刀と剣

「はぁはぁ、これで十二回目……アカネ、これはなんなの……?」

「まだまだ足りない……時間も……タイミングが遅すぎた……?」


 彼女の剣は鋭い。なのに変化が遅すぎる。

 ボクはその事実を嫌な気分で認め始めていた。 


  

 本来、剣というのはほんの十数合いで変化するものでは無い。人が扱うものはそんな短時間で変化するはずがないのだ。しかし彼女の場合は違った。だからこそ強行したのだ。


「考えても仕方ない。もう一度やるよ」

「そろそろ休憩させて欲しいけどだめ?」

「ダメ」


 即座に否定する。

 ただ、チラリと彼女の方を見ると土埃に塗れ、座り込み剣を杖のようにして何とか起きている状態。あれから何度か繰り返してわざと打ち合いに持ち込んだことも数度。特に三度目の打ち合いは速攻に持ち込んで打ち合った。


「しかしアカネよ。何をするつもりかは知らぬが、お主、マナに相当無理をさせておる。少し休ませねば壊れるぞ。走るなどとは違うのじゃ」


 明らかに心配した声音でここまでの打ち合いに苦言を呈する。


「わかってる。でも今は強行しないと。でないと……」


 切った言葉に被せるようにベロニカが「でないと?」と言う。続けられる言葉はマナを含めた皆を驚かせるものだった。


「でないと、マナ。貴女は死ぬよ」

『っ!?』


 その驚きの中、マナがおずおずと手を挙げた。


「アカネ……それ、どういうこと?」


 ボクはそれに「簡単な事」と返す。


「貴女の剣は未熟が過ぎる。正確に言えば貴女が持つ剣の実力に対して身体が未熟過ぎる」

「えっと……どういう事?」

「剣の実力と身体が動かせる限界値の間に乖離がある。多分貴女は自身は気付いてないけど無意識下でボクの剣にどう対応すればいいか理解を始めている。でもそれに身体がついていかない。頭で理解はしていても身体が追いつかない、と言えばわかる?」


 身振り手振りで何とか伝えようとするも難しい。

 マナは少し悩んだ後、頷いた。それを肯定と捉え、ボクは続ける。


「だからボクはそれを無理やり埋めようとした。最初は全く別の理由だったけどね」

「そうなの?」

「ええ。貴女の中にある才能を見た。それをどうにかして表に出そうとした。でも先に説明した問題が出てきた。それに気づいたのはだいたい六合目かな。十二回全部ボクの剣の軌道が違うのは既に気づいてると思う。それが六合目からはそれをかなりわかりやすくした。その理由、わかる?」


 マナは先の戦闘を思い出して答えを探っているのが少しの間黙り込む。少々頭を悩ませたみたいで、答えが出るのに数分掛かる。

 

「身体に覚えさせるため?」


 その答えにボクは思わず笑みがこぼれる。

 

「正解。身体がまだ実力に追いついてないのなら限定的にでも追いつかせればいい……その中でもボクがやったのは特定の方向からの攻撃に対する対処を覚えさせること」

「そんなことが出来るの?」

「出来るよ。まあ出来たとしてもマナくらいだろうけどね。気づいてないだろうけどマナの剣の才能はボクを凌駕する。具体的には一度見た剣などの攻撃はある程度対処される。軌道が見えると言っていたけど本来それも異常なこと。全く、一度攻撃すればその度に成長されるなんて嬉しいけどなんとも言えないね」


 本当に、全くその通りだ。


 天才はいる。悔しいが、ね。



 ボクの話を聞いて剣の素振りをする彼女を見てボクはそう思う。

 ただ、こうも思う。

 

 何かが足りない、と。


 それが技量か、身体能力か、経験か、あるいは武器か。果てはそのどれでもない何かか。それはわからない。だが何かが足りないとボクは直感で感じ取っていた。でもそれを埋めるものは近くにあるのではないかとも思える。


 だからボクは一旦彼女たちから離れた。土埃に塗れながらも剣を振り高みを目指さんとするその姿。今もベロニカに剣を見てもらっている。それを邪魔はしたくなかったから。


 マナ、貴女は────




 チリッ………


「っ!?マナっ!!」


 突如首筋が鋭くやけ焦げるような感覚。幻覚かはわからない、でも……!

 ボクは虹月家秘伝の技でありこのマナの鍛錬でもわかりやすくは使わなかった〈瞬歩〉を一切隠すことなく使い、およそ十メートルの距離を翔ける。


 一歩、ふわりと浮いたような感覚と共に空を


 そのまま飛び込んで大きく回転しながらマナを突き飛ばし直後着地、地面を滑りながら構えを取る。彼女からはいきなり突き飛ばされた事への驚きの目が向けられるが謝る程の余裕が無い。


 鋭く息を吐き、一拍にも満たない一瞬の空白で間合いのみを確認した。

 そしてソレが何なのか確認もせず我武者羅に加速し、必中の居合を叩き込む!



 明らかに先の模擬戦で放たれた居合よりも速く、鋭いその刃は容赦なくソレを真っ二つに斬り飛ばした!




 ズザアァァァ……


 革製のサンダルが地面を擦る音と共に右上方に剣を振り切った姿勢で停止したアカネはゆっくりと動き、細く息を吐きながら一度刃を鋭く振り、そのまま腰の鞘に滑らせ納める。鯉口の立てたチンと鳴る音がどこか小気味よく、次の瞬間には大きな拍手が湧き上がった!


