墓標

「お父さん、お母さん、みんな。私、帰ってきました。信頼出来るみんなと一緒に。私、あの日から全然進めてなかったんです。それでようやく見つけて、でも一人で付けられた傷は小さくて。あの時死ぬとも思いました。でも、助けてくれたんです。仲間だからって。それがきっかけです。私はみんなを信頼できたのは。それまで一人で居ました。ずっと。馬車で会って旅をして、龍を倒して。二人はそこで別れるつもりだったみたいですけど、私が無理言ったんです。でもそのおかげで今こうしてみんなといられる。後悔はしてません。もう悲しくもありません。だから……これからも見守っててください」





 村跡地の中心にルルの魔法で作り出した石柱。その前でシャリアが座り込んで何かを話している。何を話しているのか内容は聞こえない。だが、石柱には『白狼族ここに眠る。安らかに』と彫られている。彫ったのはエルだが意外な特技だ。本当ならもっと長文を刻みたかったが、シャリアが断ったのと時間の関係だ。

 そうだ、結局シャリアは龍の頭部を踏みつけた。さすがに骨の状態でだが、村の中央に置いてその上からシャリアが思い切り踏みつけた。悪役じみた高笑いは無かったがどこか達成感のある顔で右腕を天に掲げるラ○ウポーズで悔いのなさそうな雰囲気を醸し出していた。


「行きましょう。言いたいこと言えましたから」

「もういいのか」

「はい。お父さんもお母さんも笑ってくれました。ずっと心配してくれていたみたいです。でもそれもやっと終わって……みんなのところに行けるって」

「……そうか。なら、これからも頑張らないとな」

「はい!」


 こちらへ戻ってきた彼女と少し言葉を交わしてから荷造りをしている皆の所へ戻る。


「あら、もういいの?まだ陽は登るだろうし……」

「大丈夫です。むしろこれ以上居ると、離れる時寂しくなってしまいそうで」

「そう……わかったわ。荷物の準備は終わってるから、すぐに出発出来る。でもここからどうするの?」

「そういえば決めていませんね」


「ならば、ここからマナートへ行くのはどうじゃ?」

「良いですね。あそこは栄えてますし、悪くなさそうです」

「シャリアお姉ちゃん何それ?」

「私たちが降りた港とは別の港から伸びる街です。ここからなら戻るよりも近いかもしれません」


 マナートか。ギルドで資料見てた時に見かけた気がするな。うん、そこ行ってみよう。別に期限がある旅じゃないし。


「ねえ先輩」

「ん?」

「先輩はどうして戦えるの?あれ、人だったよ」


 マナートを目指し出発して数時間。最後尾を進む俺の所に緋音が近づいてきたのだ。

 質問は至極真っ当なもの。特に日本人ならば。だからこそ俺は日本人として答えよう。


「なあ緋音、緋音はこの世界をどう思う?」

「どう思うって……不思議だよ。魔法もあるし、銃もあるし。そもそも先輩は戦ってるし。地球じゃないのは分かってるけど……あんな簡単に人を殺すなんて」

「この前も言ったが……あれは善人か悪人か?」

「それなら、悪人」

「なら殺してよしだ。これ以上被害が広がる可能性があるのなら殺してしまった方が皆のためだ」

「どうして?」

「今回はシャリアの故郷って理由の他にエルの同族が被害に遭うかもって理由もあった。全くの見ず知らずだが寝覚めが悪いし、エルも色々悩んじゃうだろう。その……なんと言うか違和感じゃないけど、凝りみたいに残るそれは絶対どこかで自分に牙を剥く。どんな形でもな。ならばそれを無くすために今行動した方がいいってことだ」

「寝覚め……」

「そうだ。例えるなら、仮に緋音が俺たちと同じハンターになったとして俺たち以外と出かけたとする。その道中、賊を見つけた。明らかに賊なのは明白だった。味方の人数なら余裕で倒せる。どうする?」

「……ちょっと迷っちゃう。絶対に罪を犯してるとはわからないから」

「それを見逃したとして、俺たちが全員死んでもか?」

「えっ……」

「極端な例だけどな。要はそういう事だ。地球じゃ疑わしきは罰せずが普通になってるが、こっちではそれは少ない。法が機能する国家のお膝元じゃないとな。こういうなんも無い辺鄙な場所なら疑わしい奴は殺すなりした方が後々のためになる。仮に何もしていなかったとしても。そんな見た目をしていた方が悪いになるのさ」


 緋音は俯いて何も話さない。

 かつてこの話を聞いた時には俺もそれなりのショックを受けた。だが俺と違い長い時間掛けて教えられた訳ではなくほんの数時間で一気に教えられたのだ。そもそも転生での情報量が多すぎるのに加えさらに与えたのだ。もしかしたらこの話は早すぎたし、彼女に無理をさせたかもしれない。


