虹月の技
「かっ……はっ……」
何が、何が起きた?
確実に取れる距離だった。
確実に取れる速度だった。
確実に取れる剣だった。
なのに、何が。一体何が……っ!?
薄れゆく景色の中、すぐそこにはこちらへ背を向ける彼女の姿があり、それは……
「ふぅー、ボクもまだまだやれるね」
ボクは刀をしっかりと収めた状態で振り返る。そのまま刀を背に回しながらなんかプルプルしているベロニカたちの元に行くと、いきなり肩を掴まれた。
「アカネ、あれは何じゃ。凡そ予想はついておるが、あれはどれほど練り上げられたものじゃ!」
「……へぇ」
ボクは目を細め、改めて彼女の質問の意図を読む。
少なくとも彼女たちの前ではボクの全てを見せていない。しかし先輩曰くベロニカは生粋の武人。ほんの一端からでもその全貌は見えずとも推し量る程度は出来たのだろう。そう結論付け、ある程度真実と嘘を混じえて話すことにした。
「ベロニカにはわかるんだ。ボクの家の技」
「家の技というと、一族のみで伝承されておると?」
「そ、ボクの家だけの門外不出。でもさっきのあれは外にも出してる数少ない技。そうしないと他所の人に怪しまれちゃうからね。」
ボクの家、虹月家は地球でも剣術道場を営んでいた。元々広い土地を持っていて道場もあるのに何かしないのは勿体ないという御先祖様の意向と、時代の変化に対応するためのもの。廃刀令の後くらいからと聞いている。それに加えて現代特有の周囲の目とか。欺くべきものが多いんだよね。だから道場。個人経営で道場があって、そこで武術を教えているのはなんもおかしなことでは無いから。
「門外不出、か。くくっ、確かにあの技、そこいらの者には習得できん。アカネ、その技、どれだけ練られた?」
「ボクも正確な値まではわからないよ。でも、少なくとも創始から1500年は経ってるって聞いた」
「せんご……っ!?」
1500年、これは日本の歴史区分では飛鳥時代辺りになる。日本の皇室はそれよりも長く続いているとされるが、それをこの世界に当てはめた場合、まず異常である。一族単位であればそれだけの時間子孫を繋ぎ続けること自体は可能だろう。だがその中で技術や口伝と言った情報を継承し続けることは不可能に近い。
それを理解しているベロニカはますますアカネのことがわからなくなった。なぜ、と。
「お主、それが何を意味するかわかっておるのか。技を途絶えさせるつもりか」
「途絶えないよ。ボクの他にも同じ技を修めてる人は何人もいる。それに虹月の技はいくつもあり、既にいくつも絶えている。だから仮に絶えたとしてもそれは時代の流れ、諸行無常とも儚いものとも、人が起こし成したものは自然にはただ流されるだけだから。」
「……そうか」
ベロニカは何か言いたげだったが、どこか納得したように今もうつ伏せで倒れるマナの元へ向かう。今はカルナが見ているが、あのままというのも悪いと思ったからだろう。
おもむろに背の刀の柄に触れ、改めてその感触を確かめる。柄を握る度に硬質で、どこか木刀のような感触を返す。
曰く、石炭から炭素を取り込み己が武器とする魔物というこの世界特有の生物から作られた刀。先輩は何か気づいていたみたいだけど、これが本当にそれを実現した物なのか。だとすればこれは相当の頑丈さを持つ。自然界でカーボン系の物質が合成されるのかはわからない。だが出来ても不思議では無いのだろう。
やけにずしりと重みを肩に感じながらボクは介抱されるマナの元に向かう。
カルナに上半身を起こされて支えられるマナはどこか苦しそうに見える。そこまで強くやったわけじゃ無いんだけど……当たりどころが悪かったのかな。
少し心配しながら恐る恐る、大丈夫と声をかける。
しかし、返ってきた言葉は僕の予想していたどれでもない。
「アカネ……コホッ、あれは何?」
「あれって……さっきの?」
「そう。普通じゃない。そもそも当たってもいない。いいえ、当てていないね?」
「……当たり。よくわかったね」
「体験したからね。コホッ、首筋を何かが通った感覚はあったよ。剣がどう動いたかも今はわかる。二度、剣が前を通ったことも」
そう、そこまで理解してるんだね。
いくら本気でないとはいえ初見の技、それも先輩から聞く限りこの世界にはほとんど見られない動き方。そんなものを一度で動きを理解する。それがどんなに凄まじいことかをボクは知っている。
知っているからこそ……笑う。
「ふふ……あはははは!あーはっはっはっはっ!」
「ア、アカネ?」
片手で顔を覆い魔王の如く笑う声は広場中に突如響き渡る!
あえて例えるならば愉悦、それ以外あるまい!
口元は空に浮かぶ三日月のように裂け、その様はもはや人間では無い!
