骨とか折れたんだろうなあ。


「故に妾は恨みこそないが……獣よ。お主をここで殺させてもらう」


 彼女が灰色の獣にそう言い放つと彼女の鎧が変化を始める。

 ドロリと溶けるように形が崩れ、腕と足に集中する。

 ガントレットやブーツのようにも見えるが明確な形はなく、あえて言うなら布を腕や足にグルグル巻きにした状態と言うのが一番イメージしやすいだろう。

 分厚く、腕の変化は彼女自身の腕よりも三倍ほど太くなっていて、足も膝下が同様の状態だ。

 背中から吹き出す霧も抑えられ、腕や


「旦那様はそこで待っておれ。すぐに終わらせよう」


 そう言って彼女は地面を陥没させ次の瞬間には獣の左頬に拳を叩き込んでいた。


 ドガンッ!!


「やはりこちらの方が妾の性に合っておる」


 ドガンボガンと殴り続ける音のみが聞こえ、目には僅かな赤い光跡しか映らない。彼女による地面の変化が無い辺りどういう方法か、宙を蹴っているようだ。


 弾くように殴りつけられていて、頭部が右へ左へ、上へ下へ殴打の音と共に動かされている。

 十メールはある巨体がベロニカ一人に遊ばれていて、先程の自分が惨めに思えてくるがそのような余裕はない。


 ズリズリと仰向けで起き上がって身体を引きずりながら戦闘の範囲から逃れようと動く。

 木の影に身を隠してこちらを狙われないようにしながら進むも腹を庇いながらだと上手く進めない。

 匍匐前進しようにも足が上手く動かないことと腹を擦らなきゃいけないことで激痛が走りそもそも動けない。


「クソっ、油断した……」


 あの時木が倒される音の後に何か太い鞭のような物が迫っているのは見えていたのだ。なのに避けられなかった。それなりに余裕もあったはずなのに。

 だが悔やんでも仕方ない。今は何とかして離れ、ベロニカの負担を減らすことだけが今の俺に出来ることなのだから。






「ふむ、旦那様は何とか逃れたか……」


 別にあの場にいても妾は何も困らぬのじゃが……

 だがこれも旦那様の想い故、大方妾の負担を減らそうといった具合か。

 嬉しいが少しばかり寂しいの。

 さっさとこやつを終わらせ褒めてもらうか。


 目の前で様子を伺っている灰色の獣に改めて向き合い拳を握る。

 

 こやつ、先程からそれなりの数の拳を叩き込んでいるはずだが一向に弱らぬ。

 こやつ自身の甲殻の硬さもあってかマトモに打撃として入れられたのは最初の一撃含め数度。


 おかげで傷らしい傷が付いていない状態。

 これは……なかなかの強敵じゃな。


 獣が素早く拳を握りこちらへ向け振り下ろす。

 それを後方の宙返りで躱し、着地と同時に地面を蹴り肉薄、左手での軽い打撃で注意を逸らし、本命の右脚を奴の眼に向け叩き込む!


 ぐしゃりと何かを潰す確かな感覚が伝わってくる。

 こやつは先程から学んでおる。時間は掛かったが妾も何とか気づくことが出来た。

 四方八方からの打撃に対応し、傷らしい傷が付いていないのもそれが理由。

 しかし、今までに無い打撃ならほぼ確実に入れられる。


 これがこやつの攻略法と成るかは分からぬが……


「グゴオオオオオッ!!」


 獣は両腕で胸を叩き大きな音を出してこちらを威嚇してくる。

 目から血がダラダラと流れているからそれは怒りか、それとも敵と認めたか。


 拳が交錯し打撃と打撃の戦いは続く。

 

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