「ねえ先輩」

「なんだ?」


 俯いてしばらく。皆もここまでの話を聞いていたのか黙り、周囲は静かだ。だからやけに彼女の声は通った。


「ボクが先輩と一緒にいるためにはハンターってのになれば良いんだよね。マナから聞いた」

「間違ってはいないが……別に家にいても良いんだぞ?」

「それは嫌。先輩が頑張ってるのにボクだけのんびりするなんて絶対に嫌」

「緋音……」

「さっき聞いたんだ。ボクがハンターになるにはどうしたらいいかって。そしたらマナとカルナはすぐに教えてくれた。名前さえ書ければ良いって教えてくれたよ」

「はあ……」


 緋音はまっすぐこちらを見てくるし、マナとカルナの二人は必死に俺から目を逸らしている。別に怒りゃしないっての。


「仮にハンターになったとして、緋音は生き物を切れるのか」

「切れるよ。その修行は何度もやってきたから」

「……マジで?」

「うん。馬、牛、豚、コンドル、ヘラジカ、ライオン、虎……ああ、バッファローもあるかな」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。虹月家ってそんなことさせてたのか?」

「うん。どの位置にどんな角度で刃を入れれば良いか。基本は模型だけど一度だけ実際に生き物を斬ってた」

「動物愛護とかになんか言われそうだが……」

「表にでてないから大丈夫。国が隠してたし、斬ったのはもう命が長くない子。それに絶対に殺せるまで修行してから実行する」

「えぇ……」

「そもそも、ボクの家は魔切りだよ?生き物くらい切れないと当主を継ぐ資格はない」

「オゥ……サムライガール……」


 まさかの衝撃の事実。緋音は生き物をマジで斬れる本物のサムライガールだったし話の感じからして次期当主。それに魔切りってなんだよ。え、どういうことマジで?


「お兄ちゃんがここまで混乱してるの初めて見た」

「うん。珍しい」

「いいもの見れたわね」


 雰囲気にそぐわない声にそちらを見れば、ルルたちは皆笑っている。どちらかと言えばニヤニヤの方向で。


「みんな知ってたのよ。緋音が話してくれたわ。自分が何者で、どれくらい貴方の傍に居たいのか。熱弁してくれた。最初は私も同じ選択肢を出して、どれくらい危険かとか話したけどそれでも諦めなかった。だから最後はしっかり話してみなさいって言ったのよ」

「ルルさんに色々教えてもらったの。きっとこう聞いてくるからって。その先は教えて貰えなかったけど、ボクのやり方は正解だったかな?」

「さあ、どうかしら?」


 全く……ルルは合格と言いたげだ。いや、そもそも彼女がルルたちの援護を取り付けた時点で決定していただろう。自分で言うのもどうかと思うが俺はルルたちを断れない。彼女たちに反対されないのなら緋音がハンターになることは決定していたのだ。


「わかったよ。緋音、ハンターになってみろ。サポートはする。ただし命は自己責任な」

「……いいの?」

「もちろんだ」


 パアアアと効果音が付きそうなほど見事な笑顔を浮かべ、俺に抱きついてきた。無理やり解く訳にもいかず、なすがままにされていると何やら背後に嫌な気配。


「えへへへ、先ぱ〜い」

「ま、待て緋音!」


「な〜にしてるのかしら?」


 ほらやっぱり!

 この先起こることを予見してブリキ人形の如く震えながら振り返るとそこにはやはりいい笑顔のルルが佇んでいた。さっきまで前の方にいたはずなのに……

 ガッシリと肩を捕まれ、もはや逃げられない。しかも何やらギチギチと鳴っちゃいけない音までしている気がする。既に彼女の額には青筋が浮かび、大爆発まで秒読みだ。


「あ、緋音!早く離れて」

「もう遅いわ。アカネ、この前言ったことは無しでいいかしら?」

「そ、それは無しで!」

「冗談よ。でも……」


 グイッと顔を笑顔のまま近づけ


「一番は私のモノ。良いわね?」

「は、はいぃ……」


 あまりの迫力に緋音は頷くしかなく、俺は迫力に押されプルプルと震えるのみだった。


「まあ今はいいわ。また今度ゆっくり話しましょう。それよりも今は先を急ぎましょう。陽も傾いてきたし、せめてこのやたらと木が多い地帯は抜けたいわ。足元も悪いしね」

「ジャングルというかなんと言うか、これじゃテントも広げられないな」


 実は少し前から足元の環境が変化していたのだ。この辺りに住んでいたシャリアに言わせれば〈樹根繁地〉という場所らしく木がやたらめったら固まって本来の地面が見えないほどに木の根が絡み合っているのだ。珍しい地形ではあるがそこまで広い訳でもないので、すぐに抜けられると言っていた。が、足元が悪すぎて全然進めないのだ。つまりここまでのシリアスも全て根っこの上で繰り広げられていたわけである。