誰もが引いた様子で笑う……いや呵い続ける彼女を見る。いわば呵呵大笑。しかし、彼女にとってそんな事は些末なもの。大事なのは目の前のただ一つ。
そしてそんな彼女はこう考えていた。
こんなところにあるなんて!
たとえそれはボクでなくとも武術を修めさらに高みを目指さんと望むものならば誰もが願うであろうその才能!
ボクも人間であり、剣士。中途半端なものならば嫉妬するかもしれない。でも彼女のものは違う、本物の才能!
一挙手一投足が全て成長に繋がり、剣の一振、傷の一つさえも身体が覚え最適化し頭脳だけでなく細胞全てが剣に特化されていく。
磨けば光る原石どころではない。磨かれずとも光を放ち、今はただ土に埋もれているだけの黄金にも等しい!
初めて見る剣でどこを剣が通り動きさえもある程度理解する?素人の剣ならいざ知らず、あれはボクの剣だ。そう易々と見切らせるものでは無い。それでも彼女は見切れずとも動きは見えた。
こんなもの、見る者が見れば我先にと奪いに来る。ならば……
「マナ」
やることは一つだ。
「一合い、お願いしたい」
きっと、彼女のためになる。
改めて向き合うボクたち。
変わらず寸止めだけど、今度はマナには主導権を渡さない。ボクから仕掛ける。だから刀は最初から抜いているし、構えも正眼。
彼女の剣は速度重視の二刀流。利き手が右みたいだからやはり左の剣は守りが主体なのはさっき見た。だから……
「疾っ!」
一歩踏み出す。
「なっ!」
驚きの声が目の前に見え一歩で前進、二歩で肉薄。
「はあっ!」
三歩で踏みしめ、上に構え。
「くっ!」
四拍で一気に振り下ろす!
驚きの声を上げるマナとただただ剣を振ったボク。ボクの動きに対応が遅れ、咄嗟に迎撃せんと左の剣をはね上げたマナ。どちらの剣がより必殺に近いかは一目瞭然。
一陣の風のように一気に懐に入ったボクの剣は当然マナの間合いでもある。しかし踏み込んだ速度の差でボクが速く、振り下ろした剣は彼女の肩での直前で止まる。
迎撃の剣などかすりすらせず、圧倒的な速度差と鋭さで肩口へと叩き込まれたその刃は細くも強靭な腕と技で抑え込まれほんの数ミール手前で静止していた。
「あっ……ああ……」
「どう……って無理そうだね」
剣を収め彼女に声をかけるも放心状態で動かない。汗がダラダラと流れ出ていて少し不味そう。
「ごめん、やり過ぎた。カルナ、水持ってきて」
「うん、待ってて」
マナは唇が震えて意思疎通が出来ない。ベロニカもどうにかしようとしてるけど、何かあっても困るからあまり対処出来ていない。だからボクはこうする。カルナが持ってきた水の袋をそのまま……
バシャンッ!
「なっ、アカネ!?」
「マナ、続けるよ。ほら、立って」
「う……、うん」
ベロニカの驚き顔を横目にびしょ濡れになったが何とか意識は普通に戻ったらしいマナ。頷いてこちらを見てくる。その目には僅かな怯えが見て取れるが、見ない。手を引き、立ち上がらせて先の立ち位置にもう一度戻る。
先の事について何か思うところもあるようだが、彼女も剣士。こちらが構えると彼女もまた剣を構える。今度は交差させて受け止める構えだ。先の刃、どんな軌道かはわかったらしい。ならば……
「受けとめなどさせない」
膝を落とし一気に沈み込む。
その様をマナは驚きと不信感が混ざった目で見るも、僅かに警戒を強め腰を落として重心
を───
「疾っ!」
ガキィンッ!!
交差させた剣の盾は地面より駆け上がってきた神速の刃に呆気なく崩され、主たる少女も衝撃により後方へ押し出される。
少々姿勢を崩し、たたらを踏みながらも何とか剣を構え直した時には既に目の前の少女の持つ刃が自身の左胸に添えられていたのだ。
「ボクの勝ち。次やるよ」
「ちょっ、ちょっとアカネ!!」
「何」
「これはなんなの!?私をどうしたいの!?」
どうするか、ね。まあ理解してなくても仕方ない。ボクがいきなり始めたことだ。何も説明していない。でも彼女の「身体」は理解し始めている。身体は正直とはよく言ったものだけど、これに関しては真実だろう。頭よりも身体に覚えさせた方が効率的なのだから。
「時間が無い。早く構えて」
今度は上段で構え、マナにも構えるよう促す。ピタリと彼女の正中線を狙い、ジリジリと詰め寄るボクを見て彼女も剣を構える。
「行くよ」
「っ!」
その瞬間、双方の目の前から双方が消えたのだった。
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