マナート
ノーク大陸大樹海、その内部に点在する街。その一つがマナートだ。また、それに対になるように海岸付近にも港町が存在している。
港町同士は道でしっかりと繋がっているが、森の中の街はそれぞれでは繋がらず街道があるのは港町だけ、というのは前と変わらない。
つまり、何が言いたいのかというと。
「……これ、戻って街道通った方が早かったんじゃないかしら?」
「そう……かもな」
目の前に広がる大きな街。石造りの防壁と内に広がる木造の建物の数々。入口は活気があり、馬車を改造した屋台や怪しげなものを売る露天商などが街の門を挟んでいくつも並んでいる。そう、マナートだ。目的地である。
「えーっと、シャリアさんの故郷から数えて八日くらい?戻ったのならどれくらいなの?」
「順当に行けば元の港町に戻るのに四日くらいか。そこから馬車を捕まえて追加で二日ってとこか」
「うわぁ……正直ボクはそっちが良かったよ」
「緋音の体調もあったからな。馬車と迷ったんだが」
六日もあれば街道を通ることができたのになぜより時間をかけて森を通ってきたのか。それには緋音の体調含めいくつか理由があるのだが、その中でも一番大きなものはベロニカだ。彼女はこう言ったのだ。「妾の足でも数日程度じゃ。そこまで時間は掛からんよ」と。それを聞いて、戻るよりは進んだ方が良いと判断したのだが、ここで俺たちは一つ勘違いをしていた。彼女の種族である。そう、まだ記憶に新しい「夜の一族」だ。メノの話と実際に見たあの光景、身の丈程もある斬馬刀を片手で軽々と振るう様は少なくともまともでは無い。その時点で知っていたはずなのだ。彼女の身体能力が桁違いであることに。そしてそれを基準として時間などを考えることがどれほどの誤解を産むのか。
「うむ……すまぬ。妾も気づくべきであった」
「いいわよ着いたんだし。それに、気づけなかった私たちにも責任あるわ」
ルルが若干ダウンした空気を払うように先頭を行く。並ぶのは門の入場待ちの列。既に陽が高いために左右に露天が並び、客寄せの声が高らかに響く。子供らしき影もちらほらあり、カゴを手にして何か売っている。ほら、こっちにも来た。
「お兄さんお姉さん!この果物買いませんか?」
「これはなんて言う果物なんだ?」
「ルカンって言います。この皮を剥くと美味しい中身が出てくるんです!」
「そうか、なら人数分買おうか。九個だな」
「はい!なら───」
薄緑色のグレープフルーツみたいなルカンの人数分の金を払って果物を受け取る。こっそり少しだけ多めにお金を渡したが、まあチップとして受け取ってもらおう。
「あ、ルカンなんて久しぶり。これ煮込むと美味しいの」
「そうなのか?」
「ええ、まだ早いけど。もう少し時間を置いて、皮の色がもっと濃くなれば煮込むには丁度いいの。そのまま食べるなら今くらいかな」
「なら一つ二つくらい食べてあとは取っておこうか」
「そうね……ってほら、列進んでる」
エルにルカンについて聞いていたらいつの間にか列が進んでいた。街に入れるまであと少しだな。
と、ここで街に入る時のシステムなどをおさらいしよう。基本的に街に入るには入場税が必要だ。街によってまちまちで、銅貨でいい所や銀貨何枚も取られるところもある。それは制度としては領主または統一域の長の元に行くことになっている。
だが入場税はハンターなどの場合若干安くなる。理由としてハンターが拠点とする街以外を訪れるのは依頼以外だと通行くらいだからだ。さらに言えば野宿するハンターは珍しく、大半は基本的に宿など街中で身体を休めることを好むし望む。もちろん危険だからだ。そして街に入ったハンターは何かしらの形で金を落とす。それは場合によって通常の入場税を取るよりも多く落とすこともある。それを利用してあえて入場税を低くすることで街に金を落とすことを期待しているのだ。他にも商人なら商業税とかで別に取られるそうで、その分入場税は安くなっていたりする。なら正規の値段は誰から取るのかとなるが、それはいわゆる流浪者らしい。これに関して詳しいことはあまりわからないから割愛するが。
順番が回ってきて、衛兵からいくつか質問がされる。まあ「目的は?」とか、「滞在期間は?」みたいな空港で聞かれることに似ている。こういうのは笑顔で堂々と答えておけば大抵なんとかなる。そもそも身なりがハンターだから依頼でも受けに来たのかと思われることが多い。
一通りやり取りが終わればあとは人数分の入場税(この街は銀貨だった)を九枚払い、ようやく街に入れる。
マナートの街はとても賑やかだった。他種族もやってくるということもあってあちこちに飲食店や屋台があり、店の中は多くの人で満員、まるでお祭りのように騒がしいのだ。
今通った門からは真っ直ぐ大通りが伸び、並びには宿屋や飲食店、道を一本奥に入れば民家や蔵が並び、道を真っ直ぐ進めばその先にギルドや商会などの建物が見える。一言で言うなら……攻めやすそうな街だ。魔物の被害とかがすごい出やすそう。でも街を作るならこの形が一番やりやすいのは事実なのだ。
「脆い街ね」
「ルルもそう思うか」
皆には聞こえない大きさで彼女が話す。あまりそういう事に目を向けない彼女の珍しいことに驚くが、全く同じ考えなことに少し感心する。