 一歩踏み外せば根に足を取られるこの場所はシリアス繰り広げるには似合わない場所なのは一目でわかるのだが……


「う、うわわ!」

「きゃっ」


 はあ、噂をすればなんとやら。マナが足を取られてメノぶつかり二人とも転けた。

 駆け寄り、転けたマナの足を見てもどうやら怪我はないらしい。赤くなってもいないし挫いた訳でもないようだ。


「ほら、ここは転けやすい。足元気をつけてな」

「ありがとねお兄ちゃん」


 彼女の手を取って立ち上がらせ、俺たちはさらに先を目指すのだった。








 ノーク大陸大樹海は天然の要塞と言って過言では無い。密集する木々により騎兵はその持ち味を生かせず、四方八方から襲い来る魔物は歩兵の天敵だ。道らしいものは無く、かつてそこを侵略しようとした為政者達は尽く敗れてきた。

 そこは魔物の楽園、共存の道を選んだ者のみが許される土地。しかし逆に言えば、魔物はそこから出てこれないのだ。森の中での生活、戦闘に特化した魔物は外では戦えても良いカモなのだ。それがわかっているから魔物は外には出てこない。侵略は魔物に阻まれ成功しない、故に手を出さない。これもまた奇妙な形での共存関係が維持されていた。

 そしてこの森にはある特徴があって、実は魔物との戦闘を避けることが出来る。

その方法は───


「クソっ!二番の監視塔崩壊!」

「四番監視塔の破壊を確認!」

「残りは!」

「ここだけです!」

「なんで……こんなことに」

「アイツですよ」

「だろうな……」

 

 怒号と報告が飛び回る室内。その中で力なく同僚の視線の先を追うと、三体の魔物が暴れ回っていた。


「豪獣グロウ、貴族蜘蛛シュリーア、爛晶大亀デバル。全部、名持ちかよ」

「確かに、何日か前からこの辺りの小型魔物は散っていました。不自然な程に」

「人を出しちゃいたが、調査が間に合わなかったか……」


────強力な魔物の縄張りを通ることなのだ。

 魔物と言うのは人よりも危機察知能力が高い。野生生物よりも好戦的と言うのはあるが、それでも力の大小は理解出来、同族間魔物間で計り知れないほど力の差がある時は逃げるのだ。

 故に森に住まう種族の間では魔物の縄張りの位置が共有されていることが多い。縄張りを通れば魔物は少ないが、外れれば多いと言った具合に。

 

 そして極々稀に縄張りを持つ魔物同士がぶつかることがある。だが問題はその時点ではなく、ぶつかった後だ。魔物同士が組む場合があるのだ。そう、まさに今のように。


「何故あの連中が手を組む!?」

「知るかよ!だがなんか気に入らなかったんだろ!」

「でも縄張りはそれぞれ離れていたはずだ。なのになぜ……」

「散歩してかち合ったわけでもなけりゃハンターが何かやらかしたんだろ!」

「クソッタレ、もし犯人に会ったらぶっ殺すっ!」


 状況は監視塔三と五と六は最初の戦闘で崩壊、その後手を組んだ魔物たちにより先の報告の監視塔が破壊された。

 グロウがその巨体で重い一撃を放って塔の他に壁も破壊していく。シュリーアはその名の通り無数の子グモを従えて数での破壊を。そしてデバルは全身の水晶を煌めかせて魔法攻撃による破壊を撒き散らす。それぞれが十メールを超える巨体。それぞれが莫大な破壊をもたらす存在。この場に、人の存在余地は無かった。


「とうとう最後の壁が破壊されました!」

「くっ……総員退避!この監視区は放棄!伝令、このことを周囲の街に伝えろ。大型種名持ち三頭が手を組んだ。進行方向は南部海岸地域、と」

「り、了解!」


 元々慌ただしかった室内がさらに慌ただしくなり大量の資料は持ち運ぶことは出来ず、全員が着の身着のまま飛び出ていく。


「隊長も早く!」

「今行く!」


 部下である獣人族の青年が焦ったように手を引く。


「クソっ、死んでたまるか」


 放棄を決定したエルフの男は苦々しい表情でもう一度暴れ回る魔物たちを見る。相も変わらず好き勝手に暴れ回るそれは自然そのものであり、憎たらしい魔物でしか無かった。そして彼はこの場で決意する。死んだ者たちのため、必ずや討伐してみせると。

 血のにじむほど握りしめた拳から一雫。ポタリとそれは点々と。道標なのか悪魔の手引きか。知るものは、まだ居ない。

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