 そう、ここはギルドの訓練場。当然、暇してるハンターなどが集まっており、さらに先程まで行われていたマナとアカネの訓練の様子が少しだけ有名になりそれを聞き付けたハンターがさらに集まっていたのだ。その数数十名。その人数の目の前であの技量を披露したのだ拍手が起こるのも当然である。


「アカネ……凄い」

「先のあれもそうじゃがまだまだ実力を隠しておったか」

「いてて……突き飛ばしたことには色々言いたいけど、アカネ。ありがとうね。さて……」


 皆が口々に礼を言う中、自然と皆の視線は斬り飛ばされたソレに移る。


 真っ二つの状態で謎の液体を流しながら転がる謎の物体。油に塗れたような黒っぽく、流れる緑色の液体は粘ついていて酸っぱい変な臭いもしている。転がっているそれは細い何かが飛び出していてまるで脚のよう。しかも……


「まだ、動いてる。これが魔物……だよね、マナ?」

「多分。二つに分かれてるけど、多分元は蜘蛛だよね。大きさが一メールはあるけど」

 

 ピクピクと震えるように動く細い脚。よく見れば頭部も見える。片側に目が四つ。大きさは全く違うが確かに蜘蛛のようだ。


「こりゃあ貴族蜘蛛の幼体だな……なんでこんなところに……」


「知ってるの?」


 近づいてそれを眺める若いハンターの呟きにマナが反応した。どうやらこれが何か知っているらしい。


「ああ。この大陸の奥地に貴族蜘蛛っていう魔物が居てな。そいつは親であり群れを統率する女王でもあるんだ。今あんたが倒したそれはそいつの子分。馬鹿みたいに大量にいる子分の一体だな」

「そんな魔物が何故ここに?」

「わからん。森の奥地に縄張りを持つが、あれはそうそう外には出てこないはずなんだ。俺も見たことがあるだけだが奴らは罠とかを使う待ちの戦法を得意としている。何があっても子分だけでこんなところに来るはずが……」


 その時だ。


 カンカンカンカンッ!!


 いきなり響き渡った短く、大きなその音は聞こえた者全員を引きつけるような焦りを感じさせるものだった。


 さらにその直後、魔法で大きく増幅された人の声が先の鐘の音を超える音量で全員の耳を貫いた。


『き、緊急!!魔物が三体接近中!進行方向は大陸南部!この街はその進行予測のど真ん中です!は、早く避難……を……あれは、まさか……』


 声が途切れる。最後の辺り、何か呆然とするような声音になっていた。恐らくだが、その三体の魔物とやらが見えたのだろう。となるとここも安全では無い。

 真剣な表情のベロニカが慣れたように指示を出す。


「アカネよ。妾は一度カルナと共に宿へ戻り武具を取ってくる。お主らは旦那様たちと合流せよ。この状況では離れると危険じゃ。合流したら妾たちを待たず森の中へ。あちらはシャリアがおるゆえ問題ない。妾たちも後を追う。なに、この森は妾の故郷。勝手はよく知っておる。行け、間に合わなくなるぞ!」

「わかった。ベロニカ、気をつけて。マナ、行くよ!」

「うん!」


 身軽な動きで訓練場から走り去る二人。その背中を見送ったベロニカは傍らのカルナに声をかける。


「では、妾たちも」


 ベロニカの言葉に頷くカルナ。彼女も元は、いや今も感覚で獲物を探す狩人の一人。何かを感じ取っているような険しい表情であった。




 同刻。宿の中で茶会を楽しんでいたヤマトたちにも先の情報は入っていた。

 拡声による情報発信の他にも、耳のいいシャリアが何か蠢くような音を聞き取ったのだ。


「三体の魔物に他に何かが動く音……ここまで大騒ぎするやつだ。余程ヤバいし、マトモじゃないやつだろうな」

「ええ。一先ず出かけてるマナたちとの合流を急いだ方がいいわね」

「ああ。なら……そうだな」


 俺は即座にこの街からの脱出を決めた。同時に脱出路の確保とマナたちとの合流、それを同時に遂行するために二つにメンバーを分けることに決定した。


「よし、とりあえず二つに班を分ける。ルル、シャリア、エルは脱出路の確保を。俺とメノで合流を図る。みんな、頼む」


『了解!』


 威勢のいい反応にこちらも笑顔になりながら急いで片付けと武装を整える。

 三分と経たないうちに俺たちは全員外に出ていた。




 外に出て辺りを見渡すと街の住人も行商人もハンターも混ざり混ざって街の入口の方へ向かっていた。すぐに三人とは分かれ、メノと二人、どこを探すか悩む。

 しかし様子を見て舌打ちをしてしまう。この状況じゃあ人探しなんて出来るものじゃ……


「お兄ちゃん!」

「先輩!」

「おっ!?」

 

 不意に背後から声をかけられる。

 声の主は宿の影、路地裏から顔を出していた。マナと緋音。二人が無事なことに安堵の息をもらすが、残りの二人が居ないことに気づく。


「お兄ちゃん安心して。ベロニカたちはあとから来るって。もしかしたらすぐに合流出来るかもしれないけど」


 冷静なマナの言葉に安心するのも束の間。遠く、具体的には入口とは反対側で爆音にも等しい巨大な何かの咆哮が全員の動きを縛り付けたのだった。





────グゴオオオオオオォォォォッ!!!!




 草木に紛れ、それらは動く。

 ただただ何かを見据えて。何かに見据えられて。それは逃げか挑発か。目の前にあるそれは所詮食事。蠢く物も虫同然。傲慢だろうと気にはせぬ。全ては自然の摂理で自然のままに。たとえそれで目の前のそれが全て崩れ、死のうとも。


 獣は進むのだ。ただ感覚のままに。

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