「これでも、領主の娘として勉強していたのよ?」
「元、だけどな。どっちかと言うと俺の領分な気がするんだが……」
「普段あんまりこういうのじゃ役に立てないから。知ってることも少ないし。領地とか、街に関することで知ってるのはほんのわずかなのよ」
「その辺の講義とか俺ばっか受けてたもんな。まあ、今となっちゃ役に立たない知識だ。ただ、脱出経路くらいは考えてもいいかもな」
例えば故郷である今は無きフーレニアなら一番大きな門から大通りはあるが、中心や領主館までは道を急角度で曲げたり、大量の馬を走らせることが出来ないように絶妙に道を細くしたり、さらに建物の間に出来てしまう路地は常に何処かしらからの大通りから見えるようになっていた。仮に攻め込まれても対処が出来るように。
「……?」
「シャリアお姉ちゃん?」
「い、いえなんでも。……今のは?」
「シャリア、どうしたんだ?いきなり止まって」
「なんでもない……と良いんですけど。正直わからないです。何となくの嫌な予感というか」
「それは音か?それとも予感か?」
「それもわかりません。ほんの一瞬の違和感で」
「なるほど……」
シャリアのこういう感覚は信用するべきだ。思い出されるのはかつての雷虎。無謀にも程があったと今更ながら思うが、あの時も彼女のおかげで何かが居るということはわかった。おかげで何も知らずに死ぬなんてことは無かった。
獣人族特有の鋭敏な感覚はこの街の中の喧騒では紛れてしまいあまり役に立たないかもしれない。だが、かつて一度命を救われた。今回もそうかもしれない。
「みんな聞いてくれ。何か、ある。それだけだがあまりここには長居しない。数日で出るぞ」
「わかったわ。話は聞いていたからわかる。シャリアの感覚なら信じましょう」
「ベロニカ、貴女はどうです?何か感じますか?」
「むぅ……妾はそもそも感覚はそこまで強うない。じゃが確かに変な気はするの。言われてみれば、という程度じゃ。恐らく他にも気付いておる者も居るじゃろう。それか、同じように違和感で済ませるか」
俺にはわからないが、この森で過ごしていた種族だからなのかそれとも亜人種だからか。とにかく、その感覚に頼ることになりそうだ。
「あ、そうだ。ちょっと買い物してくるわ。カルナを連れてくけどいいかしら」
「矢とか、薬の買い物」
「おう、行って来い。あ、なら緋音も連れてやってくれ。いろいろ買わなきゃいけないだろう。後で宿確保したら俺たちも買い物に出るし……なんだその顔は」
快く送りだそうとしたのだが、二人は喜びとも呆れともとれる不思議な混ざった表情でこちらを見てくる。
「ヤマト、みんなと行ってきて。あまり大人数で宿探しても邪魔なだけ。そうだ、ついでに夕食を買ってきてほしいわ」
「何が食べたい?」
「任せるわ。さ、シャリア行きましょ」
「はい、ヤマトさん。みんなをお願いしますね?」
「あいよ、俺は引率の先生かっての……」
宿を取りに向かう二人の背を見送りながら誰にも聞こえないくらいの大きさで一言こぼす。目の前のワイワイキャイキャイした光景に今後に少しだけの不安を覚えたことで思わず漏れてしまった。だが、それも杞憂だったらしい。マナやカルナ、ベロニカに混ざってはしゃぐ緋音を見るともうすっかりなじんでいるように見えるのだ。しかも自称一番の年長者らしいベロニカがほかの三人をしっかりと纏めているからはしゃいでいても余所には迷惑が掛からない。
かつて地球で都心の方に出た時見かけた学生達は、はしゃぎながらも誰にもぶつからず歩いていた。似たようなものだろうか。だとすれば学生の彼らはどんな鍛錬を積んだのか、気になるところだ。
「もうすっかりなじんでますね。とても仲がよさそうです」
「元々緋音は人と話すのが得意なんだ。ただ、いきなり環境が大きく変わったから少し心配もしていた。塞ぎ込んじゃうんじゃないかってな。でもマナたちとうまく合ったみたいだな」
ウマが合うといったところか。マナとカルナは仲がいいし、なんだかんだベロニカとも早かった。そこにベロニカと同じタイミングで入ってきた緋音を受け入れるまではとても早かったのだ。マナの社交性と緋音の社交性の嚙み合いもよかったのだろう。俺の心配した事態はすべて要らぬ心配でしかなかったのだ。
「メノもどうだ?そろそろ馴染んできたか?もう数か月ってとこだけど」
「皆さんいい人でとても良く。その……このまま皆さんと居たいと思うくらいには」
「そうか。俺もメノが居てくれると嬉しいぞ」
彼女の霊術はかなり強力だからな。ルルやエルを守る盾になるだろうし。それになにより見ていて視界が幸せである。決して手を出すつもりはないが、これほどのものはそうそう見ることが出来ない。
「もう、どこ見てるんですか。ルルちゃんに言いつけますよ?」
「それは勘弁。男の性とでも思って許してくれ、な?」
「……仕方ないですね。ほら、マナちゃんが呼んでますし追いつきましょう」
「そうだな」
歩く速度が遅かったようでいつの間にか置いていかれていた。先に行っているマナたちに追いつくため、小走りで人混みを抜けていくのだった。
★★★★★★★★★★★
ストック……無くなった